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激突

 行き着いた場所は、かなり広いが広間というよりは祭壇のようだ。


 半分はプールになっていて、奥の壁がない。縁が見えないインフィニティプールみたいになっていて、水が落ち続けている。

 落ちていく水の音を聞くと、どうやら結構な高さの崖になっているようだ。


 良く言えば神殿。

 悪く言えば独房。


 女性の向こうには夜空が見え、柱の間から満月の光が煌々と女性を照らす。


「タクト様?」


 水面の青色と月光に包まれる銀色の長い髪。

 顔色が青白く疲れているみたいだが、整った顔立ちで、目尻がやや下がったおっとりした印象がある。年齢は俺と同じぐらいか。


「ど、どこかで会いました……か?」


 高貴さが漂う絶世の美少女だ。そのオーラに腰が引ける。


「失礼しました。私はルナ=ガイアと申します。……水の人柱でして、あなたがマーリー様を助けたときから、水の魔法で見ていました」

「……雨の日に使った水の魔法か……魔法でしょうか」

「言葉遣いは気になさらないでください。私が無理を承知で呼んだのですから」


 やはり、俺を呼んでいたのはルナで間違いないようだ。


「時間がありません。私は今のガイア王、つまり父上を弾劾し幽閉する準備があります」

「帝国の王を幽閉して、降伏するということでし……ということか」

「水の魔法で知る限り、共和国はこれ以上の争いは望んでいません。自浄能力を示せば、きっと和平の道もあります。しかし、最大の問題は大将軍ダンケルクです。彼の力はあまりにも強大……」


 ダンケルク……あいつか……。

 赤髪の男。危険な目つきと粗暴な振る舞いは今でもはっきりと思い出せる。


 と、そのとき──。

 金属が引っかかるような甲高い音が聞こえた。


 ギギギッ……


 後ろの一本道から現れたのは、あの日以来、何も変わらない姿格好のダンケルクだ。


「そんな……! まさか! あなたは父の命令で前線にいるはず!」


 表情を崩したルナは心底驚いているようだった。


 ダンケルクは大剣を引きずり、どんどん俺との間合いを詰めてくる。その歩みに恐れや迷いはない。自分の強さによっぽどの自信があるのだろう。


「タクト! ごめんなさい! 私のせいで……すぐに逃げてっ!」

「いや。ダンケルクは和平の妨げになるんだろ? だったら、ここで負けるわけにはいかない」


 城から追い出されたとき恨みはしたが、いつか倒したいと思うほど強い思いではなかった。なぜなら、追放されたおかげでトロやマロンに出会えたし、魔法も使えるようになった。同じ穴のムジナになりたくなかったし。


 だが、町は変わってしまった。

 そのせいで、町の人は苦しんでいるし、マーリーのように傷つけられる人もいる。なにより、トロやマロンの暮らしがどんどん窮屈になっていって、前みたいに笑顔が少なくなっていた。


 その諸悪の根源がダンケルクならば、俺は戦わなければならない。


「雑魚はどいてろって。……ちょうどいいや、王様が寝ている間に、ルナにはお仕置きをしておこうかな」


 したり顔をルナに向ける。俺は視界すら入っていないようだ。きっと大剣のひと振りで倒す気なんだろう。


「エンバー、リミッターは解除で」

「勘違い野郎にぶちかましてやれナ!」

「ヴルカマナ・ハラクト・エクラーシ」


 俺の間合いに入った瞬間、光の剣で大剣の柄を狙い突き刺した。

 しかし、大剣の形はぼんやりとして霞のように消えると、横から大剣を振り上げたダンケルクが現れる。


「なっ……」


 完全な死角からの攻撃だ。


 ドゴッ!!


 大木をバットで殴ったような音が頭上でする。

 ダンケルクの大剣は俺の頭の三十センチぐらいで止まっていた。

 よく見れば、透明な厚い氷が大剣を押しとどめている。


「ルナーッ!! 邪魔するなッ!!」


 真っ赤な髪を逆立てたダンケルクは、烈火のごとく怒った。

 ルナの水の魔法のおかげで、俺の体は真っ二つにならずに済んだようだ。


「タクト様! ダンケルクは時操騎士(クロノナイト)。時間をわずかに止める力があります!」


 時間を止めるだって……?

