理想 教
※学年主任視点です。またこの考え方は学年主任の考え方です。
今後、タイトルの後に「教」を入れるものは教師たち視点の物語です。
本編だけで十分という方は飛ばしちゃってください。
帝国主義。
それは俺の理想だった。
これにすべてをささげようと思っていた。
だから・・・
「彼ら」がこの学校の帝国主義を解除しろといったとき、俺は自らの教え子たちを敵視してしまったのだ・・・
今から6年前。
当時51歳である。
世界は不況で、大企業は経費削減のため、人材を切り捨てていった。
故に失業者が増えていった。
俺もそのなかの一人。
かつては車関係の会社で正規雇用人として働いていた。
が・・・
俺はあるとき、いきなりクビとなった。
理由などない。
というより教えてくれない。
・・・そう、経費削減のためだ。
俺はこんな景気である世の中を恨んだ。
まだ51歳。
9年働ける。
こんな歳だと誰も雇ってくれない。
もちろん努力はしたが・・・
予想通りで、どこも雇ってはくれなかった。
俺はヤケになり、毎日夜遅くまで酒を飲みまくった。
そんなある日・・・
ある出来事が起こる。
そして、これが教師になろうと思った瞬間だった。
「飲んだ飲んだ・・・気持ち悪ぃ・・・」
フラフラになり、夜遅くの細道を通る。
細道は暗闇の奥まで進んでおり、永遠にまっすぐの道がありそうである。
まぁ、この道は知っている道だ、迷うことなどない。
そう思った瞬間だった。
通り道でドン!と前からきた人たちとぶつかる。
狭い道だ。
少しぐらいぶつかっても仕方ないことだ。
「あぁ!?なんだ、てめぇ?」
よく見てみればまだ10代の若者たちだった。
「うわぁ~、酒くせぇ・・・」
「こいつ、酔っ払いだぜ?」
若者たちはニヤリを笑みをうかべる。
だが、俺はその理由に気づくことなく、言葉をはなつ。
「君たち、今何時だと思ってる?」
「うっせぇんだよ、酔っ払いじじぃが!」
まず最初に右ストレートを顔面に喰らい、細いみちの壁にぶつかった。
「くっ・・・」
あわてて体勢を取り直そうとするも、後ろから追撃をうける。
相手は4人。
たった1人でなんて・・・勝てるわけがない。
4対1のリンチ。
「おやじ狩り」というものだった。
それから俺が起き上がったのは・・・
次の日の朝だった。
服は蹴られたあとがつき・・・
体中があざだらけ。
おまけに・・・
「・・・財布がない・・・」
俺が気絶しているときにぬかれたのだろう・・・
「・・・」
もう「絶望」の一言しかでてこなかった。
少ない金をもっていかれた・・・
だが、一番ショックなのはそこではない。
彼らが・・・同じ日本人であるということだ。
その日から俺はまわりに敏感になった。
よく現実を見てみろ、自分。
そういいきかせて見てみれば・・・
平気で10代の若者は、万引き・恐喝・「○○狩り」という名のリンチ・・・
ついには、「美人局」まで行っていた。
俺は改めて「絶望」した。
この国は古より、「プライド」がある国じゃなかったのか?
「礼儀」がある国じゃなかったのか?
今を見てみろ。
他国からの輸入に頼りきりになり、平気で食べ物を粗末にする。
アメリカの言いなりになり、さらには不況の煽りをうける。
若者たちは荒れ果てる。
「礼儀」?
「プライド」?
今のこの国にはそんなものは残ってなかった。
そう・・・
文字通り・・・
死んでいる国。
「亡国」になっているように俺には見えた。
この国はよく「サムライ」の国だと言われる。
「サムライ」は1対1の正々堂々勝負を好んでいた。
だが・・・今はどうだろうか?
「○○狩り」?
