第四話 『TRIO』
第四話 『TRIO』
二月一日 七時○○分 ???
今回のキーパーソンは聖条院沙季で間違いないだろう。イレギュラーなことが起こり過ぎている。このままだと作戦の実行が難しくなってくる。あの男も何やらこそこそと動き回っているらしい。
胸ポケットが振動した、着信だ。
「もしもし。新しい作戦? へぇ、聞くよ。じゃあまた後で」
この先が楽しみだ。
二月一日 七時五○分 A地区 プリンスホテル
「はぁ……よく眠れなかったな」
まさかここまできついとは思っていなかった。夢に金成が出てきた、夢の中でもおれを殺そうと襲ってくる……恨まれてるんだろうか?
人を殺めるというのはこういう事なのか――この夢も含めて、しっかり背負って生きなきゃいけない、そういうことなのだろうか。
生きるのは最大の償いで恩返しだ、と昔に誰かが言っていた。
扉が開いてウルドが隙間から顔を出す。
「心、先に行ってるね。待ち合わせに遅刻したらダメだよ」
「何で、お前が知ってるんだよ」
その質問には答えずにウルドは出て行ってしまった。適当に服を選んで着替えて、朝食を摂らずに外に出る。
また武器の入ったバッグを受け取り、適当に身につける。朝早くにホテルを出れば、あまり参加者に会わないと考えた。
沙季さんの家に着いたら何の話から始めれば良いのだろう。そんなことを考えながら聖条院家へと続く道を歩く。
「おい、桜庭」
「善本っ⁉」
今日は運が悪いようだ、柱の陰から善本が現れた。
「やはり、ここのホテルか」
「何でいるんだよ⁉」
いや、そんな事は聞くまでもないはずだ――俺を殺しに来たに違いない。俺が今するべきことはそんな質問ではなく逃げることだ。
「お前に話があって、ここに来た」
「へ?」
「お前の事だ、どうせ殺しに来たと思ったんだろ? 自意識過剰なガキだな、お前などいつでも殺せる」
「お前にとっては、殺すってそんな軽い事なのか」
「ふん……お前にしては面白い質問をするな。俺は殺すことについて何も考えていない、とりあえず歩きながら会話だ。あの女、聖条院の家に向かうんだろ?」
「…………」
何も考えていない――か。
もう慣れてるのか、一度も人を殺めた事が無いからそんな事が言えるのか。俺を刺した時は楽しそうだったから前者だろう。
「今は、お前を殺す気はない。だから口を開け」
敵意は感じないけど、信用ならない。俺はこいつに一度刺されている。
「何が目的だ。俺と何の話がしたいんだ?」
「一時的な同盟を組む」
「何でだよ。お前は俺を殺して俺の能力を手に入れたいんだろ? なら同盟を組む意味なんか無いだろ」
「しょうがないことなんだよ、お前を殺すのはその後だ」
「しょうがない?」
「ああ、あの姉妹はなかなか面倒くさいな、関わりたくない」
善本が苦手意識を持つ人が小早川以外にもいたとは……聖条院姉妹恐るべし。
俺の話した印象としては妹さんの方が少し話しにくかった。
「お、心くん」
「沙季さん!」
もうすぐで聖条院家に着くかどうかというところで沙季さんと出会った、隣には美季さんがいる。
善本は美季さんを見て、嫌そうな顔をした。
「ちっ、何でいるんだよ」
「うるさいわね、静かにしなさい。しなかったら――」
「分かった。それだけは止めろ」
美季さんは善本の弱味を握ってるのか? おっと、美季さんが首を傾げてこちらを見ている。どうやら美季さんをじっと見てしまっていたらしい。目を逸らしてそのまま三人で聖条院家に向かう。
徐々に沙季さんが近づいてくる、何か話があるのだろうか?
