第二話 『SURVIVAL』
第二話 『SURVIVAL』
一月二九日 六時五○分 ???
思い通りの展開だ、まだ先は長いがゆっくりと準備をしていこう。二人が今回の話は無かったことにして欲しいと言い出した。もちろん快諾した。
やめたい者はやめればいい。いずれ処分するのだから気にすることはない、実に些細な問題だ。
まだあと一人いる、次の人の番だ。胸のポケットから携帯電話を取り出す。
「もしもし」
* * *
一月二九日 八時五○分 A地区 プリンスホテル
「あーあ、良く寝た。何時だ?」
時計を探したが見当たらない、そうかホテルにいるんだった。とりあえず携帯で時間を確認する、八時五一分――
「やばい、二度寝した!」
「おお、起きた? あと九分しか無いよ」
「起こせよ!」
なんて薄情なやつだ。それに部屋の鍵をかけてたのに、どうやって入ってきたんだよ!
とりあえず、過去に戻らないと失格になってしまう。
「ウルド、寝ている状態の過去には戻れるのか?」
「無理だね、意識のある時だけだよ」
「そうなのか」
じゃあ七時くらいに戻ろう、俺はアラームを止めるために一度起きているからな。
* * *
一月二九日 七時二分 A地区 プリンスホテル
よし、戻ったな。 さて、ゆったりと朝食だ!
「おはよう、心」
「ああ、おはよう」
「一応言っておくけど、心がタイムスリップしても僕の記憶に影響無いから」
「あ、そう」
うわっ、ニヤニヤしてやがる。コイツと生活するとストレス溜まりそうだな。
「で、朝食は?」
「下の食堂で七時半から食べられるよ」
「分かった、面倒臭いし着替えなくても良いよな」
「いや、時間あるしシャワー浴びて着替えたら?」
「着替え、持ってきてないし」
「あるよ。部屋のタンス見ておいで」
駆け足で部屋に戻りタンスを開ける、ものすごい量の服だ。適当に今日着る物を選んで風呂場に向かう。
「じゃあ浴びてくる」
「行ってらっしゃい」
部屋の風呂場とは言えなかなか綺麗だった。シャワーを浴びながら「俺ってサバイバル参加者の中で最年少じゃないだろうか」なんて考え事をした後、風呂場から出て新しい服へと着替える。
「さっぱりした?」
「うん、したよ」
「じゃあ、ご飯行こうか」
「うん」
一階まで降りて食堂まで向かう。食堂の様子を見る限りバイキングだ。ウルドと同じものを取らないようにしながら美味しそうな料理を盆に乗せていく。そして一番隅の席に男二人で陣取った。
「そういえば、先生の事教えてなかったね」
「先生って、榊原先生?」
「君の先生つまり、榊原先生は普通の参加者じゃなくて裏方だよ」
「裏方?」
「誰が殺された、誰がホテルを出た。そういうことを逐一把握してパートナーのヴェルダンディーに報告。それで、そのヴェルダンディーっては僕らの中でも少し特別なんだよ。時間の大きな流れや変化は情報を集めるのに時間がかかる。けどヴェルダンディーは特殊な奴でね、情報収集の能力に特化しているんだ。先生には三十分かかることも一瞬で出来る、だから先生とヴェルダンディーは二人でゲームを管理する傍観者だ」
「じゃあ、先生は狙われないんですね?」
「うん、普通なら」
良かった、実は知り合いといつか戦う事になるかもと心配していた。その状況にならなきゃ分からないが、俺は知り合いとは戦えないと思う。知り合いじゃなくても戦えるか怪しいけど。
「俺、そろそろ行くよ。ホテルに帰ってきていいのは何時からだ?」
「午後九時だよ。
「そういえば、武器は?」
「ああ、外出るときに渡される鞄に入ってるよ」
「分かった、行ってきます」
食堂から出てロビーを突っ切りホテルを出る。すると鞄が上から降ってきた、幸いにも周りに人がいなかったので注目される事はなかったが随分と荒っぽい渡し方だ。
とりあえず中身をチェックしたいので近くのコンビニでトイレに入る。中身は、拳銃二丁とたくさんの銃弾、サバイバルナイフ三本、そしてメモと三万円。メモには「何かが足りなくなったら監視役に連絡」と書いてある。拳銃をベルトに引っ掛け、ナイフも引っ掛ける。目立たないように服装を整え、トイレから出る。
善本には会いたくないからショッピングモールに行こう。しかし何故だろう、すれ違う人々が俺を見ている気がする。気になってしょうがないので振り返る。
どうやら勘違いだったようだ、俺を見ている人はいなかった。その代わりに俺のすぐ後ろから十メートルに渡って並んでいるナイフが大衆の目を引いている。
もしかして、俺に向かってナイフを?
