変心
※「役目」の卯月視点の物語です。
朝、5時半となった。
「お嬢様、今日はいかがな御用事で?」
「じぃや、昨日話した通りだ。」
「・・・本当に実行するのですか?」
「え?」
私は一番信用できる執事・・・
じぃやの「本当に実行するのか?」という言葉に少し驚いた。
「私にはその彼は、その作戦を実行しても振り向いてはくれないと思います。」
「・・・いいのだ。失敗すれば次の作戦を考える。」
「・・・」
「いいから使用人を1人、役割にまわせ。それから「霧雨第3小隊」を待機させておけ。」
「・・・了解・・・しました、お嬢様。」
「霧雨」とはうちのコーポレーションのボディーガードチームのうちの1つ。
今は父がニューヨークにいっているため、父が私を外敵から守るためにおいておいてくれたチームだ。
「霧雨」は基本、私のいうことには何でも従う。
いわば精鋭隊のようなものだ。
だから・・・今日の最後、彼と私がわかれた後に、彼をかこむ部隊をして最適だ。
「小隊」は「霧雨」には1~8まである。
8チームにわかれて、この屋敷や、私自身を守ってくれている。
そのなかの1つ、「第3小隊」を使うことにした。
特に理由はない。
そういえば・・・あの男(十六夜)は私の家を知っているのか?
・・・知るわけがないか。
「じぃや、外に車を用意させてくれ。」
「はい、お嬢様。」
そして外にでて、車にのった。
彼の家は、前に「霧雨第5小隊」に調べさせた。
本来はボディーガードとしての部隊だが、アメリカを中心とする外国でのボディーガードや、会社の極秘事項の厳守のために、結構汚い仕事もする、ときいている。
つまり荒事になれているのである。
だから、彼の尾行なんて、彼らには簡単すぎたのかもしれない。
「つきました、お嬢様。」
すると外からじぃやがドアをあけてくれた。
いつもながら、本当に気がきくやつだ。
「ありがとう、じぃや。」
「いえいえ。」
「あなたはここで待機していなさい。」
「はい、お嬢様。」
さぁ・・・カモ狩りを開始しよう!!!
とりあえず彼の家の前にたった。
なんと貧相な家だ。
さすがは「貧乏」といわれるだけある。
とりあえずインターホンをならす。
が・・・
なかなかでれこない。
この私を待たせるというのか・・・
相変わらず彼は私をイライラとさせてくれる。
イライラは募り、無意識にインターホンを連打していた。
少しすると中から声がした。
「はいはい、今、あけます・・・」
とぼけた声。
あいつ・・・今、起きたのか?
まさか・・・私との約束をすっぽかすつもりだったのか?
するとドアがあいた。
・・・とりあえずイライラは抑えた。
ここで爆発させたら、今日1日がすべて水の泡となってしまうからだ。
「・・・遅いから・・・きた。」
「・・・」
「・・・」
「・・・なんでうち、知ってるの?」
さすがに「荒事になれている連中にお前を尾行させた」なんていえない。
かといって、ボディーガードといえば、「いるならいいじゃん」ということで断られてしまう。
だからこういうしかない。
「使用人に調べさせたの。」
「権力の高い人ってうらやましいねぇ・・・」
相変わらず皮肉のうまい男だ。
嫌な男。
最低な男。
「・・・ごめんね・・・ボディーガードなんて急に・・・」
「いや、大丈夫だよ。」
相変わらず優柔不断な男。
草食系男子の唯一の取り柄といっておいてやろう。
とりあえず車にのる。
が!
ノロマな優柔不断男は外でボーッと突っ立っている。
そのノロマさが私をますます苛立たせる。
「どうぞ、お乗りください。」
さすがはじぃやだ。
それに比べて・・・
「え?僕?」
お前しかいないだろ、クズ。
お前以外に誰がいるんだよ!?
