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第九話 『END』

第九話 『END』


二月二六日 一三時三○分 A地区 住宅街跡


 テミスが突きを繰り出してくる。最低限の動きでそれを避ける、テミスはそこから横回転をし始める。瞬間移動で後ろに回り込む。ここでアレースさんが突っ込んできて取っ組み合いとなる。

「まったく、力技なんだから……」

 アレースさんの戦法は基本ゴリ押しだから、読心の能力を使う必要が無い。問題はテミスだ、動きが不規則で苦戦している。

「ふんっ!」

 アレースさんが右上段蹴りを繰り出してきた、それを両手でガードする。この蹴りを片手で防いだら骨が折れるに違いない。

すると、アレースさんは飛び上がり左上段蹴りを繰り出してくる。ウソだろ? 宙に浮きながら上段蹴りってどんな運動神経だよ。

「くそっ!」

 かろうじてジャンプをして避ける。未来予知をしたところ、そろそろテミスが来る。

 体を捻らせて上空を見る、テミスが放物線を描いて飛んできた。着地まで時間がかかりそうだ。おそらくアレースさんの攻撃の方が先にくる――

「なっ!」

 テミスが放物線を描くのを途中で止めて急下降してくる。手に持っていた盾を足場にして角度を変えたらしい。

 全身に衝撃が走る、体中からミシミシという音が聞こえる。

「油断したな、ウルド」

 アレースさんの声が聞こえるが砂埃で前が見えない。

 ゆっくりと起き上がる、まだいける。こんなことでへこたれる体じゃない。

「まだまだですよ、アレースさん」

 精一杯の笑顔を見せる。本気を出していこう、最後の戦いだ。


*    *     *


二月二六日 一三時三○分 A地区 住宅街跡


「遅くなりました、沙季さん。やっと助けられた……」

ナイフは降ってこなかった。代わりに聞き慣れた声が私の耳に入った。私の手から剣が抜かれた。その後、何度か金属音が聞こえた。

ホッとした私はまた地面にへたりこんでしまったが、榊原は遠くに離れてこちらを睨みつけているだけ。例のナイフは地面に落ちていて、隣に見慣れない刀が刺さっている。これは心くんの刀だろうか、でもどこかで見た気がする。

心くんが足早に戻ってきて私の前にしゃがみ込む。

「沙季さん、やっと助けられた……」

「やっと?」

「あ、気にしないでください」

 ずっと私を助けようとどこかで奮闘していたのだろうか?

「それより、ウルドは?」

 心くんが真剣な眼差しで聞いてくる、私もホッとして地面にへたっている暇は無いな。

「ウルドなら向こうに――」

私はウルドがテミスちゃん達と戦っている方を指差したが、そこには誰もいなかった。それに加えて、深手を負っていたパーンさんもいなかった。

「あれ?」

「とりあえず、向こうに行けば会えますか?」

 少し笑いながら心くんが聞いてくる。

「うん、多分……」

「分かりました」

 心くんが立ち上がる。私は心くんに感謝の意を伝える。

「心くん、ありがとう」

「いや、無事で何よりです。さて……早く向こうと合流しましょう」

 そう言って、心くんは私に剣を渡す。そして地面に刺さっている刀を抜き取り、何歩か前にでて榊原に向かい合った。

その眼差しは、怒りに溢れていた。


*    *     *


二月二六日 一三時四○分 A地区 住宅街跡


 ――間に合った、沙季さんの前では余裕に振る舞っているが精神的に辛い。

坂城さんから貰った資料に俺の能力――タイムスリップ、坂城さんは時間跳躍と名付けていた能力について「この能力は戦闘時に使うのは望ましくない、過去に戻った瞬間に未来は変わってしまうからだ。この能力は先読みの能力ではなくやり直しの能力だということを忘れてはならない」と書いてあった。

俺は沙季さんを助けられなかった、だから沙季さんを助けられるまでやり直しを繰り返した。何回、過去に戻ったか覚えていない。

でも、それも終わり。今、沙季さんは生きている。

これは『沙季さんの死』という運命に抗えたって事でいいのだろうか。いや、今考えることではない、この戦いが終われば分かることだ。

目の前の敵を見据える。敵――先生。

「先生、随分と変わりましたね」

「そうですか? 桜庭くんは変わりませんね、少し髪が伸びたくらいですね」

「容姿の話をしてるわけじゃないです。そんな刀をブンブン振り回しちゃって、って言ったんですよ」

 先生が少しムッとする、この戦いは熱くなった方が負けだ。

「短時間の間に数十回も過去に戻った人に言われたくありません。そんなに能力を乱用する人じゃなかったでしょう」

 俺も少しムッとなる。

「ちっ……そうだった。先生、あなたの能力はそれでしたね」

 ――状況を把握する能力、坂城さんの資料には『情報分析能力は、顔を合わせたことのある人物が現在している行動が分かる能力』と書いてあった。

「能力を使っていると分かれば、ある程度対策が立てられますもんね」

「そう、あなた達が何をしているかは全てお見通しです」

 坂城さんの資料には『欠陥能力』と書いてあった、先生の能力は予知する訳でもなく攻撃に繋ぐことができる訳でもない。つまり全てが後手にまわってしまうのだ。

油断をしなければ負けない。だけど現在の先生は刀で能力を奪ったりしているから、強さに関しては他の人と変わりないだろう。

どちらにしても早く済ませなければいけない。テミスちゃんに聞きたいことがある。テミスちゃん達と合流するなら向こうから来て貰ったほうがてっとり早い。俺は瞬間移動が使えないし……

「心くん、後ろっ!」

 沙季さんの声に反応して振り返る。先生の刀が俺に迫る。

「考え事とは余裕ですね」

 なるほど、考え事をしているところを狙って――! 他の能力との組合せがある以上、情報分析の能力も油断はできない。瞬間移動の不意打ちとの相性は抜群か。

反応が遅れたせいで避けきれず、先生の刀が俺の腕を通過した。

「あなたの能力も貰いますよ」

 先生はそのまま沙季さんを狙いだした。

俺は瞬時に自分の刀を沙季さんと先生の刀の間に割り込ませる。その流れで先生の顔に向かってパンチを繰り出す、先生は俺の拳をひょいっと避けて後ろに飛び跳ねる。そこで一気に間合いを詰めながら銃を撃つ。

「甘いですよ、桜庭くん」

先生はジャンプをして銃弾を避け、微笑みながらそう言った。甘く見られたものだ。

先生が沙季さんの能力――未来予知を使うことは分かった、そして刀を使うことも分かった。坂城さんの資料によると瞬間移動は止まっているものにしか働かない。つまりこの状況では刀以外は静止していない。

