麗しき雛菊
「……雛菊にございます」
しばらくして現れたのは、齢30歳程の美しい女性だった。
「山崎君から聞いているだろうが……雛菊、このお嬢さんに見合う着物を着付けてやってくれ」
「へぇ、畏まりました。……お嬢さん、こちらにおいでやす」
雛菊さんのニッコリと微笑む姿がまた美しく、私はつい見とれてしまう。
彼女に手を引かれ、私は部屋を後にした。
とある一室に着くと、そこには様々な色や柄の着物が所狭しと並べられていた。
「どれでも好きなモンをお選びやす」
どれでも、と言われても……全てが豪華そうな着物ばかりで、戸惑ってしまう。
「気にせんといてええんどす。これはなぁ……全部、勇はんがうちにくれはった物なんやけどなぁ……うちも年が年やさかい、ここにある着物はもう着られへん物や。それになぁ、似合う年頃の娘はんが着てくれはる方が、お着物も喜びますえ。せやから、遠慮せんと好きなものをお選びやす」
「あ……あっ、ありがとうございますっ!」
「クスッ……声上擦らせて……緊張してはるの? ほんに可愛いお人やなぁ」
雛菊さんはクスクスと笑う。
結局、私が選んだ着物は薄い桃色に、桜の柄が入った可愛らしい物だった。
雛菊サンは、着物を着付けながら私に話し掛ける。
「うちにはなぁ、あんさん位の妹がおったんどす。せやけどなぁ……妹は、お里は……長州はんに斬られはりました」
長州に……斬られた?
雛菊サンの突然の重い話に返せる言葉などあるはずもなく、私はただただ俯く。
「長州はんの誘いを断りはった……ただそれだけの事で、奴らはあの娘の命を奪いはったんや。年の離れた妹やった分、可愛くてなぁ……うちは、長州はんがそりゃ憎くて憎くて……仇を打つ事ばかり考えとったんえ。そんな時、うちは勇はんに出逢ったんどす。あの方は、うちを笑わせる為に色々と手を焼いてくれはったんや。それが、嬉しくて嬉しくて……」
雛菊サンは気恥ずかしそうに言った。
「あの人のお蔭で、うちも今ではまた笑えるようにならはりました」
そう呟きながら、雛菊サンは私の帯を締め始める。
「せやからなぁ。一目見た時から、どうしても……あんさんと妹が重なって見えるんや。あんさんには悲しい顔をさせたくない……そう思えてきはる。初対面なんに、可笑しな話やろ?」
彼女の儚そうで美しいその横顔に、私は話も漫ろでつい見とれてしまう。
「女中が居るとはいえ、ここは男所帯やさかい。困る事ばかりかと思います。あんさんさえ良ければ……うちの事を姉さんと思って頼ってくれはりますか?」
その言葉と同時に、私の着付けが終わる。
「はい……ありがとう……ございます」
気付けば私の目には涙が溢れていた。
この涙のワケは、妹さんの話を聞いて悲しくなったのと、雛菊さんのその優しさに張りつめていた緊張の糸がプツッと切れたのと……その両方なのだろう。
「あらあら」
雛菊さんは私の涙を拭うと、ふわりと抱き締めた。
懐から香る、雛菊さんの甘い香りが心地良い。
「今日から桜はんは……うちの可愛い妹どすえ」
雛菊さんはそう呟くと、私の涙が止まるまでそのままの状態で、静かに背中をさすってくれていた。
ひとしきり泣いてスッキリした後、私は雛菊さんと共に先程の部屋へと向かった。