頭悪いな。
そして彼はしぶしぶ私の隣に座る。
助手席にはボディーガードとして「霧雨第1小隊」の男が1人いる。
「・・・なぁ・・・」
彼は小声でいう。
「なに?」
「あのグラサンだれ?」
なに、ビビッてるの?
それでも男?
まぁ、明らかに喧嘩タイプではない。
「親戚よ。」
「・・・いかつい親戚がいるんだな。」
てか、親戚で信じるのかよ!?
マジ、ありえねぇ!
頭悪いにもほどがあるだろう・・・
やはりクズはクズのなかでしかない。
そんななか、不穏な空気が漂うなか、屋敷へとついた。
彼の第一声は・・・
「・・・屋敷じゃん。」
そりゃそうだ。
お前の家とは比べ物にならないだろう。
これが貧富の差というものだ。
どうだ、参ったか。
が、そのまぬけな発言をもう一度ききたい。
だから、とぼけてみる。
「・・・どうしたの?」
「いや・・・大きいなぁ・・・って思ってね。」
もう笑いをこらえるので精一杯だ。
「そりゃそうです。だって卯月コーポレーション社長の日本の屋敷ですから。」
お前の貧弱な暮らしよりこっちは百倍はいい暮らしをしてるんだ。
そんな私がお前という下人とかかわってやってるんだ。
それを「ありがたい」とも思わず、この男はクズにもほどがあるのではないか?
「・・・てか、なんで卯月さん家にきたの?」
それはお前と私の貧富の差を見せつけ、絶望をあたえるためだ。
だが、そんなことはいえない。
テキトーないいわけでこの馬鹿男は信じるだろう。
「外にでる支度をするから。」
そして屋敷のなかへと案内する。
少し歩くと彼はこんなことをいった。
「てか・・・どんだけ広いんだよ!?」
ふん、お前の家と比べたら百倍はあるんじゃないか?
わざわざ案内してやってるのにさっきから「大きい大きい」ってそれしかないのか・・・
彼の目はどこについているんだ。
今だって、この廊下には有名な絵画がいくつも飾ってある。
世界各地の美術館から、父が高値で買い取ったものだ。
「ここが私の部屋。」
「・・・で?」
で?って・・・
鈍感すぎて笑いが・・・
が、ここで抑えないとどうにもならない。
「・・・入って。」
「はぁ・・・」
彼は少しため息をついた。
もう・・・うちの屋敷に飽きたのか?
早過ぎないか?
部屋に入ると、何百万もするソファーよりも・・・
美術館から買い取った絵画よりも・・・
ただ安く買い取った「ピアノ」が彼の目をひきつけた。
本当に金の価値がわかっていない男だ。
この男と本気で付き合う女性はいつか破綻するだろう。
貧弱すぎて、何も食べていけないんじゃないのか?
「ねぇ?あのピアノ・・・弾いていい?」
「別にいいけど・・・」
意外だ。
こいつがピアノを弾けるとは・・・
彼は「ド」の音をただ1個・・・弾いた。
まさかそれだけじゃあるまいな?
