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第八話 『OUTBREAK』

第八話 『OUTBREAK』


二月二五日 二二時二○分 ???


 眠りから覚めると見慣れないホテルの一室だった。

そうだ、この三週間の間ホテルを転々としていたんだった。もう、準備は整った。そろそろあの男――坂城冬を殺しに行かなければならないんだけど、アイツはまだアメリカにいるらしい。

 香もなかなか良い働きをしてくれている。もう少しだ、あと少しなんだ。

 部屋の扉が開いて一番の協力者――ジュノが入ってくる。

「この調子だと、今日明日には作戦を決行できそうね。十数年地道に活動した甲斐があったわ」

「ジュノおかえり。一応聞いておくけどさ、まだ本人にはバレてないよね?」

「ええ、バレてないわ。バレたら声とか口調を変えた意味が無いじゃない」

それはごもっとも。

「君はシワを消したりもしてたね。まぁ、僕はシワが目立つ歳じゃないしね」

「ふん、良いじゃない別に。それより私の事が彼にバレてないか心配なの」

彼――ジュノが彼という時は心のことだ。心とは一度だけ接触しているから気にしているらしい。

「それは大丈夫だよ、心は変なとこで鈍いからね。それに今はアメリカにいるらしい。バレるとしたら……坂城冬くらいかな」

「そう、良かったわ」

 この親愛なる友人に聞きたいことがあった、いい機会だ聞いてみよう。

「何で僕に手を貸す気になったんだい?」

 ジュノは少しきょとんとしたあと、笑顔になる。

「それは私をトップにしてくれるって言うからよ。じゃっ、私そろそろ行くわね」

「いってらっしゃい」

ジュノが部屋から出ていく。彼女らしい実に単純な解答だった。

さて、今は不安要素が無い。いや、一人だけ用心しなくちゃいけないな。テミス――今はまだ幼いけど、未来での姿を考えると……用心しておいた方が良いな。

「さて、様子を見に行こうかな」

あの二人もいつ帰ってくるかわからない。頭で移動したい場所を思い浮かべて、目を瞑る……そしてすぐに目を開ける。目の前には都会のビル景色が広がっていた。

「……A地区か」

 近いうちこの街が――未来が変わる。


*    *     *


二月二五日 二二時三○分 A地区 組織基地


 二月の終わりになっても春が近づいてくる気配はない、特に夜が寒い。毎日見張りをやっているけど夜だけは遠慮したい。

心くんがアメリカに行ってから三週間が経った、その間に日本は変わった。日本の警察は機能しなくなり軍隊も全滅、だけど国民の負傷者はゼロ、組織の被害はスクルドが意識不明、そしてポルックスさんが亡くなったことだ。

信じられないのは、こんな所業を三人でやってのけたことだ。

「お姉ちゃん、そろそろ寝ようよ。パーンさんとアレースさんが変わってくれるってさ」

 美季が眠そうにあくびをしながら訴えかけてくる。 私もそろそろ眠くなってきたからちょうどいい。

「うん、寝よっか。」

 美季と二人で下に降りようとすると、ちょうどアレースさん達がエレベーターで上がってくるところだった。

三週間前から住んでいる家だが住みやすいだけでなく機能性が抜群だ、一体どうやって建てたのだろう? どう考えても一晩で建つ家じゃない。組織が凄いと改めて実感した。

「お疲れ様、大丈夫か?」

 アレースさんが労いの言葉をかけてくれる。

私はアレースさんが大丈夫かどうか心配だ。この三週間、アレースさんはウルドの奇襲を含めた戦闘にすべて参加している。

 だからこそ、私は心配をかけたくない。笑顔で対応する。

「はい、大丈夫です」

「一般人にも気を配らなきゃいけないからね。ダルいよね~」

 パーンさんも話題に乗ってきた、その怠さは体調が悪いからだと思いますよ? この人は五日くらい寝てないはず、体調が良いはずが無い。ただのキザ男では無かったらしい。

 やっぱり私達じゃなくて二人が寝た方が良い、どう考えても大丈夫じゃない。

「ははは……大丈夫だ。二人の方が早く寝た方が良い。特に美季、お前は三日くらい寝てないだろう? 体が持たないぞ」

 アレースさんが笑いながら言う。いきなり話をふられた美季はビックリしている、どうやら図星らしい。

 私としたことが読心の能力のことを忘れていた、これではダメだ。ウルド達が相手だったら命を落としている。

「いや……」

「「おやすみ」」

 二人が強引に話を切る。

美季は多分、パーンさんの方が寝てないと言いたかったんだと思う。だけど私達のような組織の一員に成り立てと組織に長年所属していた二人では体の作りが違うみたいだ。

その場を二人に任せてエレベーターで下に降りる、そして各自ベッドに潜り込んだ。目を瞑って考える――心くんはいつ帰ってくるのか、坂城さんは見つかったのかな? 見つかったなら早く帰ってきて欲しい、もう時間がない。