もう一度先生の顔を目掛けてパンチを繰り出す。

「甘いのは――」

 案の定、俺の拳の前に先生が刀を構える。恐らく先生の予知した未来では俺がここで拳を下げているだろう。 だったら未来通り一度拳を下げよう、本命は次だ。

下げた拳をもう一度、先生の顎に向かって振り上げた。

先生が咄嗟に刀を拳の前に持ってきた。普通の刀だったらもう一度拳を下げているところだが構わない。その刀じゃ俺を切れない。

「あなただ」

 俺の拳は刀を通り抜けて先生の顎を捉えた、確かな手応えだ。先生は後ろに倒れる、さて先生が追い込まれればウルドが来るはず……。

とりあえず刀を逆手に持ち倒れている先生に対して向ける、この体制ならいつでも先生を殺せる。

「う……っ……」

 先生がピクリと動いた、意識はまだあるみたいだ。瞬間移動されると厄介だ、どうしたものか。

「心くん、ウルドが来るわ、右側から回し蹴りよ!」

 沙季さんが俺の未来を予知してくれたらしい、これで幾分か楽になる。

「香!」

 ウルドの声、そして右側からの蹴り、しゃがんで避ける態勢をとる。俺の頭をウルドの脚が掠めた。沙季さんの近くへと思い切り跳んでウルド達と距離をとる。先生が動けるようになるまではウルドも動かないだろう。

「桜庭くん!」

「心お兄ちゃん!」

 予定通り二人と合流することが出来た、でも気になることがある――テミスちゃんが普通に喋ってるし、それに何だかデザイン性の高い剣と盾を持ってる。

 久しぶりに会う二人に頭を下げる。

「お久し振りです」

「坂城さんはどうした?」

「ジュノを道連れにして……」

「そうか。沙季、パーンはどこに行ったんだ?」

 少しテンションが低くなってしまった、いけない、いけない。

「いや、それが急に居なくなってしまって」

 沙季さんとアレースさんがお互いに申し訳なさそうな顔をしている。テミスちゃんは何とも言えない、というより前から知っていたような表情をしている。

 先生の回復はまだ掛かるだろうけどゆっくりはしていられない。

「テミスちゃん、聞きたいことがあるんだけどさ」

「どうしたの?」

「これの一番最後に『A12』って書いてあるんだけど……分かるかな?」

 テミスちゃんが可愛らしく両手に資料を握って『A12』を睨み付けてる。

「(心お兄ちゃんは、ウルド達のこと知ったんだよね?)」

 テミスちゃんに向かって頷いてみせる、それは資料に書いてあった。わざわざ能力を使って話してるということはあまり口に出してはいけない事なのだろう。

「(沙季お姉ちゃん、アレースお姉ちゃん、心お兄ちゃん。ウルドの過去の存在である――小早川楓の居場所が分かったよ)」

「小早川の居場所? それが書いてあったのか」

「(うん、ウルドに聞かれたらいけないから能力使って話すね。質問もしないで欲しいんだけど……いい?)」

 俺、沙季さん、アレースさんが頷く、それを見てテミスちゃんが頷く。

「(これから、二手に分かれようと思ってる、小早川組とウルド組の二つ。いい?)」

 また三人が頷き、テミスちゃんがそれに応えた。小早川の居場所が分かるテミスちゃんは必然的に小早川組になる、俺はどうしようかな。

「(まず、私は小早川組にならなきゃいけない。だから小早川組はあと一人必要、アレースお姉ちゃんはどう?)」

「私がやっても良いんだが……桜庭くんはどうだ?」

 先生が改心してくれるのが一番のハッピーエンドだ。それができるのは、俺ぐらいしかいないだろう。だとすると残った方が良い結果に繋がりそうだ。

「俺はこっちに残ります」

「分かった、じゃあ私が――」

「私がやるわ」

 沙季さんがアレースさんの言葉を遮った。どうしたんだろう。

「沙季お姉ちゃん? どうしたの、そんなに怖い顔して……」

 テミスちゃんが普通に喋ってる、沙季さんの勢いに負けてついつい声を出しちゃってるようだ。

「テミスちゃん、小早川は地下にいるでしょ?」

「う、うん」

「今、そっちには美季がいるのよ。私は美季に無理させたくないの」

 美季さん、生きてたんだ。良かった、今ここに居ない人はみんな亡くなってしまったと思ってたけど、どうやら違うらしい。

「アレースさん、一つ聞いても良いですか?」

「どうした?」

「誰が生きてるんですか?」

「今、ここにいる四人。今どこにいるか分からない美季とパーン。意識不明のスクルド……合計で七人は確実に生きてるよ」

「組織の事務の人を入れても七人ですか?」

「そうだ、組織内は私達を除いて全滅。ついでにジュノが所属していた組織も全滅していると分かった」

そのジュノがさっき死んだから、もう誰も残ってない。

さっき道中で思ったことがある――この戦いが終わったら犠牲になった人は報われるんだろうか。俺には一生分からない事だけど気になってしまう。

「心お兄ちゃん、そろそろ来るよ。私達は今から、スクルドが寝てる組織のオフィスに向かうね。だからこっちはお願いっ!」

 テミスちゃんが緑色の光を斜め前に向かって放つ。その緑の光はチューブ状になり、だんだんと大きくなって内側を人間が歩けるくらいの大きさになった。

「沙季お姉ちゃん、行くよ!」

「うん!」

二人がチューブの中に入っていく、こんな能力があるんだ。

 ウルド達に目をやる、先生がちょうど起き上がったところだった。

この戦いは俺の風の能力が鍵になっていると思う、相手が油断した時に風の能力で一気に責めたてる。勝つにはこれがベストだ。

「桜庭くん、行くぞ」

「はい」

二人同時に加速の壁を作る、俺は刀を握り直して地面を蹴った。

 ――さて、最後の戦いだ。


*    *     *


二月二六日 一五時三○分 A地区 上空


 テミスちゃんのバリアで出来たチューブの中を走る。バリアを通路にするなんて斬新な発想だ。外部からの攻撃はまず当たらないだろう。

「テミスちゃん、地下にはどうやって行くの?」

「組織の人は瞬間移動使うんだけど……沙季お姉ちゃんが使えないから、組織のオフィスの地下に繋がる階段から行くの」

「へぇ、そんな階段があるんだ。でもみんなが瞬間移動出来るのに何でそんな階段を造ったの?」

「みんなじゃないよ……ヴェルダンディーお姉ちゃんが造ったの」

 ――ヴェルダンディー。

榊原のパートナーだった人で恐らくはウルド達に殺された人。結局、何の目的で彼女が殺されてしまったのか分かっていない。

あれ……もし地下に行く方法が他にないのだとしたら美季はどうやって地下に向かったんだろう? 美季がその階段のことを知っているとは思えない。

「ヴェルダンディーお姉ちゃんはね、いつも何か違うものが見えてたの。階段造るって言い出した時も、『私は使わないけど、サバイバルゲームで必要になるわよ』とか言って造らせてた。ヴェルダンディーお姉ちゃんには、こうなるって分かってたのかな……」

 テミスちゃんが懐かしそうに話をする、ヴェルダンディーって人はテミスちゃんにとっては特別な存在だったのかな。

「沙季お姉ちゃん、ここからは滑り台だよ!」

「え、滑り台⁉」

 チューブが下り坂になっている。テミスちゃんは私に手招きをしてから楽しそうに滑って行ってしまった。

見た目はウォータースライダーみたいだけど角度が急で怖い。まず深呼吸をする、そして目を瞑ってテミスちゃんの様にスライダーに飛び込む。

「きゃああああ‼!」

 怖いって! 速いって! 死ぬって、ヤバいヤバい――あ、止まった。うー、気持ち悪い。

目を開くとどこかの街の中だった。少し頭がクラクラする。街の中には人がいない、美季がウルド達との戦いに備えて街の人を避難させたのかな?

