表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
搾取される人生は終わりにします  作者: 琴乃葉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/10

臨時雇いの騎士.1

本日も3話投稿します


 辻馬車を乗り継ぐこと八回。


 宿に泊まった回数は三回で、途中に替えの下着や靴下も購入した。それらを入れた斜めがけ鞄はパンパンで、ちょっと重いが身体に馴染んできた気がする。


 そうして、あとは森を抜けると辺境の街、というところまで来た私は、感慨深く外の景色を眺めていた。

 間もなく日が暮れる。この辺りでは雪は朝夕関係なく沢山降り、間近に迫る山の頂は白い雪帽子を被っている。


 西側の山はその雪を赤く染めており、幻想的な景色に心を奪われていると、途端に目の前が葉で覆いつくされた。森に入ったのだ。

 がたがたと揺れる辻馬車に乗っているのは私だけ。こんな時間に辺境の地に行く人は珍しいらしく、御者がときおり振り返って私の様子を窺っている。


 揺れに身を任せながら、着いた街でどうやって仕事を探そうかと考えていると、急に辻馬車の周辺がうるさくなった。

 気づいたときには、馬に乗った数人の男に周りを囲まれ、辻馬車が強引に停められる。


 これ、まずいのでは。

 男たちの服装は、薄汚れたコートに裾がほつれたズボン。年季の入ったボロボロのブーツが雪を踏みしめる音が近づき扉が荒々しく開けられた。

 伸ばしっぱなしの髪と髭がつながったような男が、馬車に乗り込んでくる。


「と、盗賊?」

「これはこれは。荷物だけかと思ったら若い女もいるじゃないか。今日はついているな」


 席を立ち後ろへ逃げようとするも、すぐに腕を掴まれ馬車から引き摺り降ろされてしまう。

 三人の男が私を取り囲んだ。


「貴族の女か?」

「まさか、お貴族様が辻馬車に乗るわけがないだろう」

「だけど、この女、結構金を持っているぞ」


 外に出されると同時に奪われた鞄の中身を、盗賊のひとりが雪の上にひっくり返す。

 下着や靴下と一緒に、お金の入っている袋も落ちて、緩んだ口から銀貨が数枚転がり出た。


「銀貨と銅貨。金貨はないが平民の給料一ヶ月分てとこか。あとはこの馬車と馬、それから女がいくらで売れるかだな。そういえば御者は?」

「馬車を停めた途端に走って逃げた。今日の売り上げはご丁寧に御者席に置いてあった。これをやるから追いかけてくるなということだろう。どうする?」

「爺なんて捕まえても金にならん。放っておけ」


 そう言うと髭の男は私の前にしゃがみこみ、頬を摑んで強引に顔を上げさせる。


「痩せて顔色も悪いが、造りは悪くない。これは意外と高値で売れるぞ」


 髭の男の眉が上がり、私の胸元に手が伸びてきた。

 そのままブチッと何かが千切れる音がして、首に痛みが走る。


「金のネックレスか。これはいいな。おい、お前持っておけ」


 髭の男が、背の高い男にそれを投げ渡した。千切れたチェーンが雪の上に落ち、それを太った男が拾いポケットに入れる。


「さて、ではお楽しみといきましょうか」


 男たちの顔が変わる。下衆な笑みをニタニタと浮かべると、私ににじり寄って来た。

 これから何が起こるか、分からないほど子供ではない。


 私は雪を掴むと目の前にいる男にそれを投げつけ、すぐに立ち上がり駆け出す。

 この森を抜ければ街がある。そこまで行けば誰か助けてくれるかもしれない。

 そう思って必死に走る私の背後から、笑い声が聞こえてきた。


「おいおい、そんなに走ったら転ぶぞ」

「いいね、若いね、元気だねぇ。これは充分楽しめそうだ」


 後ろを振り返る余裕なんてない。もつれそうになる足を叱咤して必死に動かす。

 空気が肺に入ってこない。

 脇腹が痛い。

 気持ちは焦るのに、雪が邪魔をして全力で走れないもどかしさに泣きそうになる。


「捕まえた」


 グイっと腕を引っ張られ、私はそのまま雪の上に押し倒される。

 背の高い男はげへへと気味の悪い笑い方をして、私の胸元に手を伸ばしてきた。


「では、始めようとするか」


 男の指がコートごとワンピースを引き裂き、胸の釦がはじけ飛ぶ。


「いやぁぁぁぁ! やめて!!」


 必死で両手を動かすも、続くようにやってきた男たちに抑えられてしまった。

 黙れ、と怒鳴られ頬をぶたれる。

 恐怖で喉がひきつり、歯がガタガタと震えた。

 あとちょっと、あと少しで自由になれたのに。どうして。

 涙が頬を伝い、絶望が襲ってくる。その時だ。


「何をしている」


 雪を踏む足音がすると同時に、私に馬乗りになっていた男が吹き飛んだ。

 急に開けた目の前にいたのは、薄いシャツにトラウザー、その上に分厚いコートを羽織った黒髪の男性だった。


 その人は私の左手を押さえていた男を殴り気絶させると、もう一人の男に回し蹴りをした。一メートルほど後ろにふっとんだ男は、雪の上に仰向けになったまま動かない。


「大丈夫か?」


 問いかけてきた男性の青い瞳が、驚いたように見開かれる。

 差し出された手に戸惑っていると、腕を掴まれ立たされた。


 私の胸元をみないように目を逸らし、自分が着ていたコートを脱いで肩にかけてくれた。

 間近で見たその男性は、驚くほど整った顔をしていた。

 少し長めの前髪からのぞく切れ長の青い瞳は、晴れた空のようだ。スッとした鼻筋と少し荒れてはいるが形のいい唇。薄いシャツは鍛えられた体躯をくっきりと映し、背は百九十センチを超えている。


