婚約破棄をされていますが、全体的にいろいろおかしい
前世で、悪役令嬢が主人公の婚約破棄ものを、それはもう浴びるように読んだものだ。
だから、この展開は予想できていた、と思う。
「お前との婚約を破棄する!!」
パーティー会場の一段高くなった王族用の席。
そこから私の婚約者が叫んでいる。
「俺の妃には、このチチャナこそがふさわしい!」
彼の横には、着飾った可憐な少女が大きな瞳をうるませて寄り添っていた。
会場を料理と音楽が彩る。
招待客たちは、何事が始まったのかと壇上を驚いて見つめていた。
ここまではテンプレ通り。
だが婚約破棄ものとしては、明らかにおかしい点がある。
一同の視線を集める王子は。
腰蓑姿であった。
ここはネポマジ島。
……常夏の楽園である。
人口千人ほどの南国に浮かぶ孤島だ。人がいるからには小さくとも国があり、どんなに小さくとも国があれば首長がいる。
ニエアカカ王。それがこの国を治める人物の名であり、その息子で次代の国王とされるのが、私の婚約者、ルキポ王子であった。
腰蓑の王子。
そしてその隣には、チチャナという名の少女がいる。
髪には鮮やかな花々を飾り、原色の布を重ね合わせたスカートをまとい。
そしてその上半身は大胆にも、二つの大きな貝殻で胸を隠しているだけだった。
しかし、その高い露出度に眉をひそめる人はいない。
ここではこれが正装なのだ。
爵位やドレスとは無縁な南国の楽園で、なぜか婚約破棄を言い渡されている悪役令嬢。
それが私だった。
どうしてこうなった。
「イェカヤ! 出てきてなんとか言ったらどうだ!」
この、発音しにくそうな文字列が私の名前だ。
呼ばれてしまったからには仕方なく、私は壇の前に進み出た。
露出度50%オーバーの島民たちが場所をあけてくれる。その顔は困惑半分、好奇心半分といったところか。
「お前は、こんな時まで辛気臭い布など被りおって!!」
私が口を開くより早く、怒鳴りつけられた。
まあ無理もない。私は特注の、全身を覆う布を頭から被っているので。
前世のインドで民族衣装のお姉さんがまとっていたあんな感じのやつだ。
だって日焼けが怖いんだもん……。
この島は常夏、スコールが降る日もあるが、ほとんどの時間は雲もなく太陽に照らされている。
もちろん日焼け止めなどあろうはずもない。
シミ、そばかす、その他炎症の襲い来る恐怖で、私は大臣業の傍ら他国との交易をやっている父に頼み込んでこの布をあつらえてもらった。
こんななりをしているのは、当然ながら島でも私しかいない。しかしおおらかな島民たちは、また大臣のとこのお姫さんが変な格好をしているな、と軽く流してくれていた。ありがたい。
……いや。
「今日という今日は我慢ならん! 客人を招いての宴だと伝えてあっただろう! こんな時くらい着飾って歌や踊りを披露し、相手をもてなそうという誠意を持たんのか!?」
ここにそれが受け入れられない男がいたんだった。
「着飾って、もてなす……」
確かに、今日はパーティー……島をあげての宴の日だ。
広場は花と鳥の羽根で装飾され、昼間から篝火が焚かれている。実にジャンボリーだ。
先程からズンドコズンドコと打楽器中心の音楽も流れているし、大皿代わりの巨大な葉っぱの上にはところ狭しと料理が並んでいる。蒸した芋、焼いた魚、焼いた芋、蒸し焼きのバナナ、そして蒸し焼きにした芋だ。
椰子の実から作られた白く濁った酒も振る舞われ、チチャナと似たような格好のお姉さんたちが注いで回っていた。
そう、男たちは全員、腰蓑に何かの葉や動物の牙や角で洒落こみ、女たちは布のスカートか腰蓑を着用して、上半身は貝殻や鳥の羽根でめかしこんでいた。
島の盛装、そして正装である。
「……無理です」
私は力なくつぶやいた。
王子が憤る。
「何故だ!?」
ズンドコズンドコ、音楽は軽快である。
「何故、と言われましても……」
私は口ごもる。前世日本人の記憶を持ったまま、こういう方向にはっちゃけるのは、なかなか難しかった……と言うほかない。
いや、他文化は否定すべきではない。
……だが。
だが、言わせてもらいたい。
この祭りの様子といい、芋ばかりの料理といい、あられもない衣装といい。
──あまりに解像度が低すぎないだろうか!?
