鬼と桜
まずは台所に向かい、女中に土方サンの為のお粥を作って貰えるよう頼んだ。
土方サンの身体を冷やせる様、私は冷たい井戸水と手拭いを持ち、更には水に少量の塩と砂糖を入れたお手製のスポーツドリンクを作った。
「市販のスポーツドリンクのように美味しくはないけど……まぁ、飲めないこともない……か」
自室に戻ると体温計など必要な物を手に取り、土方サンの部屋へと急いだ。
「土方サン、失礼します」
部屋に入ると、土方サンは見るからに辛そうな表情で、無理矢理笑顔をつくると、
「やっと……来やがったか」
とだけ言った。
早速、土方サンの体温を測る。
39.24℃……高熱だ。
悪寒は無い様で、多量の汗をかいている事から熱も下がり始めるだろうと思った。
「汗を拭いて、一度着替えた方が良いですね。……今どなたかに頼んで来ますので少し待っていて下さい」
立ち上がろうとする。
「お前……が。お前が……やれば良い」
土方サンの言葉に、私は顔を真っ赤にして慌てる。
「そ、そんな! 無理ですよ!」
「お前……の時代は……男も女……も、関係ねぇ……んだろ? そう……前に言ってたじゃ……ねぇ、か」
この人は……記憶力が良すぎる。
そんな話忘れてくれて良かったのに~!!
「それに……肌見せ合うのも、今更……じゃねぇか」
その一言に全身が一気に紅潮する。
私のそんな様子を見て、土方サンは力無く笑っていた。
「もうっ! わかりましたよ! やりますよ!!」
ただの実習だと思えば良い。
臥床[←寝ていること]患者の衣類交換や清拭[←身体を拭くこと]など、1年時の看護技術でやったではないか。
浴衣への衣類交換も体験済みだ。
何でも無い事だと言い聞かせ、大きく深呼吸する。
「じゃあ……始めますよ?」
と言うと、布団を剥がさずに浴衣の帯を解く。
本来なら布団は剥いでから行う方が、断然やりやすいのだが……布団は掛けたまま行う事にした。
……何を隠そう、私が気恥ずかしかったのだ。
とにかく、実習でやった通りに進めて行く。
「体勢は辛くないですか?」
「気分はいかがですか?」
つい、セオリー通りの言葉が口から出てしまう。
「……ああ。大丈夫だ」
テキパキと清拭や衣類交換を進め、あっと言う間に終了した。
「やっぱり……お前は、手慣れてんなぁ?」
「たくさん練習しましたから!」
着替えが終わったところで、冷たい井戸水で濡らした手拭いを、首元や脇の下・太股の辺りに当てる。
高熱が出た際に冷やすべき場所は、大きな動脈がある場所が良いとされている。
例えば……
首元というのは、総頸動脈がある。
脇の下は、腋窩動脈がある。
太股というか股関節辺りには、大腿動脈がある。
一般的にオデコを冷やすが、あれは単に気持ちが良いからであって、体温を下げる意味は殆ど無いそうだ。
そこまで終えると、女中がお粥を持って部屋に来た。
女中からお粥を受け取る。
「土方サン……お粥は食べられそうですか?」
「ああ……少し貰う」
そう言うと、土方サンはお粥を半分程食べた。
「熱が下がるお薬を飲んで下さい」
頭痛持ちの私が常備していた現代の解熱・鎮痛剤を手渡し、お手製のスポーツドリンクもどきを渡す。
「こりゃあ……何だ? 菓子みてぇな小ささだが」
初めて見る形の整った綺麗な錠剤に、土方サンは首を捻る。
「私の時代から持ってきた薬です。熱が下がったり、痛みによく効きますよ」
土方サンはしばらくの間、その錠剤を眺める。
「毒じゃありませんよ。安心して下さい!」
「……疑ってる訳じゃねぇよ。まぁ、お前に一服盛られるならそれも本望……ってな?」
「もうっ! そんな事しませんって。少なくとも、石田散薬よりは良く効きますよ!」
「そうかい、そうかい」
土方サンは錠剤を口に放り込むと、渡した飲み物を一気に飲み干した。
「此処に居ますから、少し休んで下さい」
「そういやお前……今日の隊務はどうした?」
「山南サンが、今日は土方サンの看病をするようにと言ってくれたので大丈夫ですよ」
「……そうか」
小さく呟くと、土方サンは再び瞼を閉じた。
薬のお蔭もあってか、土方サンも夕刻にはすっかり解熱していた。
「熱が下がってくれて、良かったです。でも……私のせいですよね。私が昨日、土方サンを布団から追い出して寝てたから……だから、熱を出しちゃったんですよね」
私は、心から土方サンに謝る。
「んなもん、お前のせいじゃねぇさ。それより……今日は、ありがとう……な」
土方サンは、照れ臭そうにお礼を告げた。




