「あなたを愛することはない」と言ったら義母が乗り込んできた
「あなたを愛することはない」
数時間前に挙式を終えたばかりの妻は、椅子に腰掛けていた。
結婚式の時は天使かと思うほど愛らしく、清楚なナイトドレスの上にガウンを羽織って自分を待っている姿は、さらに侍女達に磨かれて女神のように美しかった。
「どういうことですの?」
「……え?」
「こんばんは」
「あ。こんばんは……」
ひとまず、挨拶されたので挨拶を返す。
妻は目を見開き、口に手を当て黙っている。
話しているのは、いつの間にか妻の横に立っている義母だ。
「夜分に押しかけてしまってごめんなさいね。で?どういうことですの?」
「え、いや。どうとは……というか、お義母様?どうして……いや、いつから?……いや、それよりなぜそこに??」
驚きすぎて、頭がついていかない。
どこからツッコめばいいんだ?
「貴方、今、うちの大切な大切なこの世に二人といないかわいい娘に『あなたを愛することはない』と言いましたね?」
「え!!いや、それは……」
「国王に命じられたこの結婚が決まってから準備期間は1年もありましたのに、会ったのは打ち合わせの名目で2回だけ。しかも短時間!ろくに交流する間もなく事務的なやり取りしかしなかったと聞いていますわ」
「それは大変申し訳なく……」
「お若くして突然侯爵家当主になられたのですもの。お忙しいのはわかっていますわ。けれど、領地経営の相談と称して従兄妹の娘と頻繁に会っていたようですし、さらに領地視察の際は、地元の若い娘たちと楽しげに話をしていたそうね。ああ、無粋な真似をしてしまってごめんなさい?義理の息子となる人物の人となりを知っておきたかったものだから」
「ご心配をお掛けしたy……」
「何人もの女性と長い時間を過ごしているようですし?まさか!うちの大切な大切なこの世に二人といないかわいい娘に、巷で流行っている庶民向け娯楽小説のように『あなたを愛することはない』なんて言わないか心配になってしまったの」
(お義母様、食い気味ぃ〜〜!!)
椅子に座っている妻の肩に手を置き、優雅に扇で口元を隠しているが、その目線は鋭い。
元王女の貫禄に、生唾を飲み込んだ。
義母は、ふっ、と空気をゆらし、優しげに愛娘を見やった。
「だからね。嫁に行く娘へ、結婚の祝いとして魔道具を贈ったの。もし貴方が、うちのかわいい娘に向かって『あなたを愛することはない』と言ったら、すぐに駆けつけられるように」
その言葉を聞いて、妻は首に下がるシンプルなデザインのネックレスをゆっくりと触った。
「確か……」
義母はまた語り出した。
「建国から続く侯爵家ではあったけれど、家長が立て続けにお亡くなりになられたのよね。20歳という若さで当主になったのに家を傾けていない貴方の能力は買っているの。だからお兄様……国王陛下も、貴方の力になるようにと、今回の政略結婚を勧めたのよ。おわかり?」
口を開こうとすると、椅子に座った妻が唇に指を当てた。
「それなのに、なんということでしょう」
じっとこちらを見る目が細められる。
何を考えているのか、妻は唇から指を離さない。
次は何を言われるのか……ジリジリとした心地で続きの言葉を待つ。
「うちの大切な大切なこの世に二人といないかわいい娘を幸せにする気概のない男に娘を託すつもりはありません。実はまだ結婚の誓約書はまだ受理されていませんの」
「ええ!?」
にっこりと可愛らしく小首を傾げた義母は楽しそうに言った。
「ほら、巷の小説だと『あなたを愛することはない』と初夜に言うでしょう?だから、今夜一晩は法務大臣の夫が預かっていますの。いつでも破棄できるように。今もこちらの会話は聞こえていますのよ」
ドレスに隠れていた魔術具をちらりと見せる。確かにそれは稼働を示す淡い光を放っていた。
転移の魔術具といい通話の魔術具といい、稼働させ続けるためには相当な魔力が必要なはずである。
さすが降嫁したとはいえ、王族。魔力量が多い。
思考が斜めに飛びそうになるのは焦っている時の癖だ。
この結婚が無くなる!?
何か、何か言わなければ……!!
「さて。言うことも尽きましたし、それでは娘はこのまま連れ帰らせていただきますわね」
言うことは全て言ったといわんばかりの穏やかな笑顔で話を終わらせようとする義母に、勢いよく頭を下げた。
「申し訳ありませんでした!!!」
床に頭が付くほどに首を垂れれば、あら、と言うように目を見開いた。
その袖を妻が軽く引く。
「お母様、彼にも申し開きの余地をくださいませ」
「いいでしょう。発言を許します」
娘を見た義母は、一つ頷くと許可を出した。
同じ家格のはずだが、元王族の威厳が半端ない。
「発言の許可をいただき感謝します」
姿勢を改め、王族に対する礼をとる。
「祖父と父が立て続けに亡くなり、急遽、当主の座に着くことになりました。使用人を路頭に迷わせることなくやってこれたのは、叔父家族の協力があってのことです。しかし、それだけです。従姉妹とは恋愛感情はお互いにありませんし、彼女には内定しているラブラブな婚約者がいます」
義母の表情は扇に隠れて読み取れないが、止められもしないので話を続ける。
「確かに、王命に近い結婚の打診を断ることはできないという思いもありましたが……この結婚を決めた時、覚悟を決めたのです!嫁いで来てくださる方に苦労はさせないと」
照れてしまいそうなので、意識的に義母の表情に集中した。
「しかし、結婚式までの1年、仕事に注力するあまり碌に交流する時間を取らなかったのは私の落ち度です。家族の身になれば確かに、不満に思われて当然でしょう。大変申し訳ございませんでした」
再び首を垂れる。
これではただの言い訳だ。
結婚の許しを得られるのか?背筋を冷たい汗が伝う。
「それで?」
「え?」
「うちの大切な大切なこの世に二人といないかわいい娘を虐げる発言に関しては?」
「そ、それは……」
ああ!しまった!!
