再び王都へ.1
嵐が去って間もなく、私とフォードさんは馬で王都へと向かった。
ヘルクライド殿下とカルロッタの婚約披露となるパレードが開かれるとあって、王都の街はいつも以上に人が多い。
おかげで、観光客に紛れるようにしてすんなりと王都に戻ることができた。
そうしてやってきた場所で、私はあんぐりと口を開けて目の前の建物を眺めている。
「あの、フォードさん、ここは……」
「セフォンヌ公爵家の屋敷だ。先触れを出したので、色々準備を整えてくれているはずだ」
準備とは?
そう問いかける前に、家令が現れ恭しく邸内へと招き入れてくれた。
ここでダンスできるのではと思えるほどの広さのエントランスで、ロマンスグレーの紳士が出迎えてくれる。
「フォード、よく無事でいてくれた。手紙をもらったときは、幽霊からかと驚いたぞ」
「セフォンヌ公爵、連絡が遅くなり申し訳ありません」
「まったくだ。逃げ延びたなら、落ち着き次第便りを寄越せただろう。もしかして、国政から身を引くつもりだったのか?」
心配からくるだろう怒りを滲ませながらセフォンヌ公爵に問われ、フォードさんはちょっと気まずそうに肩を竦めた。
「当初はそれでいいと思っていました。しかし、少々事情が変わり、考えを改めた次第です」
そこでフォードさんは、セフォンヌ公爵に紹介するように私の背を押す。
セフォンヌ公爵の名前は私でも知っている。だって彼は国王陛下の弟だもの。
相手が大物過ぎて緊張でぎこちなく裏返る声で、ルーシャ・バルトアだと自己紹介すれば、おっと言うかのように眉を上げた。
「手紙に書いていたのが彼女か。ようやく、お前から女性を紹介してもらえた」
事前に、セフォンヌ公爵には私が聖木の女神の姉だと伝えたと聞いている。
それと同時に、ヘルクライド殿下暗殺未遂には関わっていないと説明してくれたそうだ。
だから、否定的な態度はとられないと思っていたけれど、にやにやと好奇心を露わにした目で見られては、これは勘違いされていると思わざるを得ない。
誤解をといてくださいとフォードさんに目で訴えるも、ふわりと笑われ躱されてしまった。
そうして、フォードさんはエントランスの隅で待機している侍女に目を向ける。
「頼んでいた件ですが……」
「それなら問題ない。二階に待機してもらっている。侍女に案内させよう。その間、俺たちはサロンで話を詰めるぞ」
セフォンヌ公爵はそう言うと、侍女を呼び寄せ私を二階へ連れて行くよう命じた。
何も聞かされていない私はフォードさんに説明を求めるも、あとで纏めて話すと言われてしまう。
そうして案内された部屋にあったのは……。
「これは一体、どういうことですか?」
豪奢なドレスが十着ほど部屋に並べられている。
そのどれもが、フォードさんの瞳と同じ青色だ。
「本日開かれるヘルクライド殿下の婚約披露パーティに出席するために、用意いたしました。時間がありませんのでオートクチュールとはいきませんが、素材、デザインともに素晴らしいドレスを用意しております」
華やかな笑顔で話しかけてきたのは、身体にぴたりと添う黒いワンピースを着た女性。
茶色い髪を首の後ろでひとつにし、ピンと伸びた背筋が美しい。
彼女は、私でも聞いたことのあるドレス店の名を出し、そこの店長だと挨拶してくれた。
王都に来た理由は聞いていたし、何をしようとしているかもざっくりとだが把握している。
でも、婚約披露パーティに出席するなんて初耳だ。
「あの、婚約披露パーティとはそんな簡単に出席できるものなのでしょうか? 招待状が必要なように思うのですが」
「それでしたら、ご主人様が手配されておりました」
そう答えたのは、私を部屋に案内してくれた侍女だ。五十歳ぐらいの彼女は佇まいからして侍女長、もしくはそれに準ずる立場であるように思う。
確実に婚約披露パーティに出席できるのが分かってから私に話そうとしていたのかも知れないけれど、それでも事前に説明できることはあったはず。
