執事
※これは「比叡」視点の物語です(ところどころ、言葉が「ですます言葉」なのは気にしないでください)
「じぃや、きいてよ!!今日、あの馬鹿がさぁ~!」
私は「比叡」。
先祖は代々この卯月家に仕えています。
そして、私もその1人。
私は「咲良」お嬢様が生まれたときから今にいたるまでずっと見てきました。
お嬢様の父である「龍善」様はとても忙しく、いつも世界中を飛び回っています。
お嬢様の母は彼女を産んで、少ししてから交通事故で亡くなってしまいました。
つまり・・・いつもお嬢様の近くには「親」と呼べる人物がいませんでした。
それはとてもお嬢様から見れば、寂しいことだと思います。
ですので・・・
せめて、「寂しい」と思わないように、私は全力でお嬢様の面倒を見てきました。
そんなお嬢様も早中学生となり、「彼氏」と呼べる存在もできました。
やはり近くに「親」がいないことは寂しいと思っていたらしく、「彼氏」の存在はお嬢様をささえる1つの柱となっていました。
ところがある日・・・
「・・・じぃや・・・」
「お嬢様?」
あの日も雨がふっていました。
ちょうど私が車でお向かいにさしあがろうとしていたときに、お嬢様は帰ってきました。
お嬢様はかさをおいていってしまったため、ビショビショになって帰ってきました。
しかし・・・
雨だけでビショビショになったのではなく・・・
そこには「涙」というシズクも流れていました。
「・・・ってことがあったの・・・」
「・・・」
その内容は平たく言えば、「彼氏」と喧嘩した・・・
というものでした。
「・・・もう・・・終わっちゃうのかな・・・」
「お嬢様・・・ここは謝れば済む話だと思います。」
「・・・そう・・・かな?」
「えぇ。」
今でも後悔しています。
なんであのとき・・・あんなにテキトーに答えてしまったのでしょう・・・
次の日・・・
「ただいま~。」
「お帰りなさいませ、お嬢様。」
「・・・ねぇ、じぃや・・・」
お嬢様は昨日にも増して、つらそうな顔をしていました。
「・・・どうしました?」
「謝ったのに・・・きちんと謝ったのに・・・許してくれなかった・・・」
「!」
それから1週間がたち・・・
私は何も出来ないまま・・・最終的にお嬢様は「わかれた」と自らのお口で報告なさいました。
それから、合計で3週間、お嬢様は部屋に閉じこもってしまいました。
そして、お嬢様が部屋からでたときに私は気づきました。
お嬢様の顔つきがかわった・・・
そう・・・それは今までのような「優しさ」にあふれた顔ではなく・・・
とても「厳しい」顔つきに。
そして今後・・・お嬢様は私の前のみならず・・・
どこででも、笑わなくなってしまった・・・
それからというもの・・・
「ふざけるな!!あの女を呼んで来い!!」
「申し訳ございません。」
お嬢様は多くの男性とお付き合いなさいましたが・・・
私が見ている限りでは、本気の恋は一度もありませんでした。
むしろ・・・お付き合いというのを、遊びととらえるようになっているのではないかと思うほどでした。
しかし・・・それを私はとめることはできません。
なぜなら、お嬢様がこうなる原因をつくってしまったのは私だから。
私のせいで・・・
私があのときテキトーにアドバイスしてしまったから・・・
お嬢様は心を閉ざされてしまった・・・
だからこそ・・・
「ねぇ、じぃや、きいてるの?」
「えぇ、きいておりますとも。」
「でねぇ~、あの馬鹿が鈍感すぎてさぁ~!」
私はお嬢様が再び人を好きになってくれたことがうれしかった。
今日もお嬢様は朝、ご機嫌で学校にいかれました。
なんでも今日は「下の名前で呼ぶんだ!」と張り切っていました。
そろそろお嬢様のご帰宅時間・・・
料理を用意せねば。
「ん?雨?」
あの日のことを思い出す・・・
私のせいで・・・お嬢様が傷ついてしまったあの日のことを・・・
それから少ししてチャイムがなりました。
「お帰りになられましたか。」
ドアをあけると・・・
そこには最悪の現状がありました。
そう・・・あの日と同じ・・・
あの日と同じで、ビショビショとなり・・・
涙をながされていた・・・
「お嬢様!!」
「・・・じぃや・・・私・・・」
「どうなさいました?」
またしてもあの悲劇が・・・
「・・・私・・・」
十六夜さまがお嬢様と喧嘩した?
となれば・・・十六夜さまが原因・・・
くっ・・・せっかく・・・期待したのに・・・
「・・・私・・・私ね・・・彼を・・・怒らせちゃった・・・」
「え?」
そう・・・それは・・・
「彼が怒った」というのではなく、「彼を怒らせた」というものでした。
「・・・グスッ・・・また・・・壊れちゃう・・・せっかく好きになれたのに・・・」
なんということだ・・・
昨日、お嬢様は彼が好きだと自覚した。
そう・・・自覚させたのは、いうまでもない・・・私だ。
昨日、私がお嬢様に自覚させなければ、お嬢様は傷つかなかったかもしれない・・・
また・・・私のせいで!!