*    *     *


二月二六日 九時四五分 A地区 組織基地


「……沙季……起きて沙季!」

 誰かの声がする、もう朝? 目をゆっくりと開くと外の光が視界遮る、すっかり昼の天気だった。昼まで寝ていたのかな?

傍らには美季が寝ている、それとパーンさんが私を見ている。声をかけてきたのはパーンさんのようだ。

「んー、どうしたんですか?」

「榊原が来――ちょっと!」

 私は反射で駆け出していた、銃とナイフを持っているあたり我ながらちゃっかりしていると思う。榊原、榊原、榊原香……どうしても自分の手で殺したい。

心くんを裏切り、ウルドの味方をした末に新田くんを殺した。いや、新田くんは自殺だった。でも心くんの信頼を裏切ったのは彼女だ。

ここ一か月くらいで私の中の心くんへの想いが少し形を変えて大きくなってきているのは自分でもわかっている。だからこそ彼女が許せない。

玄関を飛び出して銃を構えて辺りを見渡す。刀を鞘に納めて道路に立っている榊原が視界に入った、アレースさんと対峙している。今がチャンスと思い狙いを定めると榊原がこちらに気がついた。

「聖条院さんですか、また厄介な人が来ましたね」

「よそ見するな!」

 アレースさんが地面の石を蹴ったが榊原は瞬時に別の場所へと移動した。しばらく見ないと思ったら瞬間移動ができるようになっている、ウルドを一度切ったの?

そうすると、今はウルドが少し弱くなってることになる……チャンス?

「沙季! 落ち着けよ、そんな熱くならずに僕のようにクールに――」

「イライラするから黙ってろ」

「はい……」

 私を追いかけてきたらしいパーンさんがアレースさんに一喝された。まあ、今はそういう雰囲気じゃなかったからパーンさんが悪い。

「アレースさん、今は単体ですからチャンスですよ」

「ああ。沙季、ここで仕留めるぞ!」

「あなた方に出来ますかね?」

 榊原が刀を鞘から抜くと、一メートルくらいの長さの刀が姿を現す。そして刀を傾けて日の光を私へと反射させてきた。私は目を瞑ってしまった。

「沙季、危ないっ!」

 パーンさんの声がしたと思ったら、足払いをされていた。私はバランスを崩し地面へと崩れ落ちる、そして頭上を榊原の刀が通過した。

「大丈夫か?」

 アレースさんが榊原に蹴りを繰り出しながら声をかけてくれる。足払いをしたのはアレースさんだったらしい、 私を榊原の攻撃から避けさせるためにしてくれたようだ。

「大丈夫です!」

私はすぐに立ち上がり、榊原に照準を合わせて引き金に指をかける。今から榊原の未来予知もしておけば、完璧だ。

未来の榊原は瞬間移動を使い今度はアレースさんの後ろに現れる、私がそれを読んでそこに照準を合わせると、次は私の後ろに瞬間移動するみたい……それを狙おう。

榊原が消える瞬間に合わせて私はアレースさんに照準を合わせる。

「アレースさん、しゃがんで! パーンさんは私の近くに居て!」

 私は引き金を引く。一瞬、榊原が見えた気がしたけどすぐに消えてしまった。ここまでは未来通りだ。既に私の右側と左側に誰かがいる。多分右の気配はパーンさん……じゃあ榊原は左だ。

回し蹴りを左側の誰かに食らわせた――その蹴りは人が出せるスピードじゃなかった。

「ぐっ!」

 左側にいて私のミラクル回し蹴りを食らったのは予想通り榊原だった。大体三○メートルくらい吹き飛んだだろう。

なんで、こんな蹴りが出来たんだろう。体には負担がかかるみたいで少し痛い。もしかしてアレースさんが――

「私の体を加速させたんですね」

 そう言うとアレースさんは不敵に笑う。

「ここは協力する場面だ、刀に気を付けながら肉弾戦で行こう。パーンも頼むよ」

「分かりました、じゃあアレースさんが加速と減速を繰り返して、僕が瞬間移動とかしましょうかね、沙季がメインでいくよ」

 適当に作戦を決めた後、私は弾の残りをチェックして榊原の様子を伺う。榊原はムクッと起き上がって服をはたいている。生きていてくれて良かった、なるべく情報を聞き出したい――例えば心くんの事とかだ。

