再び王都へ.6
クロスフォード殿下はそれを拾い上げると、手の平に中身をとり出す。
そうして、その二つを左右の手で摘まむと、皆に見えるように高らかと掲げた。
球体の中に入っていたのは、鉱山で見たのと同じ乳白色の石だ。
「これが採掘された石――魔石だ」
光を浴びた魔石は、次の瞬間には砕け、さらさらと大理石の床に降り注ぐ。
「この魔石は、魔力と生命力に反応し、それらをコントロールする。このネックレスの金の球体に描かれていた模様は対となるもので、一方からもう一方に魔力を流し込むことができる。よく似たものがカルロッタの首にある。これがどういう意味か、言わなくても分かるだろう?」
会場中が水を打ったように静まり返った。
アディシアからネックレスを渡されたときの状況が蘇る。
あれは、聖木の審判を受ける少し前で、常に身につけているようにと言われていた。
だとすると、考えられるのはひとつしかない。
その結論に達したのは私だけではないようで、貴族の視線が私に集まる。
「そういえば、半年前、万能薬が出回らなくなったわ」
「ルーシャ様が死んだと知らされたのもその頃だよな」
「ルーシャ様が王都からいなくなった途端、葉も茂らず、花も咲かなくなったということか?」
あるものは顔を青くし、あるものは同情するかのように眉を下げる。
私の部屋が屋根裏だったと知らされたのも影響してか、バルトア伯爵家で何が起こっていたのか想像するのは容易い。
「本来ルーシャにあった魔力がカルロッタのもとに渡った。そしてカルロッタは聖木の審判により女神だと認められたのだ、つまり、ルーシャこそ、聖木の女神だ」
クロスフォード殿下の高らかな宣言に、今日一番のどよめきが起きた。
想像すらしなかった事実に、身体中が震える。
私が、聖木の女神?
いままでずっと搾取され続けていたというの?
信じられず呆然とする私の視界に、青ざめ顔を歪ませるアディシアが見えた。
唯一、アディシアから貰ったものが、私の力を奪うものだったなんて。
激しい喪失感に足元がぐらぐらとする。
そんな私に気づいたクロスフォード殿下の腕が、背中を支えてくれた。
「大丈夫か?」
「今、仰ったことは本当なのですか? カルロッタではなく、私が聖木の女神だった?」
「そうだ。球体に描かれていたのは隣国の魔法紋だ。王太子教育で学んだ記憶がある」
「情報量が多すぎて、話に追いつくのがやっとです。せめて、ご身分だけでも先に教えてくださればよかったのに」
フォードさんがクロスフォード殿下で、私が聖木の女神だった。
一度には受け止められない現実に、つい愚痴が出てしまう。
「すまない。ちょっと格好よく、バン! としてみたかったから、かな?」
「そんな演出必要ありません」
笑うクロスフォード殿下は、ディン様と軽口を叩くときと同じ顔をしている。
私に気を許してくれているのは嬉しいけれど、もっとやりようがあったはず。
恨みがましく思っている私の後ろで、カルロッタの悲鳴に近い声が響いた。
「し、知らない! 私は何も知らないわ! お母様、そんなの噓ですよね!?」
カルロッタに問われたアディシアだが、何も言えないようで唇をただわなわなとさせている。
クロスフォード殿下はそんな二人を無視するかのように、床に落ちた粉末を指先にとり、再び皆に見えるよう掲げた。
「この魔石は、光を浴びると粉塵となり、その力を使いきるとヘドロのように黒くなる。魔石が採れる鉱山の近くに、最近になって新しい工場ができた。そこには鉱山で採れた魔石以外にも、低品質のルビーが大量に搬入されている」
会場の片隅に置かれたテーブルに視線が集中する。私がしていたネックレスとよく似た金の球体が並んでた。
違いといえば、私のネックレスにあったような文様はなく、表面はつるりとしている。
もしかしてあの中に魔石が入っているのだろうか。
「ではカルロッタが実らせた聖木の果実の正体は、粉々になった魔石をルビーにコーティングしたものですか?」
「そうだ。やはりルーシャは頭の回転が速い」
思わず口を挟めば、クロスフォード殿下は大きく頷いた。
鉱山で見た魔石は、木箱八個にも及んだ。
毎日それだけの数が運びこまれていたとしたなら、偽聖木の果実はどれほど作られているのだろう。
もしかして、幾つかはこの国以外の場所に運ばれているのかもしれない。
あまりに大量に出回ると価値は下がるし、ベルサートのすぐ向こうは隣国だ。
「先程も言ったが、魔石には魔力と生命力を操る力がある。偽聖木の果実は病には効かないが、傷や若返りの効果があると言われているそうだな。それがなぜか分かるか? 病に効かないのは、偽聖木の果実の持ち主が魔力と生命力に乏しいからだ。傷や若返りは、いわば自分の命を削っているようなもの。すぐにネックレスをはずすことを勧める」
あちこちで悲鳴が上がり、ネックレスが床に叩きつけられる。
もしそれが本当だとしたら、と私は改めてカルロッタを見る。
彼女の首には、模様の描かれた金のネックレスと、偽聖木の果実で作られたネックレスふたつがあった。
ネックレスが床に転がる中、ヘルクライド殿下が大声をあげた。
「俺は何も知らない! 俺は毒の入手にいっさい関与していない! すべてガイルが勝手にしたことだ。カルロッタが偽者だと知ったのは今だし、聖木の果実が魔石によって作られたなんて初耳だ」
「だが、カルロッタはお前の婚約者だ。カルロッタが聖木の大女神だと公表したのもお前だろう。王族の発言は重く、莫大な影響力がある。聖木の果実については、妖しい動きが幾つもあった。にもかかわらず何も調べず、裏を取らずに公にしたのはお前の失態だ。カルロッタ、果実はどうやって手に入れた?」
「それは……祈ったら木に実ったのです!」
まだ嘘を続けようとするカルロッタに、クロスフォード殿下は冷たい視線を向け、次いで会場中に響き渡る声で問いかけた。
「では、この中で聖木に実った果実を実際に見た者はいるか!?」
この披露宴パーティには教皇様をはじめ、身分の高い聖職者が出席している。
だけれど、その誰からも手が挙がらなかった。
教皇様が、クロスフォード殿下の前に進み出て、深く頭を下げる。
「木に実がなったのを見た者は、教会関係者におりません。いつも、聖木の女神の母であるバルトア伯爵夫人自ら収穫しておりました」
今まで薬の精製にいっさい関わってこなかったアディシアが、聖木の果実を採取するのは明らかに不自然だ。
それを怪しんでいたのは、教皇様だけではないはず。
つまり、ヘルクライド殿下に調査する意思があれば、容易に嘘だと判明したということになる。
こうなると、良くて職務怠慢、悪ければ共謀と見做されるだろう。
どちらにしても、次期国王として相応しくない行いだ。
ヘルクライド殿下が悔しそうに顔を歪ませると同時に、突然会場の外から大勢の声がして、勢いよく扉が開けられた。
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