表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

第七話『RETURN』

第七話『RETURN』


二月二五日 二一時三五分 ???


 ジュノがとても有意義な情報を入手した、坂城冬と心が帰ってくるらしい。

 今、ジュノが空港で見張っているらしいので、電話越しに予定を伝える。

「とりあえず、今日は待機だ。最近は夜の奇襲をやり過ぎたから、一度もやったことない昼間に奇襲を実行しよう」

「じゃあ、こっちは私だけでやるの?」

 ジュノがどこか興奮気味に話す。

「いや、僕も行く。そっちに一石投じてからこっちに向かう。ジュノはそっちが終わり次第、こっちに来て」

「じゃあ、そっちはしばらく放置?」

「いや、香を向かわせる」

「分かったわ、九時にP地区駅で待ち合わせましょう」

「了解」

 電話を切ってベッドの上に寝転がる。

ふぅ……私物を回収して、全部燃やしてしまわないといけないな。私物が置いてある場所はこのホテルと機関のビル、それと心が宿泊しているホテルか。

いよいよ明日だ、どっちに転んでもこれで全てが終わる。


*    *     *

 

二月二五日 二一時三七分 P地区 空港


 俺は、いま日本に帰ってきた。もちろん、坂城さんを連れて帰ってきた。やはり有名人なのか彼の名前だけで大体の物がタダだったり、優遇されたりする。そのお陰で坂城さんの研究の成果であり、俺の秘密兵器――今はギターケースに入れてカモフラージュしている、がバレずに済んだ。

「帰って来ましたね、坂城さん」

「そうだな、俺は帰って来たくなかったが……少年、お前は一体何日間俺を探していたんだ?」

「三週間です。その間に向こうのサバイバルゲームに参加したんで大変でしたよ」

「その話は知っている、大変だったな。だが少年、そのお陰で戦闘用の能力が手に入ったのだろう」

「そうなんですけどね」

うーん……実はアメリカでの武勇伝はまだまだあるのだ、後で沙季さんに会ったら話そう。

それにしても三週間経ってもここは何も変わらず平和だな。この受験が終わる時期に旅行に行く人も少なくない。空港内もちらほらと家族連れが目に入る。

「お前は悪い方向に物事を考え過ぎだ、良いエピソードの裏に悪いエピソードがあるように悪いエピソードの裏に良いエピソードがあるんじゃないのか?」

 うん、その通りだ。ポジティブにいこう。

「そうですね。あと少年少年って言ってますけど……俺の名前覚えてます?」

「覚えているぞ、桜庭心」

はい、そうですか。だったら名前で呼んでくださいよ。地球上に少年が何人いると思ってるんですか? こんなこと聞いたら、正確な数字を答えそうだから言わないけど。

「……とりあえず、聖条院家に向かいましょう」

「そうだな」

俺たちは空港から駅に向かった。距離は近かったので楽だったが、電車で座れなかったのは大きい。何故ならP地区からA地区までは五時間ほどかかる。どうやら時間の関係でこの電車はH地区までしか行かないらしい。

H地区でホテルを見つけなきゃいけない、A地区に着くのは明日の昼だろう。

「ホテルどうします?」

「ホテルの予約なら任せろ。俺の名前があれば一発だろう、ホテルとしても○○が泊まったホテルとして宣伝すれば、売り上げにも繋がる。いいか、少年。世の中は互いの利益によって出来ている、よく覚えておきなさい」

「……はい」

最後の話がよく分からない、一体何が言いたいんだか。

うーん、それにしても眠いな。H地区まで一時間くらいあるし……寝るか。

「坂城さん、俺は寝ますね」

 そう告げると坂城さんは驚いたような顔をした。基本無表情だから驚いてるように見えるだけだ。

「立ったまま寝れるのか?」

「アメリカで身につけました」

「ほう……お手並み拝見だな。着いたら起こしてやる心配するな」

そんな坂城さんの言葉に頷いて、俺は夢の中に入っていった。


*    *     *


二月二六日 九時二○分 H地区 エンジェルホテル


 アラーム音がする……あれ?