それならどこの雑魚とも一緒じゃないか。
「ピアノやってるの?」
「えぇ。まぁ、父に強制的にやらされているんですけどね・・・」
・・・ピアノなんて楽しくない。
強制的にやらされているんだから。
父は私を上品な女性に育てようとしている。
それはもちろん「卯月コーポレーション」の跡継ぎとして・・・
という意味も少なからずあるらしい。
だから「ピアノ」が弾けるのが何よりも大切だと考えたらしい。
毎週ピアノの先生がくる。
厳しい先生。
1回ミスしただけでボロくそにいわれる。
自分がうまいからって調子にのりやがって。
父も父だ。
私はピアノなんてやりたくないと何度もいっているのに、それでも馬鹿高い金をだして、あのくそ厳しい先生をこさせている。
「へぇ・・・」
そんな私の苦労もしらないで、彼はそっけない返事だけを返した。
それはイライラをよび、そして少し切なかった。
彼なら・・・「強制的にやらされてるなんてつらいね」とか・・・
せめて励ましの言葉くらいは言うと思っていた。
・・・この男を評価しすぎたか。
すると不意にものすごい音が聞こえた。
それはもはや音楽とはいえない。
音楽として成り立っていない。
耳が痛くなりそうになる。
騒音だ。
それは耳障りでうるさくて、耳が痛くなる。
イライラが抑えられなくなる。
まったくの期待ハズレだ。
・・・にしてもうるさすぎる。
イライラがついに表にでてしまう。
「・・・るっさいっての!!!」
ミスった。
つい本音が・・・
だが、この男は鈍感だ。
うまくつなげれば気づかれないだろう。
「・・・なんていうと思った?えへ・・・」
これでごまかしは完璧のはずだ。
だが、ここにいると耳がいかれそうになる。
だから私はとりあえずこの部屋から退避することにする。
「あ、私、準備があるから、ちょっといってくるね。」
「へいへい・・・」
外にでる。
やっとイライラから解放された。
よし、着替えにいこう。
少しして気づく。
あの部屋に忘れ物をした。
が・・・
とってくるほどのものでもない。
いこうかいかまいか・・・
いったら、彼はまた騒音を撒き散らしているのだろう・・・
だが、とってきたほうがよいものではある。
「・・・仕方ない・・・とりにいくか。」
すると部屋に近づくにつれ、綺麗なピアノの音色が聞こえてくるようになった。
「ん?・・・誰か使用人が弾いてるのか?」
だがこんなにうまく弾ける使用人はいない。
それに、使用人はそんなに勝手に人のピアノを弾いたりするほど礼儀が悪くはない。
なら自動演奏?
こんな曲の自動演奏なんて知らない。
とりあえず部屋の前までやってきた。
心が癒される。
綺麗なピアノの音。
整ったメロディー。
その音色はついさっきまでのイライラをすべて消し去ってくれるような音色だ。
いままでにきいたことがないようなすごく綺麗な音色。
誰が弾いているのだろう?
少しドアをあけて、のぞいてみる。
すると・・・
正直目を疑った。
十六夜が弾いていた。
あの運動神経最悪で、優柔不断で、なにをやってもダメな男。
草食系男子の定理ともいえる男が、私が今まできいたことのないぐらい綺麗にピアノを弾いている。
「・・・なんで・・・こんなに綺麗に弾けるの?・・・」
それは心の底からの疑問。
・・・この私が彼に負けたというのか?
この私が?
彼に!?
・・・ありえん。
だが、実際、すごく綺麗。
癒される。
つい見入ってしまう。
彼の指の動きはすごく滑らかだった。
私の指の動きとはぜんぜん違う。
もちろん、私の弾く曲のほうが音符数がぜんぜん多い。
でも仮に同じ曲を弾いたとして彼に勝てるだろうか?
こんなにものばしが綺麗で・・・響いている。透き通っているピアノの音色。
結局彼がピアノを閉じるまですべて聞き入ってしまっていた。
彼はピアノをとじると・・・
今まで見せたことのないような優しい顔でピアノをなでた。
そうか・・・
私と彼の違い。
それはピアノを愛しているか、愛していないか。
彼はピアノがすごく好きなようだ。
だから大事に弾いて、繊細にできる。
私はピアノは単なる面倒なもの。
そうしか思っていない。
ここが彼と私の違い。
どうして・・・こんな面倒なものがそんなに好きなの?
彼はわからないことだらけだ。
それがまた若干気に食わない。
・・・しかし、ここまでピアノをうまく弾けるなら・・・
「奴隷」にした後、ピアノも弾かせよう。
なんて・・・まだなってもいないのに膨らむ妄想。
「・・・絶対にさせてやるんだ。」
そうはっきりと心に刻んでおく。
そして私は忘れ物のことをすっかり忘れ、着替えにもどった。
それから少しして・・・
ドアをあけた。
「おまたせしました。」
「・・・遅ぇぞ・・・」
先ほどのピアノを弾いていたときの格好良さは微塵もない。
ただの草食系男子である。
さらにありえないことに・・・
私が服を着替え、見事に着こなしているというのにもかかわらず、そこは華麗にスルーである。
というかふれてすらいない。
これは鈍感というべきなのか?
