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聖木の女神.1

久しぶりの長編です。よろしくお願いいたします。

本日は、昼、夕方にも投稿予定。


「今日のお祈りはこれでお終い。あとは頼んだわよ、お姉様」


 聖木への祈りを捧げ終えた妹のカルロッタは誰もが見惚れる笑顔でそう言い残すと、赤い髪を揺らし踵を返した。そのまま、新雪の上に足跡を残し立ち去っていく。


 残された私は、空を仰ぐ。

 朝まで降っていた雪はやんだけれど、空気は身を切り裂くほど冷たい。

 カルロッタの祈りを受け淡く輝いた聖木は、今はもういつもの色を取り戻していた。


「よし、頑張ろう」


 冬の凛とした空気に私の声が響く。

 しもやけとひび割れだらけの手に息を吹きかけると、私は背伸びをして聖木の葉に手を伸ばした。

 カルロッタが暖炉のある部屋にいる間も、私はこうして聖木の葉を採り続けなくてはいけない。


 この国、エプラゼールには聖木がある。

 その葉を煎じてできた癒しの薬は怪我だけでなく万病に効き、花の蒸留水は魔力を回復させる。

 国の宝ともいえるその木を聖木たらしめるのに必要なのは、「聖木の女神」の祈りだ。

 エプラゼールの貴族は、生まれながらにして魔力を持つ。

 五歳になれば、親は子供を聖木の前に連れていき、祈りを捧げさせる。

 聖木の葉が揺れれば魔力持ち、つまり貴族の血を引くと認められる。


 さらに花が咲けば聖木の女神と認定され、前任者が引退したあとは聖木に祈りを捧げるのが習わしとなっている。

 女神に選ばれるのは女児のみだが、男児にも祈りを捧げさせる。これは貴族の血を引いていることうを周りに示すためだ。


 そして、この国の女の子皆が憧れる聖木の女神に選ばれたのが、私の妹であるカルロッタ・バルトアだった。


「ルーシャ様、高い場所の葉を採りたいので梯子を押さえていただけますか」

「それなら私がするから、ナルが梯子を持っていて」


 毎朝、カルロッタが十五分ほどの祈りを終えたら、葉や花を採取し、薬を作るのが私の仕事だ。

 前女神様のときは聖職者にも手伝ってもらい五人ほどでしていたそうだが、義母が私に手伝わせるからいいと、聖職者の補佐は断った。

  採取した葉は煎じ、花は蒸留する。

 さすがに私ひとりですべてをするのは無理だと判断した教皇様が、採取の補佐としてつけてくれたのがナルだった。


 十三歳のナルより背の高い私が梯子を使ったほうが効率的なのに、ナルは私を制するとするすると梯子を登っていく。


「いいですよ。こういうの、私、得意なんです。聖木に登ってもいいならそうしたいぐらいです」

「木登りして葉を採取したら、前代未聞だと教皇様からお説教ものよ」

「採取から薬の精製までひとりでしろって言うほうが前代未聞ですよぉ。どれだけあると思っているんですか。しかも私が手伝っていいのは採取だけです。ルーシャ様、ちゃんと寝て食べています?」


 ナルは梯子の上から私に問いかける。それに曖昧に笑って答え、欠伸を嚙み殺した。眠い。


 義母がなぜ、薬作りの大半を私に任せているのかは分からない。

 ただ、朝早くから深夜まで働くせいで、万年睡眠不足の私の外見は令嬢と言えたものではない。

 ブロンドの髪は艶がなくばさばさで、肌だってくすんでいる。紫色の目は大きいせいかできたクマがやたら目立つし、葉や花を扱う手は荒れてひび割れている。

 十八歳から始め今年で二年。毎年冬には霜焼けができた。


「だいたい、カルロッタ様って祈っているだけじゃないですか」


 ナルが不満たっぷりに口を尖らせる。まだ十三歳の少女は怖いもの知らずで思ったことをすぐに口に出す。


「そんなことないわよ。大聖堂を訪ねてきた人たちに、万能薬や回復薬を手渡しているわ」


 教会は大聖堂とそれに隣接する教皇様たちの住居からなっている。

 聖木は教会の裏にある小さな林の中にあった。

 林の中央に直径数十メートルほど木が生えていない場所があり、その中央に聖木だけが佇んでいる。

 視界に映るのは緑が大半で、目線を上げると、木々の向こうに大聖堂の鐘塔が見える。ナルがその鐘塔を指差した。


「そうですが。暖炉のある大聖堂の中で、訪れてきた人に私たちが作った薬を渡して感謝されているんですよ。私、常々思うのです。その感謝はルーシャ様にも向けられるべきだって」