「いくぞ‼」

アレースさんの声を合図に私は走り出す。

けど、組織の二人はそんなレベルじゃなかった。私が走り出したと同時にパーンさんが瞬間移動して榊原の後ろに回り込み、ナイフで切りかかる。その攻撃は榊原の刀によって防がれた。

しかし、次の瞬間には榊原は横に吹き飛んだ――アレースさんのパンチによって。

「榊原、私が瞬間移動出来ないと思っていたんだろう。甘いよ」

 アレースさんはもう一度瞬間移動して、今度は榊原の背中を踏んづけている。

 アレースさんが瞬間移動をしているのを初めて見た、やはり彼女はまだまだ本気をだしていないのか?

「ぐっ! ……あなたには、瞬間移動の才能も時間停止の才能も無かったはず」

「ふん、ウルドが言ったのか。確かに才能は無かった、でも瞬間移動する方法はいくらでもあるだろ?」

「なるほど……目で追えないだけなのですね」

 そうか! ただ加速しただけなんだ。目で追えないくらいの速さまで加速したから瞬間移動してるように見えたんだ。

だけど、そんなことしたら体がもたない。私がさっきの回し蹴りだけで体を痛めているように、いくら鍛えていても女性が耐えられるとは思えない。

「気がついても遅い。もう終わりだ、榊原。私達の勝ちだ」

 アレースさんが拳を構える。そして何を思ったのか榊原が笑い出す。

「ふふ、どうですかね。まだ私達は負けてないですよ」

「いや、負けだ」

……私達? もしかして、あいつらが来るの? 今の状況はタイミングが悪い……テミスちゃんが帰ってきてくれないと確実に死んでしまう。

それより、今はアレースさんが危ないっ!

「アレースさん! そいつから離れて!」

「良い判断だ、でも遅かったね」

 黒い影が先生の後ろに現れる、空中で体を捻っている。

「なっ――」

影はそこから回転してアレースさんを蹴り飛ばす。影はの正体はウルドだ。

「パーンさんっ、アレースさんを!」

「任せて~」

 パーンさんは、瞬間移動してアレースさんの飛ばされている方向へ移動して受け止めてくれた。

後は彼に任せて、私はウルドに向き直る。

「今日は、テミスがいないのか……これは楽勝かな? ねぇ、聖条院さん」

「ウルドっ!」

 ついつい怒鳴ってしまった、ポルックスさんを殺したのもスクルドを意識不明にしたのもコイツだ。でもここは冷静にならないといけない場面だ。

「沙季! こっちに来なさい!」

 アレースさんの声が私を呼ぶ、良かった無事みたいだ。だったら尚更落ち着いて対応しないと彼女の足を引っ張ることになる。

私はウルドを視界に捉えたまま、素早くアレースさんのもとに駆け寄った。

「いいか、沙季。テミスが来るまでの辛抱だ、私達はできる限りの時間稼ぎをしよう」

アレースさんが立ち上がりながら、私に指示をくれる 。その作戦が最善だろう。

「分かりました」

「何話してるの?」

「――――!」

 背後からウルドの声、すかさず蹴りをいれる。今ならアレースさんが加速させてくれるはずだ。しかし、私の蹴りはウルドの頭上を通り過ぎた、勢いで地面に倒れそうになる。

 ウルドが私に狙いを定めている、構えからして回し蹴りだろう。

「一人目」

 そう言いながら、ウルドは私へと蹴りを繰り出してくる。

当たる! そう思った時、私の体が宙に浮いた。ウルドの蹴りは私の蹴りと同じように空を切った。

アレースさんが減速の壁を作ってくれたようだ、そして何事もなかったかのように私は着地する。とにかく、蹴り空振ったウルドは隙だらけだ、私はウルドに銃を向けて引き金を引いた――がウルドが姿を消す。

「ふー、危なかった。死ぬとこだったよ」

 ウルドは私達から離れた家の屋根の上にいた、逃げ足が異常に速い。でもウルドが血を流す未来は私に見えている。私はこの三週間、未来更新時間短縮と武道の上達に努めてきた。今となっては未来が変わっても五秒あれば更新できる。

