聖木の女神.4
本日3話投稿します
大聖堂の祭壇には女神像が鎮座し、その背後には聖木を描いたステンドグラスがある。
カルロッタは女神像の前にテーブルを置き、そこで薬を求めに来た人に手渡していた。背後に控える女神像とステンドグラスが彼女の後光のようで、薬を受け取った人の中には涙を流すものもいると聞く。
薬の補充で私も大聖堂に行くことはあり、そのさいは、廊下と繋がっている祭壇横の小さな扉を使っていた。
今日も、そこから大聖堂内へ入った。
するとそこには、カルロッタとヘルクライド殿下、それから数人の騎士と教皇様がいる。
訳が分からないまま、まるで罪人のように二人の前まで連れて行かれると、騎士は私の肩をぐっと押さえ強引に跪かせた。
「ルーシャ・バルトア。お前は日頃から聖木の女神であるカルロッタ様に暴言、暴力を振るっているそうだな」
「な、なんのことですか?」
「自分が聖木の女神に選ばれなかったと、カルロッタ様をなじり、実家では服や宝飾品を取り上げているそうではないか」
ヘルクライド殿下は茶色い髪を振り乱し、青い目を血走らせて私を問い詰める。カルロッタはそんなヘルクライド殿下の腕に縋って、俯き眦を拭う。
「お姉様が、叔父である現バルトア伯爵を含め、結婚して貴族になった母や、半分血の繋がらない私をバルトア伯爵家の一員と認めないのは仕方ないと思っております。ですが、父は前バルトア伯爵から『任せる』と言われていますし、母と父は愛し合い結婚しました。母と血の繋がった私だけがバルトア伯爵令嬢となるのは心苦しいと、両親はお姉様とも養子縁組をしたのです。それなのに、まるで私たちが伯爵家をのっとったかのように罵倒し、傍若無人に振る舞うのは、間違っていると思います!」
自分について言われているのだろうが、頭が言葉を理解できない。
カルロッタはいったい何を言っているのだろう。唖然とする私に追い打ちをかけるように、さらに言葉は続けられた。
「私への仕打ちはよいのです。ですが、辛く当たられる両親の姿は見るに耐えられません。さらに、万能薬と回復薬はこの国の宝。私へのいやみのためにその精製をさぼるなど、もってのほかです」
「そんな。私は薬を切らしたことは一度もないわ」
今日だって、まだ暗いうちに起き、カルロッタが祈る前に葉を摘み万能薬を作った。
訴える私の横で、騎士が冷たい声を出す。
「教会に来たのに薬をもらえなかったという証言が幾つも上がっている。嘘は罪を重くするだけだぞ」
そんなはずない。薬は、それこそ眠る間を惜しんで作っていた。
助けを求めるように教皇様を見ると、泣きそうな顔をされている。口を開こうとして噤んで。言いたくても言えない、そんな気持ちが伝わってきた。
他に教会関係者がいないかと目を配るも、不自然なほど誰もいなかった。
何か大きな力が動いている、そんな予感に全身が総毛だつ。
そのとき、予想を裏付けるかのように、入り口の扉が大きく開かれた。
「ヘルクライド殿下! バルトア伯爵家のルーシャの部屋からこんなものが出てきました」
入ってきたのは騎士と、眼鏡をかけた文官らしき男性。
側近のような雰囲気の男性は、眼鏡を押し上げヘルクライド殿下に駆け寄ると小瓶を手渡す。
小指ほどの大きさの瓶を受け取ったヘルクライド殿下は、蓋を開け匂いを嗅ぐと、怒り狂った顔で私にそれを突き出した。
「これは、俺に盛られた毒と同じものだ。クロスフォードに毒を手渡したのはお前か?」
「えっ?」
「さらにはこの毒で聖木の女神であるカルロッタまでも、害すつもりだったんだろう」
「ま、待ってください。私はクロスフォード殿下と話したことはおろか、お会いしたこともありません」
「黙れ! お前たちはグルで俺とカルロッタを殺そうとした。俺とカルロッタは想い合っている。結婚するつもりだ。クロスフォードは、俺が聖木の女神と結婚することによって第二皇子である俺の勢力が上回るのを恐れ、その前に殺害に及ぼうと計画した。そこで、カルロッタを日頃から疎んじていたお前の存在に気づき、共に邪魔者を毒殺しようと持ち掛けたのだろう」
反論しようとすると、今度は頭を押さえ込まれ床に顔を突っ伏した。これではもう、声すら出せない。
そんな私を前にヘルクライド殿下は、大声を上げる。
「俺の毒殺が失敗に終わったとしても、お前がカルロッタを殺めれば、クロスフォードの目的は果たせる。お前は、聖木の女神として敬われるカルロッタが、さらに王族の身分を手に入れるが我慢ならなかったのだろう。そこで二人は手を組んだ。これが今回の暗殺未遂事件の全容だ」
嵌められた。そうとしか思えない。
クロスフォード殿下に、ヘルクライド殿下を暗殺する理由はない。
だから、その理由を作ったのだ。
ヘルクライド殿下とカルロッタとの仲がいつからなのかは分からない。
でも、カルロッタはいつも数時間しか大聖堂にいなかったし、大聖堂とお城はそう離れてはいない。
人目を忍んで会う時間はあったでしょう。
そして、聖木の女神と結婚したのであれば、第二皇子の力は間違いなく強まる。現王妃の後ろ立てがあれば、次期国王にも手が届くかもしれない。
私はおそらく、その騒動に巻き込まれた。
姉から虐げられていた聖木の女神が、第二皇子に救われ妻になるという美談により、貴族からの同情票を集めようとしているのかもしれない。
「へ、ヘルクライド殿下。どうかルーシャに発言の許可を! 一方的な断罪は殿下の悪評となるかもしれません」
教皇様が震える声を絞りだしてくれた。顔が青ざめている。
もしかして教皇様は脅されているのかもしれない。
それが自分の命か身内か、もっと違う物かは分からないけれど、ままならない立場で必死に私を救おうとしてくれているのが伝わる。
「では、一度だけ発言を許そう」
ヘルクライド殿下が冷ややかに言い放つ。
一度。何を言えばいいだろう。ここで無実を訴えても嘘を吐くなと怒鳴られ終わってしまう。実家で虐げられていたのは私だと言っても、同じことだろう。
それなら。
「毒の入った瓶は、私の部屋のどこにありましたか?」
きっと予想外の発言だったのでしょう。大聖堂の中はシンと静まり返った。
やがて、視線で促されたように小瓶を持ってきた眼鏡の男性が口を開く。
「ドレッサーの中、と聞いている」
私は、平然とのたまった男性の顔をじっと見たのち「そうですか」と答えた。
私の声に、眼鏡の男性がほっと息を吐く。
私の部屋にドレッサーなんてないのに。
小さく嘆息する私に、ヘルクライド殿下は指を突きつけると、高らかに宣言した。
「ルーシャ・バルトア。明日お前を断首刑に処す」
ヘルクライド殿下の横にいるカルロッタの、にまりと笑った顔を私は忘れないだろう。
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