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第三話 『ALLIANCE』

第三話 『ALLIANCE』


一月三○日 一七時四○分 ???


 どうやら動き出したらしい。これは想定外だ、やっぱりあいつらが関わっているとこうなるのか。早急に対応すれば修正が可能になる。

 利用するなら誰だ? 彼を使うべきだろうか、しかし失敗に終わる可能性が高い……この際、思い切って自分から動こう。

 携帯電話を取りだす。


一月三○日 一七時四○分  A地区 カフェ


 歩き続けて一時間、ついにあの人――を見つけた。昨日転々としたお店を最初から順番に探した結果、最後から二番目の店に居た。

 お店に入って沙季さんの座っているテーブルへと向かう。

「……心くん、どうしたの?」

 やっぱり後ろに目があるのだろうか? 後ろから近付いてきているのが俺と分かるなんて……これも能力か。

それに、ここでゆっくりしてるということは沙季さんは戦わないのか? それとも何かの作戦なのか?

「心くん、そんなとこに立ってないで座ってよ」

「あ、すいません」

 俺には狙われないと思ってるのだろうか。確かに、俺は沙季さんと話をしに来た。

戦うつもりは無い……と思う。いや、戦っても勝つことはできないだろう。

「私に何か用?」

「その……少し話をしたいなと思って」

「話? 何かしら」

 こういう時は単刀直入に聞こう。

「僕と手を組みませんか?」

「魅力的な提案ね、私も手を組みたかったとこよ。でもどうして心くんは手を組もうと思ったの?」

「それはですね、僕の能力では敵に勝てそうに無いみたいで。沙季さんの力を借りようかと思いまして」

「ふふっ……」

「な、何ですか?」

「ゴメンゴメン、私と理由が同じだったから……つい笑っちゃったの」

「沙季さんも?」

「うん、それでも手を組む?」

 沙季さんの能力にも殺傷に使える特徴が無いって事か、でも能力の組み合わせによって何か変わるかもしれない。沙季さんも同じことを考えていたなんて奇遇だ。

 答えはもちろん、

「はい、手を組みましょう。数学ではマイナス×マイナスはプラスですからね」

「ふふっ、そうね。じゃあ手を組みましょう。それと心くんの能力気になるし、まずは互いに自分の能力の開示と説明をしましょうよ」

「分かりました、まずは俺からしますね。俺の能力は簡単に言うと過去に戻る能力です」

「過去に戻る、ね。色々と合点がいったわ」

「え?」

「心くんと最初に会った時の話なんだけど……いや、先に能力の話ね。私の能力は簡単に言うと未来予知よ」

「未来予知って、よくフィクションに出てくる未来予知ですか?」

「そうよ、私には常に未来が見えてるの。だいたい一日先くらいまでの起こることが分かるわ」

 タイムスリップ、時間停止そして未来予知。どれもフィクションに出てくるものだ、金成の能力もフィクション系統だろうか。

 おっと、今は未来予知の話だ。

「それって、誰々が何するというような詳しい情報が分かるんですか?」

「分かるわ、でも私以外の個人の未来予知は時間がかかるの。それに条件があってね……私の視界に入ってる者か、名前、居住地、年齢、体重、身長、その他諸々の個人情報三つ以上が分かってれば予知できるみたい」

 なるほど、俺が逃げ出す事が分かったのは未来予知だったのか。でも、俺は能力を使って一度だけ沙季さんから逃げだせてる。

その後、過去に戻ったから沙季さんは覚えて無いけれど。

「私の能力は未来の出来事が分かるから未来を変えることができるの。私の様に狙って未来を変えることは出来ないけれど他の参加者も能力を使った時に未来を変えることができるの。それでも未来の変化は微々たるものだったわ、でも一度だけ大きく未来が変わったことがあったの」

「それは、いつ?」

「それが、心くんと出会った時よ」

「えっ、僕ですか?」

「話を戻すわね……私と最初に会った時のこと覚えてる?」

「ショッピングモールで会った時のことですか? あの時は大変でした」

「そうみたいね、最初に会った時は心くんの未来は『ショッピングモールで起きるバスの事故で死亡する』となっていたの。私がショッピングモールに戻ったら起きた事故はバスとジェット機の事故に変わっていたのよ」

