冷やし系彼女と豆まき
連載「くらげちゃんは冷やし系」の節分番外編として投稿したものを移動させました。
2月3日火曜日。今日は放課後の部活はなかったが、朝練のときの忘れ物があったので、特別棟の二階にある茶道部の部室へと向かっていた。
部室のドアが開いていたので先客がいるようだ。
同じく忘れ物を取りに来た誰かだと思い、茶室の襖を開けた。
「鬼は〜外〜。福も〜外」
そこには可愛らしい小鬼がいた。
虎柄のマフラー(どこで売っているのだろう)を首に巻き、赤い鬼のお面を顔の横に引っ掛け、空っぽの枡を左手に持った女の子の鬼がいた。
というか水月だった。
「斬新な掛け声だな。福まで外に出してどうする」
「これは先輩、奇遇ですね」
「奇行に走る後輩彼女を目にしても冷静に突っ込めるようになった自分がいるな。慣れとは怖いものだ。ところでその排他的な掛け声はなんだ」
「節分の掛け声はいいことだけを内に入れておきたいという現代人の身勝手な欲求を体現していると思うわけなのですよ」
「ほう」
「あれが欲しいこれが欲しい。働きたくない、でもお金は欲しい。勉強したくない、でも良い就職先がいい。学歴だけが人の価値じゃない、だけど金持ちが憎い。などなど現代人の日本人は大した努力もしないのになぜ高所得者を妬むのでしょう?」
「話の方向性が著しく偏っているようにも思えるが。まあ、自分が努力してない現実を直視したくないから“出た杭”を“打ち”たくなるんだろうな。よく言う、“出る杭は打たれる”というのは、出る杭側の意見であって、打つ側としては“出る杭を打って自分の中の妬みの感情の原因を消し去りたい”となるのかな。何にせよ、努力すればいい話だ」
なんの話をしているんだと思いつつも、口からはぺらぺらと薄っぺらな持論が飛び出した。
「では天才がいてどうしても努力では越えられない壁があるとしたら?」
「割り切ることだな。自分の限界をきちんと知り、天才という現実を直視する。諦めて別のことに切り替えたっていい。まあ、嫉妬の大半は努力不足だな」
「恋愛にもそれが言えますか?」
「そうだな………まああれだ。当たって砕ければいいと思うぞ」
「残酷ですね。先輩の場合は?」
「俺は当たったらそのまま大成功の大当たりだったからな。苦労はなかった」
「傲慢ですね。そしてうざいです」
「事実を言ったまでだ。外野など勝手に喚いていればいい」
「彼女たる私が言うのは本末転倒というか的外れですが、先輩は一度爆発したほうがいいです」
「まあ、今回の話から得るべき教訓は、『嫉妬は無駄な労力だからそのエネルギーを別のことに使おうぜっ』てことだな」
「ふむふむ、なかなか面白いです。半分冗談だったのですが、先輩はきちんと答えてくれるのでありがたいですね。こればかりは好感が持てます」
「俺の魅力ってそれだけなの!?」
「他にも……」
「他にも?」
「そう……………きっとあるはず」
「いい感じに言ってるけど、結局無いってことだろ!?」
「現実をきちんと見つめて割り切りましょう」
「その前にくらげちゃんは俺に謝れ!」
「はて?なぜでしょう」
「仮にも恋人の魅力が一個だけしか思いつかないって酷くない!?初対面の人でも社交辞令で二個は言うよ!」
「失礼しました。現実を見ていないのは私の方でした」
「おお!」
「先輩の魅力は」
「魅力は!?」
「思いつかない、という現実を見つめて、かつきちんと割り切ってこれからは生きていきたいとおもいます」
「ぬあああああ!!!」
「ああっ見つけました先輩のいいところ。今の一本取られた、という苦悶の表情が素敵です。先輩の魅力を一つ発見できて感激です」
「ドS!!」
そして目がキラキラしてるっ
「そんなことより先輩も一緒に豆まきしませんか?」
「ぐす………いいぞ」
「写メを撮りたいくらい可愛らしい表情ですね。一枚いいでしょうか」
「……好きにしたまえ」
「ふふ……先輩の被虐顔コレクションに新たなお友だちが加わりました」
「なにそのコレクション!?今すぐ消しなさいっ」
「冗談ですから安心してください」
「水月さん、精神衛生上よろしくないからほどほどにしください」