「少年、起きろ。さっき奴らがホテルの下に居た、奴らがここに来るぞ。早く逃げる準備をしなさい」

 坂城さんの声によって目覚める。俺は確か電車で寝ていたはず……何でホテルで寝ているのだろう。

「坂城さん、俺って電車で寝てましたよね?」

「寝ぼけているのか。とりあえず、着替えなさい。そしたら俺がコップギリギリまで注いだ熱い紅茶を出してやるから」

「はい?」

 そう言い残して坂城さんはどこかに行ってしまった。俺は渋々着替え始める、もしかして坂城さんがここまで運んでくれたのだろうか? 

そんなことより、紅茶に何の意味が? 確かに紅茶は俺の好きな飲み物だからテンションが上がるかもしれないけどさ。寝ぼけているのとは関係ないだろうに。

俺がのんびり着替えていると坂城さんが戻ってきた。

「少年、着替えるのが遅いぞ。それと恐らくお前が考えているであろう質問に答えてやろう。紅茶には何の意味がない、重要なのは容器のギリギリまで注いだ熱い液体があることだ。人間はこぼれそうなものを無意識になるべくこぼさないようにするものだ、脳は意地でも動き出す。それに加えて熱いのだからよりこぼさないようにするはずだ、目が覚めないはずがないだろう」

 話が長い、けど言っていることは本当の様でしっかりと目が覚めてきた。

「……さて、逃げますか。紅茶を飲んでいる時間が無駄ですよ」

「それもそうだ」

 俺達は自分の荷物を持ってエレベーターに乗る。受付を横切りホテルから出る。ちなみに荷物というのは俺の場合は秘密兵器と財布だけ、坂城さんは財布と携帯を持っている。俺の携帯はスーツケースに――

「あ、スーツケース忘れた」

「少年、何をしている。早くしないと奴らが来るぞ」

「いや、ちょっと忘れも――」

 坂城さんの目の前のビルが急に無くなった気がする。いや、ビルなんかあったか? ビルがあった気がするその土地は足跡一つない、誰もここへと侵入をせずに綺麗な状態が保たれているかのようだ。

こんな景色をどこかで見た気がする……アメリカ? いやもっと前だ。

「どうした、少年。ん?」

 坂城さんが、上空に目を凝らしている。俺もつられて上を見る。空の上は至って平和でちょうどホテルの上空を飛行機が光を反射しながら飛んでいるだけだ。

「少年、あの光っている物体は何だか見えるか?」

「飛行機じゃないんですか? 光を反射してるだけで……あれ?」

飛行機が近づいてくる。あれは飛行機じゃない……飛行機と思っていた物は四角い物に変化していき、姿が見えてくる――ビルだ。

「坂城さん、見えます?」

「ああ、ビルだな」

「ビルですね」

「少年、走るぞ!」

 坂城さんと一緒に走り出す、少し振り返ってビルとの距離を見る。

ビルの落下速度が速すぎる! これじゃあ走っても間に合わないな、ここは一度過去に戻らないと。


*    *     *


二月二六日 九時四三分 H地区 エンジェルホテル


 よし、まだエレベーターの中にいる。今から走って逃げれば間に合うはず。

「坂城さん、過去に戻ってきました。今から数分後に上空からビルが降ってきますから、走って逃げます。良いですか?」

 坂城さんは特に表情を変えずに、

「ああ、その状況で嫌だと言う奴はあまりいないだろう。人間の危機管理能力はなかなか良いからな。」

 全然動じないんだな、パニックを期待していた訳じゃないんだけど。

エレベーターの扉が開いた瞬間に二人同時にスタートダッシュを決めた。しかし俺にはどれくらいの距離を逃げなければいけないか分からないから、走りながら坂城さんに質問する。