「・・・お嬢様、お気をたしかに!」
「・・・あのね・・・生徒会に・・・アルファーを指定されちゃった・・・」
「アルファー!?」
それは生徒会のもつ権限の1つ。
通称「引き裂き」とよばれる、学校と生徒会による協同の権限。
最悪・・・「退学」!?
「・・・もう・・・彼に謝ることすらできない・・・」
「・・・」
今回は前回に増して、状況が悪いと、判断するしかない。
「・・・ねぇ・・・じぃや。」
「なんでしょう?お嬢様。」
「・・・私・・・彼のこと・・・好き。だから・・・もしかしたら・・・「退学」になっちゃうかもしれないけど・・・いい?」
それはお嬢様自らが前に体験して、つらいということを理解されているからこその判断・・・
いわば・・・「アルファー」に逆らうという判断。
せっかくお嬢様が1人のお方を再び好きになられた。
それ以上の幸せがどこにあるというのです?
「・・・お嬢様が、そう判断されたのなら、私は何もいいません。」
「・・・ありがとう。」
そして次の日・・・
お嬢様は覚悟を決めて、学校にいかれた。
午後3時をこして・・・
「・・・私は何もしなくていいのか・・・」
お嬢様は「退学」覚悟で彼と仲直りするために頑張っている。
前も、謝っていた。
なのに・・・
あのときも、今回も私はただ問題を作ってばかりで・・・
何もしていないじゃないか!!
「・・・」
「・・・どうされました、比叡さん。」
「・・・お嬢様がお帰りになったら、よろしくお願いします。私は・・・少しやることができました。」
私が学校にいっても何にもならないかもしれない。
しかし・・・
何もしないよりかはずっとマシです。
私は急いで車をだす。
学校で待ち伏せれば、彼と直接話しができるはず・・・
行き先は当然学校!!
すると、右に問題の人物が・・・
そう、十六夜と呼ばれるお方が走っていた。
「まさか・・・学校をお休みに!?」
だが・・・
これは好都合だ。
学校が終わる前から話ができるし、お嬢様の家に呼べば、お嬢様が帰ってきたら、話し合わせるだってできる。
それに彼がいないということはお嬢様は生徒会に逆らっていないということ・・・
・・・むしろ好都合すぎる。
いそいできた道をもどり、少し先で待ち伏せる。
少ししてから彼が・・・
お嬢様がお好きになられた方・・・
十六夜さまが走ってきた。
「・・・十六夜さま・・・」
「・・・あなたは・・・」
覚えていてもらった。
ならば、話は早い。
「お嬢様・・・卯月咲良さまの執事であります、「比叡」と申します。」
「は・はぁ・・・」
「もしよければ少しお時間をとらせていただけませんか?」
十六夜さまは少し困ったようだった。
どうやら急いでいるようだ。
ですが・・・
こっちもこっちでひけない。
ここは何が何でも家につれていきます!
「わかりました。」
しかし、彼の反応はよかった。
あっさりと承諾してくれた。
「では、私の車で、お嬢様の家までお送りします。お話はそこで・・・ということで。」
「・・・」
車に乗り、屋敷まで戻る。
屋敷に戻り、急いで彼を案内する。
お嬢様がお帰りになるまでには話しをつけたい。
とりあえず部屋を1つ、借りることにする。
「どうぞ、お座りください。」
「はい・・・失礼します。」
そういうと、彼は礼儀正しく座った。
「それで・・・お話というのは?」
「・・・お嬢様の件でのお話です。」
すると彼の顔色がかわった。
「・・・といいますと?」
「とりあえず・・・お聞きになってもらえますか?」
そしてすべてを話した。
お嬢様の過去を。
荒れてしまった原因を。
「・・・そんなことが・・・」
「ですが・・・最近、お嬢様はまた私の前で笑ってくれるようになったのです。」
「・・・といいますと?」
彼は素朴な顔をしている。
お嬢様が「鈍感」とよくいっていたが・・・それはかなり正しいようだ。
もちろん最初からお嬢様を疑っていたわけではありませんが。
「あなた様のおかげですよ。」
「え?」
「あなた様のお話をするとき・・・とても楽しそうにお話してくれます。」
「・・・」
「お嬢様は相当・・・あなた様のことがお気に入りのことのようで・・・」
あえて「お気に入り」ということにしておく。
「好き」とはいわない。
それは・・・お嬢様本人が伝えるべき気持ちだから。
「・・・」
「あの・・・率直に申し上げます。」
「?」
彼は首をかしげている。
「私は昨日、何があったか知りませんが・・・もしよければ、お嬢様をお許しになってはもらえませんか?」
「!」
彼はびっくりしたようだった。
「そして・・・よければ・・・また・・・お嬢様にお付き合いしてもらえませんでしょうか?」
「・・・僕も・・・」
ようやく彼が口を開いた。
「僕も・・・今日、彼女に謝る予定だったんです。」
「え!?」
それはとても意外なことだった。
「今日・・・親父に・・・なんというんでしょうね・・・まぁ、軽い説教みたいなのを喰らったんです。」
「・・・」
「それで・・・気づきました。」
気づいた?
