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がんふぁいと・ジャパニーズ・ウェスタン

作者: 深川 火鼠

放課後、カウボーイハットと拍車付きのブーツを装備した女子高生が僕に銃を渡してきた。

「西部劇ごっこしようぜ」

彼女のことはよく知っていた。サバゲ部の部長だ。アダ名は部長。破天荒な言動、優秀な成績。両親は大物俳優で、自身も中学を卒業するまではアイドルだった。知らない奴はいない。

だからこそ、

「なんで?」

僕が目をつけられた理由が解らない。

「いいだろ、やろうぜ!」

まんまるの瞳がキラキラ光っていた。顔は元気いっぱいとばかりに赤らんでいて、鼻息は荒い。今にも教室で手にしたリボルバーをぶっ放しそうな興奮っぷりだった。

六〇すぎのおじいちゃん先生に助けを求めると、目を背けていた。おい担任教師。

友人に助けを求めると、談笑していた。こら親友ども。

女子に助けを求めると、売られていく子牛を見る目で成り行きを見守っている。誰か。

「さあ、銃を取りな」

リボルバーを握らされた。身体の大きい僕にピッタリのグリップ感。

よく解らないまま連れられて廊下へ。素っ頓狂な格好の部長と僕を見てみんながギョッとする。しかしそれが彼女だと解れば「あーまた派手なことやってる」と日常に戻ってしまった。

「ねえ部長。こういうのはサバゲ部の人たちとやったらいいんじゃないかな」

「いやだ。あいつらは迷彩服は好きだが、マカロニ・ウェスタンの良さはどれだけ言っても理解してくれない。その点キミならバッチリだ」

「確かに先週はDVD貸してあげたけど、僕だって別にそこまで……」

「キミはすごい。『荒野の用心棒』についてあそこまで語れる生徒がいるなんて思わなかった」

言いながら、あんまり使用されない教室の辺りへ。この区画は倉庫になっていて、先生も生徒もあまり来ない。撃ち合いにはもってこい。

「さあ、抜きな。どっちが速いか……試してみようぜ」

「女子高生にそんなタフなセリフ吐かれてもなあ」

そもそも抜くというか、僕の銃は剥き身だ。部長はホルスターを左右の腰につけているので合っているけれど……左右?

「二丁拳銃? ずるくない?」

「いいの!」

部長の二丁拳銃が火――は出ないので、BB弾と空気を噴いた。パカンッ! と小気味のいい音が連続し僕の足元と耳元に着弾する。

「わあマジでやるの!?」

「まじ!」

撃たれてはたまらない。痛そうだ。とにかく僕は空き教室に飛び込んだ。一拍遅れて今までいた空間を裂くBB弾。

「逃がすか! 私の銃のサビになれ!」

サビになるほど血を浴びたということは、それ鈍器として使ったのでは? などと差し挟む余裕はない。背後から追ってくる部長を牽制すべく一発撃ちこむ。

「ようやくやる気になったかベイビー」

「一方的に撃たれるのはゴメンだ」

また僕が撃ち込んだ銃弾が教室の入口を跳ねる。覗きこもうとする部長へさらに一発。シリンダーには残り――

「あれ? そういえば僕、予備のBB弾もらってないんだけど」

返事は二丁拳銃の連続射撃だ。ダブルアクション――いちいち撃鉄を起こさなくても、トリガーを引くだけで撃てる銃――が吠えている。ちなみに僕のもらった銃はシングルアクションである。

「よぉキミ、そういえば西部の掟を知ってるか?」

「お、掟?」

そんなもの、貸したDVDで言ってただろうか。考えるより先に、隠れていた机の足へBB弾が跳ねる。

「負けた者は死ぬ。死んだら荒野の土となるのさ……」

「かっこいいけど、土っていうか鉄筋コンクリート製だよウチの校舎」

僕も一発撃ち返すが、なにせ弾数が明らかに少ない。節約気味のこちらと違い、向こうは弾込めもスピードローダーで行っているらしく、射撃に切れ目がなかった。

たまらず僕は適当な机に手を突っ込んで、中にあった数冊の教科書を放り投げた。

「何ッ!?」

焦った部長は教科書へ双銃を叩き込む。が無駄だ。

僕はその隙に窓へ走っていた。

降ってくる教科書にビックリしたらしく、部長は教室の入口ですっ転んでいた。スカートが思い切りまくれ上がっているが、見ているヒマはない。

一階で良かった。校庭へ出た僕の背を追撃してくる気配。ドンパチやっている僕たちは端からどう見えているのか。部活を始めている生徒たちが驚くのを利用して、わざとその中へ突っ込んだ。

「一般人を巻き込むとは卑劣な!」

サバゲ部はいちおう、危険のないように活動しなくてはならない。なので、他の生徒がいるところではぶっ放してこない。

しかし弾を六発とシングルアクション一丁しか渡さないのは卑劣ではないのだろうか?

