鏡の中のあたしと愛実
気がつくとあたしは本当に鏡の中にいて、お母さんはパソコン横に置いてある写真立てのあたしの顔を映してパソコンを叩いていた。お母さんは、
「そうねぇ、ここの展開どうする、マナちゃん。ここんところはやっぱパパが叩くぐらいじゃないとダメだわよねぇ……それから主人公をぎゅっと抱きしめて……」
そう言いながらおかあさんは、パソコン音痴とは思えないほど高速でキーボードを操っていく。
何でもコンプリート派のお母さんは、
「キーボードはやっぱブラインドタッチでしょ」
なんてわからないことをほざきながら、あたしが小学生の時、タイピングソフトまで買って練習したのだ。検定試験を受けたことはないけど、たぶんワープロ検定の2級は確実にとれるはずだ。その証拠に、鏡の中のあたしに話しかけながら、いきなりパソコンの画面にどんどんとストーリーを紡いでいく。それにしてもお母さん、愛実と会話してるのかと思ったら、完全に独り言だ。
あたしもそれに対してツッコミを入れられるはずもなく、写真のあたしに併せてバカ笑いしてるしかないんだけど。にしてもさ、何でこんなバカ笑いしてる写真使ってるのかな。もっとかわいく笑ってるのもあるはずなんだけど?……って自分が言うかっ。
そんなことを考えていると、お母さんが急にキーボードを打つのを止めた。
「ゴメンね、マナちゃん。今日はメグちゃんが熱出しちゃって寝込んでるのよ。ちょっと様子見てくるわ」
と言って、二階のあたしの部屋へと上がって行った。
ああ、お母さんと愛実がどんなことしゃべってるのか聞きたいな、そう思っていると、お母さんが二階に上がる間に、愛実は机の上に置いてあった鏡の角度を変えて自分の顔が写るようにした。ヒュンって擬音がつきそうな勢いで、あたしは一気に二階に上がった。
『へへへ、ありがと愛実。さすがわかってんね』
「しっ、お母さんが来るから黙ってて」
あたしの言葉に、愛実は慌てて口の前に人差し指を立てる。だけど、お母さんはあたしの声なんか聞こえないんじゃないの? あんたがスルーすれば何も問題ないじゃん。
やがて、お母さんがあたしの部屋のドアを開けた。
「あら、メグちゃん起きてたの。ごめんノックもしないで」
「うん、さっきね。ノックは別にいよ」
愛実の声はちょっとかすれていた。ホントは微妙にあたしよりは高いみたいだから、その方が変だと思われなくて良いかもしれない。それからお母さんは愛実のおでこに手を当てると、
「うーん、まだ熱下がらないわね。夏は風邪引いちゃうと長引くもんね。あ、それから隆ちゃんが少し遅くなるけど来るって言ってたわ」
「隆一が? マ……お母さん断らなかったの?」
隆一が来ると聞いて焦ったのかもしれない、あの子一瞬、あたしが言わないママと言いかけて止めた。でも、それにはお母さん気付いてない様だった。はぁ、何とかセーフだ。
それにしても、これから隆一が来るの? 普段から話しかけてくるお母さんはともかく、隆一といる時にあたし鏡なんか見てないから、ぼろが出ないといいけどなぁ。
そのあと、2~3言愛実と言葉を交わした後お母さんは、階下におりてまたパソコンで仕事を始めた。パソコンの前であのバカ笑いの写真を鏡にかざされた途端、あたしはお母さんの前にまたヒュンと戻る。自分の意思じゃない所で移動させられるのも便利っちゃ便利なんだろうけど、結構辛いな。ホントはあたし、もうちょっと愛実と話したかった。
しばらくまたお母さんの仕事につきあって、次に気がつくとあたしは自分の部屋にいた。あたしは鏡に映されていない時には強制的に眠らされているようだ。普段の寝不足が……これで解消できる訳でもないだろうし、何よりこんな生活を強いられている愛実がちょっとかわいそうに思った。