表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
搾取される人生は終わりにします  作者: 琴乃葉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/9

聖木の女神.5

本日2話目


 そのあと、私は大聖堂に隣接された建物の一室に監禁された。


 三階建てのこの建物は、教会関係者の寮の役割もしている。一階は男性の聖職者、二階に修道女、三階が客間と教皇様の部屋となっている。


 私が監禁されたのは、三階にある一番質素な客間だった。

 てっきり牢屋に入れられると思っていたのに、もしかしたら教皇様がヘルクライド殿下に頼んでくれたのかも知れない。

 もしくは牢で私が真実を大声で話し、他の囚人がそれを聞くのを防ぐためか。


 部屋の中には執務机とベッド、鏡台、棚があり、棚には聖書が並んでいた。

 皮肉なことに、ベッドは実家のと比べようがないほど寝心地が良さそうだ。

 でも、もちろんのことながら扉の前には騎士がはりつき、三階からは飛び下りることもできない。

 ひょっとして、と思って窓を開けてみたけれど、この高さは無理。暗闇の中、月明かりに照らされるように聖木の頭が見えた。


 どうしてこんなことになったのかな。

 聖木が涙で滲んでくる。けっこう、頑張って我慢して生きてきたのに。


 カルロッタや義両親が私を嫌っているのは分かっている。それでも空腹と寒さに耐えながら、少しでも困った人の役に立てればと薬を作り続けてきた。


 胸元から、唯一お義母様がくれたネックレスを取り出す。

 肌身離さずつけておくようにと、カルロッタと私にこれをくれたのは聖木の審判を受ける一ヶ月ほど前だったと思う。


 おそろいのネックレスをつけて審議を受けた結果、女神に選ばれたのはカルロッタだった。お義母様が、まるで自分のことのように喜んでいたのを覚えている。


 手にしたネックレスに雪がふわりと降りて溶けた。今夜も雪が降ってきたようだ。

 この時期、夜になったら降って朝には止んでいる。一面の雪景色はとても綺麗だ。


「もう、あの景色も見れないのね」


 聖木の周り数メートルに木々はない。真っ白な雪の上に佇む聖木は神秘的で、私はそれを見るのが楽しみだった。


 明日、処刑される。


 そう考えると気が狂いそうになり、やがてまた無が襲ってくる。

 可愛らしいドレスも、温かな食事も諦めてきた私は、ため息と一緒に望みを吐き出してきた。これから先ずっとこんな日々が続くのなら、母と父のもとへ行くのも悪くないかも知れない。


 そんな諦めの境地で窓を閉めると同時に、背後からガチャと用心深く扉を開ける音がした。

 現れた人物は扉の隙間から身体を滑り込ませると、私に向かって走ってきてガバッと抱きつく。


「ルーシャさまぁ」

「ナル、どうしてここに?」

「ルーシャ様が捕まったって聞いて。ルーシャ様は毒なんて作っていないと何度も言ったのに、製薬室にいたのはルーシャ様一人だから、その時に作ったんだろうって騎士が……」


 涙を流しながら語るナルの頭を撫でると、「ひっ、えぐっ」としゃくりあげながら、さらに私に抱き着いてくる。


「だから、き、教皇様に頼んだの。そうしたらちょっとだけ見張りの騎士を扉から離してやるからって」

「その隙に、私にお別れの挨拶をしに来てくれたの?」

「違う!」


 ナルは私から離れると、扉を指差した。そこには茶色の髪をした騎士が立っていた。どこかで見たような顔立ちに、記憶を辿っていると。


「僕はビオラの息子サムです。今、教皇様が差し入れを渡すからと、見張りの騎士を部屋に呼んでくれています。この隙に逃げてください」


 そういうと、サムは騎士服の上着を脱ぐ。中に着た白シャツの腹の辺りに、ぐるぐると荒縄が巻かれていた。


「階段の踊り場と玄関にも騎士はいます」

「それでは逃げるのは無理では……」

「この縄をベッドの足に縛って窓から垂らします。僕がルーシャ様を背負って縄を伝い降り、裏口に停めてある馬で王都を離れる計画です」

「そんなことをしては、あなたに危険が及ぶわ」


 見つかったら彼も牢に入れられるだろう。下手をしたら命だって危ない。

 それなのに、サムはベッドの足に縄を結んでいく。


「僕、さっき製薬室にいたんです。先輩がルーシャ様を捕らえるのを見ていて、でも止められなかった。母からも、ナルからも話を聞いていて、ルーシャ様がそんなことするはずないって分かっているのに何もできませんでした。申し訳ありません」


 製薬室に乗り込んできた騎士は一人ではなかった。

 引っ張られるように大聖堂へ連れていかれたので、騎士の顔は殆ど見ていなく、サムがあの場にいたか覚えていない。


「罪もない人が罰せられるのを黙って見ているわけにはいきません。さぁ、用意はできました。いきなりで混乱していると思いますが、これが最後のチャンスです。僕に身を預けてください」