 過去に戻らなかったら俺はバスに轢かれて死ぬから小早川がジェット機に何かをすることも無かった。

つまり、俺の能力は過去を変えることによって未来を変えてるとも考えられるのか。沙季さんが見ている未来が俺が過去に戻ってきたその時、その瞬間から変わりだすのか。

「つまり、私が修正したはずの未来を過去から修正していないことにする。これは私にとって最悪な能力よ」

「…………」

「だから、手を組むわ。天敵が味方なら別に気にする必要もないから」

 沙季さんは無条件で俺を信頼してくれている、すごく嬉しい。

「よろしくお願いします」

「はい、よろしくね。それで?」

「へ? いや、これからのことは今から決めましょうよ」

「情けないわねー。まぁいいわ、会議を始めましょう――勝つために」


*    *     *


一月三○日 二○時五二分 A地区 プリンスホテル


 あれから会議と雑談をした結果、明日の予定が決まった。

まず、朝の待ち合わせが八時五○分に聖条院宅に集合して簡単な打ち合わせの後に金成を捜索する。何故、金成なのか……沙季さん曰く、今のところ殺傷能力があると知っていて比較的倒しやすそうなのが金成なんだそうだ。殺傷能力のある能力が手に入ればサバイバルゲームも有利になる。

「心、お帰り。」

暗闇で良く見えないが、声からしてウルドだ。

「お前がホテルの外にいるなんて珍しいな」

「僕も出掛けててね。今、帰ってきたところだよ」

「ちゃんと仕事してたのかよ」

「ははは、心みたいに逃げ回らずにちゃんと働いたよ?」

「一言多いんだよ」

「さぁ帰ろうか」

「ああ、もう寝たい」

「相変わらずだね、君は」

「まだ短い付き合いなのに何言ってんだよ」

「それもそうだね、ははっ!」

 ほんとうによく笑うやつだな……なんだろう、胸騒ぎがする。また、階段で何か起こるのか? いや、ウルドがいるから大丈夫だろう。

おそらく明日――明日何か始まる気がする。

気がするだけならいいんだけど、俺の嫌な予感は当たってしまう。


*    *     *


一月三一日 八時一五分 A地区 聖条院家


「うーん……朝か」

 いつもの和室、サバイバルゲームが始まってからも変わらない部屋。

「お姉ちゃん起きないの? 先食べてるからね」

「うん、すぐ行くから」

 妹――()()の態度も変わらない。いつの日か家から出て行った妹がサバイバルゲーム開始前日に帰ってきて、次の日にはサバイバルゲームの参加者となっていた。それを除けば何も変わらない。

