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第五話 『BETRAYAL』

第五話 『BETRAYAL』


二月一日 二三時一五分 ???


 今日の作戦は失敗だった、まさかあそこまでとは思っていなかった。それに彼――善本が積極的に行動するとは思っていなかった。

「作戦が失敗したというのに嬉しそうね」

 携帯電話のスピーカーから、からかい口調の声が聞こえてくる。

「色々と学ぶ事もあってね」

「そう、それは良かったわ」

「じゃあ、僕は明後日からから本格的に動き出すから」

「分かったわ、私もそろそろ動くわね」

「ああ、頼むよ」

 携帯電話を置いて、窓に近づく。工事現場が見える、まだこの街は出来上がってないのか……まぁ、確かに少し足りないかもな。


*    *     *


二月二日 一九時三五分 A地区 聖条院家


「ん……どこだ、ここ?」

 高級感あふれる和室、甘い香りがする――沙季さんの部屋だ。どうやら気絶してしまっていたらしい。善本はどうなったんだろうか、あの様子だと多分……。

 とりあえず体を起こした。タイミングを計ったかのように誰かが部屋に入ってきた。

「あ、起きたんだ」

 視界がぼやけて誰だか分からない、沙季さん? それにしては微妙に声が高い気がするんだけど。

「お姉ちゃーん、桜庭くん起きたよ!」

「いま行くから、話してて」

「はーい」

 会話からして美季さんだろう。だんだんと視界と意識がはっきりとしてきたので、改めて美季さんであるかどうかを確かめる。

それにしても本当に沙季さんに似ている、姉妹揃って美人だ。どちらかというと美季さんの方がフレンドリーに見える。

 じっと美季さん見ていると目が合った。

「どうしたの? 私の顔をジッーと見ちゃって」

「い、いや、何でもないです」

「あっ、分かった。何で私がここで君と仲良くしてるか気になったんでしょ?」

「へ?」

 確かに俺は美季さんの命を狙った。それは事実なのに、何で彼女は俺に良くしてくれてるんだろう。このまま見殺しにされてもおかしくなかった。

「桜庭くん、私はお姉ちゃんの味方なの。でも翔有とお姉ちゃんを比べると翔有の味方ってことになるかな? だからお姉ちゃんが守りたい人は私も守りたいのね。去年は家出ばっかしてお姉ちゃんに迷惑かけてたから。今度は私がね」

「守りたいか……情けないなぁ」

 俺はとても弱そうらしい。男として情けない、確かにガッチリとした体格じゃない。

「何か言った?」

「いや、何んでもないです」

「そう? じゃあお姉ちゃん来るまでここにいてね」

 美季さんは、そんな事を言い残して部屋から出ていった。

「女の人に守らなきゃって思わせてどうすんだよ……」

うなだれながら愚痴をこぼす。

こんな話、ウルドが聞いたら爆笑間違いなしだ。そういえば沙季さんはウルドについてどう考えてるんだろうか? 俺はあいつは悪い奴じゃないと思う。

部屋の扉がそっと開かれる、入ってきたのは沙季さん。

「心くん、具合はどう?」

「はい、大丈夫です」

「そう、なら良かった。お腹空いてない?」

「大丈夫です」

「そう」

「…………」

 会話が続かない、善本の事を聞いてもいいのか分からない。あのビルで見た光景――撃ったのは八割方、沙季さんだ。

「心くん、聞きたいことあるんでしょ?」

 俺の考え事を見抜いた風に沙季さんが聞いてきた。

「そんな深刻な顔しないでよ。質問にはちゃんと答えるから」

「そんな顔してましたか?」

「してたよ、どうしたの?」

 そこまで言うなら、聞こう。

「単刀直入に聞きます。善本は沙季さんが?」

「そうよ。私が殺したわ」

「どうしてですか⁉」

 何故だか声が大きくなってしまうが、沙季さんは動じない。善本の事なのに何故だか感情的になってしまっている、いけない。

「私の身を守るためよ」

「身を……守る」

 表情からして嘘をついているとは思えない。俺が美季さん達を追っている間に一体何があったんだろう。美季さんに逃げられたあと連絡が取れなかった。

「沙季さん、一体何が起こったんですか?」

「言葉じゃ伝わらないわ。そうね、簡単に説明すると――きゃっ!」

 ガシャンという音が聞こえた、どうやら沙季さんが会話の途中で吹き飛んだらしい、目の前に座っていたはずなのに、なんで俺の後ろにいるんだ?

 どこかが痛いのかうずくまってしまっている。

「大丈夫ですか?」

「う、うん」

 沙季さんがのそっと起き上がる。顔が真っ赤だ、唇を少し噛んで俯いてしまっている。正直な話、すごく可愛い。それに何故だかさっきからドキドキしている。

沙季さんは落ち着いたようで話を続けてくる。

「忘れてたわ、物に触れるといけなかったわね。今ので分かったかもしれないけど、私は善本の能力を使えるようになったわ。何で善本の能力が必要になったかというと、ウルドが来たからよ」

「ウルドが来たんですか」

「うん、殺されかけたわ」

 これはもうアイツが犯人だって言ってるようなものだ。サバイバル参加者を殺そうとするくらいだ。参加者を誘拐くらいだったら平気でするに違いない。でもアイツが犯人だとしたら目的は何なんだ。