「桜庭、情けないな」
「よ、善本⁉」
脇道から善本が出てきた。グレーの作業着を着ている。
「年上に向かって呼び捨てとは、生意気だな」
「お前と話をしている暇無いんだよ」
「また逃がすと思うなよ」
ちっ、ナイフ取り出しやがった。良く分からないナイフに襲われてるのに次から次へと厄介事が……それに何で俺が狙われてるんだよ。
「おじさん、邪魔しないでよ」
「なっ⁉」
謎の少年が現れ、次の瞬間には善本を蹴り飛ばしていた。少年は空中で回し蹴り……ウルドみたいな技だな。スピードが早過ぎたのか蹴るまでの過程が見えなかった。少年は体制を立て直して俺の前で不敵な笑みを浮かべている。
「こんにちは、小早川と言います」
「……桜庭です」
「知ってます、申し訳ありませんが倒させていただきますよ」
「小早川だか何だか知らないが、人をいきなり蹴るとは無礼な奴だな」
「ちゃんと邪魔だって言いました、おじさん」
「俺の名前は、おじさんじゃない」
「別にいいじゃないですか、おじさん」
善本はナイフを小早川に向かって投げる。一瞬で小早川の前に移動して、投げたナイフをキャッチして切りかかる。だが、小早川も一瞬で消えて善本から遠ざかる。
「なるほど、お前はそういう能力か。これでは決着がつかない」
「もう気づいたんですか、おじさん」
「黙れ」
消えて出てくる、消えて出てくる。ハイレベルな戦いが目の前で繰り広げられている。逃げるなら今しかない。ショッピングモールは見えている、五分もかからない。俺はとにかく無心に走った、後ろから追ってくる気配は無いが油断は出来ない。二人とも急に現れたり消えたり出来る。
ショッピングモールのゲートをくぐったところで足が止まる。
「はぁはぁ……着いた。大丈夫だろう、こんな目立つところで戦おうとはしないだろう」
何であいつらは俺を襲ってきたのだろう。帰ったら、ウルドに聞いてみようか。
「心、お疲れのようだね」
「っ⁉ ……ウルドか。脅かすなよ」
「ここまで来れて良かったじゃないか。狙われるのも大変だね。君を狙ってるのは彼達だけじゃないし」
みんなして急に現れるから、心臓に悪い。
「何故、俺が?」
「うーん、そのうち知ることになるんだけどな。あのね、参加者を倒すとその人の能力が使えるようになるんだよ。心の能力は魅力的だからさ」
「俺の能力はやり直しが出来るからな……待てよ。善本なら分かるが、何で小早川が俺の能力を知ってるんだ?」
「彼のパートナーがルール無視してついつい言っちゃったんじゃないかな?」
「良いのか?」
「アイツ……カストルっていうんだけど、お調子者でね。もし言っていたならお叱りを受けてるはずだから責めないであげてよ」
実は、こいつらけっこう適当な組織なんじゃないか? 普通は、そういうところを徹底するだろ。まあ、ウルドが居れば心強い。
「歩こう。止まっていると逆に変だ」
「僕は帰るよ?」
「か、帰るのか……じゃあまたな」
「またね、頑張って!」
ウルドの背中が小さくなっていく。はぁ……そういえばホテル以外では手を出さないんだったな。期待する方が間違っている、ウルドにルールを破らせる訳にはいかない。
「君、参加者?」
「えっ?」
歩き出そうとしたところを呼び止められた。呼び止めた声の方を向くとそこにいたのは見た感じ年上の綺麗な女の人だった。
「俺ですか?」
「君以外に誰がいるの? ふーん、君も参加者だね」
勘……それにしては確信がある言い方をしている。武器は持ってないけど集中力だけは保っておこう。とりあえず相手の様子を窺うためにしらばっくれてみる。
「参加者って、イベントか何かですか?」
「なるほど、やっぱり君が参加者か……。おっと、そろそろやばいわね。えっと、名前知らないけどまた会えると良いね。じゃあね!」
「は、はあ」
見知らぬ女性――多分参加者の背中が小さくなっていく。何だったんだ? 急に何か思い出したかのように去っていったけど。嵐のような人を二人も見送ってから俺はとぼとぼと一人でショッピングモールを歩く。おっと、あれはさっきの少年――小早川だ。
「桜庭さん」
「善本はどうした。まさか、もう倒した訳じゃないだろ?」
「まぁ、逃げられちゃいましてね。目的は桜庭さんですので放っておきました。今度は、逃がしませんよ」
反射的に走り出していた、彼がそこまで怖いと思ったわけではない。なのに勝手に体が動き出したのだ。俺が走っている方からクラクションが鳴った。ショッピングモールでクラクション?
