第六話 『ORGANIZATION』
第六話 『ORGANIZATION』
二月三日 七時一二分 ???
「本当に大丈夫なのですか?」
――大丈夫じゃない。だから無視をする、当たり前のことを聞かないで欲しい。小石が自分の体を貫通して平気な人間はいない。
「まさか桜庭くんがここまでとは……私も知りませんでした」
「私も、じゃない。僕は知っていたよ、心は強い」
「では、なんで……」
心は金成の一件で武器や能力をあまり使わないと思っていた。こんな短時間に、精神状態が回復してるなんて有り得ない。
あの心はそこまで遠くの未来から過去に来ていない、確か今日の七時前から来ていた。
――一体何があった?
「僕の事はいい、それより作戦を進めて」
「もう、ほとんど終わってます。必要な物がいくつかあるので、それを揃えれば完全に終了します」
「そっか、移動しながら聞くよ」
そろそろ合流しないといけない。少し早いけど予定を繰り上げることにしよう、じっくりと攻めていこう。
* * *
二月三日 一二時四分 A地区 聖条院家
「うーん……良く寝たな」
実に良い朝の目覚め――いや昼の目覚めだった。
俺の横でモゾモゾと動く物体が視界に入る。
「うわ⁉ びっくりした……沙季さんか」
待てよ? つまり俺は沙季さんの隣で寝ていたのか⁉ うっわ、恥ずかしい……。どんどん顔が熱くなっていく。沙季さんの事になるとやけに感情の起伏が激しくなってしまうのは何でだろう。
ところで沙季さんは一体何歳なんだ? 沙季さんは随分と大人な雰囲気だし、双子の妹の美季さんは幼さが目立つので、年齢が分からない。
「桜庭くん、何してんの?」
「うわ⁉ びっくりした……美季さんか」
「うん、私だよ。ちゃんと寝れた?」
「はい、寝れました」
「お姉ちゃんの隣で?」
「……はい」
この人は人をからかうのが好きなんだな、でも元気で良かった。新田さんの死によって悲しみの淵にいると思ったけど、人をからかえるくらいだから大丈夫だ。
もう一回戻って新田さんを助けよう、何度だって過去に戻ってやる。とりあえずは、ウルド達が現れる時くらいまで――
「ちょっとちょっと、冗談だって!怒らないで!」
「あれ?」
「どうしたの?」
「いや、何でもないです」
過去に戻れない、どうしてだろう。いつもなら願った瞬間に視界が暗くなって過去に戻るのに……。こんなことは初めてだ、組織の人に聞いてみるか。
「能力使えないの?」
「はい……え?」
心を読まれた? それとも今のは勘か?
「あ、当たってた?」
「当たってましたけど、それって――」
「うん、読心の能力だよ。自分で言うのもおかしいけど、結果的に私が彼を殺したことになったからね。でも、これはこれで彼が近くにいるみたいで全然悲しくない」
美季さんが胸に手を当てて、柔らかな微笑みを見せる。
「そうですか」
俺が未来から来て変わった点は美季さんの精神状態か、俺の行動が無駄にならなくて良かった。でも新田さんを守れなかったのは俺の失態だ、周りが見えてなかった。
あおれに比べて、新田さんはこの状況になる事を予想していたんだろうか? 美季さんに自分を殺させたのもウルド達に自分の能力を渡さない為だろう。本当に周りが良く見えて、未来も良く見えていた人なんだろうな。
そういえば新田さんの遺体をどこに埋めればいいんだろう?
「あー、翔有の遺体は私が中庭に埋めたよ」
中庭へと目をやる。外は雨が降っている、その雨を浴びているかのように立派な白い十字架が中庭の中央に立っている。
「美季さんが一人でやったんですか⁉」
「いや、組織の皆さんが手伝ってくれた」
「組織の皆さんって?」
「私の部屋にいるよ」
俺は隣の美季さんの部屋に向かい、ゆっくりと扉をあける。するとスーツ姿の人が一、二、三、四、五……五人いる。そして全員が一列に並んで正座している。
同じ組織の人間なのに誰一人口を開く様子が無い。というより何でここに集まっているのだろうか?