「ウルドの目的はなんだと思いますか?」

「そんなの分からないわよ、とりあえず今日はホテルに帰りましょう。私もスクルドに報告したいことがたくさんあるわ」

 俺もそろそろ覚悟を決めないといけないな。美季さんに心配されているようではこの先が思いやられる。ウルドに半端な気持ちで挑んだら殺される――ウルドが相手だ。

 沙季さんが咳払いをして俺を見る。

「心くん、すごい顔してるわよ。思い詰めないでコッチまで辛くなってくる。二人で協力したら大丈夫」

「それもそうですね、ははっ」

 笑いがこぼれる。

なに一人で思い詰めてるんだろう。楽にいこう、沙季さんがいる。俺が沙季さんを守る気でいないでどうするんだ。

沙季さんも笑い出したので部屋の雰囲気が一気に明るくなる。

そのあと聖条院宅で夕飯を頂いて帰ることになった。味としてはなかなか良い物で、全体的に和風の味付けとなっていた。

腹が満たされたところで沙季さんが、

「とりあえず、明日もここに集合ね」

「了解です、じゃあまた明日」

 沙季さんの部屋出て玄関へと向かう、沙季さんのお母さんに軽く挨拶をして聖条院家の門を出る。辺りはすっかりと暗くなっていた。

ウルドに会ったら何を話せば良いんだろう。心を読めるから隠し事が出来ない、だからその分やっかいだ。ウルドと敵対することについて考えなければ良いんだけど俺にはそんな高等な技術がない。

「はぁ、どうしようかな」

愚痴を漏らしたその時、曲がり角から急に人が出てきた。俺がボーッと歩いたのに加えその人が勢い良く飛び出してきたので避けることができず正面からぶつかってしまった。

お互いに地面へと倒れる。急いでその人へと近づき声をかける。

「すいません。大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」

聞いたことのある声、無駄の無いハキハキとした話し方、浮かび上がってきたのは現代社会の授業風景。

まさか――

「榊原……先生……?」

 黒い髪から金色の髪になっている、いくら探しても見つからなかった訳だ。髪の色や髪型は人の印象や外見を大幅に変える。

「桜庭くん。こんな所で何をしているんですか?」

 先生は少しだけ驚いた顔をして聞いてくる。

「俺の事は良いんですよ。先生、探しましたよ。今まで何してたんですか?」

「…………」

 黙秘って……やましいことがなければそんな事はしない。まさかあの事件――ヴェルダンディーさんが殺された事件に先生は関わってないよな?

 とりあえず、事件の話題を振ってみよう。

「先生、ヴェルダンディーさんが亡くなりました」

「……知ってます」

 何で、知ってるんだよ。先生の行方不明になってる間は組織の人は誰一人先生と会っていない。だから知っているのはおかしい、知っているとしたら先生が犯人か共犯者である場合だ。

 先生が怪訝そうに俺を見てきたので話を続ける。

「どうやら、他殺らしいですよ。犯人に心当たりありますか?」

「…………」

 おいおい、何でこのタイミングで黙るんだよ。「心当たりはありません」くらい言ってくれよ。心当たりがあるってことじゃないか。

もう、どうにでもなれ。これが最後の質問だ、この回答次第では先生を組織の人の元へ連れて行く。

「先生は……殺してませんよね?」

 その瞬間、俺の目の間に壁――というより塊が現れた。釘がたくさんくっついている、まるで拷問道具だ。

その風景に呆気を取られていると背後から声がした。

「桜庭くん、無事か?」

 女の人だ、黒いスーツに身を包んでいてサングラスをしている。その恰好から組織の人間だと分かる。隣には少女が立っている、黒を基調とした服に身を包んでいてこの子も組織の人間と分かる。

 だけど初対面だ、名前を知らない。

「あ、あの……どちら様ですか? それにこの釘の壁は……」

「何言ってるんだ。良く見なさい」

 言われた通りにもう一度釘の壁を見てみる――あれ、壁じゃない! 大量の釘が俺の目の前にある見えない何かに刺さってる。

刺さってるものが見えないから壁に見えるのか。

「そうだ、その通りだ。桜庭くん、なかなか良い洞察力じゃないか」

 心を読まれた、この人も使えるのかこの能力。

「もう一度お聞きしますが、どちら様ですか?」

「私はアレース。金成の元パートナーだ。喋り方が男っぽいと良く言われるが、見ての通り女だ。それにこの子は――」

「いいよ……アレースお姉ちゃん。私そろそろ行くから……自己紹介は……また今度にする」

「そう、じゃあ桜庭くん、危ないからちょっとこっち来なさい」

「は、はい」

言われるがままにアレースさんの後ろへとまわる。

「じゃあ……二人ともまたね」

 そう言って、少女が姿を消す。あの歳で瞬間移動できるなんて、一体どんな教育を受けてきたのだろうか。

それに金成のパートナーが何で、俺の所にいるんだ?