「七階建てくらいのビルが落下してくる場合、どれくらい遠くに逃げたら良いですか?」

「そうだな……速度によるが一キロくらい先で脇道に入れば良い」

「分かりました、じゃあその方法で逃げましょう」

 俺達は一心不乱に一キロ先まで走りだした。最初は俺が坂城さんを誘導していたが、すぐに坂城さんに抜かされて俺がリードされる形になった。

俺は一六歳で坂城さんは二八歳、若いのに何だか情けないな。

しばらく走っていると急に坂城さんが右に曲がる。どうしてだろう、まだ五○○メートルくらいしか走ってない。

「ちょ、ちょ、ちょっと、坂城さん……はぁ……はぁ……どうしたんですか⁉ はぁ……まだ五○○メートルくらいしか走ってませんよ?」

「はぁ……車の窓に反射して見えた……はぁ……そろそろ落ちる」

坂城さんより俺のほうが息が上がっている、本当に情けない一六歳だな。

坂城さんがいつ確認したのかは分からないけど、とりあえずビルが今どうなってるか確認しよう。

頭だけを壁から出して確認しようとする。しかし顔をだそうとしたところで坂城さんが俺の服を引っ張ってきた。

「死にたいのか、少年」

「いや、そういう訳じゃ――うわ⁉」

 ものすごい地響きと共に体が吹き飛ばされそうな突風が俺達を襲ってきた、植え込みの木や停車していた車が吹き飛んでいくのが見えた。次に聞こえたのは窓がたくさん割れる音、顔を出してたらガラスやら車に当たって死んでいたかもしれない。

頭を抱えながら突風に耐えるために、身を屈める。すると上から殺気を感じた。風で目が上手く開けないので、詳しくは分からないが人間が俺たちに向かって落ちてきている。

敵の確率が高い、頭上に減速の壁を作っておく。

「あら? これはアレースさんと同じ能力じゃない。一体どっちが使ったのかしら」

「この声……ジュノ?」

「覚えててくれたのね、嬉しいわ。だけど死んでもらうわ」

 落下速度が少ししか遅くなっていない、恐らくジュノもこの能力を使えるんだろう。

運が良いことに風が止んだ、ジュノと戦うには場所が悪い。坂城さんを引きずってでも逃げよう!

「坂城さんっ! 逃げるアテありますか?」

「もう来たのか、これが運命なのか……ああ、アテならある。私についてきなさい」

坂城さんはトランプを二枚、地面に投げ捨てて走り出した。拾おうかと迷ったがはぐれるとマズいので俺は坂城さんの後を追う。

俺も坂城さんも武器を持っていない、けど俺には逃げる以外の選択がある。

俺は武器を持っていなくとも大丈夫。何故なら、アメリカで手に入れた攻撃能力があるから。しかし使うタイミングは今じゃない。

「逃がさないわよ、桜庭くん。あなたも坂城さんも使える能力は少ないから辛いわよ?」

 ……ジュノの言葉に引っ掛かるものがあったが、分からない。

俺の顔を何かが掠めた――ナイフだ。ジュノは加速の力を使ってきているに違いない。だから、俺は走りながら自分の背後に減速の壁を作り続ける。

坂城さんは裏道などを使いながらジュノを振り切ろうとしているらしい。ついていくのが精一杯だ、しかし確実に距離を取っている。

裏道を抜けると大通りに出た。標識からしてG地区に近づいてきているようだ。坂城さんがスピードを緩めて振り向いた。

「少年、この大通りの先の工場を目指すぞ。そこに入れば逃げ切れるかもしれない」

「分かりました」

「少年、止まるなよ。そろそろ始まるはずだ」

「何が――」

その時、歩道の電柱が倒れてきた。それも一つじゃなかった、この通りの電柱がすべてが傾き始めている。もしかしてこれが坂城さんの能力⁉

走りながら聞いてみる。

「これが坂城さんの能力ですか? 」

「電柱自体には意味は無いが、俺の能力は関係している」

「うーん、分からないです……」

「少年、今は話している場合じゃないだろう。走りなさい」

 電柱が倒れていく鈍い音が何度も鳴り響いている。ジュノも少してこずっているのかなかなか追ってこない。さすが坂城さんだ、物の使い方が上手い。

それにしても、アレースさんもそうだけど……みんな武器に電柱を使うんだなぁ。

工場まであと少しの所で坂城さんも疲れからか、減速してきている。この秘密兵器は以外とずっしりしているしギターケースに入ってるからとてもじゃないが、走りにくい。

――でも、もう工場の入口に辿り着く。

「瞬間移動を忘れたのかしら?」

「「っ!」」

 工場の入口の前にジュノが現れた。後ろから追ってきていたから、瞬間移動の事がすっかり頭から抜けていた。この人は一つの組織のトップクラスの実力者だ、気を抜いてはいけない。