だけど今日はいつもと同じ一日ではない。心くんが家に来る日だ、のんびりしていられない。

朝ごはんも気になる、部屋着から着替えてリビングへと向かう。

「今日の朝ごはん何?」

「トーストだよ。はい、いつものジャム」

「ん、ありがと」

 私のお気に入り、ブルーベリージャム(蜂蜜入り)をたっぷりと塗って口へと運ぶ――うん、美味しい。

 美季はすでに朝食を済ませていて席を立った。

「じゃあ出掛けるね!」

「ん、行ってらっしゃい」

 パンの味に満足している私を一瞥して美季はリビングから出ていく。

玄関の戸が開け閉めされた音が聞こえた後に、リビングにお母さんが入ってきた。

「あら、美季は出掛けたの?」

 お母さんの質問に答える前に最後の一切れを口に放り込む。

「うん、出掛けたよ。ごちそうさま」

「美季も沙季も、最近出掛けてばっかりね」

「最近は忙しいんだよ。あっ、今日は家にお客さん来るから」

「はいはい。何時に?」

 時計を見る――八時四五分、そろそろ来る頃だ……なんでだろう、緊張する。

「多分、そろそろ来ると思う」


一月三一日 八時三○分 A地区 住宅街


 聖条院宅に向かって歩みを進める。A地区にも住宅街があったのは意外だった、駅のまわりはビル以外は無い。綺麗に舗装された道路に綺麗な家々、とても静かな所だ。

 道は基本直線で、大体二十軒に一回ぐらいの間隔で道路が十字路になっている。

「あれか?」

 自分が歩いてきた道と沙季さんが描いてくれた地図を照らし合わせる、この先のT字路でぶつかるようだ。

 そしてT字路にぶつかったところで言葉を失った。

 この住宅街はなかなか高級な住宅街だが、聖条院宅は格が違った。他の家の五倍はありそうだ。

「君! 桜庭って名前だよね?」

 聖条院宅に心を奪われていると、声かけられた。一瞬沙季さんかと思ったがすぐに違うと分かった、髪が短いのだ。

「はい、そうですが。どちら様でしょうか?」

「君は、サバイバルの相手の顔も覚えられないの?」

「へ?」

「聖条院美季よ。覚えてないの?」

「え⁉」

 あのカップルの女の人の方か! 全然印象が違う。

「あー、そっか。あの時は金髪で化粧してたっけ。ゴメン、普段はこんな感じだよ、オーケー?」

「は、はい」

「感想は?」

「感想⁉」

「感想の一つや二つ言えないと嫌われるよ?」

「き、綺麗ですね……」

「……うん、まあいっか。私に用って訳じゃ無さそうだし」

「はい、沙季さんに用があって」

「ふーん、せいぜい頑張って。あ、あとお姉ちゃんに会ったら一言以上は褒めないと嫌われるよ。じゃあまたね、桜庭くん」

本気で言ってるのだろうか? それより、美季さんからは敵意を感じなかった。この姉妹はそういう人たちなのだろうか。

案外、このサバイバルゲームで殺しをやってる人って少ないかもしれない。具体的には善本、小早川、金成――この三人だけかもしれない。

「おっと、早く行かないと」

 入り口を求めて聖条院宅をぐるりと回ると立派な門を見つけた。しかしインターホンがない、勝手に開けてはいるのだろうか。

門の前でうろちょろしながら考えていると不意に門が開く、沙季さんだ。

「心くん、まるで不審者よ」

「おはようございます。き、今日も綺麗ですね」

「美季になんか言われたんでしょ?」

「あ、良く分かりましたね」

「あの子そういうのが得意なのよ。とりあえず中に入って」

「お邪魔します」

 門をくぐると最初に和風の庭園があり、その奥に大きな家があった。神社に来た気分に近いものがある。家の中に入ると長い廊下、五番目の部屋が沙季さんの部屋らしい。

「失礼します」

「どうぞー」

 沙季さんの部屋には椅子とかテーブルとかがない、一人暮らしじゃないし当たり前か。沙季さんも床に座ってるし、俺も床に座ろう。

「今日の予定、ちゃんと分かってる?」

「はい」

「じゃあ、これ」

 沙季さんからスタンガンとトランシーバーそれと沙季さん曰く秘密兵器、を受け取る。秘密兵器は最初にマンホールに取り付けろと沙季さんが言っていた。そして、そのマンホールまで金成を誘導するのが俺の役目だ。