それとも・・・デリカシーがないというべきなのか?
べつにこいつのために着こなしたわけではない。
が、スルー・・・というかふれないというのは、非常に腹がたつ。
大体お前、何様のつもりだ?
人の家にいて、それでもって、「遅ぇぞ」だと?
この私に?
普段からそういう言葉を私にいうことそのものが無礼なのに、我が家でそんなことをいうなんて1億年早いことだ。
正直イライラが私のなかで洪水化している。
しかし、ここでご機嫌を損ねるとカモが作戦にのってくれなくなる恐れがある。
こんな奴に謝るなんて正直悔しいが・・・
仕方がない。
「ごめんなさい・・・」
「いや、素直に謝られると困る。」
だったら謝らせるなよ!!
とさっき、せっかくピアノでおさまった怒りが募りに募ってくる。
なんて面倒な男。
「ならどう対応すればいいんです?」
「・・・るっさいって~の・・・とかは?」
私はドキッとした。
まさか勘付かれた!?
いや、こいつは鈍感だ。
それに私の演技は完璧だった。
なら・・・ただのまぐれだ。
チッ、嫌な男。
「・・・るっさい・・・て~の?」
私のなかの最大限のねこかぶりを発動させた。
「・・・さて、いきましょうか。」
「・・・どこに?」
そういえばどこにいくかなんて決めてない。
「町です。」
「町って・・・どこの?」
あぁ~、ウザイ。
そんな、一々細かく聞いてきやがって・・・
お前は女か!
「知りません。」
その言葉に彼は目を丸くした。
そして少し考え込んでから・・・・
「わかったよ・・・」
と承諾した。
意外と聞き分けがよかった。
普段からこうなら楽に扱えるのに・・・
と思ったりする。
それから敷地を歩き、門を越す。
隣のクズ男はすでにへばっていた。
こいつ・・・どんだけ体力ねぇ~んだ?
ホント、頼りねぇ奴。
しかし・・・どこにいこう。
いくところがなくては、暇もいいところだ。
まぁ、実際、このクズといること、その地点で暇つぶしなのだが・・・
「・・・ねぇ?オススメの場所は?」
とりあえずきいておく。
私はいくところなんてない。
いきたいところはいこうと思えばすぐいける。
だから、今日ぐらいはお前に付き合ってやる。
・・・一応付き合ってもらっている立場だしな。
「え?僕の?」
だ・か・ら!
お前以外の誰がいるんだよ!?
お前じゃなければ私は誰と話してるんだよ!?
幽霊か?あぁ?
答えてみやがれってんだ!クズが!
「えぇ。」
「ゲーセンなんてどう?」
ゲーセン。
それは初めてきく言葉だった。
いったいどんなところなのだろうか?
つい言葉にでてしまう・・・
「げ~・・・せん?」
「知らないの?」
この彼が放った私を小馬鹿にした言葉が地味にムッとくる。
「うっ・・・し・知らないわけないじゃないですか。さぁさぁ、行きましょう!」
実際知らないが・・・
とりあえずテキトーに進めばあるだろう。
なぁに、看板に「ゲーセン」と書いてあるのを見つければすぐの話だ。
「・・・なぁ、方向違うぞ。」
!!!
不意をつかれた。
ミスった・・・
このままでは私が知らないことが彼にバレてしまう。
一生の中で、死んでも、こいつにだけは馬鹿にされたくない。
「え?あ・あれ?・・・あはは・・・間違えちゃいました・・・こっちでしたね、こっち・・・」
「・・・そっちも違う。」
なっ!?
また!?
なら違う道だ!
