異形の肉塊。激闘。
最初に踏み込んだのは、五体の骸骨だった。
低い姿勢。
無駄のない動き。
間合いを詰めていく。
盾が前に出る。
槍がその陰から伸びる。
ごつ。
穂先が、怪物の脚に突き刺さる。
確かな手応え。
同時に、左右から剣が入る。
肉を裂き、骨を断つ。
ぶち、と鈍い音。
だが。
怪物の体が、波打った。
ぐにゃり、と。
刃が滑る。
突きが沈む。
傷はつく。
裂ける。
だが。
閉じる。
ぐじゅ、と音を立てて。
なかったことにするように。
赤い瞳が細くなる。
「これがギルドの記録にあった“再生持ち”か」
ロゼルは一歩も動かない。
ただ、観ている。
次の瞬間。
怪物の腕が、落ちた。
どん。
盾の骸骨が、正面から叩き潰される。
骨が弾ける。
残り四体。
それでも攻撃は止まらない。
関節を狙う。
脚を折る。
ごき、と音が鳴る。
だが。
波打つ。
戻る。
再生する。
完全に。
ロゼルが、わずかに息を吐いた。
「……面倒だな」
視線はアゼリアへ向かない。
だが。
声だけが、落ちる。
「アゼリア」
わずかな間。
「囮、出せるか?」
短い言葉。
すぐに続く。
「数はできるだけ多い方がいい」
青い炎が一瞬強く揺れた。
返事はない。
だが。
次の瞬間。
床に散らばっていた骨が、震えた。
かた、と音が鳴る。
一つ。
また一つ。
転がっていた頭蓋が跳ねる。
腕が這う。
折れた脚が、ぎこちなく立ち上がる。
骸だ。
不完全なままの死体。
動きは遅い。
軋み、引きずる。
だが。
数だけは、増える。
一体。
二体。
三体――
次々と、立ち上がる。
闘技場の床を、埋めるように。
怪物の視界が、埋まる。
腕が振るわれる。
叩き潰す。
砕く。
散らす。
だが。
止まらない。
壊れても、なお這い寄る。
掴む。
しがみつく。
足に。
腕に。
体に。
まとわりつく。
動きが、鈍る。
ほんの一瞬。
ほんのわずかな遅れ。
それで十分だった。
ロゼインの足が、沈む。
踏み込み。
空気が、歪む。
「行くぞ」
次の瞬間。
姿が、消えた。
ロゼインの足が、石を砕いた。
踏み込みは鋭い。
だが、軽くはない。
踏んだ瞬間、石床が沈む。
ひびが走る。
遅れて、破片が跳ねる。
その中心から――ロゼインが前へ滑る。
押し潰すような加速。
空気が歪む。
息が荒い。
それでも、止まらない。
怪物の腕が振り下ろされる。
避けない。
半歩だけ、ずらす。
直後、風が裂けた。
頬が切れる。
血が、弧を描く。
そのまま、懐へ。
拳が、突き上がる。
一瞬の静止。
次の瞬間。
ばんッ!
脇腹が内側から弾ける。
肉片が散り、骨が覗く。
だが。
盛り上がる。
ぐじゅ、と。
潰れた肉が、押し戻される。
再生。
「……やっぱり、面倒だな」
吐き捨てる。
踏み込む。
肘を、叩き落とす。
どんッ――!!
内部が弾ける。
骨が押し出され、肉が裂ける。
再生が、わずかに遅れる。
その瞬間。
骸が絡む。
足に。
腕に。
引き止める。
一瞬。
それでいい。
ロゼインが、さらに踏み込む。
だが――
怪物が、にちゃりと笑った。
潰れた顔で。
裂けた口を、無理やり引き広げるように。
愉しむように。
次の瞬間。
腕が、落ちる。
どんッ――!!
空気ごと叩き潰す一撃。
ロゼインの体が弾き飛ばされる。
転がる。
石が砕ける。
血が散る。
「――がっ……!」
呼吸が潰れる。
視界が揺れる。
遠くで。
また、にちゃりと笑う。
“効いた”と、分かっている顔。
ロゼインの指が、石を掴む。
震える。
遅い。
その間にも、再生が戻る。
完全に。
「……くそ……」
間に合わない。
削り切れない。
怪物が迫る。
終わる。
――その時。
青い炎が、揺れた。
アゼリアの視界には、すべてが見えている。
崩れかけたロゼイン。
戻りきる怪物の肉。
足りない。
決定的に。
(このままでは――負ける)
炎が、震える。
迷いが、よぎる。
(私に……できるのか)
骨を操る。
それはできる。
だが、これは違う。
こんな密度。
こんな形。
こんな――“武器”。
一瞬。
躊躇。
だが。
ロゼインの血が、床に落ちた。
赤が、広がる。
その一点で、思考が切り替わる。
(――否)
(やるしかない)
炎が、燃え上がる。
(やらなければ)
(彼は、死ぬ)
次の瞬間。
青い炎が、弾けた。
闘技場中の骸が、跳ね上がる。
砕けた骨。
折れた腕。
潰れた肋骨。
すべてが、引き寄せられる。
空中へ。
渦を巻く。
軋む。
砕ける。
それでも、繋ぐ。
無理やり、噛み合わせる。
組み上げる。
圧縮する。
密度を上げる。
ただの骨ではない。
塊。
刃へ。
巨大な、異形の剣へ。
青い炎が、そこへ流れ込む。
縫い付けるように。
焼き固める。
歪で、荒々しい。
だが――
強い。
その瞬間。
怪物の腕が、ロゼインへ振り下ろされる。
間に合わない。
だが。
アゼリアは、躊躇しない。
完成したそれを――
放った。
投げる、ではない。
撃ち出す。
青い軌跡が、一直線に走る。
空気を裂きながら。
ロゼインへ。
ロゼインが、顔を上げる。
迫る腕。
迫る死。
その視界に――
青が、突き刺さる。
考えるより先に、体が動く。
手を伸ばす。
掴む。
重い。
だが――
“間に合った”。
そのまま。
止まらない。
踏み込む。
怪物の腕の内側へ。
滑り込む。
体ごと、叩き込む。
そして――
振り抜く。
青い軌跡が、残る。
一閃。
一拍。
遅れて。
ずれた。
怪物の体が。
斜めに。
次の瞬間。
弾け飛んだ。
上半身が、まとめて爆散する。
青い炎が、断面から噴き上がる。
内側を焼く。
喰らう。
削る。
再生が、止まる。
完全に。
怪物が暴れる。
だが、遅い。
炎が絡みつく。
壊す。
崩す。
やがて。
巨体が、沈む。
完全に、動かなくなる。
静寂。
ロゼインの手から、剣が滑り落ちる。
指先の感覚が、薄い。
音が、遠い。
視界の端が、暗く滲む。
(……終わった、か)
自分の声すら、どこか他人のように遠い。
力が抜ける。
膝が、折れる。
倒れる――
その前に。
支えられた。
きし、と骨の音。
硬いはずの腕。
だが。
触れた瞬間、わずかな違和感。
冷たくない。
むしろ――
「……お休みになってください、ロゼイン」
静かな声。
近い。
すぐ傍で。
「私が、ついています」
離さないように。
落とさないように。
抱きとめる力だけが、わずかに強くなる。
ロゼインの視界が、揺れる。
声が、遠い。
だが。
確かに届いている。
その言葉と。
その“温度”。
「……あったかい、な」
かすれた声。
意識が、沈む。
青い炎が、ゆっくりと揺れる。
最後に見えたのは――
その、淡い光だった。
すべてが、静かに落ちていく。