「わああ!」
「バスだ!」
「逃げろ!」
悲鳴が聞こえてくる。バスってあの走るバスか? そんな訳無いよな、足を止めて目を凝らす。俺の視界に入ったものは――あの走るバスだった。このままだと轢かれる、とりあえず過去に戻ろう。
* * *
一月二九日 九時二三分 A地区 ショッピングモール
「じゃあね!」
「えっ、あ、はい、さよなら」
さっきの女の人だ、ここまで戻ったか。とりあえず、バスから逃げるために階段に少しでも近づこう。さっきのように途中で止まらなければ逃げ切れる。
「桜庭さん」
「善本はどうしたんだ。逃げられたのか?」
「さすが桜庭さん、勘が良いですね。今度は逃がしませんよ」
はい、ダッシュ! クラクションが聞こえた、今度は走り続け階段に着いた。上に昇ればもう安全だ。一息ついていると小早川が現れる。
「まさか、あれから逃げるとは思ってなかったよ」
「お前の能力、一体何なんだ」
「勘が良くても分かりませんか」
「善本とは違うのは分かっている」
実は全く分かってないのだが。カマをかけるってやつだ、それにこいつは俺が勘の良い奴だと思っている。悪い勘しか当たらないのが桜庭心だ。
「流石ですね、でもそれだけでは意味が無い。さて、第二ラウンドですよ。」
目の前から、小早川が消えた。次の瞬間、バスの恐怖に包まれているショッピングモールがうるさくなる。どうやら外からの音らしい、かなりの轟音だ。
窓に張り付いて外に目を凝らす、飛行機がこちらに向かってきている。大きさからして飛行機というより自家用ジェットだ。乗り物を武器にするとか頭がおかしい、このままだとショッピングモールに突進して爆発する。その前にショッピングモールから出よう。
もう一度過去に戻るべきか…いや戻っても同じことだ。こうなったらどうにかしてジェット機を避けるしかない。
ジェット機がガラス張り壁を突き破ってショッピングモールに入ってくる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
俺はほとんど地面に張り付く形のスライディングを繰り出した。ウイングは俺の頭上を通過した、ジェットの音で耳がどうにかなりそうだ。次の瞬間、爆発音と爆風が俺を襲ってきた。入り口の残骸の上に立ってショッピングモールを確認する。
俺が使った階段が無い、店の商品が黒い、人々が苦しんでいる。さっきまでのショッピングモールとは思えないほどに、随分と様変わりしていた。
「桜庭さん、この攻撃からも逃げるとは尊敬の眼差しで見なければいけませんね」
「何人だよ……」
「はい?」
「お前は、サバイバルに関係ない人々を何人殺したかって聞いてるんだよ!」
「知りませんよ。能力も使えない奴らの事なんて」
「ふざけんな!」
ベルトに付けていた銃を抜いて、小早川に向ける。小早川は動じない、ずっと薄気味悪い笑みを浮かべたままだ。
外からサイレンが聞こえた、ちらっと外を見て警察がいるかどうかを確認する。そしてもう一度視線を戻した時には、小早川は姿を消していた。
* * *
一月二九日 一二時五八分 A地区 ショッピングモール
あれから警察から事情を聞かれたり記者にインタビューされたりしたが、全てを適当に誤魔化した。別に俺が悪い事した訳じゃないけど、緊張した。
気分を入れ換えるために、昼飯でも食べるか。ショッピングモール付近の方なら警察が巡回しているから安全だからこの辺りで探そう。
「ちょっと君! 何があったの?」
「すみません、急いでいるんで……」
「待ちなさい、私よ」
「え、誰?」
「ここで、会ったじゃない!」
――思い出した。嵐のように去っていったあの人か。なんでここに帰ってきたんだ?
「あー、思い出しました。えっと、名前聞いてませんでしたね」
「先にそっちが名乗りなさい」
「桜庭心です」
「そ、心くんね」
いきなり下の名前か……何だかウルドと同じ匂いがするぞ。名前を聞いたら適当な理由をつけて逃げよう。
「あなたの名前は?」
「とりあえず、サキって呼んで」
「とりあえずって何ですか……。まあ、別に良いですけど」
「あ、逃げたら承知しないからね」
逃げようと思った瞬間に呼び止められた。この人にかまっている暇はない、俺は昼飯を食べたいんだ! 絶対に逃げてやる。
「で、なんの用ですか?」
「この惨劇は、バスが突っ込んだだけじゃないのよね?」
「ああ、市営のバスと誰かの自家用ジェットが突っ込見ました。あれ、なんでバスが突っ込んだ事を知ってるんですか?」
「ということは……でも……」
いきなり俯いて、ブツブツと喋りだした。まだテレビにも報道されていないし警察もまだ何も喋っていなかった。
独り言を終えたサキさんは、顔を上げて俺を見ている。
「ランチ食べに行きましょう」
「え、ランチ?」
「うん、お腹空いてるでしょ? はい、決定ね」
「ちょっと!」
手を掴まれる。そういえば、女性と手を繋ぐのは久々……いやいや、落ち着け俺!
ちらっと、サキさんの横顔を見る。その顔は話をしていたときより真剣で、何かに怯えているようにも見えた。
* * *
一月二九日 一四時四二分 A地区 カフェ
「んー、美味しかった」
「そうですね、なかなか美味しかったです」
サキさんに連れられて、入ったお店はとても良かった。雰囲気も味も良い、何より安いことがうれしい。食事中は会話が一切無かった、何故ならサキさんが予想以上に必死にランチを食べていたからだ。
「……あっ!」
「どうしたんですか?」
「もう食べ終わったし、店変えようか」
「あ、はい」
さっきから唐突に店を変えると言い出しては移動するのを繰り返している。何でだろうか、とても気になる。サキさんの能力と関係あるのか?
「割り勘ですか?」
「当たり前じゃない! でも私の方がたくさん食べたっけ?」
「……はい」
「恥ずかしいから、私が全部払います」
よし、精算している間に逃げるか。女性に対しては割り勘か奢ったほうが良いって聞くけど、今回に限っては知らない。
「二千五百円になります」
「はい、三千円で」
今だ! 少し早足で――
「痛っ!」
サキさんに足を引っ掛けられた。後ろを見ていないのに引っ掛けられた。何でバレたんだよ、やっぱり能力なのか? 俺が分かりやすいのか?