「油断するなよ、ウルド」

「っ⁉」

未来の通りポルックスさんのトンファーがウルドの頭を捉えた。血が飛び散る、血が地面へと落ちる時にはウルドはいなくなっている。今度はどこに――

ふと、背後から人の気配がした。私は今度こそと思い、渾身の回し蹴りを繰り出す。

「ダメだ、沙季!」

アレースさんからストップがかかったが、もう動き出してしまっているから手遅れだ。

私の足が蹴ったものはウルドでは無く――刀だった。あと二、三秒遅ければ、こんな未来は回避できた。私の脚が刀を通り抜ける、恐らく私の能力を少し持っていかれた。

「私の事を忘れていましたね。聖条院さん」

刀の近くには榊原が立っている、すっかり忘れていた。

「くっ!」

 ウルドに気をとられ過ぎていた。能力のレベルは……更新に三○秒くらい必要になっちゃったか。足が切断されたわけじゃないから大丈夫、まだ戦える。

 榊原は私を見て笑う。

「なるほど。あなたの能力はこういう能力でしたか、これは使えますね。ということはそろそろ……」

榊原が右に移動する、少し遅れてアレースさんが榊原の左を通過した。もう未来予知を使いこなせるの⁉ これがウルドが言っていた才能、か。

「あなた方の攻撃はもう当たりませんよ」

 ウルドが榊原の横に現れる。

「香、そろそろアレやるよ」

「そうですか、分かりました。向こうは失敗したらしいじゃないですか。しっかりしてくださいよ、今はジュノさんが向こうに?」

「そうだよ。大丈夫、今度は失敗しない」

 向こう……失敗……もしかして、心くんが帰ってきてるの? ジュノが向かっていると言ってたけど大丈夫かな?

 アレースさんに軽く頭を小突かれる。

「沙季、余計な事は考えたらダメだ。桜庭くんの事が気になるのは分かるが」

 そうだ、目の前の敵に集中だ。心くんは強い、そう簡単には死にはしない。

「分かってます」

「まずは、僕が隙を作りますから――ウルドがいない。何を仕掛けてくる気だ?」

 パーンさんがキョロキョロと辺りを見回す。

「いないなら、榊原を捕まえましょう!」

 そう言って私は榊原を探す、榊原も見当たらない……逃げた?

「僕ならここだよ!」

「上だっ!」

 アレースさんが身構える、パーンさんは上空に目を凝らしている。私は何だか嫌な予感がした、姿勢を低くして走る準備をする。

しばらく無音の状態が続いていたが、静寂を破るように黒い点が空に無数に現れる。

「家?」

 パーンさんがぼそりと呟く。それを聞いてアレースさんが呆気にとられている、私も呆然としてしまっていた。すぐに我に返りみんなに呼びかける。

「あれが地面に落ちたらマズいです。逃げましょう!」

私達にウルド達を捕まえるのは無理だ、殺すつもりでいかないとこちらの命が危ないのが良く分かった。

――急に視界が暗くなる。

「やばっ!」

私の真上に一軒、家が瞬間移動してきた。視界が暗くなったのはこの家の影の影響か!

「アレースさんっ、沙季のフォローを!」

「わかった!」

 二人の会話が途切れるのと同時に私は走り出す。私の足が急に速くなった、アレースさんが加速させてくれている。最初の一軒は楽々かわすことが出来たが一軒から逃れるとまた一軒降ってくる、一難去ってまた一難とはこの事だ。