「沙季お姉ちゃん、こっちこっち!」

 テミスちゃんが遠くで手を振っている。スライダーによってより元気になってるようにみえる。

とりあえず、テミスちゃんの元へ向かった、車なんて通ってないから車道を横断する。

「遅いよ~、待ちくたびれちゃったよ」

「ごめんごめん。ところでこれが組織のオフィス?」

 目の前の建物を見上げる。どこにでもあるビルだ、他と違う点は会社名が入り口に書いてない事くらい。

「そうだよ、中に入ろ?」

 テミスちゃんがニコニコしながらオフィスの中に入っていく。私もそれに続く。

 入り口は自動ドアだ、内装は黒を基調としている。すごく綺麗な黒い大理石の中で一か所だけ汚れている場所が目に入る。怪しく思って近づいてみると床が濡れている、気になるから、もう少し近づいてみる。

「……血?」

 この赤い液体は十中八九、血だろう。ということは――

「沙季お姉ちゃん?」

「この建物の中に誰かいるよ、テミスちゃん」

 テミスちゃんもしゃがんで血をまじまじと見始めた。この血を見ることで何が分かるのだろう、どうやら考え事をしているらしい。

しばらくして、テミスちゃんが急に立ち上がった。私を見つめてくる、可愛い。

「沙季お姉ちゃん、行くよ!」

「え……ちょっと⁉」

 手を掴まれたと思ったら、テミスちゃんは走り出した。ロビーの奥の階段を下り、大体二階分下ったところで大きな部屋に着いた。

この部屋も黒を基調としている。奥に続いているようだ、テミスちゃんに手を引かれて走っていると、部屋の中央にまた血溜まりが出来ているのを発見した。

一体誰がこんなところに来ているんだろう?

「この奥だよ!」

テミスちゃんが走るスピードを上げる、百メートルほど先でまた広い空間になった。

そこでテミスちゃんが急に立ち止まる。さっきまで黒を基調としていたはずなのに、この部屋は真っ白だった。

テミスちゃんは正面を見つめて唖然としている、そこにはぐったりとした様子で座り込んでいるパーンさんがいた。

「パーン……さん?」

「う……。ああ、やっと来てくれた」

 そう言ってパーンさんは、ゆっくりと顔を上げて口元に笑みを浮かべている。

「僕の予想は的中したみたいだ、ははは……。この扉は能力者がここに居ないと開かないうえに時間がかかる……はぁ……だから先回りして開けといてあげたんだよ」

 あの怪我でここまで来たの⁉ 何で言ってくれなかったの……と言いかけて黙る、あの時はそんなことできる状況じゃなかった。

 パーンさんの横の扉に目をやる。扉の向こう側は何にも見えない、暗闇だ。

「そうだよ、この怪我でここまで来た。……ふぅ、あの時ここに向かうことを伝える余裕があっても誰にも伝えなかったよ。テミス、何でとか考えるなよ。分かるだろ?」

 心を読まれてしまったらしい、こういう時に能力が恨めしくなる。

 テミスちゃんはパーンさんを真っ直ぐ見つめて告げた。

「かっこいいからでしょ?」

 パーンさんは、ニコっと笑う。

「そうだよ、分かってるなら早く行けよ。僕が死んだら閉まってしまうぜ」

「パーンお兄ちゃん……ありがとう」

 テミスちゃんが扉をくぐって暗闇に消える。

何か声をかけようとしてパーンさんの前に立ち止まるが、声が出ない。

「沙季、美季のこと頼んだよ」

 パーンさんの言葉にコクンと頷いてみせる。

 私はパーンさんに深く頭を下げてテミスちゃんの後を追う。扉の向こう側は下りの螺旋階段が続いていた。螺旋階段の終わりが見えない、けど出口らしきところが光っている。

早くテミスちゃんに追いつかなくちゃいけない、全力疾走で階段を下る。何だかもう地上に出れない気がしてきた。でも美季だけでも地上に帰してあげたい。

螺旋階段は思ったより短かくて、出口に着いたところでテミスちゃんと合流した。

「ここを出ると地下地区……テミスちゃん、地下には良く来るの?」

「ううん、こないだ坂城おじさんと下見に来たくらいかな」

「下見?」

「ウルドが使いそうな場所を調べるって言ってて……あの人はヴェルダンディーお姉ちゃんと同じでこうなることを見透かしてたんだ」

 テミスちゃんはそういって外へ出る。私も続いて出口を出る。

扉が閉まる音が聞こえた。


*    *     *


二月二六日 一六時○○分 A地区 住宅街


「ふん!!」

 アレースさんがウルドを吹き飛ばす。戦いが始まってからウルドの動きを読んで攻撃している、アレースさんって未来予知も使えるのか?

「よそ見してる暇はないですよ」

 先生の声が聞こえた、俺の後ろに立っている。

 ウルドは任せよう、一対一の方が効率が良いかも知れない。

「アレースさん、ウルドはお願いします」

返事を待たず、振り返って刀を構えて向かいあう。今度は風の能力で隙を作ろう、手順としてはさっきと同じだ。

まずは、突風を使って一気に近づく! 加速の壁を進行方向に作り、走り出す。風が吹き始め俺をさらに加速させる。

「……くっ」

 先生はナイフを取り出し俺に向けてきた。同じ手には乗らないか、でも人間は焦ると同じミスをしてしまうものだ、だから焦らせれば良い。

俺は姿勢を低くしてナイフを避けて先生の脚を狙う。先生は飛び上がって俺の刀を避けた――ここからが本命だ。

脚を狙った勢いのまま回転する、風を使って自分を浮かせる。

先生は空中にいる、空中で止まるのは至難の技だ。瞬間移動は出来ないだろう、刀を使ってくることは分かってる。

刀が瞬間移動して先生を守るように現れる、予想通りだ。気づいたのか先生はしまったという顔をしている。

俺の体であればすり抜けるので刀同士が当たらないように振り抜く。手応えはあった、それに刃に血もついている。それに――俺の能力も戻ってきている。

 この刀は俺の秘密兵器で、先生の刀に唯一対抗する刀だ。坂城さんが先生の刀は未来で自分が作ったものと判断し、それに対抗する刀を作ったそうだ。でも、坂城さんによるとこの刀は不完全だ。本来は能力だけを切り取る刀、なのだが時間が無かったので他のものも切れてしまう。