「さて……ウルド! さっさと出てきなさい!」

「やれやれ、アレースさんには敵わないなー。まぁ、アイツがいないだけ良いってことにしようかな」

 屋根の上から声がした、月と重なってシルエットしか見えないけど、声からするとウルドだと思う。

「今日は見逃してくれませんかね、アレースさん」

 そう言いながら下に飛び降りて先生の隣に立つ。

「組織の中ではお前は裏切り者に認定されたんだよ。裏切り者を見逃してどうする」

「裏切り者か。ひどい言い様ですね」

 ウルドは何度か頷いた後、先生に何か耳打ちをした。何かを言われた先生は走って行ってしまった。

「待ってください!」

 俺が走り出そうとした時、銃声が聞こえた。

 俺の目の前を銃弾がゆっくりと動いている、これは金成の――。

アレースさんが隣にやってくる。

「桜庭くん、君はどうしたい? ここで戦ってもいいが――」

「無駄話をしている場合じゃないですよ」

 ウルドが後ろに瞬間移動をしてきた。俺は振り返る。その瞬間にウルドが吹き飛んだ。どうやらアレースさんが蹴り飛ばしたらしい。

俺は現れたウルドを確認するので精一杯だった。その間にアレースさんは攻撃をしていた。なんて速さだ。

アレースさんはチーター顔負けの速さで蹴り飛ばしたウルドとの距離を詰めている。ウルドは一回転して着地すると姿を消した。

 そして俺の横でスタッという音がする。

「心を狙ったほうが良さそうだな」

 ウルドが俺の横の家の生垣の上にしゃがんで、俺に銃口を向けていた。俺は咄嗟に横方向へと飛び退いた。

しかし、聞こえてきたのは銃声ではなく、ガシャンという衝突音が響きわたった。

「まさか、ここで投げてくるとは……」

「周りの家が壊れる被害より、お前が何かを企んでることの被害のほうが大きいと判断した」

 アレースさんが既に俺の近くに帰ってきていてウルドにそう告げる。ウルドの瞬間移動に対する反応スピードが半端じゃない。

 そしてウルドへと視線を戻す。

電柱が家に刺さっていて、壁は崩壊している。善本と小早川のケンカでも見たような光景だけど、あの時は縦向きに刺さっていた。今回は横向き――地面に対して平行に刺さっているのだ。投げるのは百歩譲ってありえたとして、どうやって電柱なんかを地面から抜くのか。

この家に住んでいる人は無事だろうか、もしまだ中にいたら相当危険だ。

「女性でも侮れませんね……」

 ウルドが瓦礫をどかしながら近づいてくる。左手だけで作業を行っている様子から片腕は負傷したらしい。

「当たり前だろう、私はお前の先輩だ。お前より長い間、能力と付き合ってきた」

「あーあ……右腕がやられちゃったか」

 ウルドはアレースさんの話を無視するかのように屋根の上へと瞬間移動をする。

「力は良く分かりました。また会いましょう、アレースさん」

 ウルドが姿を消す。

 アレースさんは、ため息をついてから

「桜庭くん、ホテルに帰ろう」

「え……アレースさんと帰るんですか?」

「当たり前だ」

「でも、金成のパートナーですよね?」

「君がアイツを殺したからココにいる」

「…………」

 はっきり言われると辛いな。でもこれは一生言われ続けて当たり前なんだ。

「私は君のパートナー二号だ」

「そういうルールですか?」

「そうだ。ウルドがいない以上、メインのパートナーは私だから何でも聞いてくれ」

「分かりました。じゃあ帰りましょう、アレースさん」


*    *      *


二月二日 二二時五六分 A地区 プリンスホテル


 無事にホテルに着いた。帰路は、お互いの経歴やらのプロフィールを開示する形の会話だった。

アレースさんは、話せば話すほどサバサバしている性格と分かった。本人曰く、昔はウルドに能力の使い方を教えていたらしい。

彼女はウルドをかなりの秀才だと言った、天才では無いところがミソなんだそうだ。

「ふーん、いいホテルだ。ウルドは私より良いとこに泊まっていたのか」

金成はどんなホテルに泊まっていたのだろうか、善本に言わせると「こんなガキがこんな良いとこを使いやがって」と言うかも知れない。

高校生が高級ホテルに滞在とは贅沢な話であることは間違いない。

「桜庭くん、風呂は大浴場?」

 アレースさんが、急に話を振ってきた。

今から風呂に入るつもりだったから、ちょうど良い。

「はい、行ってきますね。」

「行ってらっしゃい、私はここのシャワー使うから。」

「そうですか、遠慮せずに部屋の中の物は好きに使ってくださって構いませんよ」

「ははっ、君の家じゃないだろうに」

 うん、ウルドの時ほどのノリは期待できないが、話のわかる人だ。また楽しい会話ができると思うと嬉しい。


*    *     *


二月二日 二二時五五分 A地区 クイーンズホテル


 心くんが帰った後、家の家事を済ませてからホテルに戻ってきた。

あまり良い状況じゃないのは事実だ、とりあえずはスクルドに報告しないといけない。この状況は組織の者に協力してもらわないと切り抜けられない。

 部屋の扉を開ける。

「おかえり、沙季!」

「おかえりなさい」

 男の人が居たから身構えてしまったけど、ウルドではない。ウルドの黒髪とは違い綺麗な茶髪だし、見覚えがある。 

「ただいま、スクルド。あなたはあの時の……」

「はい、俺は善本の元パートナーで、ポルックスっていいます」

「元?」

「そうです、俺は聖条院さんのパートナーになりました」

「ちょっと、ポルックス! 沙季と馴れ馴れしく話さないで!」

 スクルドがポルックスさんを連れて部屋の端に行く、あの二人仲が良いのかな?

誰かを殺すとパートナーが増えるシステム――とすると心くんのところにも一人行っているらしい。

心くんとウルドを二人にするのは危ないと思っていたからちょうど良い。

「あ、沙季! 沙季が聞いたって言ってた話は全部、事実だったよ。それと参加者全員に伝えなきゃいけないんだけど――」

「ウルドが組織を裏切りました。恐らく桜庭さんのところに向かうと思います。俺の予想だと今日っていうのはあまり無いと思います、何かハプニングが起こらない限りは」

「ちょっと、ポルックス⁉ 僕のセリフを奪わないで!」

ハプニングが起こってしまってからでは遅いから心くんの未来を見てみる……とりあえずこれから寝るまでの間、ハプニングには遭わないみたいだ、いつの間にか新しいパートナーと出会っているし安心だ。

