進むべき道
「桜さん、すみませんが……荷物を全て見せて頂けませんか?」
山南さんの言葉に、私はコクリと頷き、大きな鞄から一つずつ中身を出していく。
「まずは、この4冊は教科書です。後はノートとファイル。これは筆記用具ですね」
この4冊の教科書は、この時代において私が医療に携わり続ける限り、きっと役立つはずだ。
「私は学校という所で、医者の補佐をする学問を学んでいました。これらはその勉強する為の道具です」
続けて、鎮痛剤などの常備薬やお菓子にジュース、ハサミや化粧品、電子辞書に携帯に財布などなど……鞄に入っていた様々な物を、次から次へと出す。
「これは薬と食べ物、それに調べものをするために使う辞典に、電話……ですね」
最後に、小さい方の鞄から荷物を出した。
・実習用のナース服
・血圧計や聴診器・練習用とはいえ本物だが注射器や注射針、点滴やビタミン剤のアンプル……更に疾患別に書かれた辞書大の本などが入った、いわゆる実習セット
「これらは、医者の補佐をする際に使用するものです。持ち物はこれで全てです」
私が出した道具に、皆は驚きの表情をしていた。
それもそのはずだ。
これら全てが、この時代には存在しない物なのだから。
「あの……手に取って見せて頂いても宜しいですか?」
私の出した物品に興味津々の様子の山南さんが尋ねた。
「どうぞ」
山南さんは、教科書の1ページ1ページをじっくりと見ている。
「何と申して良いやら……」
しばらくすると、山南さんは困惑の表情を浮かべ、呟いた。
「紙の材質と絵の色調、それに内容。……どれをとってもこの世のもに思えません。一見、異国の物かと思いましたが……そうではないようだ。異国にだって、この様な技術は無いでしょうからね」
「当然です。私は……異人ではありませんから」
私は、静かに言った。
「この様な物を見せ付けられると……やはり貴女の言葉を信じざるを得ないのだろう……な」
山南サンのその言葉に、私は思い切って頭を下げる。
「どうか……どうか、私をここに置いて下さい! 私にできることは限られているかもしれません。……ですが、この先きっとお役に立てる時が来るはずです」
私は声を更に強め、話を続ける。
「この動乱の世、病や負傷で苦しむ者も増えることでしょう。少しでも、そんな方々の力になりたい。私は、大好きな新選組の皆さんを……誰一人として死なせたくはありません!」
現代では幕末のヒーローとなっている新選組が今、私の目の前に居る。
その非現実的な空間に、私の鼓動は高鳴るばかりだ。
私の言葉に耳を傾けていた近藤サンは、少しの間考え込むと口を開いた。
「うむ、良い目をしたお嬢さんだ。ここで、行く宛の無いお嬢さんを物騒な京の街に放り出したとあっては、それこそ新選組の名折れだ。……なあ、トシ?」
「何で俺に聞くんだよ! フンッ……近藤さんが決めたことならば仕方ねぇ。俺ぁ従うまでさ」
土方さんは内心では、近藤さんの判断が面白く無く感じている様子で、そっけなく呟く。
「そうだなぁ……まぁ気負わずとも、お嬢さんはお嬢さんが出来ることをすれば良い。お嬢さんの力が必要な時には、その能力をお借りしよう」
近藤さんも山南さんも、柔和な表情で私を見ている。
「あ……ありがとうございます! 蓮見桜、不肖ながら精一杯お使えさせて頂きます!」
萎縮している私の様子に近藤さんは、「そんなに畏まらなくて良い」と言うとまた笑った。
「さて、その装いも似合っているが……些か目立ちすぎるなぁ。なぁに、今すぐ着物を用意させるから、まずは着替えてくると良い。その後、幹部の皆を紹介しよう。……山崎君、雛菊に事情を話して此処に呼んでくれ」
「……畏まりました」
近藤さんが一声掛けると、山崎さんという男性は部屋を後にした。