家が崩れる音が鳴り響く。その音が色々な方向から聞こえる、あの二人も逃げているようだ。

「沙季っ! 君は瞬間移動が出来ないんだから自分のことに集中だ!」

パーンさんの声が聞こえる、私はそれに従う。とにかく全力疾走、しかし私のスピードに合わせるかのように、一軒一軒が間髪いれずに降ってくる。

その時、何かとぶつかった。私は猛スピードで走っていた反動で倒れこむ。

「痛っ……」

「あっ!」

 私がぶつかったのはアレースさんだった。もしかして私達、誘導されていたの⁉

「沙季、ボーッとするな! 逃げるよ!」

 アレースさんの手を貸りて立ち上がる。そこにパーンさんが現れる。

「ちょっと二人とも何してるの? 僕が瞬間移動させるから、待ってて」

「何しにきたんだ! 私はともかく、沙季は瞬間移動出来ないだろう!」

「あ……やば」

「とにかく逃げましょう!」

逃げなきゃいけないのに、ベテランのお二方は何してるの⁉

するとまた視界が暗くなる、そんなことをしている間に上空から何かが降ってきたらしい。それはもっと大きな物だった。

「あれって……ビル?」

「沙季、早く逃げ――」

私が走り出そうとした時、頭上十メートルほどの位置にビルが瞬間移動してきた。とてもじゃないけど、逃げれる距離じゃない。

――私はここで死ぬんだ。そう思った時、遠くから何かが飛んできた。

「(待たせちゃったね、沙季お姉ちゃん)」

 そんな声が聞こえたと思ったら、周囲が緑色の光に包まれる。

 次の瞬間、物凄い地響きと共にビルが崩れる音が聞こえた。体に痛む箇所は無い、もしかして助かった?

ゆっくりと目を開く。目の前には見慣れた小さい背中、その背中が振り返る。

「(沙季お姉ちゃん、怪我しなかった?)」

「テミス……ちゃん……」

「(ただいま)」

ニコッとテミスちゃんが微笑みかけてくれる。体の力が抜けていく。失ったと思った命が助かるのは嬉しいなんて言葉じゃ言い表せない。こんなにも心と体に反動がくるくらいだ、しばらく動けそうにない。

私は人が一人亡くなることは世界が一つ消えて無くなることだと思っている。その人が認識していた世界、その人が存在していた世界、自分の中の自分だけの世界――そういったものが消え去る。スケールが大きい、だからホッとしているのに涙が出ない。

「(沙季お姉ちゃん、大丈夫?)」

「うん、大丈夫だよ」

「(良かった。ビルがいい感じに崩れたから、ウルドお兄ちゃんもアレースお姉ちゃん達も沙季お姉ちゃんが死んだと思ってるよ)」

「それ、なんか嫌だな……」

私が死んだことにされているらしい。でも良かった、二人が無事で。

状況を把握するために周りを見渡す。上はビルの瓦礫だった、そしてそれを支えるように緑色の光がドーム状に展開している。 

「(私がやったの)」

「テミスちゃんが?」

「(うん、何て言うんだけ……? あ、そうそうバリア!)」

 テミスちゃんは両手を前に出して言う。このポーズはバリアを表しているらしい。

「バリア……そんな能力初めて見た」

「(海外では少しいるみたい。外が心配だね……一緒に様子を見に行く?)」

私は首を振った、まだ動けそうにない。ここはテミスちゃんに任せようかな、組織の中でもテミスちゃんだけがウルドの足止めが出来る。今の私は足手まといだ。

私の心を察したのか、実際に心を読んだのかテミスちゃんは私に「またね」と言ってから姿を消した。

もう一度状況を確認する。このドーム状のバリア……確かにここは安全だけど、外の様子が全く分からない。地響きが伝わってくるから、戦いは続いているみたいだ。

急にポケットが振動した。瞬時にポケットに手を当てる、携帯電話がポケットに入っていたらしい。私はそれを取り出す――美季からの着信だ。すぐに通話ボタンを押して、耳に当てる。

「もしもし、美季?」

「あ、お姉ちゃん! 大丈夫なの⁉」

「うん、私は大丈夫。美季は大丈夫なの? それに今どこに――」

「話したいことがあるんだけど……お姉ちゃん今何してるの? てっきり戦ってるものと思ってた、留守電のメッセージ考えてたのに!」

 美季は自分の居場所を言いたくないらしい。昔から隠し事が多い子だったけど、相変わらずらしい。

「テミスちゃんがさっき来たから安全な場所にいるのよ。その安全もいつまで続くか分からないから、話は簡潔にお願い」

「じゃあ重要な所だけ伝えるね。私は今から小早川を探しに行こうと思ってるの」

「小早川を⁉」

「そう、さっき坂城さんから電話があったの。いや、正確には坂城さんが録音したメッセージが届いたんだけど。それで坂城さんが死んでるみたいなの」 

 どうして、坂城さんが死んだことになったんだろう? 分からない、美季は頭の整理がまだ出来ていないみたいだ。

「美季、落ち着いて話しなさい」

「うん、分かった」

 溜め息やら深呼吸をしているらしい、息を吸ったり吐く音が聞こえる。

「ふぅ……あのね、坂城さんが二月四日に録音したメッセージが届いたの。そのメッセージは坂城さんが死んだ時に私に送られることになってたらしいの、だから坂城さんはもう死んでる。えっと……内容はけっこう覚えてる。大きく分けて三つ、簡潔に伝えるね。一つ目は坂城さんはアメリカでウルド達に抵抗するための武器を作りに行った。二つ目は小早川はウルド達がどこかに監禁しているという事。最後、ウルドの正体は小早川楓の未来の姿でジュノの正体は榊原香の未来の姿であるということ」