貝殻ブラって何だよ、どう考えてもリアルな南国じゃない。人魚姫かよ。じゃなかったら青森のおみやげでしょ!?
ネットで小説や縦読み漫画を読み漁っていた私にはわかる。これはどこかの世界の現実ではない、誰かの創作の産物だ。
それも、Google検索とランダムジェネレーターで作り上げた系のやつ。
物心ついて前世の記憶が蘇り、それを悟ってしまった私である。真面目に異文化共生する気は削がれてしまった。
かと言って、大真面目にそれを彼らに告げても、いい結果になるはずがない。
彼らの生を否定したいわけでもないのだし。
つまり、この被っている布は、私の現実逃避の手段でもあった。
世界遮断バリアとも言う。……うふふ、そんなキャラ前世のどっかで見たな……。
モゴモゴしている私に、ルキポ王子はいよいよ最終宣告を突きつけた。
「いいかイェカヤ! 貴様が悔い改めるならチチャナを第一夫人、貴様を第二夫人として置いてやってもよいのだぞ。よく考えることだな!」
「悔い改める、とは」
「俺の話を聞いてなかったのか!? まずその陰気な布を脱ぎ捨て、チチャナを見習って身を飾れ。それから歌と舞で神の御心と戦士たる俺を癒やせ」
「無理です」
「即答!?」
確かにチチャナは歌と舞の名手だ。これが、世が世ならおいしいパスタを作れる女、ということになるのだろう……。
ぼんやりそんなことを考えていると、王子の後ろから、ひときわ大きな角で頭と肩を飾った壮年の男性が現れた。
ニエアカカ王その人である。
「ルキポ、こうなっては致し方あるまい」
私は固唾をのんだ。
ニエアカカ王は名君である。数多の婚約破棄ものなら、良き王の発言は「王命を軽んじるとは」だの「愚息がすまなかった。令嬢の名誉を傷つけた慰謝料を」とかあたりだろうが、さすがにこの島の文化で、さらにこの流れでそれが出るとは思えない。
王はふう、と息をついて私を見た。
「わしも薄々思ってはおったのじゃ。イェカヤに王妃は荷が重いのではないかと」
おっ?
「ルキポの妃はチチャナとしよう。残念だが、イェカヤとは縁がなかった」
っしゃー!? 名君きたー!!!
私は布の内側でぐっと拳を握り、ありがたく膝を折った。
「ご配慮に感謝いたします。何もかも至らず、申し訳ございません」
婚約破棄ものであるあるの王子妃教育などもいっさいなかったので、毒杯なんてオチはないだろう。
一安心である。
「お待ち下さい」
しかしそこに異議を唱える声が上がった。
「それでは、イェカヤはどうなるのですか?」
港まで客人を迎えに行っていた父である。どうやら目当ての人物を連れて会場に戻ってきていたようだ。
私にとっては、無理を言ったのに布を調達してくれる、ありがたい父親でもあった。
娘の行く末を案じてくれるとは、親の鑑である。
「我が家では、後継ぎの息子夫婦が子をなしております、もう三人も。あの子らが育つことを考えると、イェカヤの居場所はありません」
あ、そっち……。
「そうさのう……。嫁入り先を改めて探そうにも、年頃の男子の相手は埋まっておるしなあ」
王は顎に手を当てて宣った。
そう言われて広場を見ると、確かに、としか言いようがない。
羽振りのいい男なら第二夫人として受け入れてくれるかもしれないが……。
あとは、これも悪役令嬢あるあるの後妻ルートだろうか。
……そう考えたとき、去年連れ合いを亡くしたばかりの、歯のないおじいちゃんと目が合った。にっと笑われてぞっとする。
隣人としては好人物だと思っていたが、この流れでアピってくるということは、考えを改めなくてはならないかもしれない。
布の中で鳥肌の立った腕をさすりながら、私は進退窮まっていた。
そこに。
「でしたら、私などはいかがでしょうか」
涼やかな声が上がった。
「あなたは……海の向こうのセクルー島のビスシャ王子!?」
ルキポのわかりやすい説明台詞のおかげで、私にも誰だかわかった。
私の布によく似たものを体に巻き付け、衣服としている。あれはインド……というよりギリシャ風、と言ったらいいのだろうか?
