謝罪
「馬鹿な……!」
騎士は顔を引きつらせる。
鋭い音を立てて石畳に落ちた刃。切り込んできた騎士は一瞬何もできず呆然とする。
俺はその喉元に、光の剣を向けた。
「傷つけるつもりはない。代金を踏み倒さずに、ちゃんと払ってほしいって言ってるだけだ。……あと、騒いで迷惑かけたことも店の人に謝罪してほしい」
輝く剣を見つめたまま騎士は頷く。
それほど恐ろしいものなのか……? まあ、剣を一瞬で破壊されるなんて思ってもみなかったんだろう。使い込んだ愛刀のようだし。
騎士の後ろで控えていた兵士四人も、突然現れた光の剣に身動きがとれない様子だ。
「わ、分かった……降参する」
もはや武器として成り立っていないグリップだけの剣を腰に差す。騎士の頬を大粒の汗が流れ落ちる。
酔っているとはいえ、最初の一撃を容易に許してしまったことを考えると、優秀な鎧のおかげで成り上がった騎士なのかもしれない。光の剣で串刺しにされることを想像すれば、わりに合わない戦いだと思ったのだろう。
「ちゃんと謝罪するんだぞ。俺は見ているからな。それと、特に店員に対して失礼な態度とった点は、誠心誠意、心を込めて謝罪してほしい」
「か、必ず謝罪する! こいつらにも謝らせる!」
俺からゆっくり距離をとると、来た道を戻っていった。
五人が四つ角の宿を再来するころには、すっかり酔いは覚めているようだった。
俺は裏道を通って、騎士たちの様子を厨房から窺う。
「これで足りますか……?」
騎士は持ち金では足りず、最終的に四人の手下から金を集めてトロに渡した。
「え、えっと……そうですね。ちょうどのようです」
急に戻ってきた男たちを前に、トロは引き気味に応対する。
昼から夜までハイテンションだった男たちが、まるで通夜のように暗い表情をしている。
「失礼ですが、いったい何があったんですか?」
「……き、聞かないでくれ。きっと、これは悪夢なんだ」
「?」
騎士の意味不明な言葉にトロは頭を傾げた。
「店の客たちを追い出してしまって申し訳ありませんでした!」
直角に頭を下げた騎士の言葉に続いて、兵士たちの謝罪の声が道にまで響く。
「ま、まあ……今後気をつけていただければ……」
「それに、店員にも失礼な態度をとってしまって、申し訳ありませんでした!」
「「「「申し訳ありませんでした!」」」」
この事件をきっかけに、彼らはこの宿に近寄らなくなった。
◇
客もまばらになり始めた夜の酒場で、一人の客がカウンターに座った。
帽子を深く被っているので顔は分からない。だが、四つ角の宿の常連じゃないようだ。
「タクトくん。最近は随分と派手に立ち回っているみたいじゃないか」
注文された酒を男の前に置くと、声をかけてくる。
その声には聞き覚えがあった。
以前、城に無理やり招待したり、マーリーの脱走を手伝ったりしたリアクとかいう騎士だ。
金髪を後ろで結び、服も安っぽい布生地だったので気づかなかったが、目だけは相変わらず冷ややかで鋭かった。
「なんの話ですか?」
「とぼけても無駄だよ。いま町中を騒がせている王商ギール……最近そいつに襲われたっていう騎士から話を聞いて、ギールの正体は君だと確信したよ」
「……」
リアクはいたずらっ子のように微笑む。
「何も言わないということは、イエスってことだね」
どうもリアクのような人種は苦手だ……。
心の中を読まれてしまいそうだし、いいように駒として使われそうな言動もあり癪に障る。
──が、俺なんかよりずっと先のことを読んでいそうだし、味方であってくれたら心強いとは思う。
「じゃあ、それを前提で話を進めるけど、じつのところ、ギール本人は少し前から牢獄に閉じ込められているんだよね」
「えっ!?」
王商ギールが捕まった!?
そういえば酔った騎士を指導したときに、『ギールの偽者』って言われたような。本物は捕まっているってことだったのか。
「マーリーやインドルは!?」
「彼女たちは共和国に亡命したよ。ギールが二人を優先して逃がしたのさ。代わりにギールが捕まってしまったのは僕の誤算だったけど……」
本当だ、と言わんばかりに真剣な目をして俺を見る。
「じつは、有力な三人をこの宿で会わせたのは、僕の計画のひとつなんだ」
「な、なんでここを……」
「それはもちろん、タクトくん。君がいるからだよ」
「俺?」
自分自身を指さすと、リアクがニコッと笑って頷く。
「君を見る目に狂いはなかった。ロトンの手下も撃退してくれたし。ただ、ロトン自身が動いたのは意外だった……」
ロトンが宿に来たせいでとんでもないことになった。それを手引きしたのがリアクということであれば、冷酷非道と非難するがどうやらそうではないらしい。
眉間にしわを寄せたリアクは失策を悔やんだ。
「このままギールを見殺しにはできない。だから、力を貸してほしい」
「俺が、君と一緒に助け出すってこと?」
「まあ、平たく言えばそういうことになるかな」
「いやー……俺なんてただの魔法使いですよ」
リアクは人差し指を左右に振って、口元で微笑むと涼しい顔を見せる。
「《《ただの》》魔法使いじゃあないでしょ? 君が更生してくれた帝国の騎士なんだけど、とてもそういう風には言ってなかったなあ。あの騎士を黙らせるのにも、僕、結構手を回したんだけどー?」
「でも、たった二人で城に忍び込むなんて……」
「大丈夫。僕、騎士だから内部には詳しいし。それに……」
「それに?」
「ここだけの話。僕のジョブは『盗賊』なんだ。入れないところはないと思ってくれていい」