俺は唯一顔見知りのアレースさんに話しかける。
「アレースさん、どうしたんですか?」
「それが――」
「桜庭さん、それは色々事情がありまして、全部は説明できません。とりあえず自己紹介を……俺はポルックスっていいます」
アレースさんの右隣に座っていた茶髪の男の人――ポルックスさんが会話に割り込んできた。喋りたがり屋なんだろうか、セリフを取られたアレースさんがムッとしている。
「アレースさん、話は僕が聞きますよ。別室でゆっくり話しま――痛っ! 殴るんなんて酷いじゃないですか。僕の顔に傷をつけたらアレースさんとはいえ許しませんよ」
アレースさんの左隣に変態がいる。自分の顔を手鏡で見て、ウインクしたりしている。
じっーと見すぎていたのか変態と目が合ってしまった。
「あ? ああ、桜庭だっけ? よろしく、僕はパーンだ」
ウインクをしてきた、気持ち悪い。変態――パーンの奇行俺から見て一番右側のまだ幼い男の子がわざとらしく咳払いをする。
「心、はじめまして。僕はスクルド! 沙季のメインパートナーだよ。ポルックスも沙季のパートナー、でもメインは僕だからね? それとパーンは美季のパートナーだよ」
明るい男の子――スクルドくんは一人ひとりを指さしながら説明をする。
一番左に座っている女の子は一言も喋ってない、あの子は新田さんのパートナー? それにあの子は見たことある……この前、アレースさんと初めて会った時に隣にいた子だ。
とりあえず、ここにいる全員の性格はなんとなくだが把握した、パーンにだけは関わりたくない。
「関わりたくないのはお互い様さ」
パーンが睨みつけてくる。なるほど、パーンもアレースさんやウルドと同じで読心の能力が使えるのか。
「いや、俺も使えますよ」
ポルックスさんが手を挙げて主張してきた、やっぱり喋りたがり屋だ。それにしてもほとんど全員が読心の能力を使えるのか、組織の連中はとんでもないな。
「みんなして心が読めるなら口を開かなくて良いが、やはり上手く使えない者もいる」
アレースさんがそう付け加える。頭の中で考えていたことに対してみんなに反応されるのは困るな。
「僕は読心の能力使えないんだ。才能の違いで一人ひとり、うまく使えない能力があるんだよ」
スクルドが悔しそうに話す、この子はなかなか賢い話し方をする。何歳か知らないけどこの子も組織の一員なんだな。
組織の人の話に飲まれて忘れていた。俺が過去に戻れない理由を聞いておかなくちゃ。
「桜庭くんが過去に戻れない理由は、ただ一つだ。私も警戒していた。あの刀には仕掛けがあるらしい」
アレースさんが俺の疑問に答えてくれる。
「仕掛けですか」
「そうだ、仕掛けだ。どんな仕掛けかというと――」
「切った相手の能力を吸収できるみたいなんです。体に傷を与えず能力だけを吸収するんです。能力を使えないとしたら、あの刀で切られたんだと思います。心当たりは無いですか?」
アレースさんのセリフを遮ってポルックスさんが解説をしてくれた。アレースさんはまたムッとしている。
切られたとしたらあの時――俺の後ろを先生が通った時だ。
「だけど、桜庭くん。あの刀は存在しないはずなんだ」
アレースさんが複雑な表情で話を続ける。
存在しないとはどういう事だろう。霊剣だとかそういう類の話だろうか?