今回はそれが幸いした、特にこの戦いにおいて吉と出たらしい。

血が一滴、空から降ってきた――先生は上だ。ナイフを下に向けて降ってきている、タイミングを合わせれば次で勝てる。俺はちょこまかと動き回ってタイミングを計る。先生がナイフを手放して拳銃を取り出した。

「桜庭くん」

 ――今だ。

俺は銃で撃たれないようにジグザグに動きながら先生の落下点へと移動する。そして刀を振り抜いた、狙いは完璧――

「こっちです」

 銃声と血飛沫、遅れて鋭い痛みが俺を襲ってきた。どうやら撃たれたらしい。

「ぐあっ……!」

「油断しましたね、落下中でも私が身じろぎ一つしなければ瞬間移動ができます」

 さっきは、わざと攻撃を受けて……なるほど。


*    *     *


二月二六日 一六時三六分 A地区 住宅街跡


 空を見上げる、先生を見つけた。相手の手が読めても油断はできない、俺が過去に戻った時点で未来は変わっている。それに先生にはバレている。

先生はナイフを上に放り投げてから拳銃を取り出す。

「桜庭くん」

 さっきと同じように動いて刀を振り抜く、そしてすぐに横方向へと跳ねた。

「随分と早い判断ですね、まだ撃ってませんよ」

 咄嗟に背後に減速の壁を作る。銃声が聞こえたが、銃弾はゆっくりと動いている。

「よそ見してる暇はないと言ったはずですよ」

「――っ‼」

減速の壁の場所を変える、だが銃声が聞こえない。体に激痛が走る、俺の横腹にはナイフが刺さっている。さっき、投げたナイフか!


*    *     *


二月二六日 一六時三六分 A地区 住宅街跡


 おそらく、俺が過去に戻った時点で先生には勝てなさそうだ。坂城さんの言っていた通りだ。一体どうしたら……

「はあぁぁぁぁ!」

 アレースさんの声が聞こえる。そうだ! 彼女を頼ろう、一人でやる戦いじゃない。そうと決まればアレースさんとウルドのいる方へ向かう、風と加速の高速移動だ。

 銃声が聞こえたが、痛くない。どうやら先生は外したらしい。

アレースさんの後ろに回り込んだウルドに向かって刀を振り降ろす。

「ちっ……心か⁉」

 よし、かすった。しかし瞬間移動は使えない、かすったくらいだと駄目らしい。

ウルドがアレースさんから離れる。

「アレースさん、無事ですか?」

「ああ、平気だ」

「協力プレイでいきましょう」

「わかった、だが急にどうした?」

 自然と口元が笑ってしまう。全然成長してなかったじゃん、アメリカでの生活を忘れたらいけない。

「なんとなく悟っただけです」

「ふん、そうか」

 俺もアレースさんも加速の壁を作り出して走り出す、お互いに狙いは先生だ。

「くっ‼ 二対一ですか、受けてたちましょう。ウルド、あなたは手を出さないでください」

「香、それは無茶だ!」

「いいから、来ないでくださいっ!」

 ウルドが渋々という様子で先生から離れる。先生がナイフを左手に銃を右手に持つ。俺は右手を狙う、銃対策のために減速の壁を目の前に作りながら接近する。

「桜庭くん、あなたには……あなたには負けたくないんですよ」

 先生が銃を連続で撃ってきた、全て減速の壁によって遅くなる。アレースさんが左側から攻撃を仕掛ける。それに対しても先生は銃で対応した。先生の銃がカチカチという音を出している、弾切れのようだ。

「榊原、もう終わりか」

 アレースさんの挑発に乗った先生は刀を右手に握った。この人……何をムキになってるんだ?

「心!」

「はい!」

 アレースさんが左手のナイフを取り上げて俺にパスしてくる。

 作戦は頭の中に出来た、俺はもう一度先生の脚を狙って刀を振り抜く。先生はジャンプする、さっきと同じミスだ。

俺はナイフを上に投げる、先生は上体を反らしてそれを避けた。計算通りだ。

「桜庭くん、ナイスパスだ」

 アレースさんが俺のナイフをキャッチして振り下ろす。先生は刀を瞬間移動させ、ナイフを防ぐ。

「先生、俺の勝ちです」

 刀の峰で首を殴る。先生が地面に突っ伏す。動かない、気絶したようだ。

するとアレースさんが拳を作り先生を跨いで立つ――殺すのはダメだ。

「アレースさんっ! ストップ!」

「どうした」

「まだ殺さないでください、先生はウルドにほのめかされただけ。そんな気がします」

「違かったらどうするんだ?」

「その時は……俺が殺します」

 これは俺の問題――生徒として彼女に命を救われた者として。

「桜庭くん、次はウルドだ」

「はい」

「さぁ、やろうか!」

 ウルドがそう叫ぶ。待ちくたびれた、という表情だ。


*    *     *


二月二六日 一六時五○分 X地区


 テミスちゃんが作ったバリア製の梯子の上を走る。もう随分と走った、足が痛くなり始めている。

「沙季お姉ちゃん、もうすぐだから頑張ろう!」

「うんっ!」

 地下は不思議な場所だ、太陽の光が当たらないからビルの明かりなどで補っている。だから建物の屋上はあまり光が届かないので薄暗い。

「あそこだよ、沙季お姉ちゃん」

テミスちゃんが指差したのは高い塔だった。今、私たちが走っている建物も高さがあるので、あの塔はこのX地区では一番高いと思う。

ここに小早川がいるのね、塔の構造からして一番上かしら。

「沙季お姉ちゃん、あれ!」

 テミスちゃんが別の方向を指差す――美季だ。走っている方向からして向かっている場所は私と同じだろう

美季に聞こえるように思いきり叫ぶ。

「美季っ!」

 美季が振り向いて、ややオーバーリアクションをする。

「お、お姉ちゃん⁉ なんでこんなところに……」

「あんたを探しに来たのよ、一人じゃ死なせないわよ」

「…………」

美季が黙りこむ時は図星だ。あいかわらず隠し事が下手くそだ。これ以上ここで話していても時間の無駄だ。

私は塔を指差して、

「あそこにいるわよ、美季」

「そっか、結局最後の場所か」

 アテがあるような事を言っておきながら複数の場所を回ったらしい。

「お姉ちゃん達、行こう!」

 そう言ったテミスちゃんを先頭に三人で並んで塔へと走る。その時、ふと思った。

「ねぇ、地下ってこんなに人がいないものなの?」

「それは私がやったんだよ」

美季が得意気にそんな事を言う。ということは地上の人が一人もいなかったのも美季の仕業だろう。

「美季お姉ちゃん、もしかして地下の人もA地区の人も全員操って避難させたの?」

「そうだけど……」

「能力あとどれくらい使えるの?」

「そ、それは――」

 恐らく、もう使えないだろう。そんな大人数を二回連続で動かすのは辛いはず、私としてもこれ以上美季に無理させたくない。だから私が頑張らないと。

塔の入り口に着いた、鉄の重そうな扉だ。

「私が先導するね」

 テミスちゃんがそう言う。私達はそれを承諾した。扉を開くとすぐに階段が見えたが、その先は真っ暗なので心配だ。階段で一番上まで行かなければならないのかな?

