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目覚め


 部屋のベッドで目を覚ますと、マロンが俺の顔を覗き込んでいた。


「おはよう、タクト」

「──お、おわっ! どうして中に……」


 冷たい目には微かな苛立ちの色がある。マロンはカチャッと宿のマスターキーを目の前でぶら下げて見せつけた。

 以前もそれで俺の部屋に侵入してきていたが、一度きりでマスターキーは封印されたはず……だった。


「あまりにも遅いから、トロ店長に許可をもらって入りました」

「え! いま何時なんだっけ……」


 窓から入る日差しはカーテンを突き抜けるほど強い。もう昼前のようだ。


「うわっ……やばい」

「もう食堂が開店しちゃいますよ。さすがに起きて来てもらわないと困ります」


 マロンは腰に手をあてて頬を膨らませる。


「す、すぐに食堂に行きます!」

「早くしてね」


 早起きができないことに加えて、寝る時間が削られたせいでさらに起きる時間が遅くなっていた。

 昨夜もガンフとかいうボスを捕らえて闇組織を壊滅させたはいいが、ベッドに入れたのは深夜だ。


 水のネックレスを試すのにちょうどいいだろう──

 

 ギールはそう言っていたが、寝る時間が削られるのは勘弁してほしい。とはいえ、城下町の治安は過去最悪の状態らしく、朝起きれないなどの理由では断れない。

 

 ギールとして活動するときは顔を隠していて、マロンやトロにも秘密にしている。

 もちろん信用してないわけじゃなく、ついうっかり話してしまったり不意の反応をしてしまうこともあると思うので、これからも秘密にするつもりだ。

 

 食堂に行くとトロとマロンが待っていた。エンバーは厨房で食後のデザートを楽しんでいるようだ。

 エンバーの盗み食いがあってから、マロンは食べていい量の果物を別のかごに取り分けておくようにした。一度は逆エビ固めをキメたマロンだが、じつは仏のように優しいのだ。

 

 俺は二人に謝ってから、一緒に食べ始める。すると、フォークの横に包み紙が置いてあった。


「これは?」

「体に良いらしいの。活力剤みたいなものよ」

「へぇ」


 中身は、乾燥した薬草を粉にしたもののようだ。


「それ、じつはマロンちゃんがわざわざ薬師のところまで行って、特別に処方してもらったらしいんだ」

「ちょっと! それは言わないでって……」


 ボン、と音がでそうなぐらいマロンの顔が赤くなる。

 可愛い、そして健気だ……。朝起きるのが段々遅くなって、疲弊しているように見えたんだろう。まあ、実際に疲れているんだけど。

 

「ありがとう」


 と言って薬を口に含む。


「ところでさ……」


 トロ店長はいつになく悪戯っ子のような笑みを近づけて来た。


「二人は結婚しないの?」

「え?」

「んっっ!?」


 危うくマロンの薬を吹き出してしまうところだ。急いで飲んだので変なところに入った気がする。

 

「だって、二人ともいい年齢だしさ。妹には幸せな家庭を持ってほしいなと思うし」


 いい年齢……なのか? 俺はまだ高校生の年齢なんだが、こっちでは普通なのか。

 さすがに結婚なんて意識してなかったな……たぶんマロンもそのはずだが……。


「で、でもそれって急じゃない!?」


 マロンの言葉を聞くとまんざらでもなさそうな感じがする。


 驚いてあたふたするマロンは、茹でたエビみたいに顔を真っ赤にした。


 マロンと結婚……ずっと一緒に今みたいな暮らしを続けて家庭を作る。それはとてもうれしいことで、最高に幸せなことだ。

 でも、不安はある。

 ギールとして暗躍し、この国の将来を変えること。そしてたくさんの人の命運を握っているということ。

 

 結婚でうかれてていいのか……それに、もし俺に何かあったときマロンは……。


「まあ、これから少しずつでいいから考えてみたらどうかな」


 トロ店長は俺が悩んでいることをなんとなく察して話を終わらせた。



 まだ日が昇らぬ頃にガイア王は目が覚めた。


(寒い……寒すぎて眠りにつけん)


 どれだけ毛布を重ねても、暖炉に火を起こしても、体の芯、ちょうど心臓あたりに寒風が吹いているようで寝られない。


「熱い飲み物を持って来い」


 外の世話係に命令すると、すぐに白湯が入ったコップが運ばれる。それを取り、寝室の扉を閉めた。


 寝室には隠し通路があった。

 王は隠された扉を開け、小さな部屋にたどり着く。


 部屋には等身大の窓がありその前で王は静かに白湯を飲んだ。

 窓を隔てたすぐ近くには、ルナの寝顔があった。ルナの部屋からは鏡にしか見えない仕組みになっている。


(ルナ、わしの愛娘よ)


 ガイア王の妻子は、ルナ以外全員殺された。

 王の『支配者(ドミネーター)』は帝王の座に就くための最高のジョブだったが、最強であるがゆえに操られた者たちの怨念は凄まじかった。

 それらの怨念は王の愛する者へ降り掛かってくる。


 病死、事故死、毒殺、暗殺……王の横には常に死の影が寄り添っていた。


(おまえだけは必ず守る。わしの最後の希望の光……)


 最後の血筋。

 帝国の正統な継承者。


 ガイア王はルナの寝顔を見て安心すると、寝室に戻る。

 すると、矢継ぎ早に扉の前で守衛が報告をしていた。


「なんの騒ぎだ」


 扉を開ければ、息を切らした守衛の何人かが王のもとに(ひざまず)く。


「騎士団長殿が、風の塔の地脈を破壊されました……!」

「なんだと!」


 地脈を壊せば、城周辺の風の魔法が使えなくなってしまう。

 最近のダンケルクの行動には度し難いものがある。ルナの居住区へ勝手に侵入したり、王商ギールの逃亡を画策したとして、古参のロトンを死罪にもしている。ロトンが手引した証拠は一切ないのにもかかわらず。


「……分かった、明日ダンケルクに理由を聞く」


 やはり呪われた力『支配者(ドミネーター)』で自死させるべきか。

 二度とこの力で死に追いやることはしたくなかったが。


 ガイア王は扉を閉めて、深いため息をつく。


 そのとき──心臓から熱い何かを感じた。


「ガハッ!」


 口から飛び散った大量の血。

 胸に手をやると、硬く大きな剣先が心臓と腹部を貫いていた。


「へぇ〜、こりゃ便利だ」


 振り返れば、ダンケルクが片耳に付けている翡翠のイヤリングを触っていた。

 背後に回り込まれ、大剣で背中から刺されたのだ。


「い、いつの間に……」

「風の魔道具ってやつの力だよ。やっぱ……俺って天才かな〜。ラスボスのギールが火の魔道具を装備していたから、ピンときたんだよね!」

「ダンケルク! 貴様……!」

「おっと! 使わせはしないよ」


 ダンケルクは大剣に力を込めると、ガイア王は一言も発せず血を吹いて倒れた。


(ルナ……)


 ガイア王は愛する者を思い浮かべながら、永遠の眠りについた。


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