「了解です。さて話がだいぶそれて場外ホームランくらい飛んでっちゃいましたが、元に戻しますね。今日は節分です」
「そうだね」
「となると豆まきをしたくなるのは必然でして」
「そだね」
「豆まき合戦をしようというわけなのです」
「意味わかんないね」
水月はゴソゴソとどこからか缶のペン立てに入った五本くらいのアイスの棒を取り出す。
「ここにあるくじ引きで鬼と討伐隊を決めましょう。棒に赤いインクがついている方が鬼で、ショッキングピンクが桃太郎、深緑がキジ、群青色が犬、黄土色が猿です」
「なかなかエキセントリックな色のチョイスだね。でも人数が足りないよ?」
「問題ありません。折土先輩と記留さん、都裏さんが参加してくれる予定ですので」
「二名ほど危険人物が混じっていて、絶対鬼にだけはなりたくないということだけは確かだね。まあ、いいよ。やろう」
「では決まりです。早速会場へ」
「会場?どこ?」
「第二体育館を借り切ったのでそこでやりましょう。学園長の許可も頂きましたし」
「よく許可を取り付けたな」
俺は頑固一徹の厳つい髭を思い出していた。
「折土先輩曰く『ちょっと説得したら一発だったゾ☆』らしいです」
「詳しく聞かない方が良さそうだな」
そんなこんなで俺は会場であるらしい体育館へと足を向けるのだった。
地獄を見るとは知らずに。
「はあ、はあ、ぜー、ぜー、どうしてこうなった!」
真冬だというのに全身が沸騰したように熱い。息は切れ、体の節々は悲鳴をあげている。それでも俺は死にたくない一心で必死に追っ手を躱し、気配を殺して壁に背をつけた。
そうして何度目になるとも分からない問いを吐き出した。答えは見えているというのに。
ぜんぶあいつらのせいだ。答えはあいつらに聞け。
三十分ほど前、俺は第二体育館の入り口に入ったところで立ち尽くしていた。
我が学園は進学校であると同時にマンモス校である。普通科や特進科を始め、美術科、工業科、体育科などなど様々なコースに分かれているため、当然校舎も大きい。詳しくは割愛するが、敷地内をバスが通り、自転車で移動する学生も多いくらいの広さと言えば何と無く想像出来るだろうか?
そんな巨大な敷地と生徒を抱える学園であるから、当然施設、例えば体育館なんかも複数ある。
数ある中でも第二体育館は中くらいの大きさであるが、県レベルの大会くらいは余裕で開ける大きさであるから、当然広い。観客席やトイレ、売店まで完備されているので、学外の団体が利用することもしばしある。
そんな体育館の中央のアリーナ、いやアリーナだったものが目の前に鎮座していた。
「なにこれ?」
目の前に広がるのは大小様々な壁と木々。大きな堀、さながら戦場のワンシーンのような舞台セットが組まれていた。
「カゲロウ様、本日はわざわざご足労頂きましたしたことに感謝致しますわ」
扉で立ち尽くす俺の横からやって来たのは何故か迷彩服に身を包んだ茶道部1年、都裏飛鳥。
西洋人のクォーターゆえの彫りの深い派手な顔立ちとつり目に鋭い眼光、茶髪の縦ロール。日本トップクラスの大財閥のスーパーお嬢様である。
「都裏……お前の……いや、お前と他の面子の仕業か」
「?カゲロウ様の言うことがよく理解出来ませんが、先日ミツキ様から一般の方の節分の過ごし方というのをご教授頂く機会に恵まれまして、近くにいたミモリ様が折角の機会だからわたくしも一緒に体験してみてはどうかと言われまして、ミツキ様とミモリ様の説明を元にこうして『一般の方風の節分の行事の場』を用意させて頂きました」
「うん、盛大に間違ってるね」
どうやら二人の悪魔に目の前の純粋無垢なお嬢様は騙されてしまったようだ。
「?本来は都裏本家でのパーティーに出席のはずでしたが、お父様に伺ったところ、大切なお友達との時間を大切にせよ、と許可を頂きまして、ミモリ様に学園長様からの許可を頂いて、私のお小遣いからほんの少々の予算をかけて、場を用意致しました」
「ほんの少々………」
「ここまでとは言って無いのですよ……」
目の前の超大型セットを見て水月と俺は遠い目をしていた。