何を?
「僕は・・・最低の人間です。」
「な!?なにを申し上げるのです!?」
「比叡さん・・・今度は僕の話をきいていただけますか?」
「・・・はい。」
それから彼は昨日起きたこと。
そして、彼が気づいたこと。
すべてをこと細かく教えてくれた。
「・・・ということですべてです。」
「つまり・・・お嬢様は悪くないのに、自分を責め続けている・・・と。」
「はい。」
「しかし・・・それはあなた様も一緒なのでは?」
彼は少し困った顔をした。
が、その顔にはもう迷いというものはないように見えた。
「いいえ、現に僕がすべて悪いですから。」
「・・・見直しました。」
「はい?」
「いや、お嬢様の話をきいていますと、あなた様は相当礼儀がなっていない・・・と。」
「ハハハ・・・」
彼は頭をかきながら苦笑した。
否定しないところを見ると、やはりそうなのだろうか?
若干気になるが・・・先にすませる話がある。
「しかし・・・あなた様は十分に礼儀正しいと思います。」
「そう・・・ですかね?」
「はい。」
「そういってもらえると少し心が軽くなります。」
彼は私が思っている以上に大人かもしれない。
お嬢様の話をきいていると、あまりよろしくないところもあるように思えましたが・・・
その器は十分、お嬢様とお付き合いできる器だと思われます。
「・・・またお嬢様に付き合っていただけるでしょうか?」
これだけはどうしてもハッキリとさせておきたい。
そして・・・
あの悲劇を繰り返さないために・・・
彼を賛同させておかなければならない。
「それは彼女次第です。」
「?」
「彼女が許してくれれば・・・望んでくれれば、僕はまた彼女の隣にいることができます。」
彼女次第か・・・
自分だけでは選ばず、女性に選ばせる・・・
紳士的一面ももっているようですね。
なら・・・このことは伝えておきたい。
「もし今後また・・・お嬢様にお付き合いできたのであれば・・・このことだけは理解しておいていただきたいです。」
「はい?」
「お嬢様は・・・その・・・素直になれないだけなんです。」
「・・・といいますと?」
「つい、素直になれなくて、厳しいことやきついことを言ってしまうだけであって、本当はとても優しいお方なんです。」
そう・・・それは昔の恋で失敗して・・・
失敗する恐怖からの軽いトラウマかもしれない。
また愛していた「彼氏」に裏切られ・・・
誰も信じなくなって、いきなり彼を信じたので、その移り語りに体がついていけていないだけかもしれない。
「えぇ・・・理解しています。」
「・・・そうですか。」
「あいつは・・・本当に優しいやつです。・・・口が悪いせいと、前の出来事のせいで、みんなから誤解されているだけです。」
「えぇ。」
よかった・・・
彼はお嬢様のことを理解してくださっている。
・・・だからか?
だからお嬢様は彼のことが好きになったのだろうか・・・
「きいてくださいよ。昨日もあいつ・・・ボタンをしめてくれたり、メロンパンをくれたり、買い物を手伝ってくれたりしたんですよ。」
「そうですか・・・」
「まぁ・・・からかっているふりをしたり、猫かぶってるふりをしたりしてごまかそうとしてましたけどね・・・」
なんて彼が苦笑する。
「あのときは本当にからかっているだけとか猫かぶってるだけとか思ってましたが・・・今になって、彼女の優しさが心に痛いぐらいに伝わりますよ。」
彼は若干つらそうに答えた。
やはり昨日の責めてしまったという件について、気にしているのだろう・・・
すると・・・
ピンポーン
とチャイムがなった。
「・・・お帰りになられたようですね。」
「比叡さんはここにいてくださって結構ですよ?」
「え?」
「・・・私がいきますんで。」
彼は・・・いい顔をしていた。
そう・・・覚悟をきめた、男前の顔を。
これなら彼にまかせて問題なさそうですね。
「では・・・お願いします。」
「はい。」
そういうと、彼は廊下を走っていった。
「フッ・・・廊下は走ってはいけない・・・そう習わなかったのでしょうかねぇ・・・」
ガチャリとドアがあく。
「じぃや、ただい・・・」
「よ・よぅ・・・」
「!!」
「・・・なぁ、外で少し話しがしたい。」
「・・・私も・・・したい・・・」
そういうと彼らは外へ出て行った。
いってらっしゃいませ・・・十六夜さま、お嬢様。
どうか・・・頑張って。
「執事」 完