「丸腰で帰ってきたのは失敗だったようね。天才――坂城冬さん」

「そのようだな。すまない、少年。すっかり頭から抜けていた」

「いえ、俺もですから気にしないでください」

 使い時はここだ。アメリカで手に入れた攻撃系の能力――風の能力。風の能力を使う上で必要な条件は一つだ。

風通しが良いこと、当たり前だけど風の吹いていない日が意外とあるから困る。今日はあまり風が吹いていなかったはずなのに、ビルが二つ消えたりしたからだろうか。今は風がけっこう吹いている。

「おとなしく死ぬ気になったかしら?」

「嫌だね」

 俺は掌をジュノに向ける、あとは頭のなかでイメージするだけ。

風がジュノに向かって吹き始める、俺の掌から三日月状の光る物体が放たれた。その三日月が高速で飛んでいきジュノの左腕を切り裂いた。

「え? う、腕が……私の腕があぁぁぁぁぁ!」

 よし、成功だ。ジュノがうずくまっている間に逃げ道があるかチェックする、工場の門が開いている。

「坂城さんっ、今のうちに!」

「あ、ああ」

 俺達は工場の中へと入っていく。

工場の門をくぐってから思う――何でだろう、別に工場の中に入らなくても良かったのに、まるで選択肢が一つであるかのように迷うことなく入ってしまった。

「……暗いな」

十年くらい使われていないのか工場の中は電気も通っておらず、薄暗くて建物としてもガタが来ていた。ギギギと音を立てる扉を開けて奥へと進んでいく。

この工場から出られる道を探そう。入ってきたのは良いけど他に出入り口が無いと困ってしまう。もう一度ジュノの元に行かないといけない。

出口らしきものがあった。引いたり押したりしてみたが開かない。坂城さんは一度ノックをしただけで「反対側をコンクリートで固めてあるな」なんて呟いていた。

すると坂城さんが俺の肩を叩いた。

「少年、お前に教えておきたい事がある」

「何ですか?」

「日本においての能力とお前の能力についてだ。聞きたいか?」

「き、聞きます」

 アメリカに滞在していた時から思っていたが、この人は天才とかいうレベルじゃない。能力という非科学を調査して、ある程度の考察が導き出せるのは常人は愚か、天才でも出来ることじゃない。

「そうだな、まずはアメリカで確かめて分かったことからだ。日本のサバイバルゲームにおいて攻撃には直結するような能力が無いことは、お前も分かってたみたいだな」

「はい、でも組織の人間なら――」

「そうだな、だが確率は低い。何故なら、日本人はその才能が無い人が多いからだ」

「でも、俺は使えますよ」

「少年、俺達が使っている能力は全てが頭のイメージに左右される。日本人は武器や兵器に対してのイメージが乏しい、これだけ平和だから当たり前だ。その反面、お前はアメリカで実際に風の能力を使っている者の姿を見たんだろう?」

「確かに……」

 意識はしていなかったが、風の能力を使う時、俺はアメリカで使っていた奴の真似をして使っている。

「だから、日本の能力者と戦う時は頭を使わないといけない。能力を使って上手く攻撃にもっていくようにしているからだ。その点、加速は運動エネルギーに利用して、瞬間移動は不意打ちに利用できるから攻撃に持っていきやすい。逆に、お前の過去に戻る能力は使うのが難しい」

「そうですね、相手の攻撃をあらかじめ知ることくらいしかできませんね」

「それが使いどころなんだ。まず――」

「あ、天才児二人! 探したぞ!」

 少し開けた空間に出た時、元気そうな男の人が現れた、どこかで見たことあるけど分からない。格好からして組織の人だろう。

 坂城さんの知り合いかと思ったが、彼も覚えがないらしい。

「「誰だ?」」

「ちょっとちょっと! 二人とも憶えてないの⁉」

 謎の男の人は心外という表情をしている。一度見かけたことがある気がするけど……どこかですれ違ったとかじゃなくて?