「ちょっと待って……」

 ウルドが小早川でジュノが榊原。この先、小早川はウルドとなり榊原はジュノになる。なるほど、だんだんと美季の計画が読めてくる。

「美季、あんたは小早川を殺してウルドがここに来る未来を消そうとしてるのね」

「……ははっ、流石。良く分かったね」

「何年一緒に居たと思ってるのよ。でも、それは不可能だわ。何故なら――」

 小早川がどこに居るかは誰も知らない。この広い世界を短時間で回りきるのは人間には出来ないことだ。

「大丈夫だよ、ちゃんとアテはあるから」

「アテ?」

「そうだよ。どうしようかな……うん」

 美季が何も喋らなくなる。何を考えているのだろうか、それにアテがあるとはどういうことだろう。

「少し長くなるけどいいかな?」

「いいわよ、話しなさい」

「私ね、最初はウルドに手を貸していたの」

「え――」

「そして桜庭くんを襲った、けど怖くなって……すぐにウルドから離れたわ。善本も一緒だったけど、彼もすぐにウルドから離れた。手を組んでいる間、地下に行ったの。その時にウルドが念入りにチェックしている建物がいくつかあるの、そこに小早川がいる可能性が高い」

「それが、アテ?」

「そう、行ってきてもいいでしょ?」

 美季が勝ち気な笑みを浮かべているのが分かる。美季のことだ、どうせ止めたって行くに決まっている。

「……絶対に帰ってきなさいよ」

 何も言葉は返ってこなかった、けど――死なせないからね、美季。

「何してるの?」

 ――バレた。ウルドの声がしたと思ったら私の体は飛んでいて、すぐにバリアの壁に当たる、骨にまで響く鈍い音がした。

ウルドが嫌な笑みを浮かべている。

「やけに、テミスがビルの瓦礫の山を庇うからさ、逃げたふりして中を見に来てみたら……まさか生きてたとは」

 テミスちゃんも無意識のうちにやっていたことだろう。それにしても話し方が人を馬鹿にしているようでむかつく。

「ははっ、むかつくって言われても困るよ。だったら僕の計画を邪魔しないでくれ、そうすれば誰も死なないし、むかつくこともない。良い提案だと思うけど、どうだい?」

「お断りするわ」

「そうかい、残念だよ。それにしてもこの能力……テミスか」

 ウルドはバリアの壁に触れながら何かを確かめている。今、気が付いたがウルドの体のあちこちに傷がある。テミスちゃんに相当削られていたらしい。

「あまり長話はできなさそうだね、テミスにすぐ気づかれそうだ。まったく……なめていたよ、子どものテミスなら余裕だと思ってたんだけどなぁ」

 そんな事を言いながら、ウルドは地面に座りだした――敵意を感じない。

「まぁ、そんなピリピリしないでよ。僕の正体も少しは分かってるんでしょ? ちょっと話をしようよ」

「…………」

 話? 警戒を解くわけにはいかないからそのまま聞く。

「単刀直入に聞くけど、僕と手を組む気はないかい?」

「は?」

 今、何て言った? 手を組む? あれだけ人を殺めたり家を壊したりした人と、手を組むわけない。人のことを馬鹿にして――

「わかった、わかった。アプローチを変えよう。君は運命を信じるかい?」

 運命……ね。良い言葉のはずなのに、ウルドが口にすると悪い言葉に聞こえる。

「信じるわよ、だから何?」

「僕は二回サバイバルゲームを経験している、一回目は参加者側、二回目は今――主催者側だよ。一回目と二回目には違う点がある。一回目のサバイバルゲームの時には君は参加してなかった。いや、君だけではなく君の妹と坂城冬も参加していなかった」

 ウルドの言う一回目は若き時代のウルドが体験したものだろう。そして過去に戻ってから二回目というのを体験したのだろう。当然、一回目と二回目は違うものになっている。

「どうしたんだい、そんな顔して。僕の正体は分かってたんでしょ?」

 知っていたけど、こうもあっさりと自分が未来人だと認めると思ってなかった。

「ふふ……つまり僕は君達姉妹と坂城冬は行動が読めない。僕にとっては不安要素なんだよ。それに加えて今は亡き善本のおじさんも僕の不安要素だった」

 不安要素ならすぐに命を狙って計画を進めやすくするはず……だけど、そうしないってことは失敗したってこと。

先手必勝、駆け引きをする時は相手を動揺させなきゃ!