「あの刀は今から三年後、組織が秘密裏に手に入れるはずだった。スクルドの未来予知の範囲は私達とは比べ物にならない、五年先まで正確に予知できる。このサバイバルゲームの間もたくさん働いてくれた」
アレースさんがスクルドくんの頭を撫でながら、話を続ける。スクルドくんは恥ずかしそうにしながらも表情は嬉しそうである。
……五年先か、サバイバルゲームが始まってから未来はたくさん変化したはず。少なくとも俺が過去に戻った回数と沙季さんが未来を予知した回数は未来は変化している。彼もさぞかし混乱しただろう。
アレースさんは話を続ける。
「そこから分かることは一つ、ウルドは現代の人間じゃないということ。私達と同じように暮らしてきたが、実際はもっと先に産まれていたのかもしれない。もしかしたら、現代どころかこの世界の人間じゃないかもしれない」
ウルドが、未来人や異世界人だったりするってことか。能力を使ってる時点で俺達も異世界人みたいなものだ。驚いたりはしない。
もし、ウルドが異世界人だったら目的はこの世界を乗っ取るとかで、未来人なら目的は未来を変えるとかだろう。
「でも、アレースさん。異世界人の可能性は低いですよ。榊原先生と手を組む理由が無いですから。もし僕が異世界人だったら一人で行動します」
パーンが気だるげに自分の意見を主張をする。なかなか鋭い意見だ、アレースさんもそれに同意しているようだ。全員が下を向いてウルドの目的を模索し始める。
――そう、俺には先生がウルドと一緒にいる理由が分からない。先生なら「世界なんて知らないです」って言って、手を組むのを拒みそうだが……まったく何に惹かれてウルドと一緒に行動してるんだか。一番高い可能性は何か弱みにを握られた、だ。
各々がウルドの目的について考えていると、不意にポルックスさんが手を挙げる。それを見て皆がポルックスさんに注目する。
「言い忘れていました。桜庭心くん――」
「サバイバルゲームは終了だ。現在生き残ってる、桜庭心、聖条院沙季、聖条院美季、坂城冬と小早川楓が勝者だ。だからこの五名は今日から組織の一員となった」
ポルックスさんの話を遮り、アレースさんが話をする。仕返しだといった表情をアレースさんが浮かべている。しばらくしてから表情を真剣なものに戻して話を続ける。
「次に小早川楓についてだ。今日、小早川くんのパートナーであるカストルに会いに行ったところ、小早川くんが行方不明になっていた。それに焦ったカストルは単独行動で小早川くん探しに行ってしまった。その捜索を新田くんのパートナーであるヘルメースに頼もうと思っている」
俺は一番左に座っている女の子を見る。この子がヘルメースだろうか?
「小早川くんの捜索とウルド達の制圧だと、後者の方が重要な問題だと思っている。だから捜索はヘルメース一人に任せようと思う」
それは骨が折れる作業になるだろう、なぜなら小早川は瞬間移動を主な移動手段としているからだ。瞬間移動同士だとしても大変なことには変わりはない。
「もう後戻りができない状況になっている、だからこそ私達、組織はあたらしい作戦を開始する!」
全員の視線がアレースさんへと集まる。
「ウルドと榊原香を制圧し、無事に戻ること。以上!」
* * *
二月三日 一五時三○分 A地区 聖条院家
組織の人と雑談していると沙季さんと美季さんが部屋に入ってきた。どうやら美季さんも沙季さんの隣で寝てしまったらしい、沙季さんの周りには催眠作用があるのだろうか?
