嵐の前
「……行くか」
ロゼインは最後の段を踏みしめ、石の階段を登りきった。
そこは広い踊り場だった。
天井は高い。
湿った石壁が円を描くように続き、その奥に――
巨大な石扉があった。
迷宮の他の通路とは明らかに造りが違う。
古い紋様が刻まれ、半ば崩れながらも重く閉ざされている。
ロゼインは足を止めた。
背後で、アゼリアの青い炎が揺れる。
その光が石扉を淡く照らした。
空気が違う。
冷たい。
重い。
そして――
鉄の匂いがする。
ロゼインは扉を見上げたまま言う。
「……この先だ」
低い声だった。
アゼリアの骨の肩が小さく動く。
「二十階層の主でございますか」
「ああ」
ロゼインは腰のポーチから折れかけた地図を取り出した。
何度も使われた紙は端が擦り切れている。
指で階層の印をなぞる。
「ギルドの記録じゃ、ここから深層扱いだ」
少し間を置く。
「遠征隊の報告も何度か読んだ」
石扉を見たまま続ける。
「この階層の主は――異形の魔物らしい」
アゼリアの炎が、わずかに揺れる。
「異形……」
「ああ」
ロゼインは肩を鳴らした。
「体の骨格が歪んでる。腕の長さも左右で違うらしい」
少し考える。
「それと再生力がある」
拳を軽く握る。
「中途半端に斬るとすぐ戻る」
石扉に軽く拳を当てる。
「だからギルドじゃ“削り殺し”は推奨されてない」
アゼリアが静かに言う。
「では、どのように戦うのでございますか」
ロゼインは少し黙った。
それから言う。
「簡単だ」
視線を向ける。
「お前がスケルトンを出せ」
青い炎が揺れる。
「召喚でございますか」
「ああ」
ロゼインは頷いた。
「数は多くなくていい。二、三体で十分だ」
拳を軽く握る。
骨が小さく鳴った。
「奴の注意をそっちに向けろ」
視線が鋭くなる。
「隙ができたら――俺が叩く」
拳を軽く振る。
空気が小さく鳴った。
「今の俺の力なら、骨ごと叩き割れる」
アゼリアは静かに頷く。
「承知いたしました」
ロゼインは続ける。
「もし余裕があるなら」
顎で示す。
「お前も追撃しろ」
アゼリアの炎が揺れる。
「骨変形で?」
「ああ」
ロゼインは短く頷く。
「さっきの槍、悪くなかった」
その瞬間――
アゼリアの青い炎が、ぱっと強く揺れた。
骸骨の背筋がぴんと伸びる。
「……は、はい」
少し前に出る。
「必ず隙を作ります」
ロゼインは小さく息を吐いた。
それから、ぽつりと言う。
「腹減ってきた」
アゼリアの頭がすぐに向いた。
「ロゼイン様」
心配そうに炎が揺れる。
「聖血で体は回復しておりますが……
栄養までは補えませぬ」
「わかってる」
ロゼインは肩を回した。
「だが動ける」
拳を握る。
「まだ戦える」
アゼリアは少し黙った。
それから静かに言う。
「……無理はなさらぬよう」
ロゼインは鼻で笑った。
「迷宮でそれ言うか?」
「……申し訳ございません」
青い炎が小さく縮む。
ロゼインは軽く肩をすくめた。
それから石扉を見上げる。
向こう側からは――
音がない。
気配もない。
だが。
いる。
確実に。
この扉の向こうに。
二十階層の主が。
ロゼインは拳を握った。
「行くぞ」
アゼリアが頷く。
青い炎がふわりと広がった。
ロゼインは石扉に手をかける。
重い石が、ゆっくりと軋んだ。
その向こうに――
異形の主が、待っている。