「作戦開始まで時間あるけど、作戦場所にそれぞれ移動しましょう。それと心くん、あなたの個人情報を言える限り教えなさい」


*    *     *


一月三一日 九時一八分 A地区 ビル街


 マンホールに秘密兵器を設置してから、別行動で目的地に向かっているので話し相手がいない……暇だ。せっかくトランシーバーを持っているのだから使ってみよう。

「沙季さん。世間話しませんか?」

「私も暇だったところよ。階段を使って展望台まで行こうとする人は私だけみたいよ」

「そうですよね、普通はエレベーターを使いますからね。ところで妹さんとはどれくらい歳が離れてるんですか?」

「私達は双子なんだよ。心くん、灰色のパーカーの人がナイフ持って襲ってくるから準備して。」

「了解」

 灰色のパーカーね。左前方に灰色のパーカーの男を発見した、ゆっくりと近づいてきている。スタンガンを手に持って、相手がナイフを出すのを待つ。

「いまよ!」

 沙季さんの声と同時にパーカーの男はナイフを取り出して走ってきた。

「よっと……」

「あがっ⁉」

 首筋にスタンガンを当てる、すると男は簡単に足から崩れ落ちた。何事もなかったようにその場を離れる。

なるほど、未来を予知してくれるからタイミングも取りやすかった。

「双子だったんですか」

「そうよ、あんまり似てないでしょ?」

「なんとなく似てますよ。髪の長さで印象変わってる感じです、二人とも気さくですし」

「私の事を気さくって言ったのは心くんが初めてよ。目的の場所に着いたわ」

「俺も着きました、見えますか?」

「うん、見えるわ。そろそろ来るよ」

「了解。予知、任せました」

 金成が正面から歩いてくる。金成が俺を見つけたのかニヤッとしながら走ってくる。

「桜庭ぁ! 久々だな!」

「心くん、とりあえず逃げて」

「了解」

 逃げるために、くるりと百八十度方向転換して走り出す――なんだ⁉

「沙季さん、体の自由が効かないです!」

 夢の中で良くある前に進めない感覚と同じだ。走ろうとはしているけど思ったよりも進まないという感覚。これがアイツの能力か?

「おいおい、挨拶なしで逃げるのは無いんじゃないか?」

「心くんジャンプ!」

 沙季さんの指示通りジャンプをする。

「うわ!」

 野球ボールが、俺の爪先をかすった。そのボールは地面に当たりアスファルトの地面をへこませる。

沙季さんの指示がなければ、足をやられていた。沙季さんは俺の個人情報を知っているうえに展望台からこちらを見ているので未来予知の精度はかなり上がっている。

「あれを避けたか! 焦ってるわりになかなかやるじゃねぇか」

「ちっ……あれ? 治った!」

 アイツの能力は時間制限があるらしい。その隙に俺は金成から出来るだけ距離を取る。

「心くん、次は右に避けて」

 走るのを止めて右に跳ぶ。またしても野球ボールが飛んできた。

さっきまで通行人がいたが、今は通行人がいない、この通りにいるのは、俺と金成の二人だけだ。秘密兵器付きのマンホールに向かって再び走り出す。

「心くん、左のあと右にジャンプ!」

「左! 右!」

 俺が避けるのに比例して通りの建物が崩壊していく。もう、警察沙汰決定だな。

けど、そんなことは後だ。今は沙季さんの指示に集中する。

「ちょこまかと逃げるな! 桜庭ぁぁ!」

 金成が怒鳴り声をあげている。

「俺は、お前の能力が欲しいんだよ、桜庭ぁ!」

 ――俺の能力? 誰から聞いたんだよ、そんなこと。小早川、善本、沙季さん……この中では誰も言いそうにないが。

あー、考え事は後だ、今は沙季さんの指示に集中しないと!