とりあえず二人にもアレースさんから全て伝えて貰った。
その話の間で、俺が気になったのは沙季さんがウルドの話に驚いたのに対して美季さんが対して驚かなかったことだ。美季さんならオーバーなリアクションを決めるに違いないと思っていた。
一通りの説明を終えたところでポルックスさんが話を始める。
「全員が揃ったところで聞きますが……これからの日程はともかく、こんな大人数が聖条院宅に毎回集まるのはちょっと辛いものがあります。何かいい方法ありますか?」
確かに……今ここにいるメンバーだけで八名いるのだ。沙季さんのお母さんにも迷惑だろうし、それに今の時点でとても息苦しい。
するとアレースが立ち上がる。
「よし、家を買おう」
「「「は⁉」」」
三人――美季さん、沙季さん、俺が同じタイミングで声をあげる。それに対して組織の人間は対して驚いてない。むしろ俺達に対して「家の一つや二つくらいで驚くなよ」という視線を向けている。
耐えかねた沙季さんが立ち上がる。
「どこに家を買うの? 第一、お金はどこから出るの? 心くんはもちろん、私達も出せないわよ」
ごもっともだ。俺にはそんな財力がない、高校生をなめたらいけない。
その質問に対してはスクルドくんが立ち上がる。どうやらこの会議は起立性のようだ。
「お金は僕達、組織が出すよ! 沙季達はサバイバルゲームが終わった時点で組織の一員だからね、必要経費の中に含まれるよ」
細かいことは組織の事務職がやるから、気にするなってことか。
ここで、俺の中に疑問が生まれた。
「組織って何人くらいいるんですか?」
「「私も気になってた」」
聖条院姉妹の相性は抜群だ、俺との意思疏通も完璧である。この調子なら誰にも負けない気がしてきた。組織側は誰が答えるか決めているのか、アイコンタクトをとりあっている。いや、正直誰でも良いんだけど……。
「大体……二○人くらい……もう少し多いかも」
今まで一言も喋ってなかった、一番左の女の子が答えた。予想通りの声をしている、もの静かな感じだ。
それはともかく、二○人か……どれくらいの人が能力者で、どれくらいの人がアレースさんのような戦闘要員なんだろうか。
「全員が能力者だよ……その中で……大体……一○人くらい……が……戦闘要員」
「あ、ありがとう」
この子も読心の能力が使えるのか、凄いな。スクルドくんもまだ幼いけど、この子のほうがもっと幼い雰囲気をしてるのに……
「(そんなことないよ、心お兄ちゃん。私とスクルドは同い年だよ)」
女の子の声が頭の中に響き渡る。
「ん⁉」
「どうしたの、心くん?」
びっくりしてついつい声を出してしまった。
「いや、なんでもないです。ちょっと思い出したことがあって」
「そう、ならいいけど」
ごまかせたのだろうか?
「(今は心お兄ちゃんに話しかけてるんだよ? 他の人には聞こえないから、実際には声をだしたらダメだからね?)」
これは……あの子の声? でも実際に声を出さずに、この声に対して反応するにはどうしたら良いんだろう。
「(そのまま、頭の中で話しかけてくれれば分かるから)」
なんだか良く分からないけど、とりあえずやってみる。
「(どう? こんな感じ?)」
「(そうそう、さすが心お兄ちゃん)」
「(あはは、ありがとう。ところで何で俺に話しかけてきたの?)」
「(心お兄ちゃんにしか話せないことがあってさ。だから周りの人に知られないようにこうやって能力を使って話をしてるの)」
「(でも、周りの人が俺達に対して読心の能力を使ってきたらどうするの? これって心で会話しているみたいなものだから筒抜けになっちゃうんじゃ……)」
「(……あ、それは駄目だね。じゃあ、後で話そ?)」
「(分かった、じゃあまた後で)」
改めて周りを見てみるが、誰一人俺のことを見ていない。ということは気づかれなかったのかな? それにしても少し抜けてる子だったな。
「では、私は組織に連絡してくる。明日の一○時にA地区の駅に集合だ」
全員が了承の意を込めて頷く。とりあえず、後で沙季さん達と情報を整理したほうが良さそうだ。
アレースさんが聖条院家から出て行った後、組織の人達は適当に「またね」や「後で」とか言って部屋から姿を消した。
* * *
二月三日 一七時三○分 A地区 聖条院家
組織の人達が帰った後、早めの夕食をとりながら会議を始めようという感じだ。今日の夕飯は和風ハンバーグをメインにちょこちょことおかずが置かれている。
沙季さんがみんな分のお茶を持ってきて席に座って、話題を振る。
「とりあえず、これから何をするか決めましょう。えっと……まず心くん!」
「は、はい?」
まるで授業をしているかのように俺を指名してきた。一体何が始まるんだろう?