「それを言うなら手伝ってくれるあなたもよ。それに、祈りはカルロッタにしかできない。私たちのように代わりは効かないのだから感謝されて当然だわ」


 宥めても、ナルはむっとしたままだ。「でも」とか「だって」と言いながら、慣れた手つきで葉をハサミで採っていく。


「ありがとう、ナル」

「へっ?」

「私のために怒ってくれて」


 お礼を言った私に、ナルは目をパチリとしたあと「えへへ」っと照れたように笑った。

 ナルは教会で働く使用人の娘で、平民だが聖木の女神の大切さは充分に分かっている。

 その上で、私を心配してくれているのだ。


 二年前に初めて会ったときは、伯爵令嬢の私を前にして緊張しっぱなしだったけれど、今では実の姉妹のように仲がいい。


 そもそも、私には心を開けれる家族はもういない。

 実の両親は、私が三歳のときに馬車の事故で亡くなった。


 その後、私はバルトア伯爵である祖父と暮らしだした。祖母は両親が亡くなる数年前に亡くなっていたが、優しい祖父がいてくれたおかげで寂しさは随分と和らいだ。

 その一年後、やってきたのがカルロッタの母であるアディシアだった。


 私と同じ年で、かつ父の子だというカルロッタを連れて現れたアディシアに、バルトア伯爵家は上を下への大騒ぎとなったらしい。

 それはそうだろう。父は母を随分と溺愛していた。

 証拠を見せろと言った祖父に、アディシアは父が残したと言う手紙を見せた。


 そこには間違いなく父の筆跡で『困ったことがあればバルトア伯爵邸を訪ねてくれ。アディシアと子供の生活は俺が守る』と書かれており、ご丁寧にバルトア伯爵家の印まで押されてあった。