「これは大変だね……」

 階段を見つめながら美季が言った、そんなことを言ってる時間は残されていない。

「今回は罠があるかもしれないから、能力使うね」

テミスちゃんが手をかざすと、塔の中が明るくなる。こんな能力もあるのか。

階段はまた螺旋階段だった。円柱状の建物だから当たり前だけど、なんだか螺旋階段の方が疲れる気がする。

三人で上へ上へと進んでいく。罠なんか置いてなくて拍子抜けもいいとこだ。しばらくすると物音が聞こえてきた、その音は上に登るだんだんと大きくなってくる。

「あれ、行き止まりだね」

テミスちゃんが首を傾げながら言う。とりあえず、私は未来を予知してこれからどうなるかをチェックする――十分後に入り口を発見する。

とりあえず、ここにあるのは間違いなさそうだ。私はテミスちゃんに提案をしてみる。

「テミスちゃん、何か能力使ってみてよ」

「分かった」

 能力を使うこと、それが未来を変える方法だ。

テミスちゃんが緑色の光で剣を作りだす、今度はサイズが大きい、テミスちゃんの身長くらいある。

「お姉ちゃん達、ちょっと下がってて」

 それに従ってテミスちゃんから離れる。テミスちゃんはふわりと飛び上がり空中で回転切りをしてみせた。でも空中で切っては意味が無い。

次の瞬間、壁がずれ落ちた。床に着地したテミスちゃんはパタリと倒れこむ。

「「テミスちゃん!」」

 急いで駆け寄る、テミスちゃんは笑っている。斬撃でも飛ばしたのだろうか、私達が立っている空間の四方の壁が綺麗に切れている。

「この技疲れるんだよね……。お姉ちゃん達、そこに部屋があるみたいだよ」

 テミスちゃんが壁の切れ目を指差す。光が漏れている。

私が近づいて、中を見る――

「小早川だ」

 小早川は椅子に縛られていて時々足を動かしたりしている、目が虚ろだ。

「沙季お姉ちゃん、どいて」

 テミスちゃんが美季の手を借りて立ち上がり、私の前に来る。壁を長方形に切り、それを蹴飛ばして部屋への入り口を作ってくれた。

テミスちゃんは壁に背を任せて座り込んでしまった。

「疲れた……終わったら起こしてね、お姉ちゃん達」

 目を瞑ってしまった、寝るらしい。

 私と美季は部屋へと侵入する。小早川からの反応は無い。

「小早川くん、小早川くーん」

美季が体を揺さぶるが反応がない。小早川の体には怪しい管がついている、むやみに手出しできない。とりあえず逃げる準備をしてからだ。

それを伝えるために振り返って美季を見る。

「美季」

「分かってるよ、お姉ちゃん。これじゃ何も聞き出せないね、だったら――」

 美季が銃を取り出して、小早川を撃とうとし始めた。

「美季、ストーーーップ!」

 銃声が鳴り響く、血が飛び散る。

「え、お姉ちゃん何か言った?」

「あんた、何で撃っちゃうの⁉ この管が怪しいから撃つなって言おうとしたのに!」

「いや、時間がないってお姉ちゃんが言うから……」

「確かに言ったけど、それは――」

 ピーッという音に話を遮られた。横にあったパソコンの電源が入ったらしい。小早川についていた管はこのパソコンに繋がっている、やっぱり何かの罠か。

するとディスプレイに地図と数字が現れた。

「どうしたの、沙季お姉ちゃん」

「あ、テミスちゃん。この地図と数字何だと思う?」

 テミスちゃんに画面を向ける。すぐに答えが返ってきた。

「お姉ちゃん達、すぐ逃げないと……これは爆弾の設置場所と残り時間だよ。この数からして地下にいたら助からないよ」

「「爆弾⁉」」

 改めて表示されている数字を見る――ちょうど一五:○○と表示されていて買うとダウンが始まる。

あと一五分、美季は絶対に逃がす。私の妹だ、死なせない。それに私の未来は、もう決まっている。

「テミスちゃん、人間を瞬間移動させることってできる?」

「人間を? 出来るよ、少し乱暴になっちゃうけど」

 テミスちゃんがハッとした顔をした。気づかれたのかな?

「(沙季お姉ちゃん、人間を瞬間移動させるには瞬間移動が使える人間じゃないといけないんだよ? だから――)」

「知ってるわ」

 ビルが降ってきた時、パーンさんが私を助けられなかったのはそういう理由からだと勘づいた。知っているからこその提案だ。

美季が怪訝な顔をしている、美季は読心の能力を使える、近くではあまり長話は出来ない。とりあえず、美季には何か役割を与えないと……

「美季、残り時間があと十分になったら教えて。何が起こるか分からないからディスプレイからは目を離さないで」

「……分かった」

 美季はパソコンに近づいて座り込んだ。これならもう少し話していられる。テミスちゃんに近づいてなるべく小さな声で話す。

「テミスちゃん、美季に怪しまれないようにあえて口で喋るわね。美季と二人で地上に帰って」

「(それじゃ、沙季お姉ちゃんは!)」

「私はここに残る、瞬間移動が使えないからね。十分じゃ地下から抜け出せないわ」

「(だったら私も残る)」

「だめ! ……だめ、美季も地下に残ることになる。美季の瞬間移動は少し前に小早川を殺して手に入れたばかりよ。まだ使いこなせていない分、美季だけで地上へと瞬間移動するのはリスクがある」

「(美季お姉ちゃんも私が、助ける)」

「テミスちゃん、もうヘトヘトじゃない。自分と私達二人を守りきるのは無理だわ」

「(でも……)」

「まだ私が死ぬと決まった訳じゃないわ。不発になる爆弾があれば助かる。それに――」

「お姉ちゃん、あと十分になったよ」

 美季が近寄ってくる。

 時間切れだ、テミスちゃんごめんね。何がなんでも私はここに残る、最初から決めていたことなの。

「美季、こっち来て。テミスちゃん、頼むわよ」

 テミスちゃんが頷く。そして美季に近づき首筋を殴った、美季はその場に倒れる。

 なるほど、確かに乱暴だ。

「瞬間移動は動いていない物体に対してしか出来ないから、こうやって気絶させるの。特訓すれば動かないことが出来るんだけど……美季お姉ちゃんにはまだ無理だよ。とりあえず、美季お姉ちゃんを地上に連れていく。でも、すぐにここに戻ってくる、絶対助けるからね」