「サバイバルゲーム開始前、美季に心くんを襲うのを手伝わせたのはそれが理由ね! 手伝わせることによって仲間意識でも芽生えさせようとしたのかしら? 」

 ウルドの顔が強張る。

「いつかはバレると分かってたけどな。このタイミングでバレちゃったか」

 よし、ウルドにペースを乱されちゃいけない。逆に私がペースを乱してやる。

「その様子からして図星ね。不安要素である二人を手中に収めようとしたけど、失敗したってことね。坂城さんには断られたんでしょ? それで今になってから残りの一人を手に入れようとしてきたわけね、合点がいったわ」

「……くそっ」

 ウルドが初めて笑顔を崩した、悔しそうにしている。良い感じ、このまま追い詰めてやるわよ! テミスちゃんが来てしまったら、こんな風にじっくりと話しながら精神的に追い詰めることは出来ないから素早くやらないといけない。

「作戦を暴いたところで改めて言うわ。その手には乗らないわよ、小早川楓くん」

「なっ――」

 ウルドの顔が一気に青ざめる。

それを待っていたかのようにビルの瓦礫の一部が消えて外が見えるようになった。それと同時に瓦礫が降り始めた。見えないバリアが消えたらしい。

「「沙季っ!」」

「(また待たせちゃったね、沙季お姉ちゃん)」

 アレースさん達が来てくれた。アレースさん達に連れられてビルの瓦礫の中から抜け出す。ウルドも抜け出していたようで、今はビルの瓦礫の上で頭を抱えている。動揺させるくらいで良いと思ってたけど、ここまで効果が出るとは思わなかったが狙うなら今しかない。

全員が同じことを考えていたのかウルドに一斉攻撃を開始した――私は銃を発砲し、私以外が瞬間移動をしてそれぞれ状況に合わせて攻撃する。

でも、誰も攻撃を当てることができなかった。私の銃弾は人差し指と中指で受けとめられ、三人の攻撃に対しては器用に体をひねり避け、全員を蹴り飛ばしていた。

「正体がバレた以上、生かしておかない。これからの僕は本気だ、必ず君達を殺す」

「よそ見はほどほどにしな、ウルド」

 パーンさんがトンファーがウルドの脇腹を捉える。しかしウルドは何もなかったかのように立ったままだ。

「どけ、雑魚」

 その言葉と同時にウルドは素早くトンファーを奪い取り、パーンさんの頭部に向かって振り抜いた。グチャという嫌な音が聞こえ、思わず目を瞑る。

「パーンっ! 貴様っ!」

 アレースさんの声がする。目を開くとウルドと取っ組み合いになっているアレースさんの姿が目に映った。

「アレースさん、貴方と戦っている場合じゃない。まぁ、見た感じ大人しく退いてくれなさそうですけどね」

「当たり前だ、弟子の失態は私の失態だろ?」

「弟子……そんな時期もありましたね。でも今回は僕の失態じゃない、あなたの失敗だ」

 ――助けなきゃ! 頭で分かっても体がついてこない、パーンさんが倒れている姿が目に入り体が固まる。怖い、やっぱり死ぬことが……怖い。

 その時、テミスちゃんが私の手を掴んだ。

「(沙季お姉ちゃん、大丈夫だよ)」

「テミスちゃん……」

「(私がいるから、一緒に頑張ろ?)」

 少しだけ、緊張が解ける。私の方が年上なのに情けない、ここは私がテミスちゃんを引っ張って行かなきゃいけない場面だ。

「(沙季お姉ちゃん、敵がどこかに隠れてるみたいだから気を緩めちゃダメだよ)」

確かに……榊原がいない。

「(アレースお姉ちゃんならまだ大丈夫だよ。私も本気を出す、お姉ちゃん達は二人で援護してくれる?)」

 アレースさんに目をやる、ちょうどウルドに一撃を与えているところだった。この二人とならやれる、みんなを信じよう。

「分かった、援護するわ」

 テミスちゃんは、バリアと同じ色の光を使って盾と剣の形を作り始める。形が出来ると下から光がなくなっていき物質的な盾と剣が現れた。

その盾と剣を地面に置いてから、テミスちゃんはもう一つ剣を作り出して私に渡してくれた。しっかりとした剣だ、そんなに重くなくて振りやすい。

「(これが限界だから、盾は……私が貰うね)」

「え……くれないのね。分かった」

 へぇ……能力ってこんな使い方ができるんだ。さて、私も今のうちに未来予知をしておこう。未来はしばらくは気を付けることはな――未来が変わった⁉ 榊原が来る!