「金成がマンホールに着くまで、あと少しよ」

意外とイケるかもしれない……でも、上手く進み過ぎだ。金成が本気を出していない気がする。

「心くん、次はジャンプ三連続で右、右、左」

「はい!」

 沙季さんの指示通りに跳ぶ、未来を予知しているのにギリギリだ。

 マンホールが見えてきた、予想よりも時間がかかっている。金成のボールを避けるので忙しいからだろう。ここまで来たら金成を誘導するだけだ。

 俺はここ一番の全力疾走でマンホールを通り過ぎてから金成と向かい合う。

「お? お? おいおい、桜庭ぁ。もう諦めんのかよぉ⁉」

「いや、違う。ふぅ……」

 まずは、深呼吸……そして手持ちを頭で確認する。銃弾は九発、金成とマンホールの距離は斜め右前に五メートルほどだ。この場合の一番良い選択は何だろう。

「おっと! 桜庭ぁ、てめぇに撃てるのか?」

「心くん、連続だと失敗するわ。様子を見ながら二発撃ちなさい」

「了解」

 金成の肩に向かって一発――あれ? 銃口から出た弾は意外な動きをした、弾の速度が遅くなっている。金成の能力は人間だけに影響するのではないらしい。

でも沙季さんの指示は二発だ。もう一度引き金を引くが、すぐに遅くなる。

「どうした、こんな弾を避けるのは余裕だぜ。桜庭ぁ? なめてんのかぁぁ⁉」

「左に避けて! その後、すぐに金成の左肩に連続で二発よ」

「あぶねっ!」

 危なかった、あのボールさっきより速くなってる。本気を出し始めたか。

そんなことより沙季さんの指示通り撃たなきゃいけない。二回連続で引き金を引く、すると銃弾は意外な動きを見せた。

「くっ……桜庭、てめぇぇぇ!」

 次の瞬間には俺の弾は金成の肩を撃ち抜いていた。何となく分かったが、金成の能力は物体の速さを操る能力だ。金成の能力でボールが速くなったなら、俺の銃弾も速くなる。

だから、俺の銃弾は遅くならずにボールと同じように速くなって金成の肩を貫いたのだろう。

二発の内の一発が俺の視界でゆっくりと動いてる。これは加速の能力から減速の能力へと切り替えたからだろう。

すると銃弾が視界から消えた、能力の効力が切れたらしい、誘導するなら今しかない。

「心くん、金成の左肩に向かって様子を見ながら四発撃って」

「了解」

 一発ずつ確実に狙って撃つ、わざと避けさせて徐々にマンホールへ近づかせる。

「桜庭ぁ! お前は、負傷してるやつに一発も当てられないのかぁ⁉」

「終わりだ」

「はぁ? 何言ってん――」

 爆音が金成の声をかきけした。

マンホールに付いていた秘密兵器――いわゆる爆弾だ。沙季さんの話を引用すると、この爆弾はC4と呼ばれるプラスチック爆弾で、三千五百グラムの火薬を用意すれば、厚さ二十センチの鉄板を粉砕できるそうだ。

インターネットで調べた結果、この地域のマンホールは約十五ミリの厚さであると分かった。なので、沙季さんは三百グラムの火薬を使ったプラスチック爆弾を用意した。

その量であれば、マンホールの裏側から金成の足を負傷させられると予想したのだ。

「金成、俺の勝ちだ」

「……うぅ」

 銃口を金成に向けて煙が消えるのを待つ。しばらくすると金成の姿が見えた。

目の前の光景に手が震える。予想していた通り金成の足を負傷させることは出来たが、それだけに止まらず金成ぼ下半身が吹き飛んでいた。

「なんだよ……怖じけづいたのか? 人の命の重さを知れ。俺に……言えること……じゃないが、俺の分まで……生きてみろよ。撃てよ……」

 下半身が無くても金成の精神面には変化がうかがえない。少しだけ喋るのが辛そうだが悲鳴をあげないなんて、とんでもない精神力だ。

 引き金に掛けた指が動かない、怖い。

「俺には無理だ」

「はぁ? どちらにろ俺は……死ぬんだよ、下半身が……無いんだぜ。俺の能力……貰って行けよ」

 金成が自虐的に笑う、どうかしてる。そんな笑いを見ても指の震えは止まらない。

「なぁ桜庭ぁ……お前は間違ってる。この状況で自分の身を守れなきゃ……この先、間違いなく……死ぬぜ」

 分かっている、分かっているけどできない。

「ちっ……」

 金成は舌打ちをして、黙り込んでしまった。俺たち以外はいないこの通りを静寂が包み込む――

「撃ちやがれぇぇぇ‼」

 金成の大声のせいで指に力が入る、乾いた音が鳴り響いて金成が倒れる。

「あ……ぁ……」

 俺がやったのか? 足に力が入らない、目の前が真っ暗になる。


*    *     *


一月三一日 一一時二三分 A地区 展望台


 この展望台に来るのに階段を使う人が歴代で何人居ただろうか、その中でも走って下った人が何人いただろう。

 心くんが倒れる姿が見えた。金成を撃った、その事実は酷かもしれない。心くんは意外と弱い心の持ち主だ。高校生が耐えられるような物ではない、とはいっても私と心くんの歳はあまり離れていない。