さすがスーパーお嬢様、スケールが桁違いである。お小遣いで体育館を巨大サバゲーセットに変えてしまう財力に何も言えない。いくらかかったとか考えたくない。
少々、いやとてつもなく世間一般とは感覚がずれている都裏だが、茶道部の面々は差別も妬みもせず、普通に接している。それが都裏には心地よいのだそうだ。
まあ、出る杭どころか、大気圏を突き抜けて月まで届きそうな都裏財閥のお嬢様に対しては、七周半驚きが地球を回って普通の態度になってしまっているのかもしれないが。
まあでも、慣れたとは言え、今回のこれは流石に驚いた。まあ、楽しそうなイベントだし、せっかく都裏が用意してくれたので何も考えず全力で楽しむつもりだが。
『がががが、ぴぃい〜。レディースエンジェントルマン!!飛鳥ちゃんとミモリンプレゼンツ!冬の節分!サバゲ風豆まき大戦はっじめっるよ〜☆』
スピーカーから、少しもハウリングしていない折土先輩の声が聞こえてきた。ていうか、やっぱりサバゲーなんですね……
「むうう、折土先輩!私の名前がないのです」
自分の名前が呼ばれなかった水月は不満げな雰囲気である。もちろん無表情。
『んんん〜?自分の名前が呼ばれないで不満げな水月ちゃんの声が聞こえてくるようだゾ☆安心してねぇ〜、正しくは飛鳥ちゃんとミモリンプレゼンツフューチャリング水月ちゃんのサバゲ風豆まき大戦だから☆』
こちらの声や映像は伝わっていないはずだが、水月の反応を聞いていたかのような折土先輩の茶化すような声が聞こえてきた。
「ならいいのです」
いいんだ。
『る〜るは簡単!くじびきで鬼一人と討伐隊四人に分かれて、制限時間六十分以内に逃げ切れれば鬼の勝ち!鬼の体につけたいくつかの的に用意された銃の弾を五回討伐隊が当てれば討伐隊の勝ち!討伐隊も自分の的に鬼に三回弾を当てられたらアウト!のシンプルなゲームだよ☆』
豆まきじゃないの?ゲームって言っちゃてるし。
『目とかの防御はプロテクターがあるからちょー安心!玉が当たったかどうかは的についたセンサーが判定するからズルとかはないよ!討伐隊同士はインカムで連絡を取れる本格派!!罠あり格闘ありとにかくなんでもありのサバゲーだぁ〜☆』
サバゲーって言っちゃてるし。“風”が抜けてるよ。もうどうでもいいが。
『じゃあミモリンもそっちに行くから〜、くじびきで鬼決めて鬼がステージに入って五分したら試合開始ね!隠れる場所はいっぱいあるから鬼になる人は安心だゾ☆ああっ、ミモリンが鬼になる可能性もあったりして!?ミモリンこわいぉ〜☆』
気にしない。いらいらしても気にしない。折土先輩を一回殴りたくなっても気にしない。この鬱憤はサバゲーでしっかり晴らさせて頂くとしよう。願わくば彼女が鬼になりますように。
ルール等を確認しよう。
・鬼一人と討伐隊四人
・制限時間は六十分
・鬼側勝利条件は的に五回当てられずに時間内に逃げ切るか、四人の討伐隊の的にそれぞれ三回ずつ弾を当てること。
・討伐隊勝利条件は、鬼の的に用意された銃の弾を五回当てること。
・判定はセンサー(恐らく都裏グループ技術開発部製。信頼度は高い)で行う。
・役割はくじ引きで決める
・安全性は問題なし
・試合開始は鬼がステージ入ってから五分後
・インカムで討伐隊は連絡が取れる
かなり鬼側に厳しい条件の気もするが、まあやってみないことには分からんだろう。
それでくじ引きだったのだが………
うん。鬼は俺だったよ。見事に。
勿論なんのズルもない。純粋に運で決まった。
いや〜俺ってばフェミニストだし?紳士だからさっ!女性に銃を向けるのはね?無理ゲーだよなサバゲーだけに。
そんなことを思ってた時期もありましたまる。
「スミどこに行った!?」
ぜー、ぜー、ぜー…………
「先輩ならさっきあちらの影に!!」
はあー、はあー、げほげほっ
「左右に散開!ネツ先輩を挟みます!!」
すーはー、すーはー
「了解ですわ!!」
まぢ死ぬ。おうちかえりたいぉ〜
俺は今迷彩服とプロテクターを着込み、ゴーグルをかけて銃を構えて討伐隊から必死に逃げている。
女子だからと舐めていた。彼女達はまるで訓練された特殊部隊のような動きで銃を撃ち、罠や地形を駆使してこちらを追い詰めてくる。絶対練習してただろ!