* * *
一月二九日 一五時二三分 A地区 カフェ
逃走計画は最初の失敗からも継続している、ここで十三軒目のお店だ。最初の方はガツガツ食べていたサキさんも、今では飲み物しか飲んでいない。
「ちょっと、聞いてるの?」
「え? 聞いてますよ」
「これ、どう思う?」
「酷いですね、最低です」
「私が最低だってこと⁉」
「えっ?」
あー、やってしまった。話を全く聞かないで答えてミスする奴だ。
「色んな見方があるって事です」
「どんな見方があるのよ」
「それは……すいません、聞いてませんでした」
「もっかい最初から話すから聞いてなさい。……いや、場所変えてからにしましょう」
「またですか、何軒行ったと思ってるんですか?」
サキさんは何かから逃げてる、今までの様子から確信した。
なかなか逃げ出させてくれないなら、能力を使おう。とりあえず逃げようとしてみて止められたら、過去に戻ってもう一度やり直そう。
「良いから、行くわよ」
「はいはい、お会計はどっちが払います?」
「どうしましょう」
サキさんが鞄の中の財布を探している。歩き出すと見せかけてダッシュ――え? 足が前に行かない、体が前のめりになっていくのが分かった。そして全身に衝撃が走った。
「痛ってぇ……」
この距離で足引っ掛けられるってサキさんの足ってすごく長いんだな。だけど足を引っ掛けてくると分かれば避けるのは簡単だ、過去に戻ろう。
* * *
一月二九日 一五時二八分 A地区 カフェ
サキさんは財布を探してる。まずは、歩くと見せかけてジャンプだ。
「あれ⁉ ちょっと!」
「すいませんね、サキさん! また後で会いましょう」
店の中で大声を出す奴、迷惑極まりないな……まあ俺なんだけど。手近なコンビニに身を潜めよう。多分、サキさんが店から出た後に誰かが来るはずだ。
おっと、サキさん出てきたな……会計終わるの早いな。そのまま小走りで去っていく。――来た……善本だ。歩いてる姿は初めて見たな。すると小早川も出てきた。
「お客様、トイレの前ですので立っていると他のお客様のご迷惑がかかります」
「ご、ごめんなさい」
危なかった、監視をしてるなんてバレたら通報されてしまう。あれ、善本と小早川がいない。ケンカが勃発して一瞬で終わったらしい……な道路が酷い有り様だ。車は事故を起こして電柱が建物に突き刺さっている。
少しだけサキさんが心配だけど、今は善本と小早川のケンカの跡を見に行こう。何か、あいつらの能力について分かるかも知れないし。
「すげぇ……」
ついつい声が出てしまったが、出てしまうほど凄まじい物だった。一番すごいのは電柱の刺さり方だ。電柱が真上から降ってきたかのように、建物の天井を貫いている。
そういえば何だかこの場所は違和感がある、事故現場らしくない。
「そうか、ここは静かなんだ」
ここは、道路だが人も車も少ない。けれど、事故現場に人が居ない時は無い。何故なら事故を起こした人達がいるからだ。車には誰もいない、鍵は差しっぱなしだ。この車だけどこかから飛んできたのか? すると人の気配。サキさんから逃げる前にまで戻ろう。
「桜庭さん、意外ですね。なかなか見つからないんでどこか遠くに行ったと思ってましたよ」
「残念だけど、話は終わりだ」
「逃がしませ――」
* * *
一月二九日 一五時二七分 A地区 カフェ
サキさんが目の前にいる、もちろん財布を探してる。
「今回は私が払うよ」
「あ、はい、分かりました」
「はやくはやくっ」
「ところでサキさん、かなり急いでますね」
「まあねー、次は遠くに行くからね」
「地下鉄使います?」
「どうしようかな」
そこで、会話が途切れて会計。サキさんは、財布からぴったりの金を出して早足で店から出る。後を追いながら考える……サキさんの能力は、榊原先生みたいだ。俺を見ないでも足を引っ掛けられたし、善本や小早川がここに向かっているのが分かっている。情報を把握しているようにも思える。
「心くん、定期券持ってる?」
「……持ってないですけど、必要なんですか?」
「一応聞いただけ、じゃあ切符買いましょう」
「結局地下鉄なんですね」
「そう、中華料理食べに行くわよ」
「どこまで行くんですか⁉」
「そんなのH地区に決まってるでしょ」
H地区。一瞬考えてしまったが、最近この都市はA地区からW地区に分けられた。
まだ何とか地区という表現に慣れていない。自分の住んでいるところがC地区という事に慣れ始めたくらいだ。ここ――A地区から三時間ぐらい地下鉄に乗る……H地区は料理が盛んだから美味しいと聞く。
「はやくはやくっ」
「そんな急がなくても……サキさん待ってくださいよ~」
地下鉄の階段を走って降りる、正直しんどい。サキさんがどんどん先に行ってしまうので後から追いかける俺は駆け込み乗車になった、嬉しい事に席が空いていた。座って電車に揺られていると、意識が遠退いていく。
* * *
一月二九日 一八時四五分 地下鉄内