ふざけるな。
しかもネットによると、「出会い系サイトやツーショット・ダイヤルを使い呼び出し、呼び出した場所で襲撃する」という「美人局」以上に荒っぽい手口すら見られるようになったらしい。
家に帰って、それからゆっくり考えた。
この国は俺の思っていた風ではなかった。
こんな国のために働く価値なんてあるのだろうか?
そう思うと、自然と無気力感に襲われた。
もう何もしなくていい。
そんなことを思っていると不意に俺の叔父の言葉を思い出す。
「帝国主義のときの日本は・・・輝いていた。あの時代は皆が皆、日本人としての誇りをもっていた。」
叔父は根っからの帝国主義の男だった。
帝国海軍出身で、彼自身、帝国海軍で働いていることを「誇り」に思っていたらしい。
結局戦争の最後まで沈まなかった、生き残り・・・
駆逐艦「雪風」に乗員していたことで、死を免れたが・・・
「この戦争で何人もの同志が逝った・・・俺も・・・友とともに逝きたかった。」
終戦宣言がだされたとき、叔父は泣いてそういったらしい。
そんな叔父はよく「帝国主義」と「大日本帝国」について語ってくれたが・・・
いつも言うことは同じ・・・
「帝国主義の日本は輝いていた」
それだけだった。
何度も何度も聞かされて、飽きていた。
彼は帝国主義に関する本をだしたが・・・
ネットでは、評判が良いのなら悪いのやら・・・
叔父は「これの意味がわからないということは、日本人としての誇りを失っていることなのかもしれん」といっていた。
俺は・・・
久々にネットの叔父の本の評価をみてみたが・・・
「うわぁ・・・」
あきれるほどに論争になっていた。
ちょうど反対と賛成、五分五分だった。
「・・・」
正直この論争は呼んでいて面白かった。
これほどまでに彼らを熱くさせた本・・・
いったいどんな本だったのだろうか?
どうせやることもないんだ。
読んでみようじゃないか。
そう思い、うちの近くの本屋にいくが・・・
さすがに新品ばかりをそろえている本屋にあるわけもない。
古い本だ、中古の本があるところへ行こう。
何件もまわったが、ない。
仕方なくネットで購入した。
その3日後に本がきた。
ホントに古い本らしく、紙も今のような良いものではなかった。
「・・・」
目次をあけると、目次は大きく分けて2つしかなかった。
1つ目はサブタイトルが「日本はアジアの救世主」というものだった。
日本は戦争したさに戦争をしたのではないのか?
そんなことを思った。
2つ目は「今の日本と大日本帝国」。
いわば、比較である。
まぁ、目次だけみてみると、「戦争美化」の単なる本だった。
俺は「まぁ、せっかく買ったんだし読んでみるか」と・・・
一応読むことにした。
まず「日本はアジアの救世主」。
これは俺の常識を覆された。
書いてあった内容は、アジアは列強諸国に占領され、それを解き放つために行動した、と書いてあった。
もちろん、もっとこと細かく書いてあったが・・・
最後の「各アジアの人々の言葉」というもので、俺は日本がホントに素晴らしい国だと自覚した。
「大東亜戦争はわれわれの戦争であり、われわれがやらなければならなかった。そして実はわれわれの力でやりたかった。それなのに日本にだけ負担させ、少ししか協力できず、申し訳なかった。ブン・トモ(インドネシア情報宣伝大臣)。」
日本は・・・小国ながらに巨大な列強諸国に戦いを挑んだのだ。
アジアを開放するために。
「日本のおかげでアジア諸国は全て独立した。日本というおかあさんは、難産して母体を損ねたが、生まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジア諸国民が英米と対等に話ができるのは一体誰のおかげか。それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためだ。われわれは12月8日を忘れてはならない。ククリット・プラモード(タイ首相)。」
俺は大きな誤解をしていた。
日本は・・・悪役ではなかった。
むしろ、正義だったんだ。
「インドの独立は日本のおかげで30年早まった。インド4億の国民は深くこれを銘記している。グラバイ・デザイ博士(インド弁護士会長)。」
30年。
それはとてつもなく大きな数字だった。
日本のおかげで・・・30年も早まったというのか?