だが彼の両親の居場所が分からない以上、保護者は手を組んでいる年上の私だと思っていなければならない。

不意に人の気配を感じたので、立ち止まる。

「……順調だ」

階段の下から声がする。反射で隠れる場所を探してしまったが階段なので見えるはずがない。

「そう、それは良かった。彼が殺されるようなことがあったらマズいですからね」

「分かってる、そしたら一番危ないのは――」

「分かってますよ。それと、ここは私たちの過去と全く同じではないことを忘れないようしてください」

 そこで人の気配が消えた、今の会話――サバイバル関係者? 彼とは一体、誰の事だろう? 男の参加者ばかりだから分からない。

 とにかく今は急がなくちゃいけない、心くんがあんな場所に倒れているのを誰かに見つかってしまったら面倒くさいことになる。

 階段を後にして展望台から出る。心くんのいる場所まではそう遠くない、だから走ってすぐに着いた。

 彼を背負って私の家へと向かう。

「心くん、君は悪くないんだよ。全部を背負わなくていいんだからね」

 なーんて、一人で呟いても意味ないか。


*    *     *


 一月三一日 一八時五二分  A地区 ビル街


 あれからしばらくして、家に帰る途中に心くんが目覚めた。正確には家に帰る途中ではなく、心くんが昨日の雑談で言っていた『瞬間移動をしているっぽい二人組』の接近を避けるためにフラフラと街中を歩いていた途中だ。

「……沙季さん、自分で歩きます」

「分かったわ」

 心くんを降ろして並んで歩き出す。

「自分の命を守るために他人を切り捨てた時、どうすればその罪を償えますか?」

 ずいぶんと思い詰めてるわね。目はとても虚ろだ。

「罪かどうか分からないけど。その切り捨てた他人の事を忘れないで誠実に生きることぐらいだよ思うわ。でもね、何かを切り捨てることなんか人間には出来ないのよ。切り捨てたように見えてるだけなのよ」

「……そうですか」

「哲学的質問はもう禁止よ」

「じゃあ、何で爆弾の威力を足に負傷を負わせるだけの規模にしたんですか? あ、別に沙季さんにどうして欲しかったとかでは……」

「あなたは、人を生き返らせる事ができるから」

「え? それってどういう意味ですか」

「例えば私が死んだとして、その時に心くんが過去に戻る。そうすると心くんからすれば私は生き返ってるでしょ?」

「そうですけど。それと関係があるんですか?」

「だからー、心くんが死んだら意味ないじゃない」

「あぁ、そういうことですか」

「私個人としても心くんには死んでほしくないのよ、一緒にいて楽しいしね」

「…………」

心くんが黙っちゃった。それにつられて恥ずかしくなってくる。

「沙季さん」

「ん?」

「気をつかってもらっちゃってますね。ありがとうございます」

「……いいよ、気にしないで。あっ、左に曲がろう」

 しつこいなー、たぶん善本って人だと思う。私の能力は未来が変化したことを認識すると新しい未来の情報に更新をするようになっている。時間を止める能力、そのせいで更新した未来の情報が入ってくるのがギリギリのタイミングになってしまう。