「ありがとう。じゃあ、また後で」

 テミスちゃんが美季の手を握った瞬間、テミスちゃんと美季は姿を消した。

「……行っちゃった」

 未来が読めない、私の体力が限界だからか。さて、そろそろこの薄暗い塔から降りようかな……。テミスちゃんが地上に行った瞬間に塔が暗くなった。

ゆっくりと螺旋階段を下る。美季は助かった、それにウルドが居なければ榊原は弱い。勝てるだろう、私達の働きは無駄じゃない。

それにウルドと戦ったこの一ヶ月を活かさなきゃいけない。通常は、ウルドに関する記憶は無かったことになるはずだけど、能力者は時間の枠からはみ出している。だから記憶は残るだろう。

「まぁ、私の未来は無いんだけどね」

 一人だけで笑ってみせる。死んだとしても天国で美季に会えるはず、だったら今の状況も悪くない気がする。

鉄の扉を開けると人工的に明るい街並みが目に入る。この街があと少しで吹き飛ぶのだと思うと空しい。

 心くんには悪いことしたなぁ……でもいつか会えるよね。心くんに対しての特別な想いが、一体何だったのか分からなかったけれど――いつか分かる時が来る。

「またね、みんな」

 白い光が私を包み込んだ。


*    *     *

二月二六日 一七時二○分 A地区 住宅街跡


「うぐっ……あ……」

 何回殴られただろう。この数十分、俺は殴られっぱなしだ。

俺の刀はなかなか当たらないが、アレースさんは加速減速を繰り返してウルドに攻撃を当てることができている。さすがのウルドも消耗してるのは目に見えている。

「ふん!」

 アレースさんがウルドに殴りかかる、ウルドはそれを避けてアレースさんに蹴りを入れる。その瞬間に合わせて俺はウルドに刀を降り下ろす、しかし避けられた。

「まだだ」

 俺は拳銃を取り出す、弾はまだ入ってるはず。空中に浮いてるウルドに狙いを定める。

次の瞬間、俺の拳銃が蹴り飛ばされた。咄嗟にアレースさんから自分までの道のりに加速の壁を作る。

「アレースさんっ!」

 アレースさんが思い切り勢いをつけて繰り出した飛び蹴りがウルドの胸部を捉えた、鈍い音が聞こえた。

「ぐはっ――」

 ウルドが吹き飛ぶ、俺は風の能力を使って後を追う。

減速の壁を作ってウルドを減速させる、仰向けで空中に浮いてるウルドの腹に踵落としを数回繰り返す。

アレースさんも減速の壁を同じところに作ってくれているのか、ウルドは全然動くことができないようだ。アレースさんもウルドの近くに瞬間移動してくる。

「減速の能力解いて、離れていて」

「はい、分かりました」

 アレースさんが消えた、そして上空から声がする。

「ウルド、これで終わりだ!」

 加速の壁を作っているからか、隕石のような速さでアレースさんは降ってきている。その速度のまま、ウルドへとアレースさんの拳が入った。爆弾が爆発したかのような音が辺りに響き渡る。

アレースさんが器用に体を捻って着地する。

「あぁぁぁぁああああ!」

 砂煙の中から悲鳴が聴こえる、ウルドの悲鳴だ。

「体がぁぁあ!」

 体がどうしたんだろう、なんだか様子がおかしい。いつものウルドの声よりキンキンとした声だ。

だんだんと砂煙が薄れていき、ウルドの姿が見えるようになる。

俺は目を疑った。下半身がなくなっている、ウルドの体が下から順に青い光の粒となっては空に消えていっている。

「アレースさん、これは――」

「沙季達が成功したんだろう。ウルド、お前はもうこの世にいない者だ」

 アレースさんがウルドに告げる。その言葉に対してウルドは笑った。

「く……なるほど。過去の僕が――」

「そうだ、もう手遅れだ」

 ウルドが俯く、あの余裕がある態度――何を隠してる。

「あと、一五分だ」

「何がだ?」

 アレースさんが問う。

「昔の僕――地下に監禁されている小早川楓の心臓が止まった時、爆発するように爆弾をセットしておいた、爆発の規模は地下が全てが崩壊するレベルだ」

 地下が崩壊⁉ そんなことをして地上は大丈夫なのか?

それにウルドは何故、そんな事を? まるで死ぬ想定で作戦を練っていたみたいだ。それに能力を使えば爆発くらいなら避けられる、ウルドにしては浅はかというか、珍しい作戦だ。