だが現に前々にアジアは列強諸国に侵略されていたと書いてあり、日本はアジアを攻めた・・・
というのは知っている。
「どうして日本は謝るのでしょうか。あの戦争でマレー人と同じ小さな体の日本人が、大きな体のイギリス人を追い払ったのではないですか。その結果、マレーシアは独立できました。大東亜戦争なくして、マレーシアもシンガポールも、その他の東南アジア諸国の独立も考えられないのです。・・日本がアジアのために払った大きな犠牲を、この尊い戦争の遺産を否定することはバックミラーばかり見ているようなものです。ガザリー・シェファー(マレーシア外相)。」
そうだ・・・
そこまで良いことをしたなら・・・なぜ日本が謝る?
それは簡単なことだ。
「勝利したものが歴史を書き換えられる」
「われわれの多くの者が長い間さまよい、救いを求めて与えられなかった荒野から、われわれを救い出してくれたのは、東洋の指導国家日本であった。・・歴史的に見るならば、日本ほどアジアを白人世界から離脱させることに貢献した国はない。しかしまた、その解放を助けたり、あるいは多くの事柄に対して範を示してやったりした諸民族そのものから、日本ほど誤解を受けている国はない。バウ・モウ(ビルマ首相)。」
他にもいろいろとあったが・・・
ついつい、ここだけは声をだしてよんでしまった。
日本という国は・・・
俺が思っている以上に「誇り」があって、輝いている国だった。
・・・今、学生たちはこのことを知らない。
もし・・・このことを知れば、どれほど日本がすごいかを納得してくれるだろう。
「・・・教師。」
教師は思えば「公務員」である。
学力さえあれば入れる。
俺は・・・
教師になって、生徒たちに日本人の誇りを教え込みたい。
日本人としての「プライド」をもってもらいたい。
「礼儀」を知ってもらいたい。
そうすれば・・・
ほんの少しかもしれないが・・・
今より世の中がよくなるかもしれない。
それができる職業・・・
それは「教師」しかない。
教師になって・・・教え込むしかない。
俺はその本を読み終えた日から教師になることを目指す。
俺の無気力感を破壊して・・・
目標をつくりあげてくれたこの本の作者はもうこの世にはいない。
ずいぶん前に亡くなった。
いきなり倒れたのだった。
倒れる瞬間に叔父はこういった。
「これでやっと・・・友のもとへいける」
叔父は自分が死ぬことを理解していたのだろう。
そんな帝国主義バリバリの叔父には・・・
今、感謝したくても感謝できない。
俺はせめてもの気持ちで、墓参りに久々に訪れた。
叔父の墓の前にたち、線香をおく。
「・・・」
ただ手をあわせるだけだった。
感謝の気持ちをこめて。
「叔父さん・・・俺、今ならあなたの意見、理解できます。俺はあなたの素晴らしい考え方をひろめていくために教師になります。」
そういうと、俺は墓を後にしたのだった。
そのときの空は雲ひとつない青空。
まるで俺を応援してくれているようだった。
いいさ・・・
絶対にやってやる。
今の日本に少しでも日本人としての誇りを取り戻させてみせる!
そして・・・その1年勉強しまくり・・・
試験を受けた。
教師になるために俺は人一倍努力した・・・
そう堂々いえるぐらいにマジでやった。
そのかいあり・・・
どうにか合格できたのだった。
さぁ・・・
俺はこれからホントの目的を果たそう。
これはそのための第1関門にすぎない。
これからが本番だ。
俺は青空にガッツポーズをした。
叔父さん・・・空から見ててください。
俺の・・・やり方を!
絶対に昔のような輝きを今の日本に取り戻してみせます!!
「理想」 完