「美季には気をつけてね?」
「は、はい?」
沙季さんはそう言ってまた離れて行ってしまった。
一体何に気をつければ良いのだろう? 美季さんに気をつける要素は無かったはずだ。
それに美季さんがフレンドリーだからか、善本と美季さんは仲良く話をしているように見える。
「多分、そうだよ。桜庭くん」
不意に声をかけられた、どうやら聖条院家の門のところに立っている男性が声をかけてきたらしい。他には誰も見当たらない。
この人は見たことがある。
「えっと、新田さん?」
「お、良く覚えてたね」
衝撃の登場があったので忘れない、カップルで会議の部屋に現れたのだから。
「いやいや、カップルじゃないんだよ」
「え?」
「翔有、待ってたよっ!」
「美季!」
なんか、イチャイチャしてる。それに、俺の心を読んだような?
「心くん、私の部屋きてね」
沙季さんが手招きをしている。
新田さんに頭をさげて、沙季さんの部屋へと向かう。すぐに善本が扉を開けて入ってきた。そして俺のすぐ横に座った、なんで?
「さて、聖条院。話があるんだろ」
「沙季さん、俺も気になります」
「分かったわ。まず、心ウルドという男を信頼しないで」
「ウルドですか?」
何でだ? 確かにアイツは先生の件について事実を全て話してはくれていない。それだけの理由で? 沙季さんは一体何を知っているのだろうか。
「沙季さん、理由を教えてください?」
「まず、ウルド以外の組織の人間がその事件について何も知らなかった。つまり彼が犯人という可能性が高いの。仮に犯人じゃないとしても、組織が知らないことを個人的にしっているなんて何か企んでいると考えるのが妥当よ」
沙季さんは、真剣な顔つきだ。嘘を言っているとは思えない、言っている事は筋が通っているし特に反対意見があるわけではない。
善本はニヤニヤしながら俺を見てくる、気持ち悪い。俺が悩んでいるのを面白がってるらしい。
「分かりました。けど、今日の話がそれだけという事はないでしょう?」
「あるわ、私の目的は事件の真実を知ることよ。このサバイバルの裏で何かを企んでいる奴がいるなんて気分が悪いわ……だから、手伝ってちょうだい」
「組織の奴と戦うのか。はっ、面白そうだな」
「…………」
善本が言っていた同盟はこのことか。けど三人でウルドに勝てるのだろうか、あいつの強さは本物だ。
元から俺は沙季さんの味方だ、沙季さんが危ない目に遭うのは見たくない。
賛成の意を込めて頷いてみせると沙季さんも頷き返してくれた。
「ということで、今日私達はウルドを捕まえる作戦を練るのよ」
「捕まえるってことは命までは狙わないんですか?」
「目的が凶悪なら殺すつもりでいるわ、だから準備はちゃんとしておいて」
「はい」
殺す……か。胸のあたりがチクチクと痛む、やっぱり金成のことが気になってしまう。とにかく、今は考えちゃダメだ。
「私の考えた作戦を言うわね。質問があれば、答えるわ」
沙季さんの言葉に善本と俺は頷く。この一日で善本を丸め込み、作戦を立てるとは流石だな。
「今日か明日に、新田翔有こと新田君を殺して彼の能力を手に入れれば優位になるわ。彼が同盟を組んでくれれば良かったけど、拒まれたわ」
「彼の能力が何なのか分かってるんですか⁉」
「うん、分かってるわ。彼の能力は――」
沙季さんが口を開こうとした時、勢い良く扉が開いた。
「読心の能力だよ!」
「美季、何でいるの⁉」
「翔有、一回帰るってさ。暇だから参加させてよ」
「美季、あんた立場上は敵じゃない」
「敵なんですか⁉」
沙季さんがシラっと実の妹を敵と言ったのが驚きだ。
「桜庭くん、お姉ちゃんとじゃなくてさ、私と手を組まない?」
いきなり勧誘か、答えは決まっている。
「いや、僕はいいです」
「そう、ざーんねんっ。しょうがないなぁ、買い物でもしにいこうかなー」
そんなことを言いながら美季さんはあっさりと部屋を去っていった。三人揃って呆気にとられていた。
沙季さんが咳払いをしてから話を戻す。
「新田君の能力は美季の言った通り、読心の能力よ」
「心を読む能力ですよね?」
「そう、心を読む。相手の考えが分かるの」
考えが分かる能力、ウルドのアレだ。俺はその能力をすでに体験している。
――いや、待てよ?