また今度、心くんの新パートナーに挨拶しなきゃね、保護者として。

でも私はまだ保護者って言えるんだろうか、彼に何一つしてあげられていない。考えれば考えるほどモヤモヤしてくる。いつもそうだ、心くんの事を考えるとモヤモヤする。

「あーあ、考え事は無し無し! じゃあスクルドとポルックスさん、寝るね!」

「おやすみっ!」

「おやすみなさい」

 部屋に入ってベッドに倒れこむ。

明日、朝一番に心くんに連絡しようかな。


*    *     *


二月三日 五時四分 A地区 プリンスホテル


「くん…桜庭くん!」

「ん……ああ、はいはい⁉」

 とても静かな朝だったが、アレースによって壊された。まだ外は暗い、何でこの時間に起こされたのか。寝ぼけている脳では分からない。

「さっき電話があった」

「誰からですか?」

「聖条院ちゃんから」

 聖条院ちゃんってどっちの聖条院ちゃんだよ。多分、沙季さんだと思うけど……こんな時間にどうしたのだろう?

「切羽詰まっている様子だったから、すぐに起こしたんだが……まだ寝かしておいたほうが良かった?」

「いや助かりました。じゃあ、沙季さんの所に行ってきますね」

「ああ、ウルドには気をつけて。悪いね、今日はカストルと話をしなきゃいけないんだ」

「いえ、大丈夫ですよ。とりあえず着替えたいんで外に出てもらってもいいですか?」

 アレースさんが自分の部屋に戻ったところでクローゼットから適当に服を選んで着る。部屋から出て洗面台へと向かう。顔を洗ったり、色々としてからアレースさんに一声かけてから客室を出る。

 何となくエレベーターを使うに気にならなかったので、階段を下る。

「ウルドに関しては気をつけても、どうにかなる問題じゃないけど」

なんとなく現在時刻を確認しようとしてケータイを取り出すとランプが点滅していた――不在着信五八件⁉

着信履歴を確認すると、聖条院沙季という表示が並んでいる。ケータイの画面をスクロールしていくと、沙季さん名前が途絶えて電話番号が並んでいる。

知らない番号だ、誰だろう?

「あ、この番号だけ留守電が入ってる」

沙季さん、知らない番号、そして最後もまた違う番号だった。 留守電を聞こうとケータイのキーを押すと、機械音の後に人の声が聞こえた。

「あ、桜庭くんかい? 新田だよ。君には迷惑をかけたくなっかたけど……多分、これは罠だよ。うわっ! やめろ! ぐっ――」

そこで留守電が切れた、新田さんは無事なのか? この電話番号が新田さんなら、もう一つは美季さんだろう。

一体何が起こってるんだ。新田さんは罠と言っていた、このまま沙季さんの家に向かってもいいのか? 罠だとしたら……

その時、誰かが俺の肩を叩いた。

「少年、久しぶりだな。」

「……! 坂城さん」

肩を叩いたのは坂城さんだった。日本が、そして世界が注目している学者だが近くで見るとあまりオーラが出てない。というよりどこにでもいる普通のおじさんだ。

「ほう、随分と余裕な表情だな。百戦錬磨ということか、それともただ油断をしているだけなのか。少年、お前はどっちだ」

「どっちでもないですよ、あなたから殺気を感じないだけで」

「これは……驚いた。少年、お前は殺気を感じとることができるのか」

「何となくです。最近、命の危険が多かったからでしょうか」

「なるほど、それはあり得る。少年、お前の言っている通りだ。俺はお前を殺しに来たのではない、お前から運命についてアドバイスを貰った礼をしにきたのだ」


*    *     *


二月三日 六時一分 A地区 聖条院家


心くんが、来ない。

朝早く連絡した時、心くんではなくアレースという女性が応答してくれた。彼女が金成の元パートナーで、心くんのパートナーということになるのかな。意外といい人そうで良かった。

態は予想より深刻なものとなってしまった、だから心くんがここになかなか来ないのは心配だ。何か事件に巻き込まれたりしていないのを祈る。

すると隣の部屋でガラスの割れる音がする――美季だ。さっきから、あんな調子だ。

廊下に出て隣の部屋を見に行く、鍵が掛かっているのか扉が開かない。

「美季、物に当たらないで」

「うるさいっ! お姉ちゃんは黙ってて!」

「子どもじゃないんだからさ……はぁ。」

「桜庭くんはまだなの⁉」

「まだだよ。それに来ていたらアンタ、彼に飛びかかるでしょ?」

「…………」

この沈黙は図星だ。やっぱり、脅してでも過去に戻ってもらうつもりだったんだ。もしそういうつもりじゃなくても、そうでもしないと心くんは過去に戻らないだろう。

金成の件以降、彼は無意識に武器や能力を使うことを避けている。武器や能力を使えば勝てる場面でも命の危険を感じなければ能力はもちろん、武器も使わない。

彼が能力をフルに使えば敵なしの筈だ。

「はやくっ!」

「分かったから、部屋のドアを開けて一回出てきなさい」

「いやだ」

「……そう。じゃあ心くんが来たらまた呼ぶわね」

美季の部屋を離れて自分の部屋に行くと、またガラスの割れる音がした。今度は文句を言う気はない、彼女の心境を思うと文句を言ってはいけない気がしたから。

こうなるのは当たり前なのかな、自分なりに愛情を注いできた新田くんが死んでしまったのだから。愛する人の死はどんな暴君も黙らせてしまうほどの出来事だ。

「沙季さん!」

「心くん⁉」

 部屋の扉が急に開かれた、そこには息を切らせた心くんが立っていた。

なんだか表情が明るくなってる。いや、とても微妙な変化だから分からない。

「沙季さん、何があったんですか⁉」

「話すからとりあえず座って」

「はい!」

 何で、若干興奮気味なんだろう。 ここに来るまでに何があったの? 状況が状況だ些細な変化も大きな影響を及ぼす。

それに昨日までの心くんなら武器の手入れとかしないはずだ。なのに今、弾を抜いて銃のボディを磨いている。

「あ、あのー、心くん?」

「はい!」

 思いのほか声が大きかったので、ビクっとなってしまったが続ける。

「美季の話を聞いてあげて」

「それだけですか?」

「うん」

 心くんはそれだけ聞くと立ち上がり、美季の部屋に走っていった。

このテンションの心くんは初めて見る。やっぱり今日の心くんはおかしい、この人は本物の心くんなのか? 