「あ、あの。あなたは……」

「おーい。ひとりで行く奴があるか。お前、自分の立場を分かっているか?」


 黒髪の男性の背後から騎士服を着た男性が現れた。栗色の髪に灰色の細い目をした騎士に、身体が強張る。


「分かっている。だが放っておけないだろう」


 黒髪の男性が、騎士に大声で答える。 

 私が逃げたのは、とっくにヘルクライド殿下に知られているはず。まさか、もう辺境の地までお尋ね者の知らせが届いて、連れ戻されるのだろうか。


 青ざめる私を、黒髪の男性がじっと見てきた。まるで記憶と照らし合わすような視線に、生きた心地がしない。

 私たちのところまで来た細い目の騎士は、首に巻いていたマフラーを私にかけてくれた。


「辻馬車の乗客か?」


 背後を親指で差す。私が乗っていた辻馬車の周りに数人の騎士がいて、しゃがんだり立ったりしている。馬車の状態を調べているようだ。


「そうです」

「怪我は?」

「ありません」


 そこでネックレスを奪われたことを思い出す。チェーンは太い男がポケットに入れ、金の飾りは背の高い男が手にしていた。

 まわりをキョロキョロ見る私に、黒髪の男性が「探し物か」と声をかけてくれたので、ネックレスが引きちぎられたことを伝えた。


「太った男のポケット、あぁ、これか」


 黒髪の男性がポケットに手を入れ、チェーンを見つけてくれる。

 その横で、細い目の騎士が辻馬車の辺りにいた仲間に声を掛け、盗賊を縄で縛るよう命じた。


 私は倒れていた背の高い男の元へ行き、ポケットを漁ったあと周りを探す。すると、雪の上できらりと輝くものがあった。

 葉の隙間から漏れる月明かりを反射させているそれを手に取れば、探していた金の飾りだった。でも。


「壊れている……」


 球体が歪んで楕円形になっていた。

 すべてが金でできていると思っていたけれど、違うのかも知れない。


「見つかったか?」

「は、はい。お騒がせしました」


 黒髪の男性からチェーンを受け取り、金の飾りと一緒にポケットに入れる。

 続くように細い目の男性も私のもとへやってきた。


「部下の話では、馬車の車輪が壊れているようだ。明日、改めて修理をする。今日は俺たちがベルサートまで送ろう」


 ベルサートこそ、この森の向こうにある私が目指していた辺境の街だ。

 細い目の騎士は黒髪の男性より少し背が低い。がっしりとした体躯は圧迫感を与えそうなのに、人懐っこい笑顔のせいか親しみを感じる。


「……お願いしていいでしょうか」

「もちろん。俺は騎士団長をしているディンだ。それからこいつは……臨時騎士の?」

「フォードだ。盗賊に襲われるとは、災難だったな」

「はい。助けていただきありがとうございます」


 まだお礼を言っていなかったと、深く頭を下げる私に、ふたりは「あたりまえのことをしただけだ」と声を揃えて言った。


 騎士団長は、貴族と聞いていた。でも、社交界に出ていない私の顔に覚えはないらしく、平民だと思っているようだ。

 黒髪の男性――フォードさんが、私を見ないようにして胸元を指差す。


「それよりコートの釦をしっかりと止めてくれないか?」


 釦を飛ばされたせいで、胸元が大きく開いていた。

 急いで骨が浮くような貧相な胸元を隠すように、コートを引き寄せる。


「申し訳ありません、お見苦しいところをお見せいたしました。それよりフォードさん、そんな薄着で寒いですよね。私はコートがあるので、これをお返しします」


 不自然なほど薄着のフォードさんに、慌てて肩にかけてもらったコートを返そうとしたが、手のひらを向けられ制される。


「俺は構わない。今から馬に乗るのだから、それでは胸元がはだけてしまう」


 胸元に絶対に視線を向けない二人は、紳士の鑑だろう。

 私はディン様に断りをいれると、借りたマフラーで自分のコートごと胸周りをぐるりと巻く。


「こうすれば、はだけることはありません。マフラーは洗ってお返しします」

「いいよ、いいよ。是非そのまま、温もりごと返して……痛っ」


 ちょっとお利巧さんの仮面が外れたディン様の脇腹に、フォードさんが重い一発を入れた。


「フォード、お前、俺が命の恩人だって忘れたのか」

「それとこれとは別だ。えーと、お嬢さん、名前を聞いてもいいだろうか」

「ル、ルーシャと言います」


 言ってからしまったと内心舌打ちをする。

 思わず本名を答えてしまい心配したが、二人にこれといった反応はない。どうやらここまで捜索の手は伸びていないようだ。

 ひとまずほっとしている私に、手が差し出される。

 馬に乗るため、フォードさんが手を貸してくれるようだ。素直に甘え乗馬すると、馬はすぐに走りだした。


 そうして、私は目的の場所であるベルサートへ辿り着いたのだった。


お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