聖木の大女神
ラストです!
雪をきゅっきゅっと踏みしめる音を聞きながら聖木まで来た私は、跪き祈りを捧げる。
するとそれに応えるかのように、冬だというのに葉が茂り、花がぽこぽこと咲いていく。
と同時に、真っ赤な果実が十数個実った。
雪化粧の聖木が、そこだけ春がきたかのように華やかになる。
「さすが聖木の大女神様です! 今日も沢山実りましたね!」
ナルのはしゃぐ声を皮切りに、あちこちで歓声が上がる。
私は立ち上がり、膝の雪を払ってほっと一息ついた。
クロスフォード殿下に連れられ、初めて聖木に祈ったのが半年前。
途端にわさわさと葉が茂り、大輪の花が咲き、実がなった。
あとから私たちを追いかけてきた貴族は、その様子に声を失い、暫くしたのち歓声が沸いた。
国王陛下自ら馬車で駆けつけてくださり、教皇様の立ち合いのもと、私は聖木の大女神として認められたのだった。
ネックレスによって私からカルロッタに魔力が流れていたけれど、それは私が持つ全魔力ではなかったらしい。
そのため、私が祈ると聖木の果実が実ったのだ。
「ナル、高い場所は私が収穫するから」
「何言っているんですか。大女神様にそんなことさせられません。それに、採取を手伝ってくれる人は大勢いますから」
ナルの言葉に呼応するように「そうですよ」「収穫は俺たちがします」とあちこちで声が上がる。
収穫を手伝ってくれる人の数は七人、うち男性は二人で、率先して梯子を使って高い場所にある花や実を採取してくれている。
万能薬と回復薬以外にも、果実を絞った聖薬も作るようになった。
その作業も五人の修道女や聖職者が交代でしてくれるので、私の負担は随分と少ない。
少し余裕ができたので、春になったら各地を巡業し、僻地にある養護院にも顔を出したいと思っている。
「ルーシャ、そんな薄着で寒くはないか」
背後から声が聞こえ、分厚い外套が肩に掛けられた。
振り向くと、白い息を吐きながら笑うクロスフォード殿下がいる。鼻の頭が赤いのが、少し可愛い。
「ありがとうございます。また、抜け道を通って来られたのですか?」
「しっ、それは内緒だ」
クロスフォード殿下の人差し指が私の唇に当てられ、思わず苦笑いを零す。
クロスフォード殿下がこうやって大聖堂に現れるのは珍しくない。
二日に一度の頻度で来て、数時間するとお城から迎えがやってくる。
そのせいか、皆は来るときも馬車だと思い込んでいるけれど、実際は抜け道から来ている。
迎えにくる馬車は、クロスフォード殿下が頼んだものではなく、いつまで経っても帰ってこないことにしびれを切らしたディン様が、寄越したものだ。
「またディン様に怒られますよ」
「昨日、頑張って書類仕事を片付けたから、今日は余裕があるはずだ」
そう言って、クロスフォード殿下は寒そうに鼻を啜る。
外套を返そうとしたのに受け取ってくれないから、代わりにストールを貸してあげる。
「収穫は修道女と聖職者に任せるんだろう?」
「はい、その間に竈に火を入れようと思うのですが、一緒に製薬室へ行きますか?」
「あぁ、手伝うよ」
ナルたちに声をかけ、クロスフォード殿下と一緒に製薬室へ行く。
入ってすぐ右手にある竈に火を入れ、部屋を暖める。
ついでに竈の上に鉄製の薬缶を置く。
皆、身体が冷えて帰ってくるだろうから、温かい飲み物を用意してあげたい。
ベルサートにいた習慣で、ヤギのミルクを温めていると、クロスフォード殿下が私の手元を覗いてきた。
「シナモンか?」
「はい。昨日ビオラがくれたので、一緒に煮ています」
ミルクに浮かぶのはシナモン。独特の香りが部屋を満たしていく。
「クロスフォード殿下の分もありますよ」
「そう期待していた」
言いながら、戸棚から私とクロスフォード殿下のカップを取り出す。
グレーとオレンジのカップは、辺境の地で一緒に買ったものだ。
「ディン様は、結局、侯爵家を継がなかったのですね」