「沙季さん、話が変わるんですけど、美季さんが敵って事は新田さんの味方ってことなんですよね? でも、新田さんは美季さんと付き合って無いって言ってましたよ」
「そうよ、彼らは付き合ってないわ。美季の新田くんに対しての一方的な恋愛感情よ、それも歪んだ」
「歪んだ?」
歪んだって、どういう事だろう。でも俺の目には新田さんも美季さんに好意を抱いてるように見えたけどな……
「アレだ、桜庭。若い奴の言葉で言うならヤンデレって奴だろ」
「うわ、キモ!」
「気持ち悪い」
善本がヤンデレとか言い出しちゃったよ。知れば知るほど善本が分からなくなってきたし、これからが心配だ。
「まぁ、この変人の発言は置いといて……もう分かっただろうけど、今回の作戦の問題は聖条院美季よ」
それは沙季さんが手を出せないからだろうか、それとも――
「厄介なのは彼女の能力よ」
やっぱり、そうか。個人的には前者であった方が良かった。
「沙季さん、美季さんの能力はどんな能力何ですか?」
「心くん、気づいてなかったの⁉」
「はい、気づくも何も無いじゃないですか」
美季さんの能力に目にする機会など無かったのだから、ここでは沙季さんしか知らないと考えるのが普通だ。
「しょうがないか。えっとね、美季の能力は人を操る能力よ」
* * *
二月一日 一二時四五分 A地区 聖条院家
とりあえず沙季さんの家で昼食をいただき、その後に役割分担となった。
作戦は、新田さんをあらかじめ決めておいたポイントに追い詰めていき、誰かが離れた場所から撃つというものだ。撃つ人――いわゆ狙撃手には沙季さんが立候補した。
「私が新田くんを撃つわ」
沙季さんが、そう言うと善本が舌打ちをした。
「俺は誘導役かよ」
「沙季さん、お願いします」
俺には無理だ、俺の中に金成の事が引っ掛かってるのは事実だ。昼食に使うナイフですら怖かったのだから。銃は愚か食用のナイフも持てないなんて……情けない。
「桜庭、俺らは別行動になるからな」
「え、何で?」
そんな事をしたら俺の命が危うい、二人で行動した方が安全だと思う。
「二人同時に動いたら聖条院が別で何かをしてるのがバレるだろ」
「あ、なるほど」
沙季さんが何かしているのに気付かれたらこの作戦は終わりだ。
「善本の言う通りよ、心くんよろしくね」
「善本、善本って……お前ら、敬語って知ってるか?」
善本が何か言ってるが無視だ。相手をしちゃいけませんと沙季さんがアイコンタクトを送ってくる。それに善本に敬語を使う必要は無い。
善本も諦めたようなので話を続ける。
「沙季さん、新田さんの場所は分かっているんですか?」
「新田くんの場所は美季のいる場所よ。美季の未来は把握してるわ」
流石だ、抜かりない。妹だからプロフィールくらいは把握しているのか。戦う時に相手の未来が分かってるというのは幾分か優位に立てる。
「とりあえず、この三人は同盟を組んだ仲間よ。連絡を取り合うためにトランシーバーを渡すわ」
「よろしくお願いします」
「ふん、これっきりだけどな」
* * *
二月一日 一三時三○分 A地区 駅ビル立体駐車場
今、私は駅ビルの立体駐車場にスナイパーライフルを設置してしゃがんでいる。そして心くん達がいるのは目の前の駅ビルで、誘導する場所は駅ビル五階とショッピングモール五階を結ぶ連絡通路だ。ここからなら中の様子も見える。
イヤホンを耳に付けて腰につけているトランシーバーを手に持って話しかける。
「心くん、こっちは準備できたわ。そっちはどう?」
私の見えてる未来だとまだ心くんは誰とも接触していないが、直接聞いておきたい。
