その夜
「う……ん。」
目を覚ますと、私は土方サンの膝の上に頭を乗せ、団扇で扇がれていた。
「あれ? 土方サン……此処は?」
土方サンは深い溜め息をつく。
「ああ……目が覚めたか? お前という奴は…風呂場でのぼせやがって……運ぶのに苦労した」
「のぼ……せた?」
「まったく……。良いところで倒れちまいやがって……お前、わざとか?」
土方サンは笑った。
先程の事を思い出すと、全身が紅潮する。
「……ごめんなさい」
「まぁ……良い、そろそろ夕餉だ。ここの料理は格別旨いぞ?」
その言葉に一瞬舞い上がったが……
土方サンがこの宿に来たことがある素振りに、正直複雑な気持ちだった。
女性と来たのかなぁ……
「そんな面ぁすんな! ここはなぁ……隊士どもの慰安旅行に使った事があるんだよ。あとは、接待に幹部連中と使ったな。まぁ……そん時は、こんなに良い部屋じゃなかったがな」
私の表情を見て、考えを見抜いたのか……土方サンは、言い訳をするかのように言った。
「そっか」
「お前は色々と考えすぎなんだよ」
土方サンはぶっきらぼうに呟いた。
「失礼します。夕餉の支度が整いました」
女将は部屋に入ると、仲居達が豪勢な料理を次々と並べ始めた。
「副長さんが新選組の方以外とお見えになるのは初めてですね? それも、こんなに可愛らしいお嬢さんと……副長さんも隅に置けませんねぇ」
女将は、仲居達が支度をしている最中に話し掛けてきた。
「ああ……そうだな」
土方サンは適当な返事をする。
「それにしても、当宿でも一番の部屋を利用されるとは……さすがは副長さんでございますね」
「まぁ……今日はあのむさ苦しい奴等とは違うからなぁ」
「あらあら、こんな色男に大枚はたかせるなぞ……お嬢さんが羨ましいですわ」
一番の部屋?
大枚をはたかせる?
この宿は一泊いくらなのだろうか?
「さてさて。お支度が整いました。今宵はごゆっくりお寛ぎ下さいましね?」
「ああ……そうさせてもらおう」
並べられた食事は見た目も鮮やかで、食べるのが勿体無い程だった。
「いただきますっ!!」
私は早速、料理を口に運ぶ。
「わぁ……美味しい!!」
目を輝かせた。
「そりゃ良かったな」
土方サンは満足そうな表情を浮かべると、杯を飲み干した。
「あっ。お注ぎします!」
空になった杯に酌をする。
「ああ……すまねぇな」
お腹がいっぱいになり、大満足な私は土方サンの隣に座った。
「? ……いきなり、どうした?」
「土方サン……今日はありがとうございました♪すっごく嬉しかったです!!」
「お前が満足したなら……それで良い」
私たちは顔を見合わせ、笑い合った。
この世が乱世である事すら忘れてしまいそうになる。
まさに至福の一時だった。
夕餉の後は、部屋の窓から景色を眺め、話をした。
土方サンの事や私の事
二人が出逢う前の、その隙間を必死に埋めるかのように……
「さてと……そろそろ寝るか?」
「はいっ!」
同じ布団に潜り込む。
「初めて会った時は……訳の分からねぇ小娘だと思っていたが……そんな小娘に、いつしか本気になっちまうとはなぁ」
土方サンは照れ臭そうに言った。
「小娘じゃないですよぉ。もう、立派な大人の女性ですっ! ……そりゃあ、雛菊サンみたいな色気はまだありませんけど?」
「ほう……言うじゃねぇか」
一瞬にして、土方サンの雰囲気が変わるのが分かった。
「お前が、本当に大人の女なんだか……しっかり、教えてもらわねぇとなぁ?」
土方サンは不敵な笑みを浮かべると、私を強く抱き締め口付けた。
「土……方さ……ん?」
夜はまだ長い。




