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ゼロの通知

作者: さのすけ



午前5時12分。スマートフォンがひとつ震えた。寝ぼけた指先で通知を開く。


「口座残高:¥0」


え……?

画面をじっと見つめて固まる。昨日までは、たしかに残っていた。まさか、エラーか不正アクセスか。


指が震えるまま、再読み込み。電波を確認し、再起動。アプリに再ログイン。

それでも残高は、ゼロのまま。


頭の中が真っ白になりながらも、サポートセンターの番号を探す。……見つからない。

アプリのどこを探しても「よくある質問」ばかりが並び、直接の連絡先は表示されない。


「……なんで……」


助けを呼ぼうとしても、誰に頼ればいいのか分からない。

カードの情報を抜き取られたのは、自分の危機管理が甘かったせいかと、自責の念が押し寄せる。

今この状況を共有しても、重荷に思われるだけかもしれない。

連絡を取ろうとしかけては、手が止まる。


何度かメッセージアプリを開いたり閉じたりするうちに、結局、誰にも送れなかった。


現実に向き合うしかない。

朝の光がぼんやり差し込む中、まだシャッターの閉じた通りを歩き、銀行の支店へ向かう。


開店を待ち、受付で事情を話す。

けれど、「不正アクセス専用の窓口はオンラインからの申請となっております」と、機械的に告げられるだけ。

そのオンラインが繋がらなかったから来たのだと説明しても、同じ言葉が繰り返される。


「お調べしますので、しばらくお待ちください」


差し出されたイスに座りながら、ただ時間だけが過ぎていく。


誰も助けてくれないわけじゃない。けれど、“ここ”には答えがない。

目に見えない場所で、何かが失われたまま、取り戻し方も分からない。


どうしても連絡先が見つからない。どうしても誰にも言えない。

自分の中にだけ、静かに、でも確実に広がっていく「ゼロ」の感覚。


何度目かの検索で、ようやく銀行の代表番号が表示された。

なりふり構わず電話をかける。電話口の女性が怪訝そうな声で応対する。

だが、その声が逆に現実味を帯びていて——「これで何とかなるかも」と思った、その瞬間、目が覚めた。


静かな部屋。スマートフォンは、通知もなく、静かに充電されている。

恐る恐るアプリを開いてみると、口座にはちゃんと今月分の給料が振り込まれていた。


胸に残るのは、あのどうしようもない「手の届かなさ」。

夢でよかった——そう思いながら、ゆっくりとスマートフォンを伏せた。

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