ふと思い出し聞くと、クロスフォード殿下はため息交じりに頷いた。
「ヘルクライドとガイルは絞首刑、それ以外の者は重労働が課せられた。だから、ディンが嫡男になるのが順当なのだが、侯爵家自体にもう関わりたくないそうだ」
ディン様にはもう一人弟がいるらしく、まだ学生だけれど、彼が侯爵家を継ぐらしい。
実家のいざこざに関わるのはもう嫌だ、というのがその理由らしいけれど、クロスフォード殿下曰く、侯爵になったら平民のレティシアさんを諦めなくてはいけないからだろう、とのこと。
「では、ディン様はこれからも騎士爵位のまま、クロスフォード殿下を支えるのですか?」
「俺の筆頭護衛騎士に、正式に任命した。纏まった休暇は与えられないが、それでも休みのたびに馬をベルサートまで飛ばすつもりらしい」
その想いに、レティシアさんがほだされるのはいつだろう。
案外、遠くないのでは、というのはジゼルさんとアマンダさんの予想だ。
「ルーシャも、たまにはベルサートへ行っていいんだぞ」
「ありがとうございます。でも三ヶ月前に行ったところです。春には辺境の地の巡業を考えていますので、その際に立ち寄ります」
「そうか」
やや暗い声で言ったあと、クロスフォード殿下は幾人かのアマンダの常連客の名前を口にした。
どれも若い鉱夫だった記憶がある。
「彼等には注意しろ」
「? 皆さん、いい方でしたよ」
「いや、必要以上にルーシャに話しかけていたし、熱の籠った視線を向けていた」
「ふふ、考えすぎですよ」
よく話しかけられた気もするけれど、熱い視線を彼等から感じたことはない。
そう言えば、クロスフォード殿下はぎゅっと眉根に皺を寄せた。
「それでもだ。でなければ、俺も一緒に行く」
「王都がまだ落ち着かないのに、クロスフォード殿下がここを離れるわけにはいかないでしょう?」
やや諭すように言えば、まるで拗ねた子供のように唇を尖らせる。
第一皇子であるクロスフォード殿下がヘルクライド殿下を暗殺しようとした、というだけでも大事件だったのに、それが自作自演と判明し、国内は上を下への大騒ぎとなった。
王妃殿下の罪は公になっていないけれど、あの騒動以来ずっと幽閉されているそうだ。
それに加え、カルロッタが聖木の女神だと偽っていたこと、聖木の果実が実は魔石の粉末を塗った屑ルビーだったという真実が国中を巡り、一時は騒然となった。
魔石の持つ威力は、その願いの大きさによって変わってくる。
大半の魔石は、貴婦人がその美貌を保つために持っていた。
そのため、命に別状はなかったけれど、魔石を外した途端に貴婦人たちは数歳老いてしまったらしい。
身に着けていた期間が短かったので、被害は少ないと聞いている。
ただ、カルロッタに限っては、聖木に葉と花を咲かせていたので、奪われた生命力はその比ではない。
美しかった赤い髪には白髪が交じり、艶やかな肌には皺が刻まれた。
私と同じ二十歳のはずが、今は六十代ほどの容姿をしている。
カルロッタは私を陥れようとしたけれど、エリアに利用された被害者でもある。
身体が衰弱したので重労働は課されず、今後は、ベルサートにある教会で奉仕活動に励むそうだ。
本人も、歳をとった今の自分を知人に見られるのが嫌らしく、教会行きに反対はしなかった。
その教会にはアディシアさんも眠っていて、ジゼルさんが時折通っている。娯楽が少ない辺境の教会で、歌を歌っているらしい。
カルロッタが今後どのような生き方をするかは分からないけれど、穏やかに過ごせたらと願う。
魔力を大量に奪われた叔父もカルロッタ同様、激しく衰弱していた。
回復薬で魔力の回復を試みたが、欠乏していた期間が数ヶ月も続いたため、全回復とはいかなかった。
命に別状はないが、後遺症として軽い痴呆の症状が出ており、伯爵として領地を治めるのは不可能。
そのため、私が正式に伯爵位を継いだ。
