憤り
屯所に戻ると、土方サンは私を布団の上に乱暴に降ろす。
「痛っ!!」
土方サンが怒っているのは、一目瞭然だった。
何も言わず、私を見下ろす。
その視線と沈黙が痛い。
土方サンは無表情のまま、私の右足を思い切り掴む。
「っっ!!」
捻った足を思い切り掴まれ、私は声にならない悲鳴を上げた。
「お前は……どうしていつも、そう無防備なんだ? 知らない奴に付いていくなと子供の時分に習わなかったのか?」
「それ……は、女性……だったから」
「ほう? 女だからと付いていって……挙げ句にあのザマか? 剣術どころか、刀すら持たないお前がどうやってその身を護るってんだ!? そもそも、原田達から報告が無かったら……今頃お前はどうなっていたか、そんな事も分かんねぇのか!?」
土方サンは声を荒げた。
先程の恐怖を思い出すと、涙が溢れる。
「……悪ぃ」
土方サンはそう呟くと、先程とはうってかわって、私を優しく抱き締めた。
「半分は……俺のせいだな。いや、あの女がああなっちまったのは、俺の……せいか」
涙を流しながら、土方サンを見上げる。
「まぁ……確かに、その、何だ? 田舎から京に来たばかりの頃は、ちぃとばかし派手に遊んじまったけどなぁ……今はそういう奴等とは全部縁を切った!!」
土方サンは少し照れ臭そうに言った。
「土……方サンは……縁の切り方……が下手……なんですよ」
「……うるせぇよ」
土方サンは抱き締める力をわざと強める。
「く……苦し……いで……す」
私のその様子を見て、土方サンはしばらくの間笑っていた。
その後
私が土方サンの膝元で横になりウトウトしていると、原田サン達は仕事が済んだようで報告に来た。
突然の事に、起き上がるに起きられず、私は仕方なくそのまま寝たふりをする事にした。
斉藤サンが報告を始める。
「長州の浪士3名と、あの女……尋問を行い、幾つかの有力な情報を得られました。こちらに関しては、特段急ぐべき情報でもありませんでしたので、書面にした後、閲覧頂こうと思います」
「そうか。奴等はどうした?」
「3人の男は奉行所に引き渡しました。余計な罪状も付けましたので、斬首になるのも時間の問題かと思います」
「女はどうした?」
「女の方は例の置き屋に……あの見世でしたら、逃げる事も叶いませんので丁度良いかと」
「そうか……」
斉藤サンの報告が済むと、原田サンが土方サンに尋ねる。
「土方サン! 嬢ちゃんは……大丈夫だったのか?」
土方サンは膝元で眠る、私の髪を愛しそうに撫でながら答える。
「間一髪……といった所だったがな。お前らのお蔭で無事に済んだんだ……本当に、お前らには礼を言う」
土方の意外な一言に皆、面を喰らった。
あの土方サンが……こんなに柔らかい表情で……お礼を言うなんて。
「まったく……こいつは、首に縄でも付けておきてぇくれぇ危なっかしい。本当に……どうしたモンだかなぁ?」
何の影響か……明らかに人が変わった、というか、人間味が出てきたというか……そんな土方サンに驚きつつも、四人は部屋を後にした。
「土方サン……変わったな」
平助クンがポツリと呟く。
「土方サンのあんな表情……初めて見たぜ」
原田サンも同調する。
「それ程に嬢ちゃんが大事なんだろうよ?」
永倉サンは笑いながら言った。
「まぁ……副長も人の子という事ですよ」
最後は斎藤サンが締める。
四人は廊下を歩きながら、そんな他愛もない事を話していた。
寝たふりをしていたが、私はいつの間にか本当に眠っていたらしい。
翌朝、起きてみると隣に土方サンが居た。
土方サンもほぼ同時に目を覚ます。
「ん? もう起きたのか。そうだ! 今日は……湯治に行く。目が覚めたのなら、支度をして来い」
「湯治?」
「お前……昨日、足を痛めたんだろう? 近藤サンと山南サンに、挫きに効く温泉があるからお前を連れて行ってやれと言われた。」
「近く……ですか?」
「いや。少し距離があるからな……泊まりにしようと考えている」
「泊まり……かぁ」
そう考えた瞬間、全身が紅潮した。
「なぁに赤くなってやがんだ? んな事ぁ今更じゃねぇか!」
土方サンは私の鼻をつまむと、笑いながら言った。
温泉……楽しみだな。




