救出
その夜、ベッドに横になりながら、リアクの計画についてエンバーに相談する。
リアクの計画は囚人の脱獄を手助けするわけだから、慎重にならざるを得ない。そういうわけで、誰か第三者的な視点で意見が欲しかった。
「フゥ〜! リアクって奴は怪しい奴だナ。そんな奴のいうことを信じるのかナ。フゥ〜!」
エンバーは俺の横でコロコロ転がる。寝る前のエンバーの儀式みたいになっていて、コロコロをしないと安眠できないらしい。
そのせいで俺はベッドの三分の一しか使えない。まあ、コロコロが終わるまでの少しの間だけ、窮屈な思いをするだけだが。
「リアクは確かに怪しいけれど、味方だと思うんだ。マーリーやインドルを城から逃したのは彼だし」
「でもギールって奴は結局捕まったんだよナ。タクトを捕まえる罠かもしれないナ。フゥ〜!」
「そうかな? 俺がここにいることは知ってるから、いつでも捕まえようと思えば捕まえられるし、誰かを人質にとる……なんて方法もあるけど、そうしないし」
「城にとんでもない化け物がいて、そいつに食べられたりしてナ……」
回転を止めたエンバーは、ぶるっと体を震わせる。
「それはファンタジーすぎるよ……。罠だとしても、リアクならそんなまどろっこしいことをしなくてもいいはず」
「まあ、いざとなれば俺様がいるから、槍の雨が降ろうと、一息で消し飛ばしてやるナ!」
「ハハッ、そのときは頼むよ」
俺はエンバーのひんやりした背中を撫でると不思議と安心できて、眠りにつけた。
リアクが指定した日の深夜、俺はギールの格好を真似て着替えたあと、城の裏門についた。
もちろんエンバーも一緒だ。
「月が明るいナ。これだと目立ってよくないナ」
「……警備が手薄になるのはこの日しかなかったんだよ」
そう言って茂みから姿を現したリアクは、エンバーに歩み寄る。
「キミが光の剣の正体か」
好奇の目を向けるとエンバーは逃げるように俺に絡みついて、小さな赤トカゲになる。
「気持ち悪い奴だナ!」
エンバーはどうやらリアクのことが苦手のようだ。リアクの目は、妙にキラキラして確かに不気味な感じはする。
「アレレ、嫌われちゃったのか。残念。それじゃ、裏門を開けようかな。僕の『盗賊』のスキルで……」
リアクは内ポケットから大袈裟にピッキングツールを取り出す。巻物のようななめし革を広げると、様々な形状をした針金のようなものが綺麗に並べられていた。
「あ……そこなら鍵待ってます」
「……えっ、なんで?」
「インドル親方からもらったんです」
リアクは少し小さくなって、決まりが悪そうに皮の巻物をささっと丸めた。
城の裏手には、地下に繋がる階段があった。
「ここから、タクトくんの水の魔法が頼りだ」
「水の魔法?」
「マーリーを助けたときの、氷漬けの魔法だよ」
ああ、と思い出して、なぜと思う。
「あの魔法は静かだからね。それに膠着状態にする」
「なるほど」
リアクは俺の魔法をよく調査しているようだ。もしかして、俺よりも魔法を分析しているんじゃないか。
地下牢に続く扉を開けると、じっとりした湿り気のある空気で澱んでいた。
そして暗く、いく先の苔むした石畳の先からうめき声が聞こえる。
リアクが指差した方向には、一人の見張りが歩いていた。
通路の横道に移動したリアクが攻撃の合図を送ると同時に、俺はメラクトを唱えた。
濡れた地面に伝播していく白い冷気。兵士は足を固定され、驚きと共に倒れそうになる。
そこにリアクが地面を滑るように駆けて、首筋に一撃をいれた。
「ハハハッ! この調子でいこう」
リアクはサイコティックに微笑む。
だいぶん帝国の兵士に対して恨みがあるんだろうな。子供のように喜んでいる……。
と、そのとき──
女性が俺の耳元で語りかけた。
「タクト……どうか……届きますように……」
辺りを見回すが、通路にいるのは俺とリアクとエンバーの三人だけだ。地下牢から響いてくる怨嗟の声とはまったく異なる、透き通った声。
「どうしたんだ?」
「なんか……女性の声が聞こえた」
「女性? 地下牢にはいないはずだ」
リアクは手を開いて肩をすくめる。
でも、いまだに囁くような声が耳に残っている。
「誰の声か分からない……聞き覚えのない声だ……」
「僕は魔法使いじゃないから、分かんないな。とりあえず、今はギール救出に専念しようか」
「……あ、ああ」
通路を進むと牢屋が並ぶエリアになった。リアクの計画のうちなのか、見張りは二人しかおらず容易にメラクトの餌食になる。
敵を昇天させるリアクの攻撃は素早く、音一つ立てない。これも盗賊のジョブがなせる技なのか。
「魔法があればチョロいな」
突き進むリアクに俺はついて行った。
一番奥の暗い牢屋を前に、リアクは道具を開いて錠を外す。
「ギール……助けに来ました」
鉄格子を押し開きホラクトで明かりをつけると、奥には上半身裸になったギールが鎖に繋がれている。
「リアクにタクトか」
「ええ。すぐに脱出しましょう」
そう言ってリアクは足首の鍵穴をいじって、枷を外した。
ギールは一人で立ち上がれず、リアクが肩を貸す。
「迷惑をかけたな」
ギールはしゃがれた声で頭を下げる。
体のあちこちに血痕があった。ロトンからいったい何をされたのか……。
俺は先頭をきって、出口を目指した。