私の季節
「ねぇ、作文書いた? 宿題のやつ」
「あ、まだ書いてなかった。忘れてた。好きな季節についてだっけ」
「そうそう。どれ書く?」
「うーん、好きな季節ねぇ……。もう書いた?」
「うん。私は夏かな」
「えー、夏ぅ!? やだよ暑いしだるいし大っ嫌い。どこが好きなの?」
「そのギラギラ暑いのがいいんじゃん。白い太陽の光と木陰の黒さとか、でっかい入道雲と濃ゆーい空の青とか、コントラストが綺麗」
「あー、まぁね、それは分からなくもない」
「あと大会の時期だからさ、すごくわくわくすんのよ。クソ暑くて地獄だけど、やるぞー!って気になる」
「なるほどねぇ……。私、夏は苦手だけど夏の夕方は好きかも」
「夕方? 中途半端にむしむしするじゃん」
「うん。そうだけど、ぬるい風が夏の匂いがして、夏の葉っぱが生い茂ってる木とかが揺れてて、あとヒグラシとか鳴いてたら最高」
「ヒグラシ?」
「あのカナカナ鳴くやつ。蝉とか嫌いだけど、あいつは許せるな」
「蝉嫌いなの? あのうるっさいの聴くと夏だー!って気がしてわくわく……」
「しないよー!」
「すごい荷物ですね。うわ、作文だ。懐かしい」
「矢部先生。……そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃないですか」
「いやーガキの頃は作文が嫌いで嫌いで」
「国語教師の目の前で言うとか喧嘩売ってるの?」
「いやいや、そんな。課題は好きな季節かー。昔書いた記憶あるな」
「清少納言の枕草子を今やっててね。折角だから生徒たちの好きなのも書いて欲しくて」
「ああ、春はあけぼの~のやつですか。懐かしい。好きな季節かー。先生はいつですか?」
「うーん、そうねぇ。冬かな」
「冬ですかー。珍しいっすね」
「うん、ほら、冬って空気が澄んでるじゃない? 冬の夜、きんっと空気が冷たいのが好きなんです。星とかも綺麗に見えるし。私の家の近くは明るくてあんまり見えないけど、夜にちょっと出て、温かい飲み物飲んで、一人でなにも考えずにボーッとするのが好き」
「……夜出歩くとかやめてくださいよ。女でしょう、一応は」
「一応って何よ!」
「とにかくやめてください。絶対ですからね」
「う……分かったわよ」
「まぁ、でも確かに冬もいいですよねー。寒いのは勘弁ですけど。水泳できないし。でも、家に帰った時とか、暖房が効いててほっと力が抜けるあの感覚は好きですね。温かい夕食とか用意されてたらもう幸せ最高」
「まぁ、それは家族がいる人の特権よね。あと鍋とかも美味しくていいですよね」
「あー結婚したい。どこかにいい女の人いませんかねー」
「そんなこと言ってるうちは結婚できないでしょうね」
「…………」
「ただいまー。あれ、お姉ちゃんがいる。珍しい」
「今日、私のとこ創立記念日で休み」
「えーいいなー! ずるい!」
「あんたのとこだって別の日にあるでしょ、創立記念日くらい」
「そうだけどー! まぁいいや、いってきます! 」
「荷物だけ置いて即出て行くって、元気ねぇ。ね、お母さん」
「この日は塾がぎりぎりの時間で始まるのよ」
「ふぅん。あーもうだからってカバンを廊下に置きっぱってどうなのよ! あいつは! 中身出てるし! 」
「まぁまぁ、急いでたんだから……」
「そうやってすぐお母さんはあいつを甘やかす! 私ばっか厳しくしてー! まったくもう……お、作文とかあるじゃん。うーわ、懐かしい」
「中学ではこんなのを書いてるのね。最近は学校のものなんて見せてくれないから分からないわ」
「……あー、まぁ、見せたくない年頃ってやつだよ。……好きな季節かー」
「私は秋が好きねぇ」
「秋かー。食べ物美味しいよね。秋刀魚とか大好き」
「それもあるわねー。栗ご飯も食べたいわー」
「えー、栗ご飯嫌い。ご飯に甘いもの入ってるとか意味わかんない! ……そんな悲しそうな顔しないでよ」
「だからなかなか作れないんだもの」
「いいよ、作って。私は栗よけるから」
「あ、そう? 嬉しいー」
「お母さんって花より団子タイプだね」
「それはあんたでしょう。お母さんが秋好きなのは、食べ物じゃなくて空が好きだからよ」
「空?」
「そう。秋の高い空。薄い柔らかな色が、刷毛で塗ったみたいにさーっとしてて綺麗でしょう?」
「あぁ、うん、確かに。秋の空は高いよね」
「秋になったら紅葉狩り行こうか。家族で。綺麗な空と紅葉を見られるなんて贅沢よねぇ」
「いいね、それ。お弁当作ってよ。美味しいやつ」
「やっぱり花より団子はお姉ちゃんじゃないの」
「いいじゃん別にー!」
「おばあちゃん! なんかアルバム出てきたよー。すっごく古い!」
「あらあら、よくそんなもの見つけたわねぇ。まぁ懐かしい」
「これもしかしておばあちゃん!? 若いー!」
「当たり前よぉ。学生の頃だもの。ああ、懐かしい……」
「わぁ、通知表とか作文とかも入ってる! すごいねー、とってるんだ! 私捨ててるよ」
「とっといた方がいいわよー。後で見るのは楽しいわ」
「えーやだよー。絶対恥ずかしいじゃん。ねぇ、これ見ていい?」
「ええ、いいわよ。ああ、懐かしい……」
「作文、好きな季節、一年二組、藤崎 由美、だってー」
「懐かしいわぁ、二組だったのね、私。中学一年かぁ……」
「ありがちな作文課題だよね、好きな季節って」
「みーちゃんも書いたことあるの?」
「うん、四年生の時書いたよ! おばあちゃんは夏が好きなんだー」
「ええ、若い時は部活をしててねぇ。だから夏が一番楽しかったのよ」
「部活? 何してたの?」
「水泳部だったのよ」
「えー! おばあちゃん、水泳してたの!?」
「これでも速かったのよぅ」
「えーえー! 全然イメージできないー!」
「ふふふ、ああ、夏かぁ、懐かしい懐かしい……。ヒグラシの鳴く、夕方の、夏も、いいわよねぇ……」
「今も夏が一番好きなの? 」
「そうねぇ、夏も好きだけど、春がいいわね、今は」
「春、みゆも好き! 誕生日があるから!」
「そうよ。みーちゃんの生まれた、綺麗な季節。花見にも行きたいわね。桜ほど綺麗な花はないと思うわ。蕾はふっくら可愛くて、咲いたらまるで大きな雲のように連なる姿は壮観で、散る花びらは雪みたい」
「お花見行きたい! お弁当とかお菓子持って行きたいー」
「みーちゃんはお母さんにそっくりねぇ」
「えぇー似てないー!」
「そっくりよー」
春、夏、秋、冬。
素敵な季節がぐるぐる巡って、いつまでもいつまでも続くように、
自分の幸せ、友人の幸せ、家族の幸せが、形を変えて姿を変えて、
それでも好きと言われ続けますように。
「ねぇ、好きな季節はいつ?」