実験
俺とウォーザリは、街から西の荒地についた。
「はぁーっ。年寄りをこんな辺境まで歩かせおって」
「すみません。でも、本当に危険なので……」
こんなやりとりをもう5回は繰り返している。
それでもちゃんと後をついてきてくれるのは、俺の魔法に多少なりとも興味があるからだろう。
「もういいじゃろ! これ以上、わしは動かんぞ!」
ウォーザリは岩の上で、座って足を広げた。一歩たりとも動かないという強い意思を感じる。
「まあ、これぐらい開けてたら大丈夫ですね」
目の前は見渡す限り、荒地と山脈しかない。
「それじゃあ、時間もないし、早速魔法を使いますね」
俺は小さな火の魔法を唱えた。
すると、目の前で閃光が広がると同時に小爆発が起きる。
ドゴッ、という短い破裂音に、驚いたウォーザリは飛び跳ねた。
「なっ……巨大な火の魔法を唱えられるのか!?」
「いえいえ、小さな火の魔法ですよ」
俺が詠唱しているところを全然聞いてくれてないじゃないか……。
「次が大きな火の魔法ですね。……詠唱に変な部分がないか、しっかり聞いてもらえますか?」
「う、うむ」
ウォーザリ先生は俺を頭からつま先までジロジロ見て、やっと俺の言っていることを信じ始めたようだ。
大きな火の魔法を唱えると、空気が赤く夕日を受けたかのように染まり、熱風が渦を巻く。
ゴゴゴ……。
高さ二メートルほどだった紅の渦は、温度の上昇とともに、どんどん大きくなり火災旋風となった。
天をつくかのような真っ赤な槍に呼応して、ウォーザリのテンションも高まった。
「うおおおっー! なんじゃこりゃあー!!」
ウォーザリは熱風を受けるように手を広げて絶叫したが、あまりの熱射に両腕でガードした。
「あっつぃ!!」
腕の隙間から天まで伸びる竜巻を観察して、ダンゴムシのように体を小さくした。
やがて、熱風が止み焦げた臭いが辺りを包む。
ジジジジ……。
運動場ぐらいの広さの焼け野原ができてしまった。
体を小さく丸めたウォーザリは、頭から指水で頭を冷やしている。
「大丈夫ですか!?」
どうやら魔法を唱えた術者には、唱えた魔法の影響はないみたいだ。
「す、すごいね、きみ……」
こちらに顔を向けたウォーザリの白ひげに、飛び火して燃えているのに俺は気づいた。
「ああっ! ひげが、ひげが燃えてますよ!」
「も、燃えとる!!」
チョロチョロと指から出る水で消そうとする。だが、長いヒゲにはいくつもの火の粉が。
あちこちで発火するひげをみて、俺は小さな水の魔法を発射した。
「ぶへえ」
水は見事にヒゲへヒットしたが、それはつまり人間の弱点である喉へのヒットに他ならない。
喉仏を押圧されながら、ウォーザリは三十センチほど後方に吹き飛ばされた。
「ああっ! すみません!」
ウォーザリをゆっくり起こすと、メガネを掛け直して手を挙げた。
「大丈夫じゃよ」
喉を潰されたせいか、1オクターブ高い声になっている。
大丈夫じゃないやん。
その相反した言葉の意味と状況に笑いが込み上げて来たが、唇を噛んで我慢した。
「それじゃ、巨大な火の魔法を……」
俺はなんとなく手をブラブラさせて、肩をリラックスさせると、初の最大魔法の準備をする。
吉と出るか凶と出るか。
もしかしたら、蝋燭ぐらいの火が出たりして。
なんて思っていると、ギュッと肩をつかむ感触があり、振り返るとウォーザリが訴えるように俺を見つめる。
「すまん……大丈夫っていうのは嘘で、やっぱりもう耐えられないと思う……」
「え?」
「これ以上、大きいのは無理……」
よく見てみれば、ウォーザリは俺の傍でとてつもないダメージを密かにくらっていた。
煤とシワだらけの顔に、フレームが変形したメガネ。てっぺんが燃えたとんがり帽子に、虫食いされたかのような白ヒゲ。
高慢な意地悪ジジイだが、ここまでくると哀れみの情が湧いてくる。
「なんか、すみませんでした……」
俺はウォーザリに謝った。