ウルドが俺を見て、微笑む。もう、ウルドの体は胸の辺りまでしか存在していない。

「心、良い勘だね。大丈夫じゃない、支えていた柱が落ちるんだ」

「ウルド、お前の本当の目的は何なんだ? 俺には分からない、お前が何のために命を懸けたのか」

「自分のためだよ。心、未来はね――」

 ウルドの言葉は続かなかった。

その代わりに銃声が鳴り響いていた。

「世界を手に入れる約束は嘘だったようですね、ウルド」

「先生、何で……」

 青い光となってウルドが消える。

先生が……先生が撃ったのか? 殺す必要は無いはずだ。

「桜庭くんっ!」

 アレースさんの声にハッとする。

先生の刀の切っ先が目の前まで迫っていた、それを俺はギリギリ避けることができた。

しかし、それだけでは終わらなかった。また切っ先が迫ってきている。瞬間移動でもう片方の手に移動させたのか。だけどこの刀じゃ俺は死なない。

俺はそれを避けずに、攻撃へと移る。

「桜庭くん、君も学習しない人ですね。だけど、もう手遅れです」

 俺の刀は先生の右腕を切り、その後に先生の刀が俺の首を通り抜けた。何が手遅れなんだ? 俺は生きている。

そのまま間髪を入れずに攻撃する。先生は右腕が無いのにも関わらず余裕の表情を浮かべている。

「右、左、左、左、右……」

「はっ‼」

アレースさんと共に攻撃を仕掛けるが当たらない、先生に先を読まれている。

一旦後ろに飛び退いて距離を取る、先生が先を読むには未来予知の能力だけでは足りない。

まさか――

「先生、過去に戻ってますね」

 先生が口元を歪めて、

「良く気づきましたね、もう手遅れだと言いましたよね?」

 いや俺が能力を奪われる前に戻れば大丈夫だ…………あれ? 過去に戻れない。

「桜庭くん、あなたの能力は全て貰いました」

「一度で全部?」

「気づきませんか、この刀の効果にムラがあることに」

 ムラ……そういえば一度過去に戻れなくなるくらい能力を奪われた事がある。けどさっきまでの刀の効果は能力を少し奪われる程度。

「心当たりはあるようですね」

 いつになく先生は笑顔だ。なるほど、今まで俺は腕しか切られていなかったか。

「どこを狙うか、それによって変わるみたいですね」

「桜庭くん、どういうことか説明を頼む」

 アレースさんが首を傾げている。

「はい。例えばあの刀が本物の刀だとします。刀で切った時に相手に致命傷を与える部位であればあるほど刀の効果が大きくなるんです」

「腕だったらすぐには死なないから効果は少なく、首だと即死だから効果が大きい、そういうことか?」

「そうです」

 とはいえ、もとからあまり過去に戻る能力を使う気は無かったから大丈夫だ。右手に刀を握り、左手に拳銃を握り先生へ向き直る。

「まだ戦うつもりですか?」

「はい、未来は些細な事で大きく変わるんですよ。まだ負けた訳じゃありません」

加速の壁を作り、アレースさんの目を見る。

「大丈夫だ、それにもう能力の使用限界がくる。これが最後になるかもしれない」

 俺もそろそろ限界だ、金成のこの能力は消費が激しいらしい。俺より長く使っているアレースさんはもちろん、先生の限界も近いと思う。

金成の能力に限らず、誰よりも能力を使っている先生が一番早く限界がくるはず。だったらそこを狙う――これは賭けだ。

「さぁ、決着を着けましょう」

 先生が姿を消す。

 まず、アレースさんが飛び退いて減速の壁を複数作る。俺は入れ替わりで前に出て、その壁に向かって引き金を引く。

銃弾を全て撃ち込んだ後は銃を捨てて、刀を構える。

「桜庭くん、集中だ」

「はい」

 アレースさんと背中合わせになって辺りを見回す。一瞬先生が現れては消える。

「アレースさん、隙を見つけたら一気に加速させて攻撃しましょう」

「わかった、加速のタイミングは個人個人で図ろう」

 了解の意を込めて頷いて、また辺りを見回す。

先生が俺の視界に入ってきたその時、足元が大きく揺らいだ。

「……地震⁉」

 一瞬、目眩かと思ったが地震のようだ。

バランスを保っていられない、震度五強か六ぐらいの地震だ。でも揺れ方が普通の地震と違う。下から何かが跳ね上がったような感じだ。

まさか、地下の爆発で――沙季さん達は無事なのか⁉ 

「桜庭くん、今だ!」

 アレースさんの声にハッとする。アレースさんは両手をついて倒れないようにバランスを取っている。それに対して、先生は地震でバランスを崩して膝をついている。確かに狙うなら今しかない。

アレースさんが加速の壁を作る、俺は重ねるように加速の壁を作る。風の能力で宙に浮いていれば地震の影響も無いだろう。

先生はふらついて普通に動けないし、止まってることもできない。止まっていられないということは、瞬間移動ができない。

「風っ!」

 俺の体が持ち上がって先生へと飛んでいく、ここで首を切れば勝ち。ここで――

「うあぁぁぁぁぁぁ!!」

 先生の血が俺の頬に当たる。

「桜庭くん、君はまだ――」

「アレースさん」

 アレースさんの言葉を遮る。

俺は首を狙わなかった、狙えなかった。結局、俺は両腕と両足を切断した。

アレースさんが言いたいことは分かる。だから、その解答としてアレースさんに自分の刀を渡す。

「……これは?」

「今から先生と話をします。もし、先生が更生の余地なしだと思ったら好きにしてください。だから刀はそのために」

 アレースさんが目を伏せながら言った。

「話の途中でも?」

「はい」

 アレースさんは、あっさりと承諾してくれた。

そのことに感謝しつつ、先生へと近づく。ここで同情する会話をしていてはダメだ、強気でいかないと

「先生、まだ生きるチャンスはありますよ」

「四肢を切断しておいて……良く言えますね」

「組織なら回復方法を知ってそうですから、大丈夫です。とりあえず質問に答えてもらいます」

 恨めしそうに俺のことを睨んでくる。

「早く……してください」

 確かに早くしないといけない。組織が回復方法を知っているとは限らないし、知っていたとしても手遅れになってはダメだ。

アレースさんが携帯していたらしい鎮痛剤を先生に飲ませる。これなら、ある程度話が出来るようになるだろう。

俺はこの数日間気になっていたことを口に出す。

「先生は何でウルドに手を貸すと決めたんですか?」

「才能があるからです」

「は?」

「私には才能がある、この国の誰よりも」

「質問の答えになっていないと思うんですけど……」

 先生は溜め息を吐いて、

「今、世界の国々は才能の無い人間が治めている、日本やアメリカの政治の裏にはこんな組織が居た訳ですが……その組織にさえロクな人間がいなかった。だから私は日本を変えるためにこの国を治めるためにウルドの考えに賛同したのです」

「…………」

 聞いて飽きれる。そんな下らない理由で、そんな自分勝手な理由でたくさんの人を犠牲にしたのか?

「私は選ばれた人間です。学生時代、テストでは一○○点以外をとったことが無い。何をするにも三日あれば完璧に出来てしまう。なのに私より遥かにバカな連中が日本どころか世界各国のトップ。私の方が遥かに素晴らしい国や世界を作れる、私には才能がある。あなたに分かりますか? この気持ちを理解できますか?」

「それは――」

間違っている、そう言いたかった。だけど言葉が出てこなかった。間違っている理由が俺には説明出来ない。

優秀な人間が国を治めれば必ずしも良い国になるとは限らないと思う。でも、良い国になる確率も十分にあるのだ。

俺が反論せずに黙っていると、アレースさんが俺の前に出てきた。

「榊原、別にウルドと手を組まなくてもその憂さ晴らしは出来たはず。なのに何故?」

 榊原先生は少し笑って、俺を見る。

「桜庭くん、あなたが嫌いだからです」

「は?」

 アレースさんがきょとんとした顔をする。俺もかなりびっくりしている。

「私は今の日本の――あわよくば世界のトップを引き摺り下ろしたかった。だけど直接は引き摺り下ろせない。だから教師の立場を使って、いつか来るであろう才能のある生徒を私好みの人間に育て上げたかった」

 綺麗なことを言っているように聞こえたけど、公私を混合している。

「そしてしばらくしてから現れた。私を超える、それか同等の才能を持つ生徒が――その子の名前が桜庭心」

 俺はそんな大層な才能を持ってはいない。先生の買い被り過ぎだ。

「でもあなたは、全く私の思い通りにならなかった。他の生徒は私の思い通りになっていたのに! あなただけ! 一番可能性のある、あなただけが思い通りにならなかった!」

 ――なるわけが無いだろう。

先生の話を聞けば聞くほどバカらしくなってくる。俺はこの人に何をしようとしていたんだっけ? 教師という人を育てる職業に就いている者がこんな考えで良いのか?