領地経営は初めてで分からないことばかりだけれど、クロスフォード殿下が優秀な文官をつけてくれた。
もともと、叔父も領地経営は領地にいる執事に任せていたので、彼等に教わりながらなんとか執り行っている。
エリアは余罪追及のためまだ正式な罪は確定していない。だけれど、アディシアの娘であるカルロッタを攫い伯爵家に潜りこもうとしたこと、その後カルロッタを聖木の女神だと周囲に偽り続けた罪だけでも充分に大きい。
そこに加え、商人と結託して魔石を王都に広めた罪も加わるのだから、断首刑は免れないだろう。
商人や、魔石と知っていて発掘、加工に関わった人たちには王家が持っている鉱山での重労働が課せられ、知らずに関わった人については軽い罰金刑が下された。
温まったミルクをカップに注ぐと、クロスフォード殿下はそれを両手で包み込むように持つ。
私も隣に腰を下ろした。
「確かに王都はまだ落ち着きを取り戻していないが、概ね、処罰はくだった。事件の概要もつまびらかになった」
「そうですね。私のほうも、薬の精製が軌道に乗ってきました」
初めて聖木の果実を見た教会関係者は歓喜し、我こそ薬の精製を手伝うとこぞって名乗りをあげてくれた。
そのため、採取や精製、それから大聖堂に来た患者さんに薬を渡す手伝いを誰に頼むかを決める必要があり、大変だったのだ。
最終的に、そこは教皇様が取り決めてくれ、役割分担が決まった。
そして、私の頼みで、別室で貴族に手渡すのは止め、身分に関係なく列に並んでもらうことにした。
それと同時に、大聖堂に来られないほどの重病人には、聖木の果実水を配ってもらっている。
「春には少し、ゆとりもできそうです」
「それはよかった。では、そろそろ頃合いかな」
そう言うと、クロスフォード殿下は突然跪き、私の右手を掬い上げた。
「あ、あの」
「以前言っただろう、あらためて求婚させて欲しいと」
言った。言いましたが、こんなところで、と思わずにいられない。
でも、目に入ったグレーとオレンジのカップに、この場所こそ相応しいのではとも思えてきた。
クロスフォード殿下は、私がひとりここで頑張っていたときから見守ってくれていたのだ。
そうして、ずっと支えてくれていた。
「ルーシャ、愛している。私の妻となって欲しい。そして、この国をふたりで豊かにしていこう」
「あ、あの」
「うん?」
緊張で喉がごくんと鳴った。
息を整え、私は青い瞳をまっすぐに見る。
「自惚れなんかではありません。フォードさんとお呼びしていた頃から、私の中で特別な感情が芽生えていました。それが、こうして二人で過ごすうちに、どんどん大きくなって……」
恥ずかしさからそこで言葉をとぎらせた私に、クロスフォード殿下は軽く目を見開くと、今度はそれを細め覗き込んできた。
「大きくなって? 続きを聞かせてほしい」
「そ、その。私もクロスフォード殿下を好き、になりました」
こんなぎこちない告白があっていいのだろうかと思うほど、言葉も身体もカチコチで不自然極まりない。
でも、誰かを好きになったことも、その想いを口にするのも初めてなのだから、仕方ないと思う。
俯く私に、クロスフォード殿下が小さく息を吐く。
呆れられたのだろうかと肩を竦めると、立ち上がる衣擦れの音がして、耳元でそっと囁かれた。
「触れてもいいだろうか?」
「へっ」
間抜けな声と一緒に顔を上げると、少し頬を赤くしたクロスフォード殿下がまっすぐに私を見ていた。
触れる、とは? と疑問に思いつつもその真剣な眼差しに後押しされるように頷けば、逞しい腕が伸びてきてぎゅっと抱きしめられる。
そのまま腕に込められる力が強まり、私はどうしていいか分からないまま、おずおずと背に手を回す。
私とはまったく違う肉厚な背中に、改めて体格に違いを感じてしまう。
「細い、このまま折ってしまいそうだ」
「まさか。結構、私、丈夫です。ちょっとぐらい雑に扱っても平気です」