トランシーバーがザーザーと鳴った後、心くんの声が聞こえた。
「二人は見当たりません」
「そう、準備しておいて。あと五分で新田くんと接触する事になるわ」
「分かりました」
「それと、美季の能力に対する対処として周囲の人は全員敵だと思って。心くん……気を付けてね」
心くんは、今日は死なないと未来は示しているが、能力者が近くに集まり過ぎているから未来はコロコロ変わると思う。
未来を更新している時間を減らすためにトランシーバーで連絡を取って状況を把握するのが最善策だろう。
耳元でザーザーと音が聞こえた。
「お、やっと繋がった。おい聖条院! 俺だけ周波数合わせてなかったじゃねぇか」
「あら、早かったわね。じゃあ、随時状況報告頼むわね。私は美季の未来と二人の未来を順番に見ていくから報告してくれないと辛い」
「了解です」
「ああ、ハナからお前の力に期待してない」
美季の能力によって一人の一般人がするはずだった動きをしなかっただけで未来が大きく変わってしまうことがある。これがバタフライエフェクトだ。
そういえば坂城さんがバタフライエフェクトについての論文を書いていたような気がする、機会があったら聞いてみよう。
「善本だ、何やら人混みが出来てる」
「注意して、美季の能力かも知れないわ」
未来が更新された――善本が死ぬ。
人混みを抜けた先で撃たれるらしい。彼が居ないと私達は一気に劣勢となる。
「善本、人混みに近づかずに回り道して!」
「了解」
未来が更新された――善本が死ななくなったが、心くんより先に新田くんに接触するらしい。
少しイレギュラーなマッチングだけど新田くんを都合良く誘導できるはずがない。
念のためもう一つ立てておいたプランを準備しよう。さぁ、どうなる?
二月一日 一四時○○分 A地区 駅ビル三階
作戦開始前に沙季さんが予知した未来通りに物事が進んでいない。ということは未来が変わってるらしい。
俺の前には新田さんは現れなかった、変わりに一般の人々が列をいくつも作って四方八方を見ている。これは見張り役なんだろうか?
耳に付けていたイヤホンからザザッという音が聞こえ、善本の声がした。
「善本だ。新田を発見した、威嚇の発砲と誘導を開始する」
「了解、頼むわね」
「了解。沙季さん、俺の未来はどうなってますか?」
「心くんは何事もないはずだけど、どうかしたの?」
「一般人が通路を見張ってます」
「ちょっと待ってね……心くんっ! 今すぐ逃げて!」
「はい!」
物陰から出て、階段を下りる。階段を下りている途中に爆音と共に三階が崩れてきた。
「うわっ!」
「心くん、走って!」
「は、は、はいはいっ!」
階段を駆け下りてがむしゃらに走り出す。この方向を走っていくと中央広場に着くはずだ。爆発音が聞こえてから天井にヒビが入り、すぐに瓦礫が落下してくる。そしてまた爆発音が聞こえてくる。
広場に辿り着ければ大丈夫だ、確かあそこには上の階がない。
「善本、二階の中央広場に向かっている心くんを救出して!」
「俺には無理だ」
「あー……使えないわね! 心くん、何か手はある⁉」
おいおい、善本頼むよ。俺の体力が持たないよ、このままで中央広場まで行けるのか?
「心くん、何をしたのか分からないけど、未来ではあなたは助かってるわ!」
「えぇ⁉」
考えろ、考えろ、考えろ――俺は生き残れる、つまり早く広場に行く方法がある。三階の爆発が何とかなればいいんだ。
俺の足が速くなれば一番楽なんだけど。
速度……もしかしたらいけるかもしれない、これは一発勝負しかない!
