困惑
再び目を覚ました私は、何故か数人の男たちに囲まれている。
…………!?
それどころか……私の頭が……一人の少年の膝の上にある!?
その状況に気付いた瞬間、私は驚きのあまり慌てて飛び起きる。
「あ! 天女サンが目を覚ましましたよ?」
少年は一瞬にして嬉しそうな表情に変わると、ニカッと笑った。
改めて辺りを見回してみると……そこは時代劇のお屋敷のようだ。
ここは……何処だろう?
「で? 総司、俺は確かに捨て置けと言ったはずだが……お前はどうして俺の言う事を無視して連れて来た!? 女は犬猫じゃねーんだ。勝手に拾って来るんじゃねぇよ!」
これは……先程の低い声だ。
声の主は、あからさまに不機嫌そうな表情をしている。
綺麗な顔をしているのに……勿体無い。
不謹慎にも、それが私の率直な感想だった。
「やだなぁ、土方サン。女の子には優しくしろって、習わなかったんですかい? 僕はね、土方サンみたいに冷血漢じゃないですからねぇ。倒れている娘をそのまま捨て置くだなんて……そんな非道な事はできませんよ」
総司と呼ばれた少年は鼻で笑いながら、わざと嫌味の含んだ言い方をする。
その険悪な雰囲気に割って入る勇気もなく、私はただただ俯いていた。
そんな時、二人の男がやって来る。
「あっ、近藤さん! 山南さんも居る!」
総司さんは、その男性を見るや否や、嬉しそうな表情を浮かべる。
「総司が何やら珍しい娘を連れてきたと聞いてなぁ……何事かと思って来てみたのだが……」
「そうなんです! 先刻、屯所の裏庭の桜の木に彼女が舞い降りてきまして……。あっ、舞い降りてきたというのは本当なんですよ? これは嘘ではないですからね? まぁ、とにかく……そのまま捨て置くなんて酷い事は、僕にはできなかったから……だから、保護したんです! それにね、近藤サン。彼女はきっと……桜の大樹に使わされた……桜の天女なんですよ」
総司さんは必死に説明した。
「フフ……総司は相変わらず優しいなぁ。ふむ……天女か、それは実に風情がある……そうは思わんかね? 山南君」
「そうですねぇ。桜とは少々季節外れではありますが……まぁ、その発想は実に沖田クンらしいですね」
近藤さんと山南さんは顔を見合せて微笑んだ。
その直後、近藤サンは私に視線を合わせると、柔和な表情で優しく尋ねる。
「さて……実際のところ、お嬢さんはどうしてあんな所に居たのかな?」
「………わかりません」
私がそう答えるや否や、喉元に刀の切っ先が突き付けられる。
「おい、お前……嘘吐くんじゃねぇよ。隠し立てする奴ぁ、昔っからクロだと決まってんだ。正直に話さねぇと、痛ぇ目みるぞ? それとも、お前……斬られてぇのか?」
私に刃を向ける者……それは、総司さんが「土方さん」と呼んでいた男だった。
土方さんは、冷たい表情で私を見下ろしている。
怯むものか……
私は何一つ悪い事はしていないし、嘘だって吐いていない。
何より、訳が分からないのは私の方だ。
それなのに……どうして、私が責められなければならないのだろうか?
「分からないモノは、本当に分からないんです! それでも私を斬りたいと言うのなら……斬りなさいよ! こんなの……どうせ夢……なんだか……ら」
気付けば、私の目からは涙が溢れていた。
それが恐怖からくるものなのか、悔しさからくるものなのか……自分でもよく分からない。
だが……ここで先に目を反らした方が負けだと思った私は、必死に土方さんを睨み続けた。
「トシ! 止めんか!」
近藤さんの一声に、土方さんは瞬時に刀を仕舞う。
「……チッ」
「土方君。刀を持たぬ女性に刃を向けるなど、感心できませんねぇ。それに……斬るという言葉は、女性に向ける言葉として不適切ですよ?」
山南さんは、近藤さんの言葉の後に付け加えた。
土方サンは、バツが悪そうな表情と共に眉間に皺を寄せ、私から視線を反らす。
何だか……更に険悪な雰囲気になってしまったような気がする。
必死に頭を巡らせるが、この場を和ませられる様な妙案は全く浮かばない。
目の前の状況と、自分の置かれた状況を理解することも出来ず、服の裾をギュッと握り、口を真一文字に固く結んだ。