なぁに、次はあたるさ。
なにせもう、4分の3の確率なんだからな。
「あれ!?・・・こっちだったっけ?」
「・・・お前、わざとやってる?」
そしてまたしてもハズレ。
・・・今日、私は運に見放されているのだろうか。
「・・・」
「もしかして・・・方向音痴~?」
・・・悔しい。
悔しすぎる。
一生のうちにここまで悔しいこと・・・屈辱はいくつぐらいあるだろう?
これからの私のロイヤルロードからすると、ここまでの屈辱はこれが最初で最後だろう。
「なっ!?なにを言う!?この私がそんなもののわけがないだろうが!!!」
そして、封印していた素がでてしまった。
今日、もう2回目である。
こいつも鈍感だから、ごまかせばどうにかなるだろうが・・・
いつまで続くかはわからない。
これからは用心しないと。
「・・・」
「・・・と強くしていうと、こうなります。」
とりあえずごまかす。
「・・・そうですか。」
やはりこの男は馬鹿だ。
鈍感だ。
クズだ。
ここまで素がでているのに、気づかないなんて・・・
「で・・・こっちもあっちもそっちもダメだったってことは・・・こっちですね!!」
これはもう確実。
だってすべてをはずしたのだから・・・
「・・・はぁ・・・」
だが彼の返答は深いため息。
「・・・正解は?」
「あっちだ。」
彼が指差した方向・・・
それは、私が最初に進んでいた道。
「・・・一番最初のであってるじゃないですか。」
「いやぁ~、からかいがいがあるな、と思ってな。」
つまり・・・
はめられた!?
くっ・・・私としたことが。
こんな下劣な罠にかかるなんて・・・
そのとき・・・一瞬、昔の記憶がよみがえった。
それは一番最初に男子と付き合ったとき・・・
本気の恋をしたとき・・・
・・・あのときも・・・よく彼にからかわれた。
とても懐かしくて・・・
とても楽しかった記憶。
・・・なにを思い出しているんだ、私は!
フッと我にかえる。
もう男子という醜い生物になんか惚れないと決めたじゃないか。
そう、男子は・・・最大限に利用するための駒でしかない。
・・・それも捨て駒でしか。
この男ももちろんそう。
他の男子より守りが堅いだけで、原点は一緒。
最低な生物。
だから・・・絶対に負けない。
「ついたぞ。」
その後、どうにか自分のなかのイライラを抑えて、ここまでやってきた。
そこはずいぶんと明かりを使っている。
目が痛くなりそうだ。
「・・・ずいぶんと明るい感じですね。」
「そうだな。まぁ、明るい感じにしないとお客さんはこないでしょう・・・」
クズにしてはまともなことをいった、と思った。
「そうですね。さて入りましょう。」
だが・・・入ってみるとそこは最悪だった。
「煙草臭ッ!チョーありえな・・・くはないけれど。」
今回は寸止めできた。
しかし、中は本当に最悪だった。
煙草臭い。
ここの空気清浄機はどうなっているんだ?
もし、ここにうちの父がいれば、この店をつぶすぞ・・・
実際、私の権力でもつぶすことはできる。
・・・つぶしてやりたい。
が!
カモの前でそんな強引なことはできない。
「・・・やめとくか?」
とりあえず彼は途中でやめるかとさそってきた。
いきなりの心変わり。
コロコロとかえやがって・・・厄介。
ウザイ、何のためにここまできてやったと思っているんだ?
お前が推薦したからだろう!
にもかかわらず・・・
この有様か。
が、ここは冷静が一番の解決策だ。
「・・・そうですね。他のオススメってありますか?」
正直あまり期待していないがな。
「・・・」
彼はそれでも真剣に考えている。
その小さな脳で、どこまでまともな回答がだせるのやら・・・
「本屋はどうだ?」
本屋か。
そういえば、今週に買いたい本があったな。
「・・・本屋さん・・・ですか?」
「あぁ。」
「・・・オススメというなら・・・行きましょう。」
買いたい本があるから行こう。
が!
