疾風
これは「不知火 疾風」視点の話です。
今日、久々に先輩とあった。
私が「疾風」であり続けられるのも、先輩のおかげであるといっても過言ではない。
「おい、不知火。飯は何を作るんだ?よかったら手伝うが?」
そんな先輩はとても優しい。
「いや、客に手伝わせてしまうのは悪いからな・・・」
「んなこというなって!僕って意外と料理、得意なんだよ?」
「しかし・・・」
「どうだ?できることなら手伝おうという僕の姿勢は!」
実際先輩ともう1人・・・
え~と・・・卯月という美人はお客だ。
客に手伝わせてしまうのはまずい。
のだが・・・
先輩はやる気満々のようだ。
「・・・わかった。」
「よっしゃ!僕の料理の腕をとくとごらんあれ!!」
こんな明るく優しい先輩との出会いは私が中学に入学した年・・・
つまり私が中学1年のときである。
私は陸上部に所属し、成果を拡大していた。
が、あるとき、急なスランプに陥ってしまった。
そんなとき、先輩と出会ったのだ。
あれは忘れられない12月5日のことだ。
私は少しでも早くスランプ状態を抜け出すために練習に明け暮れていた。
幸い、その期間は練習期間で、大会はないのものの・・・
周りからの私への期待は大きかった。
期待の大きさと同時に問題はもう1つ。
それは「疾風」という名前。
こんな名前だからこそ、より期待をうけてしまう。
私は・・・そこまで凄い人間ではないのに・・・
あの日も、放課後・・・
最終下校がすぎて、一般の生徒がいなくなったあと・・・
体育館に忍び込んで自主練をしていた。
もちろん先生たちの許可は得ていない。
完全なる勝手な自主練だ。
冬ということで、日没も早く、外はすっかりと暗くなっていた。
「あ~・・・なんで僕が夜の学校なんかに・・・てか、薄気味悪ぃ~・・・」
そんな夜に暗闇にまぎれて、学校の裏の柵を乗り越える影が1つ。
「くそ・・・セコムとかまだ設定されてないだろうな・・・」
その影は辺りを見渡し、この学校の1つしかない入り口へと誰にもバレないように、隠れながら移動する。
すると、不意に「ドスッ」という音がきこえた。
「なんだ?」
この時間に学校には先生以外いないはずである。
にもかかわず音がきこえたのは体育館。
なぜだか、その音が気になった。
その影は体育館に向かう。
「くっ・・・なぜだ!?・・・なぜ越えられない!!」
スランプ絶頂の私は、何をやってもダメ。
気晴らしに高飛びをやっても、でるのは最高記録にはほど遠い記録。
なんど試しても、前はとべたはずのものがとべない。
「・・・私は期待を背負ってるんだ・・・こんなことで諦めるわけには・・・」
まわりからの期待。
それは思っている以上に重たいものだった。
最初は皆からチヤホヤされ、いい気分だった。
が、そのぶん、失敗したときの視線は痛い。
(「んだよ・・・せっかく見にきたのに期待はずれじゃねぇか・・・」)
(「所詮「疾風」っていう名前も、名前だけの飾りかよ・・・」)
失敗したときの見ていた人からの言葉を思い出す。
つらい・・・
失敗したときのまわりからの言葉が痛い。
視線が痛い。
思い出すだけで、ゾクッとする。
だから・・・まわりからの期待を裏切るわけにはいかない。
そわなければならない。
それが使命ですら思えてくる。
再び位置について、走ってバーに近づく。
踏み切って、空中で体をそる。
「・・・」
やっととべた。
だが、これはまだぜんぜんレベルが低い高さである。
これならば、県大会はおろか、市大会で優勝すらできない。
「おぉ~!すげぇ!」
「!?」
そのとき、不意に声がした。
この時間には誰もいないはずなのに・・・
「きみが噂の1年生の陸上部エース?たしか名前は・・・」
まただ。
またあの名前で呼ばれる。
私の名前でありながら、もっとも嫌いな言葉。
もっとも嫌いな名前。
こんな名前ならもっと普通の名前がよかった。
こんな思いをするなら、陸上なんてやらなれけばよかった。
「疾風・・・だっけ?」
その名前で呼ばれるために、私のなかで、失敗したときのまわりの反応がよぎる。
そのつらい言葉・・・冷たい視線。
「・・・で?上の名前はなんていうの?」
「え?」
それは意外な言葉だった。
普通の人は「疾風」とだけきけば、「疾風さん」とか「疾風ちゃん」とかで呼んでくる。
「・・・不知火だ。」
「へぇ~、かわってるね・・・でも、それなら僕も同じか・・・」
「・・・同じ?」
「うん、僕も名前はよくかわってるっていわれる。・・・十六夜、それが僕の名前だ。」
いざよい・・・
たしかにかわった名前だ。
漢字ではなんと書くのだろうか?
「漢字で書くと、数字の16って書いて、夜だよ。」
本心を見透かされたのか?
