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聖血のロゼル  作者: ハナハル


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9/13

グール。空腹。

アゼリアの光がロゼインの背中を照らす。

二人は奈落の闇へ進んだ。

しばらく歩く。

ロゼインはふと口を開いた。

「あのパーティの死体」

低く言う。

「この上の階層で階層主とやり合ったな」

アゼリアの光が揺れる。

「分かるのでございますか?」

ロゼインは歩いたまま答える。

「マップだ」

腰の地図を軽く叩く。

「ここは二十一階層」

「主は二十階層にいる」

少し間を置く。

「たぶん負けた」

奈落の闇を見る。

「勝てなかったんだろう」

アゼリアは黙って聞いている。

ロゼインは続けた。

「だから逃げた」

足元の闇を指す。

「下の階層へ」

静かな声だった。

「だがこの深さで消耗してたら終わりだ」

奈落の奥を見る。

「深層の魔物に囲まれる」

短く言う。

「それで全滅だ」

少し沈黙が流れる。

アゼリアの青い炎が小さく揺れた。

「ではロゼイン様」

「なんだ」

「それと階段は関係あるのでございますか?」

ロゼインは迷宮を見回した。

壁。

通路。

床。

それから答える。

「関係ある」

低く言う。

「逃げてきたなら」

顎で周囲を示す。

「この近くに階段がある」

剣を握り直す。

「探すぞ」


二人は通路を進み始めた。

アゼリアの光が、石壁を淡く照らしている。

闇はすぐそこにあった。

光の外側は、何も見えない。

ロゼインは足を止めず、周囲を観察している。

床。

壁。

通路の曲がり。

石の削れ方。

しばらく歩いたところで、ロゼインが小さく呟いた。

「……こっちだな」

アゼリアが顔を向ける。

「何かあるのでございますか?」

ロゼインは壁に手を当てた。

指先で石をなぞる。

「風だ」

短く言う。

「わずかだが流れてる」

アゼリアの炎が揺れた。

「階段の空間でございますか」

「たぶんな」

ロゼインはそのまま通路を曲がる。

数歩進む。

その瞬間だった。

闇の奥で――

何かが動いた。

ガリッ。

石を引っかく音。

ロゼインの足が止まる。

剣が静かに持ち上がる。

アゼリアの光が前方を照らした。

闇の中に、いくつもの影が浮かび上がる。

低い体。

長い腕。

地面を這うような姿。

灰色の皮膚。

口の奥に並ぶ、鋭い牙。

アゼリアが小さく言う。

「……グレイブ・グール」

ロゼインの目が細くなる。

深層に棲む肉喰いの魔物。

しかも――

一体ではない。

闇の中で、さらに動く影。

三。

四。

五。

ロゼインは小さく息を吐いた。

「なるほど」

剣を構える。

「深層らしくなってきたな」

その瞬間。

一体のグールが、地面を蹴った。

闇から飛び出す。

ロゼインの体が、先に動いた。

踏み込む。

剣が横に走る。

ガキンッ!

骨を断つような硬い感触。

グールの首が跳んだ。

だが残りの影が一斉に動く。

アゼリアの光が大きく揺れた。

「ロゼイン様!」

闇が、牙を剥いた。


三つの影が同時に動く。

低い。

速い。

地面を這うように距離を詰めてくる。

ロゼインは一歩前に出た。

死体から剥ぎ取った片手剣を構える。

小柄な体。

細い腕。

闇の中で金の髪がふわりと揺れた。

その姿だけ見れば、迷宮深層にいるにはあまりに華奢だった。

だが――

グールが跳んだ。

牙が目前に迫る。

ロゼインの腕が振り下ろされる。

ドンッ!!

重い衝撃音。

斬撃ではない。

叩き潰した。

グールの頭が石床にめり込む。

石がひび割れた。

その瞬間――

バキンッ!!

剣が折れた。

刀身が半ばから吹き飛ぶ。

ロゼインは折れた柄を見た。

金の髪が肩に落ちる。

「……またか」

小さく舌打ちする。

拳を握る。

骨が軋んだ。

「力が抜けねぇ」

肩を回す。

「加減が分からん」

その隙を突くように、残り二体が動いた。

左右から同時に飛びかかる。

ロゼインは折れた剣を横に振った。

ゴッ!!

鈍い衝撃。

グールの体が宙に浮く。

そのまま壁へ――

ドゴォン!!

石壁に叩きつけられる。

鈍い破砕音。

壁にヒビが走った。

グールの体が崩れ落ちる。

ロゼインはそれを見て、少し眉をひそめた。

壁を見る。

拳を見る。

「……まずいな」

低く呟く。

「迷宮壊しそうだ」

だがもう一体が止まらない。

地面を蹴る。

牙を剥き――

アゼリアへ飛ぶ。

青い炎が揺れた。

アゼリアの骨の足が一歩下がる。

静かな動きだった。

骨だけの体。

だがその骨格は妙に整っている。

細い肋骨。

滑らかな腰のくびれ。

広い骨盤。

肉がなくとも分かる。

かつての体の形。

その所作は不気味なほど優雅だった。

アゼリアの指が開く。

床に散った骨片が震える。

スケルトンを呼ぶ。

だが――

近すぎる。

召喚が形になる前に、グールが目前まで迫る。

牙が開く。

アゼリアの腕が軋んだ。

ギシッ。

前腕の骨が外れる。

関節が滑る。

骨が組み替わる。

長く伸びる。

細い骨が一本、鋭く突き出した。

骨の槍。

その動きは、戦いというより――

舞いのようだった。

グールが飛び込む。

アゼリアは一歩踏み込む。

そして――

突く。

バキィッ!!