これがまさかBOOK OFFだとは思わなかった。
そうとも知らずに歩いていると・・・
「なぁ・・・さっきからずっと思ってるんだが・・・僕たちつけられてない?」
!?
まさか・・・気づかれた!?
いや、それはないはずだ。
・・・となると・・・
自力で気配を感じたのか?
こいつ・・・意外とやるじゃないか。
当初の計画より早いが、始めるとしよう。
カモ狩りを!
「・・・」
まず不安そうに装う。
「・・・どうしたの?」
やはり優柔不断なこの男はこの手の攻めに弱い。
「・・・あの・・・」
わざと声を小さくする。
それはまわりにきこえないように装っているかのように装う。
いわば偽の偽の演技。
そして、同時に恐怖にうえつけられているかのようにみせられる。
「ん?」
だがこの男はやはり鈍感男。
鈍い。
「・・・ここ最近・・・私、つけられてるんです。」
「は?」
彼の反応は「予想外」というものがあからさまだった。
となると・・・この男はふざけていったのが、本当だった・・・
という解釈をするはずだ。
だが、それはそれでいい。
「つけられてる?・・・誰に?」
「わかりません。でも・・・私・・・卯月コーポレーションの社長の・・・娘だから・・・」
ここまでは完璧だった。
だが・・・
「なんで警察に頼らないんだ?」
「・・・え?」
それは予想外の展開だった。
そんなところまで考えいなかった。
落ち着け、考えろ。
私がコーポレーション社長の娘だということを最大限にいかすんだ。
「ほら、警察に頼ればいいじゃないか。」
「・・・その・・・え~と・・・」
落ち着いて考えば答えは見つかるはずだ。
「?」
「卯月コーポレーションの娘がストーカーにあった、なんて警察にいえば、マスコミにも知られます。」
「なるほど・・・マスコミはねぇ・・・」
・・・うまくいったようだ。
・・・にしても・・・
馬鹿だねぇ~!
そんなマスコミに知られたからって、そんな騒ぎにならないっつ~の!
てか、逆に注目をあびて、わが社の利益が増えるだろ!
そんなこともわからないなんて・・・
やはりクズだ。
「それに・・・到底信じてもらえるとも思えませんし・・・」
そういって会話を打ち切る。
これでこいつにもなかなかの恐怖感を植え付けたはずだ。
その後もいろんなところへいったが・・・
やはりあまり面白くなかった。
そんなこんなで夕方になってしまった。
お昼から飲まず食わずで歩きっぱなしなため、かなりつらい。
が、せめて飲み物だけでも飲もうとジュースを買った。
「・・・」
彼のぶんは・・・
「・・・いらないか。」
・・・うん、いらない。
・・・けど。
すると、昨日のことを思い出す。
私がボディーガードとして今日、付き合ってくれないか・・・とさそったときのこと。
あのとき・・・
彼はまったく乗り気じゃなかった。
私の戦略に敗れただけ。
なのに・・・
今日は、あまり面白くなかったとはいえ、私の無茶ぶりに真剣に悩んでくれていた。
「・・・私も少しは優しい・・・のかな・・・」
なんて苦笑いをしながら、もう1個ジュースを買うことにした。
これは・・・今日一日付き合ってくれたことと、あまり乗り気じゃないのに真剣に悩んでくれたことへのご褒美。
公園を歩くと、カラスが「アホー」とないている。
たしかに私は「アホ」かもしれない。
あんな奴のために1日費やすなんて・・・
しかも完璧な計画までたてて・・・
まぁ、つまんなかったけど・・・退屈はしなかった。
暇つぶしにしては、上出来だったと思う。
彼のいたベンチへ戻ると・・・
「げっ・・・」
彼はへばっていた。
なんか死にかけの状態だった。
のんびりと空を眺めているあたりが、いつしかこいつも上にのぼりそう・・・
と思ってしまう。
やはり草食系男子には無理があったか。
昼の飯ぬきで歩きっぱなしなんて・・・
仕方ない・・・今日はさんざんこいつに嫌がらせをうけた。
仕返しをしよう。
静かに忍び寄って、冷たい缶を彼の頬にあてた。
「冷たッ!!」
思ったとおり、彼はびっくりした。
そのビビりかたがなんとも笑えるというものだ。
「・・・びっくりしましたか?」
「・・・心臓がとまるかと思った。」
オーバーなリアクション。
やることが極端だ。
「ごめんなさい。お詫びといってはなんですが差し入れです。」
「・・・ありがとう。」
ホントはご褒美・・・の予定だったが、そこは別に気にしない。
しかし・・・
この風景からして、この状況をみるとあることを思う。
ためしに隣の死に掛けさんにいってみることにする。
「ねぇ?」
「ん?」
「・・・こうして2人で並んでジュースを飲んでいると、デートをしているように見えませんか?」
すると彼は飲み物の喉の奥につまらせたのか?