とにもかくにも美季が大人しくしていられるはずがない。私は心くんの後に続いた、彼は美季の部屋の扉をノックしている。

心くんの未来をちょっと予知してみた、彼は美季に吹き飛ばされる――⁉

「美季さん! 桜庭です、お待たせしました」

心くんがそう言った瞬間、扉がおもいっきり開いた。扉に飛ばされた心くんは壁に当たり、部屋から出てきた美季に胸ぐらを掴まれていた。

「桜庭くん、過去に戻って!」

「痛っ……いいですけど、どうしたんですか?」

「翔有が、翔有が……」

「新田さんが?」

美季は心くんから手を離して、床にへたり込んでしまった。すると床に水滴が落ちた――美季が泣いている。

「翔有が……死んじゃったの」

 心くんがゆっくりと立ち上がって私を見つめてくる。

「……新田さんの身に何が起こったんですか?」

「心くん、ここからは私が話すわ。もっかい部屋に来て」

心くんを部屋へと促す。美季の傍で話すのは酷だ、心くんもそこはわきまえているに違いない。

心くんの後に続いて部屋に入る。座りなおした心くんが私を見て、

「新田さんに一体何が起こってるんですか?」

「今日の早朝三時くらいにアイツらが来たのよ」

 心くんの表情があからさまに固まった、アイツらが誰か分かってしまったからか。それとも心くんはもっと重要なことを知っているからか。

「ウルド……ですか」

 どうやら前者だったようだ。

「そう、今回は隣に榊原さんを連れていたわ。直接の面識は無くても名前を呼ばれていたから分かった。彼らは新田くんを殺しに来たわ、変な刀を持って」

「沙季さん、でもウルドには新田さんを殺す理由が無いです。だってウルドは読心の能力が使えますし、新田さんが何かウルドの秘密を知ってしまったって事はない気がします」

「いや、話は終わってないわ。あのね、新田くんを殺したのは――榊原さんよ。」


*    *     *


二月三日 二時三○分 A地区 プリンスホテル


 沙季さんからある程度の説明をされた後、俺はすぐに過去に戻った。

本当ならぐっすり眠っている時間だけど、自分の体にはこれから働いて貰わなければならない。

ベッドの下にある拳銃を取り出してベルトに引っ掛け、ケータイで沙季さんに電話をかける。すぐに沙季さんの声が聞こえた。

「もしもし。心くん、こんな夜中にどうしたの?」

「えっと、未来から帰ってきました。これから起こることを説明しますね」

 うーん、何だか変な感じだ。とても説明しづらい、新田さんが未来では死んでしまったことを含めて、これから起こる事を淡々と喋ってしまっている自分が怖い。

「沙季さん、あと三○分後くらいにウルドが沙季さんの家に来ます。そこで、美季さんと一緒にいるであろう新田さんがウルドに殺されてしまいます。美季さんに頼まれてそれを止めるために過去に来ました。協力してください」

「分かった、協力するわ。作戦はあるの?」

そういえば、何も考えてなかった。美季さんに気圧されてすぐに戻ってきてしまったのが失敗だった。未来から来た意味ないじゃないか。

それに一つ気になることがある、人の死を無かった事に出来るのかどうか――タイムスリップ系の物語で必ずと言っていいほど言及される点だ。

「ごめんなさい、まだ考えていないです。とりあえず聖条院家に行きますから」

 そう言って、客室を出ようとするとアレースさんが立っていた。

彼女は俺の事を見て、

「行ってらっしゃい、やっぱりただ事じゃなかったのか」

「はい、未来を変えてきます」

 アレースさんはそれだけ言ってまた歩いていってしまった、俺は階段を駆け下りてその勢いのままホテルを出る。

 アレースさんもウルドと同じで俺が過去に戻っても影響が無いのか。能力の関係ってどうなってるんだろう、組織の人に聞いてみよう。

ホテルから歩いて五分くらい先にある交差点で信号が変わるのを待っていると、誰かに肩を叩かれた。

「少年、久しぶりだな」

 今朝……いや、未来で聞いたフレーズだ。振り向かなくても誰か分かる。肩を叩いたの坂城さんだった。

 何時間ここで待っていたのだろう。本当であればこの三時間後くらいに出会うはずだった。どれだけ俺に会いたかったのだろうか。

「少年、何故そんな顔をしている。まるで最近会ったような――なるほど、お前の能力はそういうものか」

「あの……坂城さん」

「気にするな少年。お前はここに私がいる理由が知りたいだけだろう。お前が動いてくれないと困る、研究がはかどらない。だが、顔を見た限りは大丈夫そうだ。未来の俺に……とすると次は拉致場所か……しかし……に行くとなると……」

 坂城さんがぶつぶつと何かを言っている。急いでいるので早くしてほしい。

「あ、あのー」

「またどこかで会おう。どこかに向かう途中なのだろう? なら早く行け、時は金なりと言うだろう。金など、死後の世界に持っていけないがお前はまだまだ生きなくちゃいけない。自分のためじゃない、誰かのために」