「遅くなれぇぇぇ!」
周りの動きが自分に比べて遅くなるのをイメージする。その瞬間、瓦礫がゆっくり落ちてくるようになった。
立ち止まって様子を見る。
「これが、金成の能力か」
試しに瓦礫をひとつ上へと投げてみる。俺の少し上から動きが遅くなった。
耳元でザーという音がした。
「おい、桜庭の能力か⁉ 俺に変な影響が出てる、体がうまく動かないぞ」
善本のテンションがやたらと高いし、気持ち悪い。この能力は善本のいる四階まで届いているらしい、かなりの広範囲だ。無駄が多いのはまだ使いこなせていない証拠だ。
「制御が難しいんだよ、許せ」
広場に向かってもう一度走り出す、また耳元で同じ音がした。
「いつ、そんな能力を手に入れたんだよ」
「うるせぇよ、黙ってろ! 沙季さん、なんとか切り抜けました。もうすぐ広場です」
「分かった、心くんはそこから離れないで!」
三階の爆発が止んだ、どうやら間に合ったらしい。ちゃんと部活に入っておけば良かった、これ以上は走れそうにない。
それに通路は瓦礫に埋もれてしまっている。俺の役目はここで終わりなんだろうか、まだ何もしていない。
とりあえず、今の状況を含めて知っている限りの情報を善本に伝える。それに対して善本は――
「そんなことはどうでもいい。大勢の一般人に足止めをされて新田を追えない。そっちのことは頼んだ」
ブチっという音が耳を刺激する。喋るだけ喋ってすぐに電源切りやがった……でも、善本からの頼み事なんて珍しい。どうやら本気で新田さんを追い込みたいらしい。
善本を助けてやろうと思うと不思議なことにやる気が湧いてきた。
「沙季さん、新田さん達の場所分かりますか?」
「ちょっと待ってね、探すから」
沙季さんが新田さん達を探している間にショッピングモール側に移動を始める。善本がビル側から追いかけているなら俺はショッピングモール側から向かって挟み撃ちにすればいい。
「心くん聞こえる? 爆発によって壊れている階段を四階から五階に向かって進んでいるわ、行くの?」
「はい、行ってきます」
壊れた階段ならそんなに早く進めないだろうから間に合うはずだ。連絡通路で挟み撃ちにしよう。なかなか俺も頭を使えるようになったじゃないか。
「そうと決まれば……」
俺はショッピングモールの五階に向かうためエレベーターに向かって走り始めた。
* * *
二月一日 一四時四三分 A地区 駅ビル立体駐車場
ショッピングモールへ入った心くんの姿は見えなくなったが、善本と美季達の姿はまだ良く見える。
善本は四階の廊下にいる、なにやら美季の操っている人達に足止めをされている。そrにショッピングモール四階からビルへと人が侵入し始めている。 その人々の手には銃やら斧やら凶器が握られている。このままだと善本が挟み撃ちに遭ってしまう。
「善本! 善本! 聞こえる⁉」
トランシーバーからは雑音すらしない、どうやら電源を切っているようだ。やっぱり、もう一つのプランに切り替えたほうが良いのかな。
その時、私の未来が変わった。
「聖条院さん、何してるの?」
背後から聞きなれてない声がした。振り向くと出口の前にウルドが立っていた。
「来たわね、ウルド」
「僕を待ってたみたいだね。なるほど、僕が来る前に新田くんを殺して、こんな風に対面した時に能力を使おうという作戦だったのか、良い作戦だね。それに、もう一つ作戦があるみたいだけど、その作戦についてなるべく考えないようにしてるみたいだね。心を読んでも内容が分からない」
「…………」
読心の能力、心くんが言っていたが本当に気持ち悪い能力だ。さっきから、嫌な汗が止まらない。本気で戦ってもこの人には勝てない。
プランを切り替えよう、隙を見つけてスナイパーライフルに近づければいい。
「そう君には勝てない。君には幾つか秘密が勘づかれてしまってるみたいだから、死んでもらうよ」
ウルドはポケットに手を入れた。その瞬間に私はスナイパーライフルのもとに駆け寄って、引き金を引く。
乾いた音が立体駐車場に鳴り響く。
* * *
二月一日 一五時ニ九分 A地区 駅ビル連絡通路
「はぁはぁ……追いついた」
連絡通路で二人を見つけた、携帯をちらっと見て時間を確認する。十五時ニ九分、閉店まであと一時間しかない。さっきまで十四時何分とかだった気がする。善本が能力を使ってたってことか。
「桜庭くん、君に先回りされるとは思ってなかった。でも私達の勝ちだよ」
美季さんが肩に紐をひっかけながらそう言った。
「なるほど、パラシュートか」
こんなところからパラシュートを使うとは考えなかったな。こんなに低い場所だったら怪我をする。
この距離だと俺では間に合わないけど、沙季さんなら間に合う。
「沙季さん……沙季さん?」
沙季さんから返事がない、少し雑音が聞こえるから電源は入っている。
こうなったら銃を使うしかないけど、撃てるか?