「何か良い案ない?」
「えっと……」
これから、か。なら坂城さんを探した方が良いと思う、あの人は頭が良いしこの状況を打破できる案を簡単に導き出してくそうだ。
「じゃあ……美季は?」
沙季さんはなかなか意見がまとまらない俺を飛ばして、美季さんを指名する。
「坂城さんを探した方が良いんじゃない? 彼がいた方が小早川を探しやすいでしょ」
あ、意見が被っていた――いや、心を読まれたんだ。美季さんが読心の能力を使えるようになっているのを忘れていた。美季さんは俺に向かって舌を出している。
ずるいなぁ、美季さん。
「良い意見ね。それじゃあ美季の意見を採用するわ」
「じゃあ、とりあえずは分かれて情報収集ですね」
今度は美季さんに先を越されないように発言する。
「そうね、とりあえず今日は寝ましょう。心くんはどっか適当に使って寝てね」
「はい、おやすみなさい」
「「おやすみ~」」
二人とも自分の部屋に入ってしまったので俺はリビングに取り残される、これが当たり前か。うーん……どこで寝ようかな。
寝床を探すために聖条院家を捜索することにした。とりあえずソファがあれば一晩過ごすことができる。ソファがありそうな場所はどこだろう?
その時、書斎の二文字が視界に入った。書斎ならソファが置いてありそうだ。そう思い書斎の扉を開けて電気のスイッチを入れる。
カチカチという音と共に書斎が明るくなる。本棚に囲まれた部屋の中央にはソファが置いてある――予想通りだ、今日はここで寝よう。
ソファに寝転がり、明日からどうやって坂城さんを探そうかと考えていると目の前にあの女の子がいた。
「うわ⁉ 脅かさないでよ……はぁ」
「ごめん……なさい……」
こうして音もなくやって来たところを見ると、この子はどうやら瞬間移動ができるらしい。読心の能力に続いて瞬間移動か、本当にすごいな。
俺を驚かせてしまったことを本気で反省して俯いてしまっているので、俺が話を振る。
「まぁ、いいや。とりあえず話を聞かせてくれるかな?」
「うん……あのね――」
「(坂城おじさんは今、アメリカに向かっているの。サバイバルゲームの終了を告げた瞬間に空港に向かったからもうすぐ到着だと思う)」
話の途中で能力を通した会話に切り替えてきた。なかなかのやり手だな、この子。
「うん、なんでしゃべり方を変えたのかな?」
「(こっちの方が話しやすいの。ダメ?)」
そういえば、能力を使っている方がスムーズに会話が進んでいる。
「いや、オッケーだよ」
「(じゃあ、話を続けるね。彼はアメリカで研究をしてる。その研究は未来に多大な影響を及ぼすもの……研究の内容は想像つくよね。だから、彼の研究が終わったらここに連れ戻して欲しいんだ。心お兄ちゃんにしか頼めないから)」
「何で、俺なの?」
「(アメリカで攻撃に使える能力を身につけてきて欲しいの。多分、アメリカの能力に対応できる才能を持っているのは多分、心お兄ちゃんだけ)」
攻撃に使える能力……確かに日本の能力は攻撃するというより、攻撃の補助みたいな感じの能力ばかりだからな。とはいってもアメリカだ、海外経験が無い俺にとって、かなり辛いものになるだろう。
「アメリカって……そんな急に言われても困るよ」
「(もうチケットは手配してあるの、だからお願い!)」
うーん、ここまで頼まれるとやらない訳にはいかないな。
「明日から行けばいいの?」
「(いや、今日の夜の便だよ。そろそろ出発しないと間に合わない)」
「マジで⁉ 荷物どうするの?」
「(それも用意してある。そろそろ中庭にヘリコプターが到着すると思う)」
耳を澄ませてみると、ヘリのプロペラの音が聞こえる。この近くを飛んでいるらしい。
「……分かったよ。行くよ」
「(ありがとう。心お兄ちゃんが向こうに行っている間は任せて。それとウルドについてはこっちで調べておくね)」
「よろしく頼んだ」
「(あ、あと心お兄ちゃん)」
紙を一枚渡される。中には電話番号が書いてあるだけだ。
「(困ったらここに電話してね。私の名前を言えば力になってくれる……と思う)」
「曖昧だね」
「(うん、電話に出てくれたらラッキーだよ)」