 俺達の心の声が伝わったのか謎の男の人は肩を落として落ち込んでいる。

「カストルって名前なんだけど憶えてない? それと、ヘルメースさっさと出てきて!」

「はぁ……面倒くさいなぁ。あっ! 坂城さ~ん、お久しぶりですっ!」

 一瞬、面倒くさそうに出てきたと思ったらいきなり元気になった。声も作っていると分かる、雰囲気があざとい。

「おお、ヘルメース。そういえば、お前はパートナーがいないんだったか」

「いやいや、坂城さんが私のパートナーですよっ!」

 この女の人も服装からして組織の人間だろう。それにパートナーがいない? 一体どういうことだろう、だって坂城さんは生きている。

「天才少年、俺が色々教えてやるよ!」

「……それは、どうも」

 カストルは俺の心を読んだのか、スキップしながら近づいてくる。

「まず、ヘルメースは新田翔有のパートナーだ」

「は⁉」

 新田さんのパートナーはテミスちゃんのはず。それが本当だとしても、パートナーは一人につき一人だったはずだ。坂城さんが誰も殺めていない以上、パートナーが増えることは無い。

「いや、そうなんだけどよ。何て言うか……入れ換えならアリなんだよ」

「そんな適当で良いのか?」

「まぁ、一応俺達のボスを納得させたみたいだし、いいんじゃね?」

 どうやら組織の規則は緩いらしい。 

この話からすると、昔は新田さんのパートナーがヘルメースさん、今は新田さんのパートナーがテミスちゃんっていうオチだろう。

「オチがバレた……」

「少年、そんなちゃらんぽらんな少年と話していないでこっちに来い」

「あ、はーい」

 カストルがまた落ち込み始めてしまった。居心地が悪くなったので、ここから離れる為に坂城さんの呼びかけに従う。

「おい、天才ども! 俺はちゃらんぽらんじゃねぇ!」

 やっと思い出した。カストルって小早川のパートナーだ、会議の時に小早川を止めたのはこの人だった。ということはサバイバルが始まってすぐに俺の能力を小早川に流したのはこの人ということになる。

そんなことに気づいてもすることが無いので、俺は坂城さんとヘルメースさんの会話に割り込んでみる。

「何の話してたんですか?」

「ヘルメースの性癖――いや、この場合はフェチ、の度合いが半端ではないという話だ」

「えー、私より坂城さんのほうが色々とヤバいじゃないですかぁ」

「…………」

 聞きたくなかった。坂城さんから性癖とかフェチとかいう言葉を聞きたくなかったし、この人にヤバい性癖があるっていうのも知りたくなかった。

「ところで、お前は何フェチだ。そのくらいの年ならフェチや性癖の一つや二つあるだろう。ところで少年。近年、フェチと性癖が同一視されていることが増えているが正確には違うのだ。何故なら性癖は――」

「もう、やめてください。お願いします」

 わざとだろ? 真顔でそんな言葉を連呼しないでくれ。坂城さんのイメージがどんどん崩れていく。坂城さんって実は変態なのかな……。

「ふん、釣れないな。仕方がない本題に入ろう。」

 ヘルメースさんが真面目な顔つきになる、何て言うか不思議な人だ。真面目な時も元気な時も、怠そうな雰囲気を醸し出している。

「少年、一度しか言わないから良く聞きなさい。俺の能力は運命を決める能力だ」

「運命……そういえば最初にあった時――」

「そうだ、お前の話からヒントを得た。俺は一日に三つまで何かの運命を定めることができる。しかし生死に直結することはダメなようだ」

「じゃあ、ウルドが死ぬとか桜庭が死ぬとかは定められない訳ですね」

「その通りだ。しかしお前の言葉から間接的に人を害する方法を思い付いた――事故が起こる運命だ」

「事故ですか?」

「そうだ。例えば俺が、桜庭心が交通事故に巻き込まれる運命を定めるとする。この時点では交通事故が起きてもお前は助かるのだろう。ここでお前が助からないように俺が直々に手を回せばいい、つまり能力の穴埋めを俺がすればいいのだ」

「なるほど……」

 そんなことができるのは坂城さんくらいだろうな、能力の完璧に穴埋めするのは自分の能力と周りの状態を完璧に把握して、漏れが無いように行動しないといけない。それを飄々とやってのける坂城さんは、間違いなく天才だ。

「桜庭くんも、天才でしょ?」

「えっ?」

怠そうにしていたヘルメースさんが真面目な表情で言うものだから、戸惑ってしまう。やっぱり、読心の能力は気を抜いているとびっくりする。組織のほとんどの人が読心の能力を使えるらしい。

ヘルメースさんの問いに答える。

「俺は天才じゃない――ただの高校生です」

「それは、ただの高校生が言う事じゃないよ」

「ヘルメース、そこまでだ。少年、俺の能力については分かったか?」

ヘルメースさんが、二三歩後ろに下がって黙り込む。そして俺の方をチラっと見て口を「おえん」と動かした――この場合「おえん」ではなく「ごめん」だと思う。俺が同じように返そうとするとヘルメースさんは目を逸らしてしまった。諦めて俺は坂城さんに向き直る。