「……それは、煽られているのだろうか?」
「あおる?」
首を傾げたところで腕の力が弱まる。
スペースができたので、クロスフォード殿下の胸に押し当てられていた顔を上げれば、びっくりするほど近くに切れ長の瞳があった。
「ずっと傍にいて欲しい」
改めてそう言われ、私はコクンと頷く。
甘い視線に脳が麻痺して、ぼぅっとしてしまう。
「クロスフォード殿下も私の傍にいてくれますか?」
おずおずと聞けば、私とは違うまっすぐな答えが返ってきた。
「もちろんだ。ルーシャが離れても後を追い逃がさない」
「ふふ、それは心強いです」
指が私の頬に触れ、それが唇の輪郭をなぞる。
「キスをしていい許可も貰えるとうれしい」
「そ、それは。少々、急展開すぎませんでしょうか?」
焦って答えると、やわらかな唇が旋毛に落とされた。
「これは? 駄目か?」
しておいて聞いてくるのかと思いつつ、私は真っ赤な顔を横に振る。
「駄目、ではありません」
「ではこれは」
今度は額に口付けされ、私の肩がきゅっと跳ねる。
「初々しい反応が可愛すぎる。駄目だろうか?」
「そ、そこまでなら」
「いや、まだ、大丈夫そうだ」
今度は頬に、そして耳に唇が触れ、私はもう全身が熱くなる。
「クロスフォード殿下って、こんなに強引でしたっけ? フォードさんのときのほうが紳士的だったと思います」
「紳士的に振る舞っていたら、まったく気持ちが伝わらなかったので、攻め方を変えることにした」
私は「好きだ」と答えたのに、これ以上何を攻めると言うのだろう。
私が無言でいるのをいいことに、クロスフォード殿下は私の髪に指を滑らせる。
「ずっとこの髪に触れたいと思っていた」
チュッとわざとリップ音を鳴らし口づけをすると、上目づかいで私を見つめる。
甘さと色香が同時に押し寄せ、おもわず椅子からずり落ちそうになってしまう。
当然のことながらクロスフォード殿下に支えられ、なんとか立ったものの再び抱きしめられてしまう。
座った姿勢で抱きしめられるより、身体が触れあう部分が多く、緊張で指一本動かせない。それなのに。
「ところで、そろそろ唇にキスをしてもいいだろうか?」
「さっき、急展開すぎると言いましたよね?」
「だから、段階を踏んだだろう?」
まさか、さっきまでのあれやこれが、キスのための前段階だったなんて、誰が想像しようか。
ここまでくると呆れてしまい、くすくすと笑ってしまう。
そんな私にクロスフォード殿下は目を細めると、そっと顔を近づけてきた。
柔らかな唇が触れ、一度離れたあとさらに深く合わさる。
パチパチと薪の爆ぜる音が響き、部屋は暖かな空気で満たされてきた。
聖木はこれからも葉を茂らせ、花を咲かせ、実をならすだろう。
それを見守る私の横にはクロスフォード殿下がいて、いずれこの腕に子供がいるかもしれない。
それはすごく甘美な想像で、外から聞こえてきた足音が気まずそうにぴたりとやんだことにも気づかず、私たちは暫く唇を重ね続けていたのだった。
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
面白かった!感動したなど楽しんでいただけたのでしたら、とても嬉しいです。ぜひ、★やブクマで応援していただければと思います。
こちら、ありがたいことに連載中に書籍化が決まりました。ランキングが分けられてから連載中にお声がけいただくことが増えました。全て応援してくださった読者様のおかげです。これからもよろしくお願いいたします。
書籍化にあたっては是非番外編を書きたいなと思っています。レティシア、最後までセリフがなかったので彼女も書きたい!
最後に年末年始刊行が続くのでお知らせさせてください。
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