 サムはしゃがみ私に背を向ける。ナルに促され、私はその背に乗った。


「ナルはどうするの?」

「ベッドが動かないよう重しになっています。そのあとは、ルーシャ様のふりをして布団を被ってベッドに横になります。ほら、修道女の黒いワンピースも借りてきたんです」


 お腹が膨らんでいたと思ったら、そこにワンピースを隠していたらしい。

 サイズの大きなそれをすぽっと被ると、袖から出ない手を振る。


「ルーシャ様と身長は違いますが、この部屋に灯はありません。枕やシーツを丸めて体形をごまかし、布団を頭から被っていれば朝まで入れ替わったとバレません!」

「でも、もしバレたらナルが処罰されてしまう」

「大丈夫です。兄の話では、騎士は一時間ごとに扉を開け、ルーシャ様の姿を確認するよう命じられているそうです。教皇様が、最後ぐらいゆっくり眠らせてやれと進言してくれますから、布団をはぎ取りはしないでしょう」


 確かに夜のうちはそれで誤魔化せるかもしれないが、朝になればバレるに決まっている。そう言えば。


「朝日が昇る前に、私も綱を伝って一つ下の部屋へ降ります。早朝、私がルーシャ様を起こしにいくことになっているので、大丈夫です」


 とナルはぐっと親指を立てた。どうやらナルの説明では、この部屋の下にも協力者がいるらしい。


 私とサムが地面に降りたあと、綱は真下の部屋にいる修道女が手繰り寄せて部屋に隠す手はずになっているとナルは早口で説明した。

 早朝、ナルはその綱を伝って二階の修道女の部屋へ降り、その足で再び三階の客間に行く。そうして、私がいなくなったと大声を上げながら綱を切断する。綱はナルの悲鳴を合図に二階にいる修道女が引っ張り回収してくれるらしい。


「雪がふたりの足跡を消してくれます。これぞ、密室!」


 胸を張るナルを、呆れ顔でサムが見る。


「本当に大丈夫だな? あとは任せたぞ」

「もちろん。綱を下りるぐらいなんてことないわ」

「お転婆がこんなところで役に立つとは思わなかった」

「うるさいわね。お兄ちゃんこそ、ルーシャ様を落とさないでね」

「当たり前だろう、うるさいのはお前のほうだ」


 サムは悪態をつきながら、立ち上がる。

 背負われた私の身体がぐらりと揺らいだ。でもそれに気遣う余裕もなく、サムは窓に足を掛けると、半回転させ室内を向く。

 背中にいる私は宙に浮かんだ状態だ。思わず「ひっ」と悲鳴が漏れる。


「ルーシャ様。少しの辛抱です。脚と腕を俺の身体に回して。……そう、そんな感じです。ではいきますよ」


 その声と同時に身体が宙に浮かんだ。


 悲鳴を出してはいけないと声を堪え、ただぎゅっとサムの背中にしがみつく。

 時間にしたら十秒ぐらいだと思う。「もういいですよ」の声に私が目を開けると、そこはうっすらと雪が積もっている地面だった。


 サムが縄を数度揺らすと、縄が二階の窓に当たる音がした。それを合図に窓が開き、女性が顔を出す。

暗くて顔は分からないけれど、私の姿を見てお辞儀をしてくれた。それに応えるよう、私も深く頭を下げる。


「ルーシャ様を心配しているのは、俺たち家族だけではありません。聖木の女神の手前、目立って何かできませんが、毎日、早朝から夜遅くまで薬を作る姿を大勢が見ています。細い身体は、あなたが伯爵家でどんな扱いを受けていたかを物語っています。平民だって馬鹿ではありませんからね。だから、あなたは生きなくてはいけない」

「……ありがとう」


 ぐずっと洟を啜る私に、サムは「時間がない」と早口で言う。そうして、私の手を引っ張り走りだした。


 木々の間を抜けるように、目立たない場所を選び進んでいく。

 足跡は雪が消し、明日の朝には真っ白な雪原が広がるだけ。誰も私の跡は追えない。

 頬に当たる風は射るように冷たいのに、私の心は温かさで満ちていた。

 門まできたところで、サムが小石を門番に向かって投げると、門番は左右を見回したあと、来いとばかりに手招きをする。

 サムが私の手を引き、駆け寄った。


「馬はそこの角を曲がった先にある木の下だ」

「ありがとう、トム爺さん」

「いいってことだ。ルーシャ様、大変なことに巻き込まれましたね。どうか逃げ切ってください」

「はい。でも自分の身が危ないと思ったら、私が逃げ出したと証言してくださいね」

「分かりました。でも、それは最後の手段です。儂の孫は万能薬で病が治りました。聖木に葉を実らせたのはカルロッタ様ですが、薬を作ったあなたも命の恩人であることに変わりありません。毎夜遅くこの門を出るあなたが、毒を作るなんて儂には思えない」


 そう言うと、トムさんは懐から袋を取り出し私に握らせた。


「少ないですが持っていってください」

「ですが」

「いいから。ほら、サム、早く行け!」


 トムさんにバンと背を叩かれ、サムが再び走りだす。角を曲がった先の木に結わえられていた手綱をほどき、私はサムの手を借り馬に乗った。


 

お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