彼は私が疑問に思っていたことをいう。
「いやぁ・・・いつもどう漢字を書くの?ってきかれてね・・・必ずいうようにしてるんだ。」
「そう・・・なんだ。」
「なんでも十六夜っていうのは、漢検準二級?二級?まぁ、それぐらいのレベルらしいよ。」
こんなに肩の力を抜いて人と話せたのはどれほどひさしぶりだろう・・・
「で?あなたは今・・・なんでここにいるんですか?」
「あ~・・・それが明日までに提出の委員会のレポートを学校に忘れちゃってね・・・」
「・・・」
「明日ださないと、先生に殺されるよ・・・」
「大変・・・なんですね。」
正直相手なんて気遣っている暇なんてない。
自分のことで精一杯。
なのに、彼とは普通に話せる。
むしろ、自分の重荷を忘れさせてくれていた。
「この時間って練習していいの?」
「いや、ダメです。」
「・・・じゃぁ、なんで?」
「自主練です。」
「・・・でも・・・」
「この時間帯は先生たちが見回りしていないんです。」
もうこういうことを何度もしている。
だから、いつ先生の見回りがくるか・・・
もちろん、曜日ごとに違うが・・・
すべて暗記している。
「へぇ~・・・そこまでして練習するなんて・・・陸上、好きなんだね。」
「・・・好きなんかじゃありません。」
つい本音がでてしまった。
なんというのだろう・・・
彼は人を和ませるオーラがでている。
ついつい本音がでてしまう。
「え?」
彼は疑問そうな顔つきでこちらを見つめる。
この際、すべてを言ってしまおう。
そうすれば、少しは私の心の中の重荷も軽くなるかもしれない。
「だって・・・私はまわりから大きな期待を背負ってるんですよ?」
「・・・」
「それに応えなくちゃって思うけど、なかなか成果が出せなくて・・・いつもまわりから冷たい目でみられて・・・」
「でも、関東大会にいったんでしょ?」
彼は率直な質問をしてくる。
すべてストレート。
バッターからすれば、これほど打ちやすい投手はいない。
ちなみにまだこのころは「関東」までしか進出していない。
「そんなの・・・まぐれです。どういうフォームで走って、どういう風にスタートしたかなんて・・・覚えてません。」
そう・・・自分が「関東」大会までいけたのは「まぐれ」も同然だった。
「なのに・・・たった1回だけなのに、まわりはそれを期待して・・・名前も「疾風」だからって、勝手に勘違いして・・・」
彼は静かにきいていてくれた。
「・・・はぁ・・・でもさぁ、やっぱ陸上は好きなんじゃない?」
「え!?」
この人は人の話をきいていたのだろうか?
さっきに「好きじゃない」といったばかりだったのに・・・
「だってさぁ・・・好きじゃなきゃ、そんなに一生懸命になれないよ。」
「それはまわりが・・・」
するとその言葉を彼はきる。
「まわりの期待だけなら、そんなに一生懸命になれないよ。」
「・・・」
「それに、本当に陸上が嫌いなら、とっくにやめているはずだろう?」
「!」
それは本心をズバッとつらぬかれたような感じだった。
たしかに本当に嫌いならやめているかもしれない。
「まわりの期待に応えたいっていうのは、陸上そのものが好きだから、陸上で応えたいんじゃない?」
「・・・」
「陸上が好きなら好きでいいんじゃない?やるかやらないかは本人の自由だしさ。」
まったく何をいっているのだろう?
陸上が好きだから・・・という理由で続けられればどれだけ楽だろうか。
「それにそんな期待を裏切って、まわりからなんか言われても、好きなだけ言わしておけばいいんだよ。」
「え?」
「だって、不知火は期待して!なんていってないでしょ?あくまでまわりが勝手に期待してるだけなんだからさ。」
あくまで・・・周りが・・・勝手に?
たしかにそう・・・だけど・・・
「不知火は自分の好きなことをやってる。それだけでいいじゃない。」
「・・・」
「それに「疾風」って名前は陸上以外でも、普通に格好良い名前だと思うよ。」
まったくなんということだろうか。
こんな陸上部でもない人にアドバイスをうけるなんて。
しかも・・・それを真に受けている私も私だ。
だけど・・・
そのアドバイス・・・
今の私には効いた。
「それに迷うことはないよ。だって、さっきこんなに高いのをとべたんだから。」
・・・この人はなんなんだろう?
このレベルが高いなんて・・・
このレベルなら市大会でも優勝できないのに・・・
「こんなの僕はとべないよ・・・」
なんて苦笑いをしている。
「きみは僕よりも高くとべる!!そこは誇ってもいいことだと思うよ。」
とんだこともないような人にそんなこと言われも、誇れるものではない。
が、なぜか安心感がある。
「そう・・・ですね。」
「そうそう!好きなことは明るく楽しく!それが一番だよ。」
なんと気楽な人だろうか。
「もしよかったら少し練習見ていってもいい?」
「え?」
「いや、僕も体育の授業でやるのの参考にしようかな、と思うんだ。」
別に断る理由もない。
それに・・・
立派なアドバイスをもらったのだ。
これぐらいならぜんぜんいい。
そして彼が見ている中、次の高さに設定して、バーの前に立つ。
(・・・好きなことは楽しく・・・)
そう思うと、自然に笑みが浮かんでくる。
(よし、いくぞ!)
