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眠って暮らしたいのか?否。与えられた褒賞に胡坐をかいて贅沢したいのか?否。
結局、植物を育てることは、私にとって。
どれほどつらくとも、唯一続けたいことなんだ。
*
そもそも、どうして農大に通ったのかと言うと。
土いじりが。自分の手で、食糧を得るということが。それが流通して、誰かのうちの食卓で温かい料理になるのだということが、そんな想像をすることが好きだったからだ。
私の小さい頃から家庭は冷めていた。幸か不幸か、お金はあったし、私も勉強はできたから。この子が大学卒業するまでは家族を続けてみましょうか、その後のことはまたその時で。浮気?勿論していいよ。そんな歪な家族だった。
多分、温かい料理を皆で囲む、そういう家庭が羨ましかったんだと思う。それと、自然豊かな環境も。住んでいたのは都会の一等地で、周囲にあるのはアスファルト、ビル、電車、喧騒。緑なんてなかった。旅行先で田舎の風景なんかに出会うと、いつも心がほっとした。緑にはひとを癒す効果がある。そうなんだろう。確かに、私は植物に触れて、癒されていた。
……この世界に来てからも、そうだった。
毎日毎日過酷な農作業。体はガタガタで、頭も全然回らない。何故こんなことに、私が何をしたっていうの、恨み事は日課のように続いていた。
でも、私を苦しめる労働を対価に、作物が花を咲かせた時。実をならせた時。それを収穫し、一口噛みしめた時。私は、これ以上ないほどの幸せを、感じていたんだ。
ここに来てから私はずっと、植物の存在に支えられていた。だからおかしくなることもなく生きてこれた。くじけても、そのまま立ち止まるのは無駄だとまた立ち上がれるようになった。強く、なった。
天職。そう言っていいかは、わからない。でも、今、私を癒せるのは、私が心を開けるのは、私が天塩にかけて育てた、植物たちだけだ。それ以外には、とうてい無理だ。そんなことに、改めて気付いてしまった。目の前のやつが、どうしたいだなんて問いかけたりするから。
「……正気か、娘よ。もうよいのだぞ、そのようなことせずとも」
「したいんです。泣き暮らしてもどうしようもないって思ったら、私がここでしたいことなんて、もう、農作業くらいしかないって、今、気付いた。……還りたいです。でも、すぐ還れないなら、私はまだまだ、豊かにしたい。この土地を」
「……しかし」
「この世界も、貴方たちも、大きらいです。でも、植物は好きなんです。自然だけです、私を癒してくれるのは。私が好きなのは、緑だけです。だから勘違いしないで、貴方たちのためなんかじゃない」
睨み上げる、憎い、憎い者を。約束を破って、今更手の平返して、言うにことかいて『そのようなこと』だなんて、我慢ならなかった。……私は、命を捧げてもいいというくらい本気になってるのに。今の私に残っているのは、自分が耕した畑だけだ。
――畑の様子を見にいかなくちゃ。もっと大きくしなきゃ。もっと緑にあふれる、豊かな土地にしなくちゃ。
そう思い始めれば、もうそれしか考えることができない。そこにしか、私の居場所はない。この世界で、私が足を踏ん張って立っていられるのは、もうそこしかない。
重い体をだるい手足で支えて、私は夢の世界から自分の意思で立ち上がると、唯一の自分の居場所である畑に向かって、一歩を踏み出した。