「テミスちゃん、しゃがんで!」

私はテミスちゃんの後ろに剣を投げた。それと同時に榊原が現れ、剣を避けようと上体を倒す。私の剣は榊原の顔を掠めた、すぐにテミスちゃんが私の剣をキャッチして榊原に攻撃するが全て刀に防がれる。

榊原は大きく後ろに跳ねた。テミスちゃんから剣を受け取る。

「くっ……先読みされましたか」

「まだ、終わってないわ! テミスちゃんはアレースさんの方へ行って!」

 榊原と向かい合う。今度は見逃したりしない、間違いなく彼女は敵だ。

「分かった! アレースお姉ちゃん、今から行くよっ!」

 テミスちゃんが喋った! あの子がつっかえずに普通に喋っているのを初めて聞いた。

気を取り直して、榊原へと走って近づく。私は立て続けに剣を降り下ろしていく、能力を上手く使って先回りをして急所を狙っているけど当たらない。

でも次から勝負だ。

「くらえ!」

 相手のリズムを崩そうと、わざと大きなモーションで回転斬りをする。未来が変わらない限りこの作戦は成功する。

「あっ……!」

 案の定リズムを崩した榊原は足がもつれて倒れそうになる。未来通りなら倒れたところを狙えば勝てる。未来に従って剣を振り降ろす。その時、未来が変わった。

私の剣は、榊原の刀によって遮られた。

「甘いですよ、聖条院さん」

「やるわね、榊原」

 私は榊原と距離をとり、態勢を整える。なかなか強い、刀を瞬間移動させて瞬時に攻撃を防いできた。そんな緊急回避を使わせることができたということは榊原を追い詰めることが出来ているようだ。

次は絶対に仕留める、フェイントも加えながら攻撃しよう。

「はあぁぁぁ!」

 右、右、右、と見せかけ左――やっぱり先が読まれてる。恐らくさっき奪われた私の能力ね。けど、あの刀は人を切れないから私が死ぬことは無い、だったらわざと攻撃を受けるのもアリ。

「これじゃ決着が着きませんね、未来を読みあっているだけでは……」

榊原はナイフを取り出して、刀を両手持ちから片手持ちに変えた。二刀流ってことかしら、その考えは甘い。

「バカね! 片手じゃ、力負けするわよ!」

 私は思いっきり榊原の頭に向かって剣を降り下ろす。

「私がこの数週間何もしてないと思ったのですか? だとしたら甘い」

「くっ……!」

またしても、刀に防がれた。相手は片手なのにびくともしない、どうやらこの三週間で榊原はこの刀を使いこなせるようになったようだ。がら空きになっている私の胸元に榊原のナイフが迫ってくる。

ここで死ぬわけにはいかない、私は剣を握っている片手を離してナイフに対して掌を向ける。胸を刺されるより、片手を刺されるほうがマシだ。

その時、また榊原が笑った――まさか、フェイク?

「捕まえましたよ、私の勝ちです」

「なっ……」

 私の手はナイフに貫かれない代わりに、榊原と手を繋ぐことになった。手を振りほどきたいけど榊原の手はびくともしない。かといって剣の力を抜くと榊原の刀は私の首へと向かってくるだろう。 

私の未来が変わった。もうすぐ私はナイフによって死ぬらしい。そういえばさっきまで榊原が握っていたナイフはどこに? 私は辺りを見回すが、ナイフが落ちている気配はない。

でも死因はナイフだ。地面にも落ちておらず榊原も持っていないとしたら残る場所は一つ――空中しかない。すぐに空を見上げる。案の定、ナイフが降ってきている。

「気づいたようですね、でも遅いです。諦めてください、そういう運命なんです」

いくら手を振っても榊原の手は離れない、もう時間が無い。テミスちゃん、アレースさん助けて。助けて……心くん。

「さようなら、聖条院さん」





――その時、風が吹いた。


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