それとも吐き出しそうになったのか?
よくわからないが、とりあえず苦しそうだった。
こいつも・・・同じことを思っていたのだろうか?
・・・とすると・・・私とこいつは同レベル?
・・・最悪だ。
「・・・そうだな・・・」
彼は呆れ呆れにいう。
その台詞は私に対していうのであれば、せめてもう少しうれしそうにいってほしいものである。
「・・・ありがとうございます。」
「え?」
「今日は付き合ってもらっちゃって。」
「・・・いや。」
「・・・」
・・・彼の返事はそっけない。
・・・つまらない男。
・・・てか、死に掛けていて、対応できないのか・・・
すると彼は急に立ち上がった。
「ごめん、ちょっとトイレ。」
・・・最低。
もう少し言い方があるのではないか?
とりあえず頷いておこう。
「・・・うん。」
それから少しして・・・
風は涼しい。
空が赤い。
もう1日が終わりなんだなぁ・・・と思う。
今日の1日・・・
正直微妙だった。
が・・・
なぜか、心に残りそうなそんな日のような気がする。
・・・なんて柄にもないことを思っているとあることに気づいた。
彼のいった方向・・・
お手洗いとまったく反対じゃないか!!
あのクズ!!
人が優しく接してやれば、この対応か!!!
この期におよんで逃げるつもりか!
あの野郎・・・
逃がさん!
そして・・・許さん!!!
私は怒りにすべてをまかせ、走った。
彼をさがす。
すると・・・私のいたベンチからずいぶん離れた広場のようなところでなんだか人が集まっていた。
このポイントからして、私の使用人がストーカー行為をする変体野郎に成りすまして、ストーカー行為を行っている場所だ。
「でも見ていた方向・・・あっちだよね?・・・何もないし、カラスもいないよ。ここから見えるのは・・・あのベンチぐらいなんですけどね!!!」
あれ・・・この声・・・
どこかできいたことあるような・・・
これは間違いない。
あの馬鹿だ。
今度はなにをやらかしたんだ?
中をのぞいてみる。
すると使用人と真っ向勝負をしている。
「・・・なにやってるんだ・・・あいつ・・・」
少し呆れがやってくる。
「てか、まずそんなに欲求不満ならアニメを見なさい!!SHUFFLEとかTo Lovesとか・・・」
なんだかよくわからないことをゴチャゴチャといっている・・・
シャッフル?トラブル?
何かの専門用語か?