「桜庭くん、またねっ!」
「待て!」
走りだそうとしたその時、乾いた音と窓の割れる音が聞こえた。俺も美季さん達も足が止まる。
「美季! 行くよ」
「う、うん」
新田さんが美季さんを手を取って屋上から飛び出した。パラシュートがすぐに開き斜めに下降していく。
今の銃声、いったい何が――おっと、ボーッとしてる場合じゃない!
「ま、待て!」
急いで銃を構えた。手が震えて照準が合わない、そのまま引き金を何回も引く。
パラシュートにすら当たらない、もう一度構え直して引き金を引いたがカチカチと音がするだけだった、弾切れのようだ。
「くそっ!」
まだ、まともに撃てないのか俺は……このままだと本当に死ぬ。今は落ち込んでいる場合じゃない、窓が割れた方に行ってみよう。
下を除くと四階の窓が割れている。
「沙季さん! 沙季さん! …………通じないか」
沙季さんに呼びかけをしながらショッピングモールの中を走る。店の中に一般人が戻ってきて自由に買い物をしている。美季さんが能力を解いたのだろうか?
階を下りて連絡通路を渡ってビルに入ると、人の気配がしなくなった。
「善本! 善本!」
アイツはこの階に居たはずだ、トランシーバーの電源も切っていたから連絡する手段が無い。なんだか嫌な予感がする。
見落としが無いように廊下をゆっくりと歩いていると、視界の隅に人の手が見えた。
走って近寄る――アレは善本の手だと直感した。
「善本!」
俺の悪い予感は当たった、そこには頭を撃ち抜かれた善本がいた。
「おい……マジかよ」
善本について特になんの感情も無かったが、今は何だか胸が痛い。
窓を見ると、壊れた窓ガラスの先には立体駐車場が見える。
「まさか……沙季さんなのか?」
頭の中がごちゃごちゃになる――目の前が真っ暗になった。
* * *
二月一日 一五時三十二分 A地区 駅ビル立体駐車場
「へぇ。なかなかやるね、聖条院さん」
汗がコンクリートの上に落ちる。目の前には鉄の塊が浮かんでいる――銃弾だ。
「はぁ……ギリギリ……セーフ」
「君のもう一つの作戦はコレか。意表を突いた良い作戦だね」
私のもうひとつのプラン、プランというよりは逃亡手段だ。それは新田くんの能力が手に入る前にウルドが現れる可能性が高かった。それに備えるために善本を撃って時間停止の能力を手に入れて逃げる。
結果としては逃げただけだが、善本の能力を手に入れている分は得をしている。サバイバルを勝ち抜くにしろ、ウルドと対面するにしろ生存率は上がる。
でも、この作戦は失敗だった、生存率うんぬんじゃない。私がこの場から逃げられなければ意味がない。
何で――
「何で、動けるの?」
「そう、君のミスはそこだよ」
ウルドが笑う。
「あなたの目的は何なの?」
「世界を牛耳ること……って事にしておいて。」
本当の目的は教えないという事か。新田君の能力が無い以上話していても無駄だ。とにかく逃げなきゃ……逃げなきゃ死ぬ。ウルドは本気で私の頭を狙ってきていた、目の前の銃弾がその証拠だ。
扉はウルドの真後ろにある、この屋上から出る方法は二つ。一つ目は、ウルドの後ろの扉をから出る方法。二つ目は、いますぐここから飛び降りる方法。
「物騒な事を考えるね。どうだい、ここで賭けをしないかい?」
ウルドがまた私の心を見透かして話を始める。
「賭け?」
「そう、ただのゲームだけどね」
「内容次第ね」
「未来の読み合いだよ」
未来の読み合い、ウルドも未来予知が出来るの⁉ だったら勝負がつかないじゃない。
「それは違うよ、能力にはちゃんとレベルのようなものがあるんだよ。いわゆる馴れみたいなものだね、能力の強さとか精度とかが変わるんだよ。まぁ、慣れだけじゃなくて才能っていうのもあるけどね」