 聞けば、アディシアは四年前に父が騎士として派遣された辺境の地で暮らしていたらしく、カルロッタの年齢と派遣時期が一致した。

 母の話では、私を身籠ったと分かったのは、父が辺境の地へ行って間もなくだったそうだ。同じ年とはいえ、生まれた月は十ヶ月ほど違うので、あり得なくはない。


 カルロッタは、父と同じように燃えるような赤い髪をしていた。

 さらには、両親が事故の前に訪れていたのがその辺境の地であることも、使用人たちの証言によって明らかになった。


「バルトアご夫妻は、この子を養女にと考えて、二人で私を訪ねて来てくれたのです」


 そう涙ながらにアディシアが語った、とあとからその場に居合わせたメイドがこっそり教えてくれた。

 そこまで言われると、祖父もカルロッタが父の子供であると認めるしかない。


 それでも、五歳で行われる『聖木の審判』を終えるまでは、養女としての手続きをとらなかった。

 聖木の審判で葉が揺れ、貴族の血を引くと明らかになったら、私の妹として迎えるという約束をしたそうだ。

 結果、カルロッタは貴族であり、聖木の女神であることが分かった。

 こうなっては、祖父も認めざるを得ず、また、聖木の女神の母であるアディシアを無下にすることもできない。


 カルロッタを父の娘と認めるとともに、アディシアも一緒にバルトア伯爵家で住むことを許された。

 暫くは平穏な日々が続いた。

 アディシアは大人しく控えめで、特に問題も起こさないことから、初めは距離を取っていた祖父もやがては心を開いていく。

 でも、私が八歳のときに祖父は亡くなり、幼い私に変わって叔父がバルトア伯爵家を取り仕切るようになってから、少しずつ変化が訪れた。


 決定的だったのは、翌年、アディシアと叔父が結婚し、ふたりがバルトア伯爵夫妻を名乗りだしたことだ。


 代理であった叔父はバルトア伯爵を名乗り、アディシアは自分を義母、叔父を義父と呼ぶように命じると、私を屋根裏部屋へと押しやった。

 幼い私は訳も分からず、幾日も泣いて過ごした。

 使用人も全員入れ替わり、私のお世話をしてくれる人は誰もいない。

 朝から晩まで、使用人たちと一緒に働き、寝るのは硬い板張りのベッド。

 食事は一日に一度、かびたパンと冷たいスープが運ばれてくればいいほうだ。

 そんな生活が十一年続いた。


 十五歳から三年間通う貴族学園にも行かせてもらえず、夜会にも顔を出さない私を知っている人は少ない。

 教会関係者だけは、私がバルトア伯爵の令嬢だと知っているけれど、聖木の女神の両親の圧力か、それを吹聴する人はいない。


 そうして、十八歳のとき、前聖木の女神が亡くなりカルロッタが教会に通い出すと、今度は癒しの薬と回復薬の精製を命じられた。

 それまで五人でしていた仕事を、十八歳の私は一人で担うことになったのだ。

 

 ナルに手伝ってもらい葉と花を採った私は、それらを入れた籠を抱え、製薬室へと向かう。

 大聖堂の裏側に取って付けたようにある平屋作りのそれは、内扉で大聖堂と繋がっている。


 午前中は、葉を刻むだけで終わってしまう。

 葉を囲むように棘が付いていて、気をつけていても生傷は絶えない。

 その後は、刻んだ葉を煎じる。以前なら五人の聖職者だけでなく、聖木の女神も薬を作っていたらしいが、カルロッタがこの部屋に尋ねて来たことはない。

 午前と午後に数時間だけ大聖堂に滞在し、訪れた人に薬を渡したあとは、馬車で三十分の場所にある伯爵邸に帰っているらしいけれど、詳しくは知らない。


 製薬室に暖炉はないが、竈があるので外よりは暖かい。

 そこに寸胴鍋を乗せて、焦げないように気をつけながらゆっくり混ぜていく。

 冬はかじかんだ手足が温められていいけれど、夏は汗だくだ。

 扉や窓を開けても風通しが悪いせいか、万能薬ができたころには服が汗でびっしょりになる。

 着替えが用意できるほど手持ちの服がない私は、教皇様に頼んで聖職者が着る黒いワンピースをいつも借りている。


 竈は部屋に入ってすぐ右側にあり、真ん中に作業台、壁には棚がびっしりと並ぶ。棚と棚の間には扉がもうひとつあり、それを開ければ廊下、大聖堂へと続く造りだ。

 もともと五人ほどで薬を作っていたので、製薬室は広い。私ひとりだとガランとして少々寂しく思ってしまう。


 ちなみに、調薬といっても、他の薬草と混ぜたり実験したりはしない。

 聖木はそれだけで特別だから、葉は煎じるだけだし、花も竈の横にある大きな蒸留窯に入れればできる。専門知識は必要ない。


「大女神様がいたときは、果実水も作っていたのよね」


 蒸留窯の横に置かれている器具は、中に果肉を入れ、上から重石をのせ果汁を絞りだすのに使うらしい。


 聖木の女神が絶えることなく現れるのに対し、大女神様が現れるのは数百年に一度だと言われている。大女神様が現れると枯れた葉も青々とし、花が大量に開花し、手のひらに乗る大きさの赤い果実がたわわに実ると伝記に書いてあった。


 果実には癒しと回復どちらの効果もあり、それぞれ葉や花の数十倍とされている。

 さらに、大女神の傍にいるだけで小さな傷や風邪ぐらいなら回復し、魔力も増大されるとか。


「さてと、あとは弱火で煮ればいいかな」


 薪の数を減らそうと屈んだ私の首元から、ネックレスが出てきた。

 金色のチェーンに、同じく金でできた直径五センチほどの球体がぶら下がって、球体には何やら紋様らしきものが掘られている。

 カルロッタもこれと同じものをいつも身に着けている。

 おさがりのお洋服しかくれないお母様が、唯一姉妹お揃いにとくれたものだ。

 それを汚さないよう服の中にしまい、私は花の蒸留に取り掛かった。




久しぶりの投稿でドキドキしております。ぜひ最後までお付き合いください。

また、本日拙作「私、一夜の夢を売ると噂の毒婦ですが、英雄を溺愛に目覚めさせてしまいました上」が発売されました。コミカライズも進行中。

お時間ある時に読んでいただけると嬉しいです!

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