目が覚めると外の景色が目に入った。外の景色ということは、地下鉄において唯一外に出るG地区だろう。G地区は山と川くらいしかない。
「あ、起きた?」
「サキさん、おはようございます」
「今は夕方よ。それにしても、寝顔があんなにかわいいとは……」
「恥ずかしいんで、止めてください」
すごいドキッとしてしまった。それにとても楽しい、サキさんと話しているとサバイバルゲームに参加していることを忘れてしまいそうだ。
「ところでサキさん、今はどこを走ってるんですか?」
「もうすぐ、G地区を抜けるわよ」
「やった、ナイスタイミングですね」
「私はつまらなかったわ、今日の夕飯は奢りね」
「ゆ、夕飯ってH地区で食べるんですか?」
「そうよ、H地区の料理は高いわよ」
鬼だ、この人は鬼だ。H地区の料理は高校生にとっては金銭的に辛い、大人にとっても辛いお店があるくらいだ。地下鉄がH地区駅に止まり、改札を出る。空は赤くなり始めていて駅前広場の噴水の水がオレンジ色になっている。
「ところで、お店は決めてあるんですか?」
「心君はどこに入りたい?」
「俺が決めて良いんですか、あそこのファーストフード店に入りたいな」
「ああ、あのフランス料理店ね」
「中華料理で御願いします」
駄目だ、完全に俺の負けだ。サキさんは口喧嘩で負けないだろう、何だか主導権をにぎられてしまう。
サキさんが「ヤバっ」と言って足を止める。
「ふむ、君たちが参加者か」
白いスーツの男から話しかけられた、何故か一人で頷いている。その男は、広場の中心の噴水の前で立っていた……いや待ち構えていたようだ。
「やはり運命は、偶然ではなく必然なのか。よく覚えておこう」
何だか良く分からない独り言まで言い出した、サキさんは男が話しかけて来た瞬間黙りこくってそっぽを向いてしまっている。
「あの、達に何か用でしょうか?」
「少年よ、俺はずいぶんと遠くまで来てしまった。そう、道が分からない。A地区にはどうやって帰ればいい?」
「あ、それは地下鉄に乗って三時間くらいで着きます」
「ふむ、なるほど。助かった、道を教えてくれた礼にこれをやろう」
男が俺に渡してきたものは一万円札だった。
「本当に良いんですか⁉」
「ふむ、不釣り合いに感じるのか。それならもう一つ質問に答えてくれ」
「はい、何ですか?」
「俺は運命は必然なのではないかと少し思い始めた。だが少年よ、お前はどう思う」
この人が何を言いたいのか、よく分からない。とはいっても俺の意見を言わない訳にはいかないか。それなら思ったことを言ってみよう。
「必然なのか偶然なのか分かりませんが。運命に抗うことは出来ると思います、この世に絶対はありませんからね。」
「そうか。質問の解答から少しズレているが参考になったよ」
そう言い残して男は駅に向かって歩き出した。一度も料金表や路線図を見ずに、改札に入って行った。どうやら、道に迷ったのは嘘だったようだな。
* * *
一月二九日 二三時一二分 A地区 プリンスホテル
サキさんと夕飯を食べて、また同じように地下鉄に乗ってホテルに帰ってきた。帰りはサキさんが寝てしまったので退屈な帰り道だった……サキさんが怒った理由がよく分かった。三時間ただ黙っているのは辛い。
エレベーターの前に立って、ふと思う。
「えっと、何階だっけ?」
思い出せない。階段で上って一階ずつ回ろう。確か五階より上だったはず、食堂に向かうときにエレベーター内のランプが五階を通過したのを見た気がする。
今日は長い一日だったな。今日会った善本、小早川、サキさん、あと変な男。
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
「ホテルに宿泊している方ですか?」
白いシャツに、白のスラックス……物凄く綺麗な人だ。ホテルの関係者にしては服装がおかしいな。関係者じゃなくても、泊まっているかどうかぐらいは言っても支障はない。
「はい、泊まってます」
「部屋番号は?」
「それが分からなくなってしまって、とりあえず上の階に行こうかと」
「そうですか。ちょっと人質になって貰いますね」
「はい?」
え……銃? またルール違反かよ――
「心っ、しゃがめ!」
「え、あっ」
頭を無理やり下げられた、ということはウルドだ。
昨日と同じようにウルドが回し蹴りをするが、女性は倒れない。それどころかウルドの蹴りを片腕で受け止めていた、ウルドの回し蹴りを片腕で防御するとか人間業じゃない。
「久しぶりね、ウルドくん。何で君が来たの?」
「それはコッチのセリフだよ。あなた達に関わってる場合じゃないんだ」
「ふふ、口だけが達者になったわね。だけど蹴りの方はまだまだね」
「もう一度聞くが、あなたが何でここに?」
「それはね……そこの彼が四人のサバイバル参加者から逃げ切ったって聞いたからよ。随分とあなたのパートナーは優秀みたいじゃない」
「何故、サバイバルのことを知ってる……!」