「分かりました、それを踏まえて今後はどうするんですか?」

「少年、ここからが重要だ。俺は今日、既に二回運命を定めている。」

「もしかして、トランプですか?」

 坂城さんが、少し驚いた顔をした気がした。

「そうだ、トランプだ。俺は運命を定めたい時はトランプに向かってそれを唱えなければならない。今日、既に定めた二つの運命のうちの一つは電柱が倒れていく事故だ。事故が起こる現場まで俺は誘導しなければ、あの女は事故に巻き込まれはしなかっただろう」

 しかし、その穴埋めは不完全だったので、結果的には失敗となった。理由は俺と坂城さんがジュノの瞬間移動を忘れていたことだ。

「もう一つは何ですか?」

「もう一つの運命は――ぐっ⁉」

 俺の視界を何かが横切り坂城さんの胸を貫いた。坂城さんがうずくまる。ギザギザとした刃、木の持ち手――のこぎりだ。

 ザッ、ザッ、と歩く音が近づいてきて止まった。

「よくも……よくも私の腕を……!」

 ジュノが部屋の中央に立っていた、どうやら無駄話をし過ぎていたようだ。ここからが本番ということか。坂城さんは動けそうにない、俺一人でどこまでいけるだろうか?

 俺一人で戦う場合、主な戦術は風の能力と秘密兵器しかない。 でも、秘密兵器はまだ使うべきじゃない。それに風の能力は一度使ったから対策を考えてきているに違いない。「少年……聞こえるか?」

「坂城さんっ!」

 俺は坂城さんの声を聞き取るために耳を近づける。その時、背後から殺気を感じた。

よく考えると、いや考えなくともジュノが待ってくれるはずがない。急いで振り返るとジュノが鉄パイプを振りかぶっている姿が目に映った。俺は何とか攻撃を受け止めようとしたが、俺の目の前で攻撃は止まった。

ヘルメースさんとカストルがそれぞれ鉄パイプを使って防いでくれていた。鉄パイプで戦うのは最近は見ることが少なくなったが、不良のケンカみたいだ。

「不良とは失礼ね、はぁ……面倒くさいけど助けてあげたんだから感謝しなさい」

「それより、天才少年。天才中年の話を聞いておきな」

 二人がジュノの鉄パイプを押し退けながら言う。

「二人とも、ありがとうございます」

俺はもう一度、坂城さんの声を聞き取るために耳を近づけた。坂城さんの呼吸が弱くなっているのが分かる、素人の俺が分かるくらいに弱っている。

「少年……お前は戦わずに聖条院姉妹のところへ行け」

「でも!」

出血の量が多い、今はかろうじて喋っているようにも見える。だとしたら、これ以上の無理をしてはいけない。

「桜庭……既に定めた運命の二つ目を……教えてやる」

「もう、喋らないで良いですよ!」

「この工場の全壊と……その塵による粉塵爆発だ」

 坂城さんは俺の言葉を無視して続ける。

「全壊? 爆発?」

「粉塵爆発は空気の中に細かい塵を作ることによって……酸素の濃度が……高くなる。……つまり、火の元があれば……酸素に引火して……簡単に大爆発を引き起こせる。火の元は……このライターだ」

 坂城さんは、そう言ってライターをポケットから取り出す。血を流しても説明を止めないところは坂城さんらしいな。つまり坂城さんは最初から――

「自殺するつもりなんですね?」

「この場合は、事故だが……俺は命を賭けてジュノを仕留める……だからお前はこの場を去れ……」

「そんなことって――」

「少年、あと一つだけ運命を定められる……だから、お前の為に使ってやる」

「俺の為?」

「お前が……賭け事をしたら成功する運命だ」

「賭けですか?」

「そうだ……だが今の俺は弱っている……賭けは一回しか成功しないと思え」

 なるほど。ウルド達が何をしに来たか分かっていないから、むやみに運命を定められないのか。あくまで俺の意志に任せるということか。

「あと……少年、俺に触れるな。最後は……俺自身に殺されたい。他のやつに能力を奪われてしまっては……能力がリセットされて……お前の為に運命を定めても……意味がなくなる。あと……これを持っていけ、ウルド達についての資料だ」