撃つ豆(という名のBB弾)は地味に痛く、少しも焦らずじりじりと距離を詰めている。残り時間はまだ半分ほどある。どうやらこちらの消耗を待ってから仕留める作戦のようだ。
「はぁ、はぁはぁ、くそ!!負けられるか!」
このまま逃げに徹していては端っこに追い詰められて集中砲火を受けて負けるだけだ。 幸いまだ的には一度も当てられていない。一か八か打って出て、特攻覚悟でこの包囲網を抜けるのが最善だろう。
「よし」
恐らく右に水月と都裏、左に折土先輩と記留だろう。て言うか記留が出てきたの初めてじゃないか?いや、冒頭で水月が話してたっけ。
そんな誰に聞かせるわけでもなメタっぽい呟きをしつつ、俺は壁の裏から一気にステージ反対を目指して全力疾走で逃亡を図る。
堀を飛び越え、木々の間を抜け、壁の死角を利用しながら走り続ける。
「おかしいな」
なおも逃走し続けながら考える。
「いくらなんでも静かすぎる」
さっきまで聞こえていた大声も足音も銃声も聞こえない。俺は囲まれていたのではなかったのか?
そんな思考が頭を駆け抜けた時………
カチッ!シュルルッ
「しまっt」
何かのスイッチを踏んだような音を聞いた次の瞬間、視界がぶれて反転した。どうやら縄のトラップに引っかかり、足を釣り上げられたようだ。
「くそっ、注意を怠った!」
後悔しても後の祭りである。じわじわと脳に血が集まる嫌な感覚がするが、なす術がない。
ガサッガサガサッ……シュタッ
「…ネツ先輩、引っかかりました」
「っっ記留か!」
「…大成功」
現れたのは折土先輩の従妹にして右腕、記留紀子。噂では忍者の末裔らしい口数少ない少女である。
折土先輩の悪戯の主な実行者である彼女は手先が器用で細かな仕掛けなどが得意であり、この罠も恐らくは彼女が仕掛けたのであろう。
「先輩、とうとうお縄にかかりましたか」
「以外とあっけないものですわね」
「宙ぶらりんだ!スミは楽しそうだね☆」
他の三人もぞろぞろ集まって来てしまう。どうやらチェックメイトのようだ。
「…美守姉様捕まえました」
「よしよし、紀子は偉いなぁ」
「…有り難き幸せ」
「俺は献上品じゃねえ」
折土先輩に頭を撫でられて心底幸せそうな記留。
だがそろそろ頭に血が上ってきてやばいので開放して欲しい。
「降参だ。俺の負け。だから下ろしてもらえないか?正直頭に血が集まってきてやばいんだが」
「ええ〜?まだ的に当ててないから私たちの勝ちじゃないゾ☆」
そこで言葉を区切り、ニタァっと笑う折土先輩。嫌な予感がする。
「いやいや逃げませんから!降参です!」
「んん〜ルール的には勝利条件を満たしてないしぃ〜下ろして逃げられても困るからぁ〜」
「こ、困るから?」
「下ろすのはちゃぁんと的に当ててからね☆」
「ちょっ」
「外しちゃったらごめんね☆」
ぱちんと可愛らしくウィンクする先輩。彼女のファンが見たら卒倒ものだが、今の俺にとっては死刑宣告でしかない。
「み、水月!た、助け…」
「先輩は以外としぶといですからね。後続の憂いは断つべきかと」
「都裏!!」
「ルールはきちんと守るべきですわね」
「記留ぇ〜」
「…美守姉様に従うのみ」
「のぉおおおおおおおおお!!!!」
神は死んだ。
節分の日の放課後。第二体育館からは、銃声と、少女の、いや少年の悲鳴にも似た叫び声が聞こえたとか………聞こえないとか。
(:]ミ(:]彡(:]ミ(:]彡おしまい。