戸惑っている私に、店長は時間がないからと言って、ドレスを選ぶように促してきた。
そう言われても、ドレスなんて着たことがないし、そもそも自分のために物を選ぶようになったのも半年前からだ。
何が正解なのだろうと考えたところで、フォードさんが「正解なんてない」と言っていたのを思い出す。
そうだとするなら、何を基準で選べばいいのだろう。
マグカップを選んだときと同じように、並べられたドレスを端から端まで見て、また端へと戻る。
それを繰り返しながら、思い出すのはフォードさんだった。
彼に綺麗だって言ってもらいたい。
ふいに湧き起こった感情に驚いたのは私自身だ。
どうしてそう思ったのか分からない。
でも、私のドレス姿を見たフォードさんが、目を細め賛辞してくれたら嬉しいと思ってしまった。
どくどくと胸が高鳴る音が、耳の奥で響いてくる。
その音に耳を澄ますように目を閉じ、改めてフォードさんを思い浮かべる。
この人の隣に立つとしたら、どんなドレスが相応しいだろう。
「これにします」
指差したのは、ふわりとしたプリンセスラインのドレス。
肩が大きく開き胸元は淡いブルー地に小さな宝石が散りばめられている。裾は下に行くほど青が濃くなり、胸元と腰には濃紺の薔薇のコサージュがあった。
澄み渡った空のようなそのドレスは、大らかで爽やかで心地よいフォードさんを想い起こさせる。
「良い選択だと存じます」
店長さんが、凛とした声で微笑む。
褒められたのが嬉しくて、ついついはにかんでしまった。
でも、そんなのは束の間のことで、私はあっというまに服を脱がされ、浴槽へと沈められた。
侍女に身体を洗われ、香油を塗り込まれ、髪を乾かしている間にメイクをされる。
あれよあれよという間に、私はさっき選んだドレスを着せられていた。
「胸周りは大丈夫だとして、ウェストは少し詰めないといけないですね。着丈は……すらっと背が高いので、このままで大丈夫そうですわ」
腕を上げてと言われ、ウェスト周りの生地を摘ままれる。
その体勢のまま、店長さんはちくちくと針を動かしていった。
摘まんだ生地は薔薇のコサージュでうまく隠せるらしい。
ここに至るまで、二時間弱。
鏡に映る私は、これは誰? というほどの変貌を遂げていた。
胸元は大丈夫と言われたけれど、コルセットでぎゅっと中央に寄せられ、私史上初の谷間ができている。
それでいて、ウェストはあまり絞めていないからか、初めてのコルセットなのに苦しくない。
髪は幾つも三つ編みがされ、それをハーフアップに結い上げた。
三つ編み部分には胸元と同じ宝石が散りばめられ、後頭部には大きな宝石のついた髪留めがある。
とてもではないが、伯爵令嬢の身分に分不相応な仕上がりだ。
まして私は、聖木の女神を虐めていた姉と思われている。
こんなに目立って大丈夫なのかしらと、目をパチパチさせながら鏡の中の自分に聞いてみる。もちろん返事はないが、絶対ダメだと思う。
それなのに、鏡越しに目があった店長さんも侍女も、やり遂げたとばかりに満足そうな笑みを浮かべていた。
「あ、ありがとうございます」
「お会いしたときから伸びしろがあると思っていました。達成感がございます」
「それは良かったです?」
私の言葉に、ふたりはうんうんと頷くと、侍女が扉へと向かっていった。
「先程から、扉の向こう側で足音が聞こえていたんです。待ちきれなくて来られたようですね」
言いながら開けられた扉の向こうには、正装に身を包んだフォードさんが立っていた。
ラフな服装か騎士服しか知らない私は、その煌びやかさに思わず息を飲んでしまう。
黒い髪はいつもより艶を増し、切れ長の青い瞳は涼やかでいて色香を感じる。
細身でありながら鍛えられた体躯、紺を基調とした正装はフォードさんの凛々しさを際立たせていた。
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