「私達も監視役を出してるってだけよ。敵が怪しい動きをしたら見張るのは常識でしょ」
敵ということはウルドが所属している組織と敵対している組織があるのか。
「あなたと戦っていると長引きそうだから、一度引こうかしら」
「そうしてくれるとありがたいね」
ウルドがそう言うと女性は一瞬でいなくなった、善本とかと同じような能力だろうか。ウルドは、難しい顔をして黙ってる……いつも笑っているウルドもこんな顔をするのか。
でも詳しい説明を聞きたい、だけど表情が怖くて話しかけられない。
「詳しい話をするから部屋に行こう。心、どうしたの?」
「い、いや何でもない」
「多分、明日は参加者全員集合になるからさ。今日中に心もある程度の知識を身に付けておこうよ」
「知識って?」
「僕らと敵対している組織があること、それと今の社会の裏の状況を話さないとね」
「今の社会ってかなり平和じゃないか?」
「心、君は表の(・)人間だったってだけだよ。だから心にも知ってもらうことにした」
「……そうか」
裏側なんて想像もつかないな。おっと、客室は七階か。部屋番号は七○四五ね、ちゃんと覚えておかないと。
「大浴場行く?」
「行くよ、ウルドは?」
「そうだね、二人で大浴場行こうか。そこで詳しい話をしよう」
社会の裏とかどうとかを大人数のいる風呂場で⁉ ウルドって実はバカだな、大浴場の皆さんに危ない人だと思われるよ。
地図を見たところ、大浴場は一階と三階にあるらしい。ウルドの選択は三階だ、理由は無いそうだ。大浴場の入り口はエレベーターのすぐそばにあった。
「心は大浴場に行ったら洋服をカゴに入れる人? それともロッカーに入れる人?」
「そうだな……俺はカゴ派」
「面倒くさいからでしょ?」
「そうだよ、悪いか?」
「いいや、別に」
何だよ、この雑談。それに誰もそんなこと考えないだろ。洋服を脱いでカゴに入れ、タオルを持って大浴場へ入る。誰かと一緒に風呂に入るなんて久しぶりだ。
「あー、良い湯だ」
「心、意外とおっさん臭いんだね」
「は? まだ十代なんだけど」
「知ってるよ、でも……ねぇ?」
なんで諭す口調なんだよ、いちいち面倒くさい奴だな。ウルドと風呂に入るとこうなる気はしていた。
「早く本題に入ってくれ」
「そうだったね。えっと今の日本はね、二つの組織が裏で操っているんだよ」
「どうせ、お前の組織とさっきの女の人の組織だろ?」
「御名答。主にこの地域……ちょっと前は関東と呼んでいたこの地域は、A~Zまでの地区に分けられて。分けた理由は、管理がしやすいから何だけど」
「ちょっと待て。Zって何? 俺はWまでしか知らない」
「そう、裏の情報だよ。X、Y、Z地区は地下にあるんだよ」
「地下⁉ このホテルの下とかか?」
「うん、そうだよ。でも行っちゃダメだよ、下には奴らがいるんだよ」
「あの女の人達か……強いのか?」
「あの人は強いね、階級も上の方の人だからね。例えるなら社長みたいな感じだよ」
「だから、お前でも勝てないのか」
「か、勝てないとは言ってないよ。楽に勝てないのは事実だけど」
今の社会の裏側にはウルドみたいなのが沢山いるのか? だとしたらウルドの愉快な仲間達のことがすごく気になる、榊原先生のパートナーのヴェルダンディーさんを含めて。
「あのさ、お前の仲間ってどんな奴らなんだ?」
「どうしてそんなことを?」
「だって明日全員集合になりそうなんだろ? だったら性格把握しといた方が――」
「どうせ明日会うんだからすぐ分かるじゃないか」
「あ、あらかじめ知っておけば対応もしやすいじゃないか」
「黙ってればいいよ」
何で教えてくれないんだよ。口が達者じゃないと知りたい情報が手に入らない世の中になったのか。
「大丈夫、口が達者じゃなくてもサバイバルには負けないよ」
「俺の心を勝手に読むな!」
また、能力か……タチの悪い能力だな。
「いやいや、能力じゃないよ」
「だから、勝手に読むな! それが能力じゃなかったら何なんだよ!」
「心ってさ顔にすぐ出るんだよ。僕じゃなくても勘が良い人なら簡単に気づくよ」
「そんなに⁉」
「不機嫌な時は阿修羅みたいになってる」
阿修羅って彫刻じゃん。阿修羅って勘が良くなくても怒ってるように見えるよ。
「心、このままだとのぼせちゃうから先にあがるね」
「ちょっと待って」
「やだね」
ウルドと風呂に入るのは意外と悪いものじゃなかった、心読まれるのは嫌だけど。
カゴから服を取り出して着替えているとウルドが近づいてきた。
「さっき行ってるね」
「ああ、分かった」
部屋番号は七0一五だっけ、今度は忘れない。
「心、君の記憶力はお粗末なものだね。七、〇、四、五だよ」
「お前、絶対それ能力使って心読んでるだろ!」
何事も無かったかのように脱衣場からウルドは去る。着替え後は髪を乾かす、少し痩せた気がする。ジェット機から逃げたりしてたら痩せて当たり前か。
明日は平和な一日でありますように。
* * *
一月三○日 一二時○○分 ???