 どこから出したのか、紙を三枚ほど渡してきた。端の方が血の色に染まっているから胸から腹の辺りに隠していたのだろう。

「早く……工場を離れた方が良い。心配するな……死後の世界を信じている者がいる限り……それは存在する。俺は向こうでも……研究を続けるとしよう」

 坂城さんはそう言って笑う。

「じゃあ、また会いましょう」

 俺は通った道を引き返す。今のところ出口は入ってきた所しか把握していない。

「逃がしませんよ、桜庭くん」

「……っ!」

 ジュノに先回りされた、どうしよう。こんな時こそ、冷静にならないといけない。アメリカで学んだことだ。

「天才少年の邪魔すんなよ」

次に前を見据えた時にはカストルがジュノにタックルしていた。その後はナイフをたくさん取り出し、ジュノを攻めたてている。そこにヘルメースさんも加勢して鞭のようなものでジュノを翻弄している。

「ありがとうございますっ!」

二人のおかげでスピードを緩めずに走り続けることが出来た、あの二人は工場に残るつもりだろうか?

しばらくすると長い廊下に辿り着いた、この先に出口が見える。

その時、ピシッという音が上から聞こえた。天井が崩れようとしているらしい、来た道を振り向くと、既に天井が崩れ始めている。

――ああ、アクション映画で良く見るシチュエーションだ。崩れてくる天井の瓦礫から逃げながら出口を目指すシーン。

そんな事を考えていると、追い風が吹いてきた。天井が崩れ始めたことによって風の通り道ができたらしい。手を前にかざし、突風に吹き飛ばされる自分を想像してみた。

「追い風……俺を出口まで吹き飛ばせ!」

 体が持ち上がる、強い風のせいで目が開けない。ものすごい速度で移動していることだけが分かる。すると急に風が止んで、投げ飛ばされたかのように体が宙に舞う。目を開けると目の前はコンクリート。

「痛いっ!」

 痛い、痛い、いろんな部位を強打した。あれ? この感触……工場の外に出れたんだ。痛みで閉じてしまった目をもう一度開ける。目の前に血が溜まっている――ジュノの血だろう。ということは目的の場所に辿り着いたらしい。

そういえば工場は⁉ 振り返って確認する。

「……嘘だろ?」

さっきまで廃工場だった建物が瓦礫の山と化していた。廃工場も瓦礫の山も社会的にはあまり変わらないだろうけど。

そうだ、早く離れないと……爆発に巻き込まれる。まだ追い風なので、上手く風に乗りながら自転車より速いくらいのスピードで移動する、目的地は駅だ。

さっさと沙季さんと合流しなきゃいけない。ここにジュノしか来なかったということは向こうにはウルドが行っていると考えるのが妥当だろう。

とはいえ、風に乗っている間は暇なので坂城さんから貰った資料に目を通す。

「えっと……未来の世界と現在の世界の関連について?」

うーん、難しそうだな。でもくれたからには重要なはずだ、読んだ方が良いだろう。

「未来人が現在に来た場合、未来人が把握していた出来事とは少し違う出来事が起こるため、全ての出来事が同じ道を辿るとは限らない。それは未来人が現在の空気に触れた瞬間にタイムパラドックスが発生するからである……なるほど、何とか分かる。タイムパラドックスが発生するのは能力を使えば良く分かる。よし、次――」

次を読もうとしたとき、今まで聞いたことのないレベルの爆発音が街中に響き渡った。工場のあった場所から黒煙が上昇していく、だんだんと大きくなっていく。

「坂城さん、カストル、ヘルメースさん……ありがとうございました」

 俺は工場のあった方向に頭を下げた。恐らく全員が亡くなっただろう、ジュノでも流石にあの爆発からは逃げられない。三人がいなければ俺は逃げ出せず、ジュノを殺せなかっただろう。そして、沙季さん達の元に向かえなかっただろう。

もし、ウルド達が自分達の未来のために現在に来ているなら、三人の死は確定していた運命だったのだろうか? タイムパラドックスとは無縁の存在で変えられないもの――運命だったのだろうか?

そんなことは信じたくない、俺は坂城さんの考えを信じたい。





――運命には抗える。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