露出度は30%程度だ。転生してから初めて、体の半分が隠れている人間を見たかもしれない。
「これでも気楽な第二王子でして。気楽すぎて、こうやって外交に出されております」
ビスシャ王子は私の前まで歩み寄ってくると、そんなふうに自己紹介……いや、売り込みだろうか、をした。
「ちょうど私も、そんな生活についてきてくれる女性を探していたのですよ」
これは。悪役令嬢婚約破棄あるあるのど真ん中、異国の王子からのプロポーズではないか。
ちょっとこの異国の感じも、思ってたんとなんか違うことは否めないのだが……。
だが、私としてもこうなれば他に道はない。腹をくくって布の隙間から手を差し出した。
「お願いします」
「では!」
ビスシャ王子は私の手をしっかりと握る。
すかさず、この機をのがしてはならぬとばかりにニエアカカ王が声を張り上げた。
「今日この日、二組の婚約が成った! こんなにめでたいことはない。皆の者、飲め! 歌え! 舞え!」
「うおおおお!!」
集まった島民たちが歓声を上げ、太鼓はここ一番とばかりにズンドコ響いた。
数日後。私はビスシャ王子の操るヨットの上にいた。
家族や島民たちとの別れを済ませて、セクルー島に渡り、婚儀を挙げるのだ。
ヨットの上には私たちしかいない。文化的に考えると手漕ぎ船ではないかとも思うのだが、大量の漕ぎ手が突然出てきても戸惑うので、ここは低めの解像度に感謝しておこう。
ビスシャ王子の衣服に隠されていた筋肉はなかなかのものである。操船のため、半脱ぎになってそれを見せつける(わけではないだろうが)彼を見ながら、私は意を決して聞いてみた。
「私なんかを妻としてしまって、本当によかったんですか? いえ、私は助かりましたが」
「私なんか、とは?」
きょとんとされて、逆に居心地悪くなってしまう。
「いえ、殿方はチチャナのような明るくて開放的な女性を好むのではないかと……私はこのとおり、陰気ですし」
「陰気ですか? 周りに流されない、確固とした自分を持った女性だなと思っていましたが」
「…………」
これは私、褒められているのだろうか?
「それに、日焼けを気にしてその服装なのでしょう? 私はいいと思いますよ」
えっ、日焼けの概念があるだと?
驚いて目を瞬いていると、ビスシャはくすっと笑った。
「まあ、彼女の胸当てのようなお召し物も、故郷を思い出して懐かしかったですが」
「故郷を!? まさか、セクルーにもあれがあるのですか!?」
「ああいえ、セクルーではなくて……」
島を渡ってまであの貝殻ブラを身につける羽目になったら大変である。そう思って慌てた私の耳に、意外な単語が飛び込んできた。
「ムツシ、というところなのですが……ご存知ありませんよね」
ムツシ。……むつし!?
……あの、王子それって。
「もしかして、ふるさと納税の……?」
「!?」
今度は王子が慌てる番だった。操船の手順を間違えそうになったのか、わたわたとしているのを私は邪魔しないように待った。
やがて。
「……なんだ、そうか、あっはっは、だから日焼けを気にしてたんですね」
得心したらしく笑う彼に私も苦笑いだ。
「紫外線がこっちでも同じ効果なのかはわからないんですけどね」
「どちらもあり得ると思います。いいんじゃないでしょうか」
これだ。同じ視点で話を交わせる相手。
私がずっと求めていたものはこれだと、気づいてしまった。
「セクルーもいいところなんですよ、のどかでほどよく発展していて、おすすめです。でも、外交で国の外に出ているのはですね、実は、もっと日照時間の少ない国があるんじゃないかなと思って……」
「日照時間ですか?」
「ほら、出身が東北なので……」
「ああ……。私も、盆地の育ちなので、本音は山がほしいですね」
関東の友人が遊びに来て、山から日が出て山に落ちるのにびっくりされたような土地柄である。
「いいですね。……ちょうどいいところが見つかったら、移住も検討しましょうか」
「はい、ぜひ」
解像度の低い世界だが、どこかに高山もあったりするのではないか。
雪を抱く山並みを眺めながら、ヤギを追ったり、チーズを溶かして食べたりするのだ。
やったことはないが、水着のような格好で舞い踊るよりはだいぶハードルが低くなったと思う。
この人ならいつか連れていってくれるかもしれない。
どうせなら、もう少し自分を売り込んでおこうと思って、私は口を開いた。
「癒やしの舞は苦手ですが、アニソンなら結構いけますよ」
「あ、それ、うれしいなあ」