一応勝負で、ノッてしまった以上は僕も付き合わねばならない。戦いを続行するため一般生徒がいない裏庭まで全力疾走する。

しかし倉庫教室から裏庭までは校庭を挟んで反対側である。ここが僕の狙いだった。

「ちょっ、待……あし……早……リョウく……待って……」

アイドルやってたくせに、部長の運動能力は著しく低い。飛んだり跳ねたりはともかく長距離走ではいつも周回遅れだ。

中学時代陸上部で体格のいい僕はわざと後ろ向きに走ったりして挑発しつつ、相手より六十秒は早く校舎の陰へ辿り着いた。裏庭は木や草が茂っていて日陰も多い。待ち伏せにはもってこいである。

待つこと一分。そろそろだ。

「さあ、来い……」

そして――二分が経過した。想像以上に足が遅いらしい。

校舎の壁に半身を預け、木陰になった場所でリボルバーの弾数を確認する。

残り二発。無駄弾は許されない。

照星を校舎の角に合わせるようにして待った。

ほとんど息切れしていないが、緊張感で心臓は少し早い。ヘロヘロの部長を撃ち抜くのは容易いが、外すようなことがあってはならない。

「フゥー……っ」

まだか。

相手も呼吸を整えているのかもしれなかった。僕が待ち伏せしているのは向こうも承知の上だろう。

おそらく校舎の角を挟んで部長は銃を握っている。どちらがシビレを切らすかの勝負だった。

「来なよ……手足を撃ち抜いてやる」

思わずそんな独り言が漏れた。部長のノリが伝染ったのか、僕にも流れる西部の血が滾っているのか。映画でしか知らないけど。

そういえば昔はよくこんな風にごっこ遊びをした。小学校の頃だ。あのときは勇者になったり、宇宙戦闘機のパイロットになったり、変身ヒーローにもなったりした。部長もアイドルになる前で、泥だらけで遊んでいたっけ。

そうして――五分が経った。

「さすがに長くない?」

もしやさっき校庭を走り抜ける途中ぶっ倒れたとかではないだろうか。

急に心配になってトコトコと校舎の角から顔を出すと、そこには部活動に励む生徒しかいない。

部長は――どこだ?

「ここだ」

声は背後から。

「――――!」

「遅いね」

パカン、と僕の右手はあっさりと撃たれた。意外と痛く、本気で銃を取り落としてしまう。

振り向くと、銃を構えた部長が立っていた。

僕はバカだ。彼女は校舎の中を通り抜けたのだ。校舎裏に行くには中からでも回り込める。そうして僕の背後へショートカットしていたのだ。

「荒野の土になりな、ベイビー」

彼女は右手の銃口にキザったらしく息を吹きかけ、左で僕の心臓を狙っていた。

「チェックメイトさ」

その余裕ぶった態度が気に食わなかったので、僕は陸上の大会でするように全身の力を溜めた。

「いいや、ショウダウンだ」

地面を蹴った速度は、彼女の予想外だったのだろう。低い姿勢で突撃する僕へ発砲したが、背中を掠めただけだった。

そのまま僕は死んだ右腕で彼女の銃を跳ね上げた。左手には拾い上げた己の銃を握って。

ごり、と押し付けた銃口に、部長が顔を引き攣らせる。にやりと僕は笑ってやった。

「腹を撃ち抜くには少し遠すぎるかな?」

引き金に指をかける。

「さあ、決着だ。これで僕の勝ち――」

「絶対痛い……やだ……いたいの怖いよぉ……ぅぇ……」

「え、ええ?」

小柄な部長が震えていた。声はいつもより高くて、まるで女子のようだ。女子だけど。

その一瞬の驚愕を、

「なんてな」

彼女は見逃さなかった。

逆の手の銃がBB弾と空気を噴いて、僕はけっこう痛い思いをした。

「…………ずるくないですか」

「西部は弱肉強食だからな」

「マジで痛いんだけど。改造してない? それ」

「するか。私は部長だぞ。清く正しく美しく活動している。ほれ、掟は覚えてるな」

「へ?」

「だから、負けたら死ぬの。死んで荒野の土になるの」

「ええー……?」

「とりあえず倒れてよ」

言われるがまま、ぐったり大の字に倒れた。荒野というより、草ぼーぼーでちょっとむず痒い。虫とかいそうでちょっと嫌だった。

「勝った……戦いはいつもむなしいぜ……」

どこからか一陣の風が吹いた。妙にサマになっているカウボーイハットとスニーカーが夕日を浴びて輝いていた。

「もしかして、校舎でブーツ履き替えた?」

「だって動きにくいしー。ほら死んだら喋らない動かない」

敗者に拒否権はない。

西部劇ではこのまま夕日を背に去っていくのが『らしい』が、もしかしてそこまで付き合わねばならないのだろうか。

スカートの中が微妙に見えない角度で立っていた部長はしかし、去っていくのではなくしゃがみ込んだ。

「キミにこんなことをしたのはね」

そして死人に、

「こうしたかったから」

唇を重ねてきた。

唖然としている僕に、早口の部長は「昔から好きだった」とか「アイドルになって可愛くなりたかったのもやめて地元の高校通ってるのもキミが理由で」とか「私のこんなノリに付き合ってくれるし。でも普通にコクるとか無理だし」とかわーわー喚いていた。

けど、まったく頭に入ってこなかった。

荒野の土になっていたからだ。

完全敗北。

負けたら死ぬのが西部の掟だった。

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[一言] そのまま「人生の墓場」へ逝っちゃえw
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