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私たちの村には、ずっと大切にしてきた場所がありました。
それは、遥か遠い昔から村の中心に湧き出ている『安寧の泉』という泉です。
この『安寧の泉』は『オンセン』といい、温かい聖なる水が湧き出ているのでした。
『オンセン』には、浸かるだけで傷が癒え、病が快癒し、心が満たされるという言い伝えがあり、村のひとつの観光名所になっておりました。
村の生活は、この『オンセン』と観光業によって成り立っているのでした。
「いらっしゃいませー!」
私、シエル=シレーネはこの村に生まれ育ち、この『オンセン』を管理している家に生まれました。
そして今日も「看板娘」として店に立っているのです。
「シエルちゃんは今日も元気ねー!もうお店に立つようになってどれくらいになったの?」
「10歳の頃からなので、、、5年、ですかね?」
「そう、もうあれから、5年になるのね」
「そう、ですね、、、早いもので、、、、、、」
私が店に立つようになって5年、、、
今から5年前、不慮の事故で母が亡くなりました。当時の私はまだ10歳。
母親が亡くなったという事実を受け止めることができず、毎日泣いて過ごしていました。
父は私を励まし、気丈に振る舞っていましたが、母を失った悲しみに心が蝕まれ、気がつけば心を壊し、いつしか父は、ぼんやりと虚空を見つめ、そこに向かって話しかけるようになっていったのです。
こうなっては、お店を続けられるのは私しかいません。私は泣いている場合ではなくなり、自身を奮い立たせることにしました。
その中で、何度も父に『オンセン』に入るよう促しました。何せ、私たちが管理しているのは、あの『安寧の泉』。
入ればきっと父も良くなるはず。そう信じて勧め続けました。
しかし父はそれを拒み続けたのです。
父の目にはもう、虚空に揺蕩う、母の姿しか映っていなかったのでした。
「お父さん、お願いだから『オンセン』に入って元気になって、、、私1人じゃ『オンセン』続けられないよ。
お願いお父さん、、、私をひとりにしないで、、、」
どれだけお願いしても、私の声は父には届きません。
当日10歳だった私は絶望に打ちひしがれました。
しかし、時は待ってくれません。私たちは『オンセン』を開けなければならないのです。
せめて私だけでも、、、と『オンセン』に浸かり、なんとか今日までやってきました。
『オンセン』の力に偽りなし。全てが癒されるわけではないかも知れませんが、温かな泉に包まれると心がホッとするのです。
身をもって実感したからこそ、この『オンセン』を守らなければならないと強く思ったのでした。
そして、私が『オンセン』を守らなければいけないと思うのには、我が家が代々ただ管理しているからというわけではありません。
そう、この『安寧の泉』の管理は、誰にでもできるわけではなかったのです。
私たち家族、、、"泡沫の一族"しかこの泉の力を守り、生かすことができないのです。
だからこそ、自らを奮い立たせ、周りの人の手も借りながら、なんとか今日までやってきたのでした。