ピンポイントで私たちの目の前に現れたら未来の情報の更新が間に合わない。

「おい、桜庭……と聖条院沙季だったか」

 噂をすれば――不幸な事に善本が目の前に現れてしまった。


*    *     *


一月三一日 一九時二二分 A地区 ビル街


命の重さ、人の分まで生きる人生、それってどんな物なのだろう。俺には分からないだろう、今もきっとこの先も。

「おい、桜庭……と聖条院沙季だったか」

 うわ、善本⁉ 沙季さんの未来予知がハズレた? そうでなければ沙季さんが参加者と遭遇することは無い。

「心くん、事情は後で説明するわね。逃げるわよ」

「はい」

「桜庭、目上に対して挨拶すら無しか?」

「こんにちは」

 さりげなく、イヤホンを耳につけ、足に付いてるトランシーバーのスイッチを押す。

「最近のガキは礼儀を知らない奴ばかりだ。はぁ……来やがった」

「善本さん……と桜庭さん! 探しましたよ」

 小早川まで来てしまった、逃げ場が無い。金成のことで疲れてるのにな……本当に疲れてるのに。沙季さんはどっちから逃げるつもりだろう、小早川側か善本側か。

「心くん、逃げるのはやめましょう。ナイフは小さい方ね」

「はい」

 ち、小さい方? ナイフは一本しかないから大きいも小さいも無い。小早川と善本の身長はあまり変わらない。

 小早川? 小早川……小⁉ もしかして小さいは小早川の小さいってことなのか? もういい、小早川のことだと決めつけていこう。

「いくよ、心くん!」

 俺と沙季さんは同時にスタートを決めて小早川のもとへと向かう。俺の予想は当たっていた。

小早川は笑ってナイフを構えている。小早川の横に善本が瞬間移動してきた、ナイフを手に持っている。狙いは小早川みたいだ。

善本がナイフを降り下ろすタイミングに銃を撃とう。銃を取り出す――手の震えが止まらない。

「心くん、次は私が撃つわ」

「お願いします」

 いつ取り出したのか沙季さんは拳銃を構えていた。そして、乾いた音が鳴り響く。

 だが小早川の前にはすでに誰かが立っていて、銃弾が当たった様子はない。

「ウルド⁉」

「桜庭のパートナーの⁉」

「桜庭さんの……」

「心くんのパートナー⁉」

 そこにいたのはウルドだった。右手の指で銃弾を挟むようにキャッチして、善本のナイフを左手の指で挟むようにして防ぎ、小早川を守っていた。

人間の業じゃない、そんなことは度々あるが……なんで小早川を守っている?

「熱いっ! あーあ、右手は僕の利き手だよ。使えなくなったらどうするんだい?」

「そんなことはどうでもいい、何でウルドが居るんだよ!」

「緊急事態が発生した、直ちにホテルに戻ること。能力は使わないで戻ってくれ」

「ふん。しょうがないか」

「そうですか、分かりました」

「なんだか良く分からないけど……心くんは、どうするの?」

 善本も小早川もあっさりと退いてくれた。主催者直々にやってくるような緊急事態ならしょうがないか。でも、一体何が起きたのだろう。

「ウルド、何が起きたんだ?」

 ウルドは少しの間うつむいて考え事をしていたが、正面を向いて口を開いた。

「榊原香が行方不明だ」


*    *     *


一月三一日 二一時三二分 A地区 プリンスホテル


「……遅い」

 沙季さんを宿泊しているホテルの近くまで送ってから自分のホテルに戻って来たのだがウルドが帰ってこない。

榊原先生が行方不明という事態に落ち着いていられない、俺の学校の先生であり命の恩人である、心配じゃない方がおかしい

もし何かの事件に巻き込まれているなら早く助けたい。

「ゴメン、心。ちょっと遅くなっちゃった」

 急にウルドが現れた、瞬間移動だ。善本や小早川のようにウルドも使えるのか?

「お前、瞬間移動も出来たのか?」

「サバイバル参加者が使っている能力は大体全部使えるよ。他にも能力は色々ある」

「お前達……主催者側の奴らは全員そうなのか?」

「そうだよ。とは言っても、個人差はあるよ」

「ふーん。状況は?」

「分かっているのは、榊原香が行方不明になっているってことだけだよ」

「……本当にそれだけか?」

 いや、それだけの筈が無い。行方不明になっているだけではサバイバル参加者の争いに主催者側が干渉するはずが無い。

「ウルド、正直に話せ。これだけのはずがないだろ、先生のことについて勝手に動かれたくなかったら全部話せ」

「……わかった。でも言えない事もあるからね、そこは理解してくれるかな?」

「ああ、出来る限りの事を教えてくれ」

「榊原香のパートナーであるヴェルダンディーが何者かに殺害されていたんだ。その時には既に榊原香はホテルからいなくなっていた。そこで僕達は榊原香をヴェルダンディー殺害の犯人だと疑っている、ということだよ」