まだ始まらないのか。ウルドが八時五〇分まで部屋でおとなしくしてろって言ったからおとなしくしてたのに。昼まで待たされた挙げ句、気絶させられてこんな会議室みたいな場所に運ばれなきゃいけないんだ。
そういえば、昨日ウルドが会議あるって言ってたな。
「ここって何処?」
「サキさん⁉」
サキさんが、俺の正面の扉から現れた。そのまま正面の席に座る。よく見ると席は、八角形に並べられている机に対して八個置いてある。俺を入れて八人来るのか。
「心くん⁉ 何でここにいるの?」
「僕は誘拐されました」
「あ、私も。スクルドっていう私のパートナーがね、待っててって言うから――」
「待ってたらここに……ですよね?」
「そうそう、良く分かったわね。もしかして心くん相手の心を読む能力なのかしら?」
「違いますよ。僕と状況が全く一緒だったから」
「なーんだ、つまらないなぁ」
また扉が開いた。また顔見知りだ、今度は二人で仲悪く入ってきた。
「善本と…小早川」
「おう、桜庭」
「桜庭さん、こんにちは。あなたも拉致されましたか?」
「まぁ、拉致だな」
緊張するな、この組み合わせ。頼むからここで殺し合いを始めないでくれよな。
「それにしても、意外な場所に集まることになりましたね」
「口を開くなクソガキ」
「おー、怖い怖い。善本のおじさんは短気ですね」
「いちいち一言多いんだよお前は! 桜庭には優しくしやがって」
「優しくして欲しいんですか?」
「ちげぇよ。ただ差別みたいな真似はイラッとするんだよ」
「ふむ、ここか。なるほど秘密裏に会議を行うにはうってつけだな」
また人が現れた、一万円札の人だ。やっぱり参加者だったか。
昨日の一万円のお礼を言った方が良いか。
「昨日はどうもありがとうございました」
「あの少年か。金など大した問題ではないから気にするな。」
「はぁ」
何か全員オーラあるな……多分、いや絶対にこのメンバーの中で最弱だよ。
「それに、そこの女の不可解な洞察力も侮れん」
一万円の人はサキさんを一瞥してそう言った。この人に会った時、彼女は一言も喋っていない。そういえばこの人の名前を知らない。
「あの、聞くのを忘れて――」
俺の言葉は勢い良く開かれた扉の音にかき消された。
「おっと、ははは! 何コレ、みんな集合的な?」
今度は知らない人だ、善本を若くした様なルックスだ。
「何でシリアスムードになってんの? 静か過ぎんだけどー、もっと明るく行こうぜ!」
うるさい、うるさい、うるさい。こういう人嫌いだな、皆は平気なのか? 小早川は平気そうだけど…他の人の表情が心なしかイライラしてる気がする。
「お兄さん、面白い人ですね」
「おっ! 分かってるじゃねぇか、お前。やっぱ、こういうノリが良いよなっ?」
「こういうの大嫌いです。さっさと消えてください」
「あ?」
あー、小早川ってこういうタイプだったな。
そういえば榊原先生は来るのだろうか、席はあと二つ空いてる。
先生は参加者ではなく傍観者だから来ないかもしれないな。
「ちょっとどこよ、ここ」
「大丈夫かミキ?」
「大丈夫。ショウは大丈夫?」
「大丈夫だよ」
カップル風の二人が入ってきた。これで席は全て埋まった、どうやら榊原先生は来ないようだ。
「ちょっと、あんた!」
「サキさん? どうしたんですか?」
「何でもない、ごめん。」
サキさんがいきなり大声を出すなんて、一体どうしたんだ。あのカップルが知り合いなのか?
小早川がパチンと手を叩く。
「これで全員ですね。皆さんはここがどこか把握してますか?」
「ここは地下だろ」
善本の言葉にみんな頷いている。ここ地下なの⁉
「流石ですね、みなさん。どっかのうるさいのを除くみなさん」
「おい、いい加減にしろよ⁉」
あの人、小早川に殴りかかりそうだな。ケンカだけはしないでくれよ。
「やめなって、楓。あまり人を怒らせるのは良くないっしょ」
「カストル……いつから居たんだ」
「ずっといた。ほら、みんなの後ろ」
各メンバーの後ろにパートナーらしき人が現れた。顔と身長、性別と髪型以外が全く同じ――全身黒い服装である。すると、机で成された八角形の中央にもう一人現れた。
「始ましょうか、会議を」
中央の男がそう言うと、参加者のとなりに椅子が一つずつ現れ、各席にパートナーが座った。俺の隣はウルドである。そして中央の男がナイフを投げてきた。
ダメだ、避けきれない! 過去に戻ろう。
* * *
一月三○日 一二時五○分 X地区 会議室
「ずっといた。ほら、みんなの後ろ」
ここまで戻ったか。ウルド達が現れて中央の男も現れる。
「始めましょうか、会議を」
俺の横に椅子が現れる、次だ! 分かっていれば余裕で避けられる速度だ。
体を傾けてナイフを避ける。
「ふふふ、やはり皆優秀ですね。こうでなくてはつまらない」
他の参加者にもナイフが投げてあった様だ、ナイフが当たった者はいない、全てのナイフが後ろの壁に刺さっている。
そして顔色を変えている者は一人もいなかった。
* * *
一月三○日 一六時一二分 A地区 プリンスホテル
会議が終わると気絶させられてホテルに運ばれていた。
会議はかなり長い間続いたが、結局やったことは大きく分けて三つになる。
