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戴冠式

 ダンケルクの行方は分からないまま、とうとう戴冠式を迎えることとなった。

 

 戴冠式には、城下町のほとんどの人が城を取り囲むように人垣を作る。なかには、街道に花びらを撒いている人もいて、待ちきれないと言った様子だ。


 町の人たちは活気づいていた。

 ルナ王女が女王の座に就くことを国民は望んでおり、共和国の架け橋になると期待していたからだ。

 

「すごい人の量ですね……」


 俺は宿の窓から城の方に詰め寄せる人波を眺める。

 

 国の最大級のイベントで食堂は休みとなった。しかし宿は宿泊客がいるので、一時的にだけ入り口を締める。宿泊客はみんな見物に出たので、マロンとトロも女王を一目見ようと、沿道の人ごみに参入するらしい。

 

「本当にタクトくんは見に行かないの? 女王を見れるのは最初で最後かもしれないよ」


 どうやら女王就任後は、城のバルコニーから女王様がお目見えするらしい。


「ええ、ちょっと風邪気味なので部屋にいたいと思います」

「大丈夫? 一応、薬をいくつかもらってきているから、お昼を食べたら飲んでね」


 マロンはテーブルの上に薬を置いて手を振りながら宿を出ていった。

 俺とエンバー以外誰もいなくなる。なんだか、妙に寂しい気がした。

 

 食堂は暗く、並ぶガラス製のグラスが鈍い光を返してくる。俺はギールの服に着替えた。

 いつもどおり俺の背中に、でかいイグアナのままのエンバーが飛びつく。

 

「祭典に行けないからってそんな落ち込むナ!」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……」


 ギールの代わりになって密かに人助けをしてきたけど、それを知る人はいない。

 一時的に町中で噂にはなった。けれど、いまとなってはルナ王女の話題で持ちきりだ。それはまるで、暗く長いトンネルにいたころをすっかり忘れて、明るい光をみんなが指さしているように思えた。

 

 今日、もしダンケルクが現れれば俺はルナを守り、奴を倒すつもりだ。でももし負けて命を落としたら……。

 

「俺たちの戦いってさ、無意味な戦いじゃないよね?」

「ハァ!? 何言ってんナ! ネエチャンを助けることが無意味なわけないナ!」

「そう……だよね。絶対に大事な戦いで、意味がある……」

「弱気になるナ! 俺様がいるんだナ、タクトが負けるわけないナ!」

「そうだな。エンバーも一緒に戦ってくれる」


 エンバーの言葉で気づいた。俺は決して一人じゃなかった。今までもこれから先も。

 

 宿の裏手から出ると、戴冠式が行われる大聖堂に向かった。



 リアクの手引きで俺は大聖堂の裏口から入り、石の階段を上がる。

 突然、空気が変わった。大勢の人の話し声が響く巨大な空間。式典はすでに始まっており、神父が登壇して難解な言葉を使って祝辞を述べていた。

 

 通路の端や壇上のいたるところで香が焚かれて、白煙がうっすらと雲を作っている。正面の大きなステンドグラスから光が射し、天井にはまるで虹を溶かした色とりどりの綿あめが浮いているように見える。

 祭壇に評議会の老人たちが並ぶ。真っ白なシルクのローブに金色と赤の刺繍をいれた、いかにも大御所といった容姿だ。


「いよいよだな」


 儀式を見守る使用人に扮して、ギールは俺の横にいた。同じように顔を隠した使用人たちが、カモフラージュのために何人も並んでいる。ルナがどうしてもと評議会に掛け合って、式典に急遽加えられた一団だった。


 すると音楽が鳴り響き、大聖堂の主祭壇に続く中央通路にルナが現れた。かなり遠いところからゆっくりと歩いてくる。

 ルナの後ろには騎士団が続き、そこにリアクがいた。

 

 リアクはダンケルクが現れるなら戴冠式だと言った。

 はっきりとした目的は分からない。どう転んでも、ダンケルクがいまさら権力を握ることは不可能だ。

 しかし、今まで近くで見ていたリアクは、ダンケルクがこの国の大イベントを見逃すはずがないと確信する。新たな力を得たのであれば、その力を使いたくてうずうずしているのではないか、そしてその力の証明にうってつけなのが戴冠式──。


 ルナ王女が主祭壇に到着した時、ステンドグラスの光が弱まった。

 音楽が止み、不穏な空気が漂う。

 見上げると、ステンドグラス中央から亀裂が入り、ガラスが砕ける音ともに強烈な光が射し込む。


「ギール!! 勝負だッ!」


 乱入者の声は何ひとつ変わらない、ダンケルクのものだった。

 陽光を背にした影はそのままルナ王女の列に突っ込む。


 バキン!


 刃がぶつかる音がする。

 強烈な光に目が慣れると、リアクが前方に出てダンケルクと鍔迫り合いになっていた。

 ダンケルクの姿がグニャリと変化する。

 人の姿を成すころには、別の騎士へ一撃を入れていた。


 あっという間に騎士の一人が倒れた。リアクはタイミングを見計らって、止まったダンケルクへ一撃を入れようとするが、またしても残像となり空を斬る。


時操騎士(クロノナイト)の能力だっ! 死角に気をつけろ!」


 騎士たちはルナを中心に円形の陣を構える。

 ダンケルクは大剣を肩にのせて笑う。


「主人に刃を向けるんじゃねぇ、雑魚が。全員処刑だな」


 客席の観衆がどよめいた。それはやがて悲鳴の洪水になり、大聖堂の大きな扉に押し寄せた。

 すると、ダンケルクは大剣を地面に叩きつけ、祭壇の机上に立ち声を張り上げる。


「オーディエンスは黙って見ていろ! もし一人でも逃げたら、全員皆殺しだーっ!」


 客席にいた人々はその声を聞いて凍り付いた。

 

 謀らずも俺の近くに来たダンケルクを見て、こいつは俺たちが考えているような大きな目的などない、と思えた。

 ダンケルクの目的は、自分の力を見せつけるだけだとリアクは言っていたが、その通りだ。

 

 ダンケルクはマーリーの魔法により、この世界に連れてこられた戦士のひとりだ。こいつは俺と違って恵まれたジョブを与えられたが、そのせいで戦いの中に身を置く運命となった。

 死が隣り合わせの戦場のなかで、こいつはこの世界がゲームの世界だと思い続けているのかもしれない。

 

 自分が壊れていると気づきもせず……。


「あわれなやつだ」


 俺の一言は、騒乱の中でかき消された。

 しかし、ダンケルクは俺の異質な言葉に反応する。


「『あわれ』だって?」

「……自分が間違っていることを本心では分かっているんだろ? でも、認めたくないから、ゲームや妄想の世界だって思い込もうとしている」

「……っ……黙れ」

「自分が結局一番強いから、この世界ならなんでもしていいはずだって思い込もうとしているんだろ? でも、それは絶対間違っている!」

「貴様っ! お前だけは絶対に殺す!」


 ダンケルクは俺に向けて剣先を向ける。

 俺は光の剣を片手に構えた。


「俺もお前を許さない。お前が否定してきた、この世界の人々の命にかけて必ず倒す……!」


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