多分、思いの外熱くなってしまったのだろう。先生は咳払いをしてから話を続ける。

「あなたは才能を特に使うこともせず、のうのうと生きていた。まるで必死になっていた私がバカだと言っているかのように、あなたは生活していた。それが憎かった」

 何でだろう、俺の心には何も響いてこない。才能を世界の為に使おうなんて思わない、だって俺より才能のある人間なんていくらでもいるんだから。

 世界を変える一人は俺じゃない、そして先生でも無いんだ。

「そんな時、能力が私の身に宿った。そしてウルドが世界を変えようと誘ってきた。これは世界を変える、そしてあなたの生き方を変えてやるチャンスだと思った」

 珍しく自分がイライラしていることに気がついた。先生に限らず、自分以外の誰かに生き方についてあれこれ言われるのはイヤだ。

 先生が何か言っている。何も耳に入ってこない、もう聞くことさえ嫌になってきた。この一か月の間、俺は一体何をしてきたんだろう?

「以上が、理由です」

「…………」

どうやら、話が終わったらしい。

ウルドに言いくるめられていたわけではないから、更生も何もない。

アレースさんが俺の肩に手を置く、どうやらタイムアップらしい。前に出て居合いの構えで先生を見据えている、漫画で良く見るアレだ。

「随分と長い間、持論を語ってくれたが……時間切れだ」

「桜庭くんではなく、あなたに殺されるのですか? これは意外ですね、自分の予想と違う死に方をするとは……」

 先生は自虐的な笑いをこぼす。俺は最後まで見届けることにする。金成、善本、そして新田さんの死に対して目を逸らし続けていた。

だから今度は目を逸らさずに見届ける、これがアメリカで学んだことの一つだ。

「最後に言い残した事は?」

「無いですね」

 アレースさんが消える――

「さよなら、先生」


*    *     *


二月二六日 二二時一二分 A地区 プリンスホテル


 あの後、気づいたらプリンスホテルの前へと帰ってきていた。どうやら何も考えずにただ歩みを進めていたらしい。まだチェックアウトをしていないから、今晩くらいは組織も許してくれるだろう。それに今日は何だか一人になりたい。

 プリンスホテルは地震の影響を全く受けていなかった。流石、高級ホテルといったところだ。周りのビルは被害が目に見えて分かった。

アメリカから帰ってきてから初めてだから、部屋番号を覚えているか心配だったけど意外なことに覚えていた。 

「7……0……4……5……っと」

 難なく客室の前へと辿り着く、客室の中は予想に反して綺麗だった。ホテルの人か、または組織の誰かが掃除してくれていたらしい。

 扉を閉めて、すぐに自分の部屋へと向かいベッドに倒れる。目を閉じるが意識ははっきりしている。

ベッドで伸びながら考える――この一ヶ月の間、何か得られるものはあっただろうか?命の尊さは良く考えると前から知っていたし、サバイバルを生き抜く方法はそんなに重要なことじゃないだろう。

「あー、考えちゃダメだ!」

 少し喉が渇いた。自分の部屋から出て冷蔵庫に向かう、冷蔵庫の中は水と酒しか入っていない。俺は水を手にとって窓際の椅子に座る。

「ん?」

 テーブルの上に白い封筒が置かれていた、一体誰が置いていったのだろう。手にとってみる、『心へ』と書いてある――これは手紙だ。

俺のことを『心』と呼ぶのはスクルドとウルドだ。でもスクルドは手紙を書くような奴じゃない。

「ウルドか?」

 俺宛なら開けても問題ないだろう。封筒を開けて中の便箋を取り出す、小綺麗な文字が並べられている。

この一ヶ月に起こった出来事を思い出しながら読んでいく。沙季さんとの思い出が中心だった気がする。沙季さん……無事なのだろうか?

何分くらい読んでいたか分からないけど、手紙を最後まで読み終え。その便箋を封筒に戻してごみ箱に投げ入れた。

「さて、寝るか!」


*    *     *


二月二七日 八時四五分 A地区 プリンスホテル


「う……朝か」

 ところで今は何時だろう? 時計を見る。

「八時四五分⁉」

 あと一五分しかない! 俺は過去最高と思われる速度で洗面と歯みがき、そして着替えを終えてホテルを出る。

そこで足が止まる。

「あ、サバイバルもう終わったじゃん。……ははっ」

 思わず笑ってしまった、すっかり癖がついてしまっているようだ。

「どうしようかなー」

 今更ホテルに戻るのは嫌だし、かといってすることもない。

「あそこに行ってみようかな」

 沙季さんとカフェ巡りをした時の最後から二番目のお店、同盟を組んだお店。ここから歩いても遠くはない。そう思った時には歩きだしていた。

大通りを歩く、ここらへんは最初に小早川に会ったところだ。ビルがところどこら壊れたりしている、昨日の地震の影響らしい。電機屋のテレビではニュースがやっている、B地区とC地区の被害が大きいらしい。それなら学校も休校になってるだろう。

ショッピングモールを横目で見ながら通りすぎる。すると急に人通りが少なくなる。

目的のカフェが見えてくる。驚いたことに善本と小早川のケンカによって移動した電信柱はそのまま民家に刺さっている。

その景色を見ながらカフェに入る、すると前々回、前回座った席には先客がいた。その席まで近づいて声をかける。

「美季さん、こんなところでどうしたんですか?」

「心くん! 何でここに?」

「それはですね……あ、ここ座っても大丈夫ですか?」

「どうぞっ」

 俺は美季さんと向かい合うように座って、沙季さんにここへ来るまでの話をした。

「へぇー、お姉ちゃんが……」

 なんだか美季さんは終始驚いたような不思議そうな、そんな表情をしていた。

「美季さんは何でここに?」

「えっとね、話すと長くなるよ?」

「構いません」

 美季さんは一回困ったような表情をしてから、話を始めた。

「何かね……妹と姉の差を見せつけられた」

「は?」

 どういうことだろう。

「私達、双子じゃん? でもさ、私は妹なんだよ、たった何秒の差だけど。そのたった何秒の差だけで守る側と守られる側が決まるのかなー、って感じたのよ。それにお姉ちゃんが無事かどうか分からないし、助けるにも助けられないじゃない」

 昨日、地下で何かあったのは分かった、でも俺が聞いていい話なんだろうか?

すると、美季さんが何かを思いついたかのように手を叩いた。

「よし、明日からここ集合ね。お姉ちゃんを待つのを兼ねてお茶しましょう」

「良いですね」

 ふと窓の外に目をやる。善本と沙季さんと共闘したビルが見える。今は大勢の人で賑わっている。風船がちらほらと見えるから何かのイベントだろうか?

 こんな風に平和な毎日が続けば良いな。サバイバルゲームに参加するまで知らなかった平和のありがたみ、これを大事にしなきゃいけない。

 




さぁ、これから始まるんだ――俺の未来が、新しい未来が。



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