骨槍がグールの口から頭蓋を貫いた。

骨を砕きながら突き抜ける。

青い炎が骨の内側を走る。

グールの体が痙攣し、崩れ落ちた。

静寂が戻る。

アゼリアの腕がゆっくり元の形へ戻る。

カチ…

カチ…

骨がはまり直る音が迷宮に響く。

ロゼインは折れた剣の柄を見た。

それを無造作に捨てる。

カラン、と乾いた音。

拳を握る。

骨が鳴った。

小柄な体には似合わない音だった。

「……武器がもたねぇな」

アゼリアの青い炎が静かに揺れる。

「ロゼイン様」

「なんだ」

「お怪我は」

ロゼインは拳を見る。

「問題ない」

アゼリアは静かに頷く。

「それならよろしゅうございました」

ロゼインは拳を軽く握り直す。

骨が小さく鳴る。

そしてふと、アゼリアの腕を見る。

「……さっきの」

アゼリアの青い炎が揺れた。

「はい」

ロゼインは少し眉を上げる。

「骨」

「外れてただろ」

アゼリアは小さく頷く。

「はい」

「骨格を変形させることができます」

ロゼインは少しだけ感心したように息を吐いた。

「なるほど」

グールの死体を見る。

頭蓋は完全に貫かれている。

「槍にしたのか」

「はい」

「盾や、鞭のような形にも変形できます」

ロゼインは腕を組む。

少し考える。

「……便利な能力だな」

そしてグールを顎で指す。

「突きも悪くなかった」

その瞬間――

アゼリアの青い炎が、ぱっと大きく揺れた。

骸骨の肩がぴくりと上がる。

「……ほ、本当ですか」

少し前に出る。

すぐに姿勢を整える。

「い、いえ」

「僭越ながら、最適と判断いたしました」

だが炎はまだ嬉しそうに揺れている。

ロゼインはそれを見て少しだけ口の端を上げた。

「嬉しそうだな」

アゼリアの頭がぴたりと止まる。

「そ、そのようなことは」

骨の指が胸の前で小さく動く。

ロゼインは肩をすくめる。

「まあいい」

そして言った。

「頼りになる」

アゼリアの炎が――

ぼわっと大きく揺れた。

「は、はい!」

ロゼインは折れた剣の柄を石床に置き、軽く拳を握り直した。

「……行くか」

アゼリアの青い炎が、石壁に淡く揺れる。

湿った石の匂い、遠くで滴る水の音、低く響く自分たちの呼吸。

迷宮の空気は重く、どこか腐敗したような臭いが混ざっている。

三日間、まともに食べていない。

腹の奥が痛むが、聖血が体を満たし、筋肉や傷は完全に回復していた。

見た目は華奢な美少女のままだが、力は以前とは比べものにならないほど強くなっている。

アゼリアが小さく息を吐いた。

「ロゼイン様……お腹は……」

言葉は淡いが、気遣いは確かだった。

ロゼインは軽く肩をすくめる。

「平気だ」

「……本当に?」

骨の指先が胸の前で小さく震える。

「大丈夫だ。腹が減ってても、今は気にする暇はない」

アゼリアは少しだけ頷き、炎が揺れた。

通路は狭く、時折天井から石が崩れ落ちる。

壁は濡れ、所々苔が光を反射して淡く光る。

床の石には、以前の冒険者や魔物の痕跡が残り、迷宮の歴史を語るかのようだ。

耳を澄ませば、遠くで低くうなり声のような音がする。

風か、魔物か。

ロゼインは手を壁に当て、指先でわずかな空気の動きを確かめた。

「……階段はすぐそこだ」

空気のわずかな変化。湿気と冷気の混ざる場所。

迷宮の構造が、ほんのわずかに開けている。

アゼリアの炎が一瞬強く揺れる。

「ロゼイン様……足元もお気をつけくださいませ」

「わかってる」

通路を曲がると、石の床がわずかに広がり、影の先に階段の気配が差し込む。

暗くて湿った空間に、階段の先が微かに口を開けている。

ロゼインは深く息を吸った。

「ここからだ」

足元の石は滑りやすく、壁の苔が湿っている。

階段を上れば、確実に魔物が待っている。

二十階層のボスフロア――遠征隊が逃げる途中で屠られた、恐怖の存在が確実にこの先にいる。

アゼリアがそっと、ロゼインの背に手を添える。

「ロゼイン様……お体に無理は……」

「大丈夫だ」

だが二人の間に、緊張が満ちる。

迷宮の闇は深く、静寂は不気味に重い。

振り返れば、三日間彷徨った裂け目の記憶が、まだ胸を押しつぶすようだ。

踏み出すたびに石が微かに鳴り、湿気が鼻を刺す。

アゼリアの炎が揺れる。

「……ここから先、必ず危険でございます」

「わかってる」

ロゼインの声は低く、冷静に響いた。

だが胸の奥では、まだ緊張が走る。

階段の先――二十階層のボスフロア。

恐怖も絶望も、すべて待っている。

二人は互いに視線を交わし、迷宮の深淵へ一歩を踏み出した。



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