さっきのように助走を加え、思いっきり踏み切って、空中で体をそる。
すると・・・
ドスッ
と音がした。
それが自分がマットに落ちる音のみ。
バーの音はない。
「・・・嘘・・・一回で?」
あんなにさっきまでできなかった高さをレベルアップしたものを、一回でなんなくとべた。
さらに高さをあげて、とんでみる。
それもとべた。
「すごいじゃん!」
「余裕です、余裕!」
それは陸上が久々に楽しいと思える瞬間だった。
そう・・・入学して部活に入って少しするまで感じていた楽しさ。
体が嘘のように軽い。
そう・・・
その日からスランプはなくなった。
陸上が楽しいと思えて、初めてスランプという山を越えた。
あのとき、先輩がアドバイスをくれなければ・・・
先輩とあっていなければ・・・
私は再び「関東」はおろか、「全国」大会まで進めなかったことだろう。
そして自分の名前、「疾風」という名前に誇りと希望を持てなかっただろう。
その後、彼はたびたび、練習に付き合ってくれるようになった。
大会にも時々応援にきてくれるようにもなった。
それはとても心強かった。
そして・・・私は始めて「恋」というものを知ったのだ。
「なぁ、このネギもきっちゃっていいのか?」
「え!?・・・あ・あぁ。」
「おぅ!まかせとけ!・・・にしても、やっぱ長ネギというと初音ミクだよな~♪」
「?」
先輩はときどきよくわからないことをいう。
まぁ、それも先輩らしさがあっていいと思うが。
彼は鈍感だから、中学のころに告白の一歩手前のようなことをしても気づいてくれなかった。
そして、なんの恩返しもできないまま、卒業してしまった。
だからこそ、今度こそ!
告白してみせるんだ。
「なぁ・・・先輩。」
「ん?どうした?」
「あの・・・だな・・・」
言葉がつっかかる。
「どうした?・・・って、あぁ!?」
「ん?」
「悪い、ちょっと待っててくれ!」
そういうと走っていった。
「お前!あそこでおとなしくしてろっつっただろうが!!」
「暇だったんだ。仕方ないだろう。」
「お前は子供か!」
「なっ!?私はお前と違って、無駄な時間をすごしていないだけだ!」
「僕のどこに無駄な時間をすごしているという部分があるんだ?」
廊下から会話がきこえる。
先輩はあの女性・・・
「卯月」先輩のことが好きなのだろうか?
そして・・・
「卯月」先輩自身は先輩のことが好きなのだろうか?
もし、好きではないというのならば、私にもまだ勝率というものはある。
フッ、高校生活をそれにあてるのも悪くなさそうだ。
それに先輩の高校はいろいろと面白いときく。
「悪いな・・・あの馬鹿がしでかしててな。」
「いや、大丈夫だ。それより先輩。」
「なんだ?」
「私は受験する高校を決めたぞ!」
そう、それは決して告白じゃない。
もう少し時間を使って距離をつめてから。
距離をつめてから告白しよう。
「ん?どこだ?」
「霧島第3高校だ!」
「・・・それって僕の通っている学校じゃないか・・・」
「あぁ、そのとおりだ!」
霧島第3高校。
レベルは非常に高いところ。
「そうか、そういえばうちの高校って陸上強いもんな。」
「あぁ!それに先輩もいる!」
「・・・まぁ、僕はあくまでついでだろう。」
「いや、先輩が霧島第3高校を選んだ主な理由だ!」
「え?・・・お前、高校の選び方を間違えてるぞ・・・」
「いや、霧島第3高校でまた先輩に練習を手伝ってもらおうと思う!」
こうとしかいえない。
まだ真の意味で彼が目的だなんて・・・
「ふ~ん・・・まぁ、基本いつでも手伝ってやるぞ!」
「すまんな、先輩。」
「いいってことよ!」
やっぱり優しい先輩だ。
私はこんなに良い先輩をもって、幸せな人間だ。
もし会社で働くなら、彼のような上司であってほしいものだ。
「でも・・・うちの高校・・・レベル高いぞ?」
「そんなのは陸上の推薦でいく。」
「・・・ハハ・・・さすがだな。」
彼は苦笑する。
その苦笑を見ていると、あのとき・・・体育館での安心感に似ている安心感が自分のなかを取り巻く。
「よし!飯をとっとと作ろう!卯月先輩も待ってることだし!」
「そうだな!」
私は彼という先輩を尊敬し続ける。
なぜなら私が「疾風」であり続ける希望と誇りを教えてくれたから。
陸上の楽しさを教えてくれたから。
それは返しても返しきれない恩だろう。
だから今度は私が・・・
先輩に返しても返しきれないような大きな恩を先輩におくるのだ。
絶対に・・・
「疾風」 完