「それだけか?」

「うん、心に話せる事はこれだけだよ」

「つまり、俺達の争いを止めたのはそれを伝えるためだけか?」

「そうだよ」

 おかしい、その為だけが無い……。組織の者はホテルの外では手出しをしないのが原則だ。伝えるだけなら、争いが終わった後でも良かったはず。

ウルドはまだ何かを隠しているが、聞いても教えてくれないだろう。それなら自分で情報を集めるしかないか。

「心、とりあえず風呂に入ろう」

「ああ」

 こんな時だからこそ、平常心を保つのが重要だ。前回と同じようにエレベーターで三階へと降りて脱衣所に入る。

 また同じように服をカゴの中に入れて、お湯につかるまえに冷水を浴びることにした。

「ふぅ……」

 冷たい、今日の出来事を清めて無かった事にしてくれるような水だ。汗と一緒に手に残っている引き金を引く時の感覚を洗い流したい。

 そんな願いをこめてお湯に肩までつかる。

「心、もっと楽しそうにしようよ。風呂の時間なんだから、僕を見習って!」

 ウルドは、いつも通りヘラヘラしている。そう今日はいつもと変わらないんだ。

そういえばウルドだったら、どんな状況でも楽しめるのだろうか。たとえば、そう人を殺めてしまった状況とか。

「それは笑えない冗談だな」

「お前は常に口元が笑ってるだろ。ちょっとは悩みとか緊張感を持てよ」

「悩みって何? まだ持ったこと無いんだよね、あれってどんな感情なの?」

「笑ってられないよ。頭の中が真っ白になったり、ぐるぐると回る感じだ」

「ふーん、何だかそのイメージは辛いね」

「みんな悩みなんか持ちたくないし……でも、持ってしまうのが普通なんだよ」

「普通ね。一体何が普通何だろうね」

 悩みとか緊張感の話をしてるんだけどな。普通の話をしたい訳じゃない、けど……。

「普通が何かなんて、誰も分からないだろ」

「珍しく言い切るね」

「まぁ、普通が何かについては一家言あってね」

おっと、俺が語ってる場合じゃないな……ささっと風呂に入って沙季さんに連絡をとって寝るんだった。あれ、いつから話が逸れたんだろう。

「僕が話を逸らしたかったからだよ」

「だから、心を読むな」

「いいじゃん、減るもんじゃないんだよ?」

「俺が嫌なんだよ。先に部屋行ってるぞ」

「はいはい」

 居心地が非常に悪い、お湯からあがって脱衣場へと向かう。カゴから服を出して買う。

さてさて、明日からは二月だ。二月といえば逃げる二月、三月といえば去る三月だったかな? 誰が考えたんだろう、去ると三の共通点って『さ』一文字だけだし。

『さ』といえば沙季さんにメールしておかないといけないな。

「さっぱりした! 心、部屋に戻ったら寝るのかい?」

 ウルドが風呂から戻ってきた。コイツがいると考えがバレるから、ささっと沙季さんにメールして寝るのもアリだな。

「ああ、寝るよ。おやすみ」

「おやすみ」

 とりあえず、沙季さんには明日の一○時に沙季さんの家に行くという約束に遅れる可能性があることを伝えておこう。

「あー、疲れた」

 エレベータ―の中で携帯電話を開いて聖条院沙季の文字を探してメールを送る。そして部屋に戻った後はベッドに飛び込んだ。

 視界が暗くなっていく。


*    *     *


一月三一日 二一時三五分 A地区 クイーンズホテル


 心くんが、近くまで送ってくれた後、ホテルの部屋でシャワーを浴びてからベッドの上でゴロゴロしていた。

 榊原香の行方不明、組織の者の干渉……確実に何かあるわね。

「あ、沙季がホテルにいるなんて珍しいね。どうかした?」

 私のパートナー――スクルドが帰ってきたようだ。身長や声からして確実にまだ子どもなのだけど組織の一員だ。

「ねぇスクルド、私に何か話すことない?」

「何の事?」

「とぼけないでよ、榊原香が行方不明なんでしょ?」

「え、そうなの⁉ 何も聞いてないんだけど」

「そうなの?」

 スクルドが知らない。行方不明なんて割と大きな事件だ、知らないのはおかしい。

「うん、知らないよ。一応調べてみるけど、誰からの情報?」

「誰からだったかな? 忘れちゃった」

 ここは何も話さずに穏便にしておくのが良いだろう。

ちょっと嫌な感じがしだ……ウルドだっけ? 彼が嘘をついていても、嘘をついていなくても何かを企んでいるのは明らかだ。

「あーあ、僕ももうちょっと読心の能力の才能があれば、沙季から情報を聞き出せたのにな。残念だよ」

 しょうがない心くんに探りをいれてみよう。ウルド、彼のことを私はまだ知らなさすぎる、動くにはまだ早い。

とりあえず、今日は寝よう。心くんの精神状態も心配だ。

「あ、もう寝るの? おやすみ、沙季」

「おやすみっ!」

 私は布団を被って目を瞑る。家の布団じゃなくても眠れるだろうか。

 だんだんと意識が遠退いてく。


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