「なるほどね、つまり馴れや才能があったほうがより先の未来が見えるのね」
「そう、引き分けなら同じ未来が見える」
この賭け、私に勝ち目はあるの? ウルドは何年間、能力を使って過ごしてきた
うか。
「勝ち目はあるよ。僕も時間を止めることが出来るけど、それについては同じ実力みたいだし」
「数年間使ってきた奴と、手に入れてから数分くらいの奴が同じ実力?」
「僕も疑ったが、君も僕も動いていてまわりの物が止まっていることから同じ実力だと分かる。まぁ、昔からこの能力は苦手だし嫌いなんだけどね」
だったら、未来予知の能力も同じくらいの実力である可能性がある。普通に戦っても負けるだけ、飛び降りて生きている確率も低い。それなら――
「分かったわ。どんなゲームをするの?」
「単純さ、とりあえず時間の流れをもとに戻してくれるかな?」
ウルドに従って時間の流れをもとに戻すと車の音が聞こえてきた。
そしてウルドはコインを指で弾いた。コインは高く高く飛んでいきウルドの目の前を落ちていき足に踏まれた。
「表は天使、裏は悪魔が掘ってある。Heads or tails?」
「表か裏か当てればいいのね」
コインには未来も何もない、だから私は自分の未来を予知してみる。だけど、考えればすぐに分かる。このゲームは私が絶対に勝つ、能力の強さがどうとかいう以前の問題だ。
何故ならウルドはコインの裏表をもう変えることができない、未来を予知したら私の勝ちとなる。
未来は、コインは表だと示している。
「表」
「表でいいのかい?」
「うん、いいわ」
ウルドがゆっくりと足をどける。天使が現れた。
「負けたよ。なるほど、君には才能があるみたいだ。でも君は最初から勝敗が決まってるみたいなこと考えてたね。それは間違いだ」
「なんで?」
「僕はコインをトスする前に、未来を予知しておいた。僕の予知した未来は君が裏を選んで当たる未来だ。だから僕はコインを表で踏んだ」
「コインの表裏を選べるって……視力いくつよ」
「いくつだろうね、とにかく負けたからにはここから去ろう。このコインはあげるよ」
ウルドはコインを拾って、姿を消した。コイン……くれるんじゃ無かったの?
「心くん、心くん?」
……返事がない。彼の未来を予知してみよう……四階の廊下で気を失ってるところを私に見つけられるらしい。四階ということは、善本のところだろう。
私は時間を止めてまた走り出そうかと思ったけど、時間が止まらない。どうやら時間を止めるにはインターバルが必要らしい。
「歩いて行こ」
階段を降りてビルの前まで行ってみると、ビルの下はヤジウマが集まっていた。ビルの爆発が周囲の人々を集めたようだ。警察やら消防車が来たら面倒だ。
ヤジウマを掻き分けてビルに入り、壊れかけの階段を上って心くんのところに向かう。
ビルの中は人の気配がしない、なので遠慮をせずに走り回った。しばらくすると遠くに見慣れた男の子が倒れているのが見えてきた。
「心くん!」
善本も横で倒れていた、二人がこうなったのは確実に私のせいだ。善本にも申し訳ないことをした。
外からサイレンが聞こえた、窓から覗き見ると警察が来ている、そろそろ行かないといけない。善本の前で手を合わせて、心くんを背負う。
「さようなら、善本さん」
「聖条院さん、ここは俺がやっときますんで……早く逃げてください」
誰だか分からないけど男の人――多分、組織の人が急に現れた。
「あの……あなたは?」
「俺は、善本誠のパートナーです」
「じゃあ、彼のことよろしく頼むわね」
「はい、また会いましょう」
善本のパートナーを名乗る男の人が善本を背負って立ち上がる。
「屋上にヘリが止めてあります。乗ってください」
彼の言葉に私は頷く。そして彼の後ろに着いて行きながら、屋上へと向かった。