「……はい」

 誰かのために――未来の坂城さんも同じことを言っていた。

かなり話し込んでしまっていた、今はそんな場合じゃない。信号が点滅し始めたので走り出す、そのままスピードを緩めずに沙季さんの家に向かう。

俺は誰かの為に武器を手にして、誰かの為に能力を使う。それが良い、今までの俺は自分の事だけで精一杯だった。今ならできる気がする。

走ってきたこともあって五分足らずで沙季さんの家に辿り着いた。

「心くん、走ってきた割には遅いわね」

「色々ありまして……」

坂城さんの事を言う必要は無いだろう。沙季さんもそのことに突っ込もうとは思ってないらしく、自分と時計をチラッと見て、

「今、何時か知ってる?」

「いや、知りません」

 俺の勘では大体二時五○分くらいだ。

 すると沙季さんはため息をついて、時計を見せてくる。

「三時一二分よ」

「え⁉」

 三十分以上もかかっていたのか。下手したら間に合っていない可能性もある、こうして沙季さんがここに立っているという事は間に合ったらしいが。

「すみません、ウルドは?」

「まだ来てないわよ、美季達は中に隠れてもらっているわ」

 それならすぐには見つからないだろう、ウルド達を家の外で足止めしてやればいい。

 ホッとため息を吐いた時、聖条院家の門が少し乱暴に開かれた。

「さっくらっばく~ん! 待ってたよ!」

「おお、桜庭くん。話は聞いたよ、何やら僕を助けてくれるんだって? 君を助けた覚えは無いんだけどなー、ははっ」

新田さんと美季さんが出てきた。見事に沙季さんと俺の計画を壊してくれた、沙季さんは「なんで出てきたのよ……」と頭を抱えている。

この人達ほど人生を楽しんでる人はいないんじゃないか、と思わせるほどテンションが高い。命を狙われている人と好きな人が命を狙われている人なのに。美季さんに至ってはこのテンションからあの精神状態になるとは考えられない。

「そ、そんな怖い顔しないでよ、二人とも。悪かったよ」

 俺たち二人の視線に気が付いたのか、新田さんが謝罪してくる。

「いえ、でも新田さん。助けられた人じゃなかったら助けちゃいけないんですか。俺はそれが納得いかないんですけど」

 新田さんの目つきが変わった。善本のギャップと比べればあまり怖くない。

「……いや違うよ。また気を悪くさせちゃったらゴメン、だけどこれだけは言わせてよ。人を助けるって事は助けた人に無条件で借りを作ってるものだ。たとえ自分にそんなつもりは無くても、どんな人でも多少は申し訳なくなるものだ。困ってる人がいる度に助けていたらたくさんの人の心を重くしてしまう、僕はそれが嫌なんだよ」

「恩を返すという形なら気を重くさせない大丈夫……って事ですか?」

「そうだよ」

 新田さんって、こういう人なのか。情けない人だと思っていたけど、自分の意志がちゃんとある人だ。みんなには最初からこの人の内側が見えていたんだろうか、美季さんにはきっと見えていたんだろう。

俺たちの会話が途切れた瞬間、聖条院家の正面の家が吹き飛んだ。

「やあ、みんな。こんばんは」

 まるで俺が来るタイミングを見計らって来た様だ。砂煙の中からウルドが現れた。隣には榊原先生が立っている。

 ウルドが先生に細長い物を手渡している、あれが沙季さんの言っていた刀か。

「はい、榊原先生。この刀は先生が使ってください」

「いいんですか?」

「はい、大丈夫ですよ。僕に武器は必要ありませんから」

 そういってウルドは、瓦礫の中から破片を集め始めた。美季さんと新田さんは聖条院家の中に駆け込む。

ウルドが何をしようとしているのかすぐに分かった、とりあえず自分たちを囲むようにして減速の力を働かせておく。相手は瞬間移動が使えるから、銃は隙を見つけて撃つしかない。

ウルドがそのつもりだったら俺も――

「沙季さん、俺の銃も使ってください」

「心くんはどうやって戦うの⁉」

「武器はたくさん落ちてますよ!」

そういって道路に落ちている小石を拾って沙季さんに見せる。そうすると沙季さんはすぐに合点がいったようだ。金成の能力をつかえば小石が銃になる。

 とはいっても、まだ金成の能力を使いこなせていないから細かい設定ができない。けどやるしかない。

「心が前に出てくるなんて珍しいね?」

「うるせぇ、よ!」

 小石を思いっきり投げる。それと同時に減速の力を加速の力に切り替える。これで小石が加速をするはず――しない⁉

小石は俺とウルドのちょうど中間あたりをゆっくりと進んでいる。

「心が考える事なんか分かるよ。僕も速度を変える空間を作れる、これで僕と君の間には『減速の壁』ができたね」

「くそっ!」

 俺は辺りの小石を投げまくる。投げた小石はほとんど動いていない、浮いているように見える。

ウルドの能力の減速の力――ウルドに言わせると減速の壁の方が効果が強いから、俺の加速の壁と自分の減速の壁を同じ場所に作るとウルドの壁の方に作用する。だとすると加速の壁は使えない。

なんとかして減速の壁を利用して攻撃しないと。

「周りが見えてないね、心。榊原先生は、どこにいるでしょう」

「まさかっ!」

「ふふふ、この勝負は君たちの――」

銃声がウルドの言葉を途切れさせた。沙季さんがいつのまにか聖条院家の屋根の上に立っている。

銃弾はウルドの手前でゆっくりと進んでいる、不意打ちは失敗のようだ。

沙季さんが屋根から飛び降りて俺の横に着地する。

「……そうか君が居たのか。聖条院沙季、君も今のうちに殺さないといけないな」

ウルドの表情が変わった、これは善本より怖い。だんだんと嫌な汗がでてくる。とりあえず沙季さんを新田さんの方に向かわせてウルドと距離をとらせる、だからウルドは俺が止める。沙季さんには指一本触れさせない。

