エピローグ
──戴冠式
街道は馬車が通るほどの道をあけていたが、次から次へと寄ってくる人々に埋もれ、やがて誰もわからなくなった。
城壁を囲む先頭の列が城に向かって旗と手を振ると、歓声が波のように伝播する。
トロとマロンはつま先立ちして城のバルコニーを眺めた。
「あっ! あれが女王様ね!」
「おおっ、見えた見えた」
青いドレスを着ている、ぐらいしか分からなかったが、二人に自然と笑みがこぼれる。
新たな時代の幕開けにあちこちで花びらが舞った。
カラフルな花びらは、歓声とともに何度もまかれる──
──結婚式
宙を舞った花びらは、俺とマロンの行く先を彩った。
マロンは真っ白なドレスを着て、ティアラとベールを被っていた。普段は付けないイヤリングやネックレスが、輝く笑顔によく似合っている。
「おめでとう!」
庭園には多くの人が集まり、祝いの言葉をかけてくれる。
トロは笑顔で涙を流した。
「タクトくんなら、妹をきっと……きっと幸せにしてくれる……ううっ……いつかこの日がくるとは思っていたんだが、本当にタクトくんがうちの宿にきてくれてよかった……ううっ」
明日からいつもどおり宿で働くんだけどな……と思いつつ、もらい泣きしてしまいそうな自分もいる。
急にマロンは弾むような声を上げて駆け出した。
「マーリー!」
声を掛けられたマーリーは笑顔で応えて肩を寄せ合った。
共和国との和平交渉で国境の閉鎖は無くなり、活発な人の往来が始まっていた。
インドル親方もわざわざ共和国から来ていた。紫の割烹着みたいな民族衣装で、巻物が入ってそうな長箱を持ってきた。
「タクト、記念に造ってきてやったぞ」
箱を開けると刃渡り50センチぐらいの短剣が入っていた。
「何でも切れる包丁だ」
「……あ、ありがとうございます」
間違いなく短剣だな……しかも名刀だこれ。
「師匠! 本日は誠におめでとうございます!」
次に声をかけてきたのはウォーザリだ。しっかりしたフォーマルスーツを着ていて、自慢の長髭も綺麗に櫛を通してきたようだ。
「この輝かしい日を節目として、師匠の半生を綴った伝記を書かせていただきました」
どうやら俺のことをネタにして、本を売り出す気らしい。実名が書かれていないか、あとでチェックしとかないと……。
「ジジイ、俺様のことはドラゴンってことにしてるよナ?」
エンバーは長机の果物を食べながらウォーザリを睨んだ。
「ド……ドラゴン? いやー嘘は書けんからのぅ……フォッフォッ……」
エンバーがウォーザリに飛び掛かり騒動を起こしていると、庭の樹木の影から声がする。
「タクト様……」
白い手がゆらゆらと俺を手招いた。
「うわ。ど、どうしたの、その格好」
覗いてみると、黒革のラバースーツにマントまで羽織ったニアが隠れていた。太ももと腰回りには、見たことのない暗具が武装されている。
「大変申し訳ございません……! ギール様から失礼のない装備でと指令を受けて、最高装備で来てしまいました……!」
共和国が戦争を終結させるころ、俺はギールの組織で名前が知られ、いまだにギールの代行で動くこともあった。
ニアは急いで手紙を渡した。
「ギール様からの手紙です! そ、それではこんな格好なので、失礼させていただきます……」
「う、うん」
たしかにその服装は目立ちすぎるかな……。
ニアは木陰に入り、影に溶けるように姿を消す。
手紙を開封すると、差出人はギールとリアクそしてルナの連名だ。式について出席できないことのお詫びと祝辞が綴られている。
そして最後は──
『──治安の改善と元騎士団長の反逆行為を鎮圧できたことは、現国家の礎を築くうえで重要な出来事だった。これらの中心として尽力したタクト氏の功績をたたえて、帝国が所有していた下記の共和国領宿舎を無償でタクト氏に譲渡する──』
うん? 共和国領? 宿舎?
「え……!?」
手紙の住所を何度も確認する。
どこだここ。知らない固有名詞がつらつらと書かれている。
共和国領に二号店を出せということか?
……まあ、一度共和国へ見に行ってみるか。
(おわり)