「それと名前をまだ聞いてないんだけど?」
忘れてた、と呟きながら俺と向かい合う。
「テミスです……よろしく……お願いします」
能力を使わなかったのはテミスちゃんなりの礼儀だろうか? 俺も改めて自己紹介をしてから二人で中庭へと向かう。ちょうどヘリが降りてきている最中だった。
「じゃあ、行ってきます」
テミスちゃんに手を振ってから、扉を閉める。ヘリがだんだんと上昇していき横向きの移動を始める。
俺の隣にスーツケースが置かれている。その取っ手の部分に袋がぶら下がっている、中には『旅に役立つ英語フレーズ』という本が入っていた。
これで準備は万端だ――俺は空港に向かう。
* * *
二月四日 七時一二分 A地区 聖条院家
「あーあ、朝かー」
今日の目覚めもいつもと同じ。正直ホッとしている、昨日は散々な日だった。人が亡くなった日なのにそんな軽い言い方も変だと思うけど、色んな事があり過ぎた。
のそっと起き上がり部屋から出ると廊下を美季が歩いていた、私より早く起きているのは珍しい。
「おはよー、お姉ちゃん」
「おはよう」
「(おはよう、沙季お姉ちゃんと美季お姉ちゃん)」
「……ん?」
頭の中で声が響き渡る、辺りをキョロキョロ見渡すと廊下の角から女の子が出てきた。昨日の一番左に座っていた子だ。
「おっはよー、朝からどうしたの?」
美季が楽しげに質問する、というより美季が楽しそうじゃない時なんか見たことない。
私も不快感を持たせないように精一杯明るく受け答えをする。
「おはよう、昨日は名前を聞けなかったけど今日は教えてくれる?」
「(やっぱり心お兄ちゃんとは違うね、二人とも全然驚かない)」
「まぁ、あの子は変なところで臆病だから」
びっくりしている心くんが目に浮かんだ。ついつい笑いがこぼれる。
「(うん、そうだね。えっと――)」
女の子は急に私たちの前に正座をして、頭を下げてきた。
「テミスです……よろしくお願い……します」
その改まり方に私と美季は目を合わせる。なんでか不思議な気分だ、でも真剣に挨拶されたのにはぐらかす訳にはいかない。
「「よろしく!」」
美季と息が合った。昨日からやけに息が合う、やっぱり姉妹なんだなと実感する。
こんなところで感慨にふけっても仕方がないので、話を進める。
「それで、どうしたの?」
「(あのね、心お兄ちゃんはアメリカに行ったよ)」
アメリカ⁉ 一体何をしにいったの? あの子、英語なんか喋れないじゃない。大丈夫かな、すごい心配だよ……。
「私、先に行って朝食作ってるから後で話聞かせてね」
「うん、分かった」
美季がテミスちゃんの頭を撫でてからキッチンへと消える。
「(そんなに心配することはないよ。ちゃんと頼りになりそうな人の連絡先を教えておいたから)」
「そっか、良かった。ところで、この能力って何?」
今、心を読まれた。私の意識に直接話しかけてきていたから、違う能力だと思っていたけど……これは読心の能力の一環なのかな?
「(うん、読心の能力だよ)」
「ということは新田くんもそんな風に私の意識に話しかけてこれたの?」
「(うーん、私より能力のレベルは下だと思うから無理。私みたいにこれ以上は成長しないくらいまでレベルを上げないとね。とりあえず詳しい話は今日の午後にするね!)」
「え……ちょっと!」
私が引き留めた時には、すでに目の前から姿を消していた。
さっきの話……彼女はあの年で一つの能力を完璧にしているということだ、一体彼女は組織の中でどれくらい強いんだろうか。
「お姉ちゃーん、朝ごはん出来たよ!」
「すぐに行く!」
もしそうだとしたら、テミスちゃんの能力は彼女の努力の賜物なんだろうか? それとも彼女は『天才』だから努力をせずに元から身につけていたのだろうか?
組織に入る人間って実は全員天才なのかもしれない。自分を誉めているみたいで少し嫌になるけど、意外と間違っていないかもしれない。
「まあ、どっちでもいいや」
これからは長い戦いになるんだろう、だったら何も考えない方が良い。体の筋肉をほぐすように伸びをする。
さて、美季が待ってる。