「沙季さん! 新田さんの方をお願いします! こっちは任せてください」

「分かった」

俺が死ねばみんなが挟み撃ちに遭う、それだけは避けたい。

……挟み撃ち? もしかしたらいけるかも。成功すれば、追い返すことくらいは出来るかもしれない。恐らく、チャンスは最初の一回だけ。

全力で加速の力を使って減速の壁の中の小石を少しでも動くようにする。減速の壁を挟むようにもう二つの加速の壁を作る。

ウルドには……まだ気づかれてない、賭けは成功だ。

「逃がさないよ」

「ウルド! お前の相手は俺だ!」

 ウルドが俺の言葉に反応して止まった。その隙に沙季さんは新田さん達を追って家に入っていく。まずは第一段階。

ウルドに瞬間移動を使わせたらいけない。

「ウルド、俺にはまだ策がある」

 そういって小石を思い切り投げる。俺の加速の壁の影響で速くなるがすぐに減速の壁によって遅くなる。

 ウルドがそれを見て笑う。

「心、君の能力なんか僕に比べて大したことないんだよ?」

 意外と時間はかからなさそうだ。時間を稼ぐために話を続ける。

「いや、それは違う。お前は自分の力を過信している」

「その言葉、そのまま君に返すよ。今回の戦いは僕達の勝ちだ」

 よし時間だ。俺はウルドに告げる。

「違う。俺の勝ちだ」

「なにを言って――うっ⁉」

ウルドの左肩から血が噴き出る、作戦は成功だ。

「心、一体何を⁉ ……ははは、そういう事か。やられたな、まさか時間差を利用するとは」

もう見抜かれたか……そう、俺は時間差を使った。 俺は自暴自棄になっている時に投げた小石を利用した。

まず、小石はウルドの減速の壁の中をゆっくりと動き続けていた。ポイントは止まっていないことだ。そして、小石はいつかは減速の壁を抜ける。壁を抜けたあとは、小石の速度を変えることが出来る。俺が加速の力で減速の壁を挟み込んだのはそれを狙ってだ。

ウルド側の加速の壁はウルドに小石を当てる為、俺側の加速の壁はウルドに勘づかせないようにする為のダミーだ。

それに小石だからウルドからは良く見えない、それが良い条件になり俺の加速の壁によって加速した小石でウルドに傷をつけることに成功した。小石といっても銃弾よりは大きい、そう簡単には肩を動かせないだろう。

 改めてウルドに向かい合う。そして嫌味な笑みを浮かべて告げる。

「さて、まだやるか? 利き腕がやられたのは痛いだろ?」

「ふふふ……確かに辛い。でも僕が退散しても目的は達成できるから、いいや。」

「どうかな?」

 正直、心配だ。沙季さんが後から向かったとはいえ先生も能力を使える。

「イマイチ掴めないな。心は僕が逃げるのを望んでいた筈だったけど?」

「なんで――」

いや、コイツは読心の能力を使えるんだ……忘れていた。なら、何で作戦がバレなかったんだ? 心を読まれていたなら、この作戦は成功しなかった。もしかしてウルドは――

すると、俺の後ろを誰かが横切るのを感じた。視線をそちらに向けると先生だった。

先生は俺を一瞥してから表情を変えずにウルドの元へと向かった。

「ウルド、目標は死んだわ」

死んだ……新田さんが?美季さんと沙季さんは、大丈夫なのか⁉

「そうかい、それは何よりだ。とりあえず、今回は退こう」

「分かったわ」

「待て!」

 俺はウルドの横の榊原先生に向かって小石を投げた。榊原先生は振り向きもせずに、小石を刀で弾いた。

「桜庭くん、これ以上邪魔をしないでください。あなたと私は違うのです」

「違う?」

「いつか分かりますよ。それでは……」

二人は早朝の暗闇に溶け込んでいった。

俺は聖条院家の中へと駆け込む、人の気配がある。注意深く聖条院家の廊下を歩いていると足跡を発見した。その足跡は中庭へと続いている。

中庭に出ると沙季さんの姿が見えた。俺から見ると沙季さんは茂みの中を見つめているようにしか見えないが、あそこに何かがあるのだろう。

「沙季さん!」

 沙季さんはこちらを一度見て、一瞬困った表情をしてから視線を元に戻した。

俺は走って沙季さんに近づいた。沙季さんの視線の先――そこにあったのは予想外の景色だった。

「こ、これって」

 俺の疑問に答えてくれる人はいなかった、この状況を見れば見るほど状況が飲み込めなくなってくる。

中庭にいたのは三人だった、沙季さんと美季さん、そして新田さんだ。そして美季さんが新田さんの胸にナイフを刺してまま気絶している。新田さんは恐らくもう――

「沙季さん、これって……一体何が」

「心くん、後で話すわ。とりあえず、美季を部屋で寝かしてあげましょう。新田くんはとりあえず中庭から動かしましょう。今日は雨が降るらしいから」

新田さんを縁側へと運んで、美季さんを部屋に連れていったところで沙季さんは状況を説明し始めた。

「まずは――」

 沙季さんが聖条院家に向かったあたりからの説明だ。


*    *     *


二月三日 二時二○分 A地区 住宅街


 私が撃った弾がウルドの目の前で遅くなった。惜しい、あとちょっとだったのに!