一つ目、ウルド達の組織、いや正式にはリーダーであるゼウスの組織はこの前の女の人――ジュノと呼ばれている人の組織と敵対しているということ。サバイバルには関係ないと想定されていたが、俺への接触があったのでジュノの組織には気をつけてとのこと。
二つ目、このサバイバルの目的について詳しく教えてくれた。まず、サバイバルは日本の三ヶ所、アメリカの二ヶ所で行われているらしい。自分たちの仲間として相応しい者を選抜して仲間になったものと共にジュノの組織を倒し、日本の安全を保つために行動するそうだ。
三つ目は自己紹介である。全員が名前と性別、年齢、をホワイトボードに書いた。
俺は名前と俺なりの解説をケータイのメモ帳に入力しておいた。
一.桜庭 心:自分。
二.善本 誠:変なとこで怒っている、時間を止める能力。
三.小早川 楓:なんか敬ってくれる、善本の能力と似ている能力。
四.金成 晃輝:うるさい、怒りっぽい。
五.聖条院 沙季:綺麗な人、能力がもう少しで分かりそう。
六.新田 翔有:カップルの男、特徴なし。
七.聖条院 美季:カップルの女、特徴なし。
八.坂城 冬:一万円の人。
九.榊原 香:俺の現社担当教師。
先生はおまけで入力しておいた。
会議の途中で俺は二つの発見をした。それは、坂城さんは世界的に有名な科学者であること。今朝の新聞にもなんたら賞がどうたらと載っていた。それと聖条院という苗字が二人いる事。間違いなく親族だろう。
武器が落ちてくるのを待ち、拳銃だけを取り出してホテルを離れる。またコンビニにでもいこうかな。
「桜庭さん」
「うわぁ……最悪」
柱の陰から小早川出てきた。今日は、金成に絡まれて来ないと思ってたのに残念だ。
とりあえず、そう簡単には勝たせない。今回は最初から銃を使ってみようか。
「いきますよ」
「来い」
引き金を引く。パァンという乾いた音が街に響きわたるが小早川はいない。
「まさか、町のど真ん中で撃ってくるとは思ってませんでしたよ」
小早川に背後をとられた。ナイフが俺に迫ってくる。
「こぉぉばぁやかぁわぁぁ!」
ナイフが止まる、その隙に俺は小早川から離れる。
金成が反対側の歩道に立っている。さっきの声は金成の声だったようだ。
「ちっ、うるさいなぁ」
やっぱり、小早川のとこに来た。この隙に小早川達から逃げてやる、地下鉄で遠くに行けば見つからないだろう。
「厄介ですね、桜庭さん。またの機会にしましょう」
「待て!」
消えやがった、金成は何やら野球ボールを手に握り、ピッチャーのように振りかぶって俺に狙いを定めている。早めに対処しないと……銃を金成に向けようと手を伸ばすが、グチャという音と共に赤い血が噴き出た。
俺の右の肩から右の指先が無い、一体なにが――
「うわぁぁぁぁぁ! 腕がぁぁぁ!」
か、過去に戻らないと!
* * *
一月三○日 一六時二五分 A地区 ビル街
「 こぉぉばぁやかぁわぁぁ!」
金成の声がする。右腕を見る――ちゃんとくっついている。とりあえず落ち着こう、焦り過ぎだ。俺の能力はやり直しの能力だ、俺は負けないはずだ。
さっきの野球ボールで攻撃してきたのか? そうなら、金成から逃げて死角から確実に狙って一発で仕留めればいい。俺は生き残らないといけない、これはサバイバルだ。
俺は小早川から離れて走り出す。
「厄介ですね、桜庭さん? ちょっと、逃げるんですか?」
「ああ、またな」
小早川の顔が少し悲しそうに見えた。あいつは俺を買いかぶり過ぎだ。
しばらく走ったところで廃ビルを見つけた、あの中に隠れよう。中は壁が多くて隠れやすい構造になっていた。
とりあえず屋上で身を隠しながら外の様子を確認する。すぐに金成を発見することができた。武器の入ったかばんを開ける。昨日と違ってライフルが入っている、これならこの距離でも狙いを付けられるはずだ。幸いこの通りは人があまり通らない。
「ごめんな、金成」
落ち着いて……確実に狙おう。金成に照準を合わせて引き金を引く。
拳銃より大きな音が街を包んだ。銃弾が当たったのは金成の後ろの壁だった。
「しまった、金成に見つかる!」
次の瞬間、自分のすぐ横の壁が吹き飛ぶ。残ったのは変形した野球ボールだけ、壁はもう跡形もない。
「おい! 桜庭ぁ!」
外から、金成の声がする。
「お前は何で戦わねぇんだよ! お前には能力があるんじゃねぇのかよ、あぁん⁉ 小早川はお前の能力に惚れているみたいだが、俺にはさっぱり分からねぇ! お前は一体何なんだよ!」
「俺は……」
過去に戻ろう。
* * *
一月三○日 一六時一五分 A地区 ビル街
携帯を開いて時間を確認する、一六時一五分―まだ小早川に会ってない時間だ。となると、こっちに行くと小早川に出会ってしまうから来た道を戻ろう。
「俺は……俺は負けない。だけど、やり直してるだけじゃ勝てるはずないじゃん」
曇ってきた茜空を見ながら愚痴をこぼす。過去に戻る能力、やり直しの能力――そのやり直しもたったの一回だけのやり直し。それにこの能力に限りがないとは思えない。
「今のままじゃ、俺は死ぬな」
俺では勝てない、なら誰かと一緒なら? 能力を組み合わせれば可能性は見えてくる。
それなら、あの人を探しに行かなくちゃいけない。