 それならどんな一撃を繰り出しても、当たる直前で時間を止めて躱せるということか……。


 でも、止めれる時間はほんの1秒程度のはず。なぜなら、最初の一撃で確実にしとめられたはずだ。


「ルナーーッ! 許婚だからって調子に乗るんじゃねーつーの!!」


 殺気立った目つきでルナを睨み、大剣に力を込める。

 浮かぶ氷が軋んだ。押し付けられた刃から拡がっていく亀裂。

 大剣は氷を砕き俺の足元に振り落とされ、返した刃で薙ぎ払う。


「おらーッッ!!」


 俺は光の剣で半身になったダンケルクの大剣を受ける。

 すると、またしても霞のように消える大剣。

 

 一撃が──来るッ!


 周囲に注意を払うと同時に、背中からダンケルクの気配がした。


「おせーんだよ! 雑魚がっ!」

「くっ!」


 低く構えたダンケルクは素早い突きを繰り出した。

 瞬時に作り出された厚い氷が、またしてもバリアのようになりガードする。


「……甘ぇな! 同じ手を食らうかよっ!」

「……!」


 絞り込んだ一点に渾身の一撃を振るい、ルナの氷の壁は砕け散った。俺の背中に剣先が迫る。


「俺も同じ手は食わないけどね」


 ダンケルクの大剣を光の剣が受ける。躱された光の剣とは別の、もう一つの光の剣だ。


「なっ……二刀流だとぉ!?」


 激しく立ち昇る灼熱の炎が大剣と激突すると、赤と金の閃光を放つ。

 周囲の空間がダンケルクの能力で歪み、やつが能力を使ったことがわかる。しかし、能力を使うタイミングが遅すぎた。大剣には先端から柄に向けて大きな裂け目ができていた。


 Y字の歪な形になった大剣を見て眉間に皺を寄せる。


「クソッ! お前はいったい何者なんだ……」

「俺の名前はタクト……マーリーに召喚されて、お前たちから追放された魔法使いだ」

「……ああ……なんか思い出した。失敗作の魔法使いか」


 卑屈な笑みを浮かべるダンケルク。

 他人を馬鹿する言動にイライラが募るが、それは奴の戦術じゃないかと思う。冷静になって考えてみれば、ダンケルクは破壊された剣を見て驚いていた。そして、さきほどの勢いはなくなり、ルナに注がれていた視線は俺に向いている。


「これぐらいの傷、たいしたことない。殴り潰せれば問題ないからな! かかってこい失敗作!」


 と、挑発されて無闇に襲うわけがない。


 ダンケルクはこっちにこいと手招くが、自らは飛び込んでこない。

 膠着状態のまま、俺はゆっくり後退し、ルナに近づいた。


「ここから逃げよう」

「でも、どのように……」

「崖から飛び降りよう。風の魔法で浮かせることができると思う。たぶん……」


 塀を乗り越えた時のように、目一杯のスラクトで調整すれば体は浮かぶはずだ。

 ダンケルクは少しずつ近づき、俺達は断崖絶壁に追いやられる。

 うしろの一寸先はまさに闇。水が滝のように落水する。


「ジノマナ……」


 俺が魔法を唱えようとしたとき、ダンケルクの後ろから怒号が響いた。


「ダンケルク……!! 貴様は何をしているんじゃ!」


 早歩きで近づく老人はガイア王だった。


「ち、ちがうっ! 俺はただ、不審者を……」


 あのダンケルクが急に焦りだす。


「黙れ」

「……!」


 ガイア王の言葉にダンケルクは口を塞いだ。


「い、いけない。タクト、逃げてッ!! 父上のジョブは『支配者(ドミネーター)』。何者も逆らうことはできません!」

「ルナ、その場から動くな」


 手を広げて念じるガイア王を前にして、ルナの足は石のように動かなくなってしまった。

 突然ルナは膝を折って屈み、手を合わせ念じ始める。


「タクト! これを!」


 プールの水面をすくうと、ルナの手には青色の真珠がひとつ付いた、銀色のネックレスがあった。

 それを手に握った瞬間、プールの水が波のように押し寄せ、俺にぶつかる。

 ルナの水の魔法だ。


「うわーっ!」


 王宮の外へ勢いよく飛ばされ、俺を見つめるルナの姿が一気に小さくなった。


「ジノマナ・スラクト・エクラーシ!」


 足元から旋風を起こし、落下速度を弱める。

 体を傾けたりして、なんとかバランスをとりながら、地面に着地した。


「ルナ……」


 はるか頭上にはルナの独房があったが、もはや人の姿がわからないほど小さい。

 俺の手の中には、ルナから託されたネックレスが青い光をぼんやりと発していた。


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