アニメ・・・ときこえたが。
使用人には緊急時にはある程度対応しろ、と伝えてある。
まさか、こんなことになるとは思わなかったが・・・
うまく対応するだろう。
「・・・勝手にシャッフルしてろよ・・・」
使用人もまたよくわからないことをいっている・・・
が、とりあえず緊急処置なんだろう。
「おい、坊主。お前・・・SHUFFLEを馬鹿にしやがったな・・・」
「・・・え?」
「なめんなよ、SHUFFLEを!空鍋を!!」
「・・・は?」
・・・明らかに逆効果だ。
てか、あんなに騒いで恥ずかしくないのだろうか・・・
「お前、SHUFFLEのOPの「YOU」は神曲なんだよッ!!それをお前は!!」
もう・・・意味わからん。
なにがなんだか・・・
サッパリだ。
「・・・」
さすがに使用人もひいている。
そりゃそうだろ。
こりゃぁ、どうみても馬鹿として言いようが・・・
使用人が逃げようとする。
そうだ、もうそんな馬鹿にかまう必要はない。
撤退しろ。
が!!
彼は意外な行動をした。
使用人の腕をつかんだ。
そう・・・それは「桶狭間」がよく彼にやる腕のつかみ方。
絶対に逃げられないと評判のつかみ方だ。
「このストーカー野郎!逃げるな!」
彼の目が急に真剣になった。
「は・放せ!!」
「逃がすかよ・・・こっちにはな・・・おびえている人間がいるんだ。そいつが安全に過ごせるようにさせるのが、ボディーガードとしての役目なんだよ!」
な!?
今・・・なんて?
・・・おびえている人間?
安全にすごせるように?
ボディーガードとしての役目?
・・・もしかして・・・この馬鹿騒動って・・・
私のため?
「うっ・・・」
すると警察官がこの騒動をききつけ、やってきた。
「あれ?どうしたの?」
十六夜は警察をみて、顔色がかわるストーカー(使用人)にいった。
「う・うわぁ~!!」
「きみ、待ちなさい!!」
使用人は彼をすっ飛ばして、逃げた。
が・・・あれはどう見てもつかまったな・・・
気づくと彼は周りの人々に祝福されていた。
「いえいえ・・・あ、僕、用事があるんで失礼します。」
まずい!
私があのベンチにいないとダメじゃん!
ということで全力で走る。
走りながら、携帯をあける。
「あ、じぃや?使用人がサツにつかまった。助けておいて。・・・あと・・・」
これをいったら、今日、ここまでしてきた理由が何の意味もなくなる。
けど・・・彼なら、たとえ囲まれても、奮闘するだろう。
「・・・「霧雨」に待機命令を。・・・えぇ・・・作戦は失敗よ。・・・えぇ・・・やられたわ・・・じゃぁ、お願いね。」
そういって携帯をきった。
そして、どうにかこうにか彼よりさきにベンチについた。
それから少ししてから彼がやってきた。
「・・・遅かったじゃないですか。」
「悪い悪い、昼食を食べてないのに歩きっぱなしだったから、腹が減りすぎて下痢になった。」
「・・・」
「・・・」
今、彼は目をそらした。
・・・嘘の付き方も、嘘の言い訳も、最低レベル。
第一、腹が減りすぎたなら、おなかをくだすなんてありえないし!!
けど・・・
「・・・格好良かったぞ。」
その声は小さく小さくいった。
どうせ聞こえていないだろう。
それに・・・
今、風が吹いた。
風の音でかき消されただろう。
「・・・なぁ、なんかいったか?」
!?
嘘、きこえた!?
とりあえず・・・ご・ごまかそう!
「・・・いいえ、風の音と間違えたんじゃないですか?」
「・・・そうか。」
まったく・・・
馬鹿が・・・
使用人に突き飛ばされたから服は汚れていて、見ているだけで、なんとも残念だ。
喧嘩もなれてないくせに・・・
力もないくせに・・・
なのに、私のボディーガードになりきっちゃって・・・
あなたじゃ絶対うちのボディーガードにはなれない。
けど・・・あなたのこと、少し見直したかな。
そんなことを思った。
その後、彼に家まで付き添ってもらった。
今日は意外なことがたくさんあった。
けど・・・そんなに悪きはしていない。
だって・・・うれしかったから。
彼の行動が。
だから・・・今度こそ・・・
絶対、絶対に・・・
討ち取る!!
「変心」 完