義母の話が長くて要点がズレていた。
テンパると頭の回転が鈍くなるのは侯爵家当主として弱点だと、さんざん叔父上に言われてきたのに……
「あら、申し開きはお終い?もしかして、従姉妹のお嬢さんでなければ町娘の方かしら。まさか、巷で人気の真実の愛だなんて言うつもりでは……」
「お母様、まだ彼のお話は終わっていませんわ。お兄様もよく言いますでしょう?せっかちなのはお母様の悪い癖ですわよ」
義母の追求を妻が止めてくれて助かった。
妻の作ってくれたチャンスを無駄にする訳にはいかない。
深呼吸をする。
「もちろん、従姉妹や領民の娘とは何もありません。むしろ、女性とは積極的に関わったことがありません。妻と初めて会った時など、あまりの可憐さに言葉を交わすのも緊張してしまったほどです。その時改めて、妻を幸せにしたいと思ったのです」
義母は鷹揚に頷いている。
「私の母は早くに亡くなったため、両親の夫婦としての姿を見る機会はあまりありませんでした。そして、女性の対応についても社交辞令程度しかしらない。そんな私の結婚について話題になっていたため、領地視察の際には従姉妹を始めとする女性達が様々な助言をくれたのです」
あの時の女性達の勢いと情熱を思い出すと苦笑してしまう。
女性にとって結婚や夫婦関係がいかに重要か、よく思い知らされたものだ。
「その折、お義母様のおっしゃるような巷で有名な恋愛小説についても、よく話題に出ました。しかしそれは、憧れなどではなく、忠告を含むものがほとんどでした」
義母はじっとこちらを観察している。
妻は笑顔で座っている。
「その……このような朴念仁ですので、結婚式のでは天使かと思うほど愛らしく、今は女神のように美しい妻を前に、豊富な話題提供をできるわけもなく。お義母様が来られるまでは、今までの経緯と夫婦としてのありかたの話をしていて、決して妻を虐げる発言はしておりません」
言うべきことを言ったので義母の反応を見ていると、小さく頭が傾いだ。
「……おかしいですわね。息子が『あなたを愛することはない』というキーワードに反応して転移魔法が発動するように設定したはずですのに」
その魔道具を作ったのはお義兄様ですか〜〜〜〜!魔法省きっての若手エリートなのは存じていますが、なにしてくれてるんですか!!
本当に家族全員妻が大好きなんですね!!
「それは、巷で流行りの小説について話していたからだと思いますわ」
頬に手を当て、妻が返事をした。
それで思い出した。
「あぁ、『巷で流行っている小説では、あなたを愛することはないという発言から始まるのに紆余曲折を経て溺愛されている夫婦が多いが、私は初めから貴女に惹かれているので幸せにしたいと思っている』と言おうとしている途中でお義母様がいらっしゃったのでしたね」
間をおいて、あらーと義母が困った顔をした。
「旦那様、母が早とちりで乱入してしまって申し訳ございません。母には性急なところがあり、話の途中に口を挟むと火に油を注いだ結果になってしまいますの。私の意図を汲んで、口を噤んでくださってよかったですわ」
妻は椅子から立ち、私にも立ち上がるよう促す。
「お母様、このとおりちゃんと対話もしておりますし、私の幸せのために尽力してくださる方ですわ。お父様とお兄様にも、改めてよろしく伝えてくださいね」
私の腕にそっと触れながら微笑んだ。
「大事な初夜への乱入については改めてお話しましょう」
おお。妻が強い。
苦笑しながら頭を振った義母の足元に転送の魔法陣が光る。
「慰謝料はそちらの請求に応じます」
夜分に押しかけてしまってごめんなさいね
瞬いた間に、部屋には妻と2人きりになっていた。
妻が顔を覗き込んでくる。
「お疲れ様でした。母と話すのは疲れましたでしょう。ゆっくりお休みになってください」
初夜なのに……読んでもいない小説の話なんてしなければよかった。
このまま朝を迎えるのか……。確かに疲れたし、この雰囲気の中なにをする気も起きないのも事実だ。
妻には初日から情けない姿を見せてしまった。それなのに、優しく微笑んでくれる妻を愛おしく思う。
そっと妻の手を包み込み、弱々しく笑って見せた。
「……明日、改めて初夜をやり直させてください。例のセリフは無しで」
「ふふ。楽しみにしていますわ」
まさに女神のような笑顔だった。
その後、領地視察にいった領主の溺愛っぷりと幸せそうな2人の姿に、領民達の間で誰の助言のおがけなのかを自慢し合う姿があったとかなかったとか。
最後までお読みいただきありがとうございます!
評価いただけましたら泣いて喜びます!