 逃げ道が確保しやすいように屋根から飛び降りて、ウルドを見据える。

「……そうか君が居たのか。聖条院沙季、君も今のうちに殺さないといけないな」

 あ、マズい……ウルドの表情が変わった。狙いを私につけてきている、この雰囲気の関わりようからして心くんは遊ばれていたってこと? 

心くんを連れて逃げようと心くんを見る。心くんは何だか考え事をしているようだ、あまり見せない複雑な表情だ。

「沙季さん! 新田さんの方をお願いします! こっちは任せてください」

 へぇ……心くん何か変わった? どれくらい先の未来から戻ってきたのだろう、一日で変わるような心境じゃなかった。

いつも悲しい表情をしていたんだけど、良かった。この表情の心くんの方が好きだ。

「分かった」

心くんに背を向けて聖条院家へと向かう。

「逃がさないよ」

 その言葉は私に向けられたものだとすぐに分かった。

「ウルド! お前の相手は俺だ!」

心くんの声が聞こえる。ウルドが追ってこない、心くんの言葉に反応したらしい。

私は無事に聖条院家に入れた、美季達はどこにいるんだろう? 物音を立てないように慎重に進んでいく。

すると、話し声が聞こえてきた。私は銃を撃つ準備をしながら中庭に近寄り壁に張り付きながら覗きこむようにして中庭の様子を確認する。美季と新田さん、それに榊原先生がいる。ここからだとあまり聞こえないが何か話をしているようだ。

隙を見つけて榊原先生を撃とう、幸い距離は遠くない。

物陰に隠れながら少しづつ距離を縮める、三人の状況が見える位置に辿り着いたところで会話が聞きとれるようになった。

「あなたたちに恨みありませんが、殺させていただきます」

 榊原先生が刀を鞘に納めてから、二人に拳銃を向ける。

「恨みが無いならいいじゃない!」

 美季が榊原先生を睨みつけながら訴えている。私は銃の照準を榊原先生に合わせる。

「美季……逃げろ」

「嫌よ! 死ぬときは一緒が良い!」

「ごめんな」

 新田くんが美季の手にナイフを握らせ、自分の胸に向かって押し付けた。

 まさか美季に自分を殺させるつもり⁉

「なっ――」

それを見た榊原先生が動こうとする。止めるならここしかない。私は物陰から飛び出して引き金を三回引く、しかし榊原先生のバックステップによって全てが外れる。

新田くんの方を確認する、体に力が入っていない――彼はもう死んでいた。

「翔有? 翔有! 翔有‼ 何か言ってよ……翔有⁉」

 美季の叫び声が中庭に響く。私は美季に近寄って肩に手を置く。

「榊原先生、もう用はありませんよね? あなたの目標は達成されましたし」

精一杯睨んでみたが、彼女の表情は変わらない。私に出来ることはこれだけ、彼女に帰って貰うこと。私はそれを促すために榊原先生に精一杯怒りの視線を向ける。

 すると榊原先生は銃をしまう。

「あなたに、先生と呼ばれる筋合いはありませんが……」

「そうね、人殺しが先生って呼ばれる資格は無いわ。榊原さん……いや榊原」

「まあ、良いでしょう。それでは聖条院さん、また会うことになるでしょう」

 榊原が私に背を向けて歩き出す。撃とうと思えば撃てた、でも撃てなかった、彼女が本当に敵かどうか私にはまだ判断できない。

新田くんは守れなかった、美季には心の傷を負わせてしまった。これじゃ心くんに顔向けできない。


*    *     *


二月三日 三時二○分 A地区 聖条院家


というわけで私は、心くんに新田くんが息を引き取るまでの経緯を話した。美季に聞けばよりそれより前の、さらに詳しい話を聞けると思うけど、なるべくそれはして欲しくなかった。心くんもその気はないだろう。

 心くんは、腕を組んで難しい顔をしている。

「そんなことが……。あっ、ちょっと待ってください。何か分かりそうなんです」

「うん」

心くんは何かを考え始めた、何を考えてるのか気になるけど「待って」と言われたから『何か』が分かったら教えてくれるみたいだし、今は素直に待とう。

しばらくすると心くんは座り直して姿勢を正した。考えがまとまったらしい。

「沙季さん、ウルドの新しい情報です。」

「さっきの小競り合いで分かったの?」

「はい。というより、ちょっと引っ掛かってたことがあって」

「そう、何かしら?」

「えっと、ウルドは同時に二つの能力を使えません」

同時に二つの能力が使えない?私も二つの能力を習得している。とりあえず、心くんには悪いけど時間の流れを止めてみる。そして、またまた心くんには悪いけど心くんの未来を予知してみる――できた。

時間の流れを元に戻す、私に出来てウルドに出来ないことがあった……これは意外。

「心くん、私は二つの能力を同時に使えるよ?」

「え、使えるんですか⁉」

「うん、今やってみたよ」

 心くんはまた考え込んでしまった。でも私には答えが分かる、答えは簡単だ。私の方がウルドより才能があるからだと私は思う――これはウルドが私に言った事だ。

才能は万人が共通して持っているものだけどレベルの差はある、そのレベルが群を抜いている人を私達は秀才や天才と呼んでいる。

けれど私は思う――天才は努力ができない。なぜなら努力しなくてもできるから。だから天才じゃなくても努力をしている人は輝いている、そして価値がある。誰だって天才には憧れる、ただ憧れるだけ。努力ができる人とは話したくなり、近くにいたくなり、友達になりたいと思うものだ。

この戦いにおいて才能というものがポイントというか、鍵になってくると思う。それに短い戦いにもならないと思うし犠牲者もたくさん出る。今日の新田くんの死はこの先の出来事を大きく変えた。

ふと外に目をやる――雨が静かに降り注いでいた。



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