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 昼、おばちゃんが食材を運び入れながら、頬に残った青あざをマロンに見せつける。


「ほら! みてみて! 二人の強盗に襲われたの!」

「ええっ!」


 マロンは口を覆う。ビックリするのも無理はない。今まで近所で強盗なんて聞いたことがなかったからだろう。


「でもね、ギール様が助けてくださったんだよ!」

「ギールって……あの噂のですか?」

「間違いないわよ。キャラバンの格好をしていたし、スカーフで覆面をしていたからね。そして何より、神がかった強さ……熊のような大男と蛇のようなナイフ使いをあっという間に倒したんだから」


 あっという間……結構手間取ったけれどな……。


 俺はおばちゃんがわざわざ運んできてくれた箱をバックヤードに持っていく。


「ところで、おばちゃんがうちに持ってきてくれるなんて、珍しいね」


 基本的には、俺がランチタイムで消費した食材を補充するために店を回るのだが、今日はおばちゃんが行商人のように野菜を荷車に積んで回っていた。


「ギール様に見られているような気がしてね……ギール様があたしみたいな商人を守ってくださるのだから、その期待に応えないと!」


 胸を叩いたおばちゃんは大きなリヤカーを引っ張り、次の商店に歩いていった。

 俺とマロンはその後ろ姿に手を振って送り出す。


「張り切ってるわね」

「急に無理して体を壊さなければいいけど……」


 だが──

 それは全くの見当違いだった。


 その日の夕方になるころ、食堂ではギールの話がどのテーブルでも話題にあがっていた。つまり、おばちゃんのラウドスピーカーっぷりは、新聞なんかより遥かに早く、誰もがそれを信じていた。


「──王商ギールが町商人を救ったそうだ」

「──私たちをいつも見守ってくださっている」

「──とうとう帝国に反旗を翻す気だ」


 うーん。

 なぜ、おばちゃんの話をこんなに信じるのか。そして、噂に尾ひれがついて、レジスタンスのリーダーみたいになっている。

 おばちゃんを助けたときに変に隠さず、口外しない前提で全て話すべきだった。

 よくよく考えてみると、商人として長年やってきているおばちゃんは、けっこう正しい情報を提供していたこともあり、信頼度が高いことに気づく。それに加えて、行商人のように商店を回れば言葉にも重みがでるものだ。


「……期待を裏切るようで、すみません……」


 俺は食事を運びながら、この町の人たちに小声で謝った。


 昼時、ウォーザリが客室から出てきて、食堂でいつものオムレツを注文すると、通りから男の声が聞こえた。

 いくつかの声が段々重なり騒々しくなったので、通りを見ると五人の男が食堂の横を歩いている。


「あー腹が減ったな」

「もうここで祝杯を上げるか」

「こんな安っぽいところでいいのか?」


 男たちは下卑た笑い声を上げながら、テーブルにつく。しかし、ひとつのテーブルに三人程度しか座れないので、席が足らない。


「じいさん、そこどいてくれないかな?」


 二人の男がウォーザリの目と鼻の先まで近づいて、席を空けるように脅す。カウンターからその様子が見えた。


「あいつら……!」


 配膳しようとしていたプレートをカウンターに置くと、トロ店長が俺の肩をつかんで制した。


「タクトくん、彼らの一人は騎士団だ……関わらないほうがいい」

「えっ……?」


 よく見れば一人だけ肩に盾のような刺繍が施され、五人とも頑強な体つきをしている。装備も立派で、そこいらの兵士の物より軽く頑丈そうに見えた。

 周囲の客は彼らを避けるように、会計のためマロンの前に立つ。ウォーザリも背中を丸めて席を譲り、自分の部屋に逃げた。


「おいおい、なんだか寂しい店になっちまったな!」

「まあいい、早く酒をもってこい!」


 久しぶりの勝利と言って乾杯すると、まるで貸し切り状態のように騒ぐ。

 トロは早々にマロンを奴らに見られないように裏方へ回す。奴らの給仕はトロが担当した。たぶん、俺が奴らに対してイライラしていることに気づいたからだろう。


 酒に酔った奴らは、夜まで飲み続けた。


「おーい、店主! 昼にいた女の子はどこ行ったんだ?」


 リーダーの騎士が酒を片手にカウンターに寄り付く。トロは笑顔をつくろった。


「うちの使用人ですね。もう帰りましたよ」

「はー、気が利かないな。まあ、あんな田舎娘じゃ盛り上がらないか」


 俺はカウンターでジョッキを持ちながら、爆発しそうな怒りを堪える。


 こいつら一体いつまで飲んでいるんだ……そして言うに事欠いて、マロンが田舎娘だって? この町で一番、いや俺の知る限り、最高の美貌と知性を備えたアイドル級の美少女だぞ!


 そんな青筋立てた俺を尻目に、トロは騎士団の機嫌をとる。


「それは申し訳ありません。……もしよろしければ、そういった酒場を紹介しますよ」


 奴らはトロの言葉通りに次々と店を出ていく。


「あの、お代は……」

「ア!? 騎士様から代金を取るつもりなのか?」


 トロの言葉に大声を張り上げる騎士。俺は食器を洗う手を止めた。

 厨房を通って裏手に出ると、俺をじっと観察していたエンバーは、背中に張り付く。


「奴らを追うのかナ?」

「……もう我慢できない……!」


 ギュルッ、と腕に螺旋を描き、赤いブレスレットに変化する。エンバーも同意のようだ。


 奴らは人のいない裏通りを鼻歌交じりで進む。歓楽街につながる細道は、治世の悪さで薄暗い。


「おい。さっきの店に戻って、きっちり代金を払え」

「……ん?」


 男たちは追いついた俺の存在に気づく。


「誰だお前?」


 街灯の明かりがちょうど俺の背に当たる立ち位置となり、顔は視認できないようだ。ついカッとなって、ターバンもスカーフも忘れていた。


「……ふざけたやつだ。俺が騎士様だと分かっているのか? ……ちょうどいい。腹ごなしだ、殴り殺してやる」


 一歩踏み出たのは、リーダー格の男だ。余裕の表情で、拳を固める。だが、距離がある上に、騎士様とかいうやつの足取りはおぼつかない。

 近寄る男に狙いを定めてハラクトを唱える。


「ウオッ! なんだ今のは!?」


 一直線に騎士の鎧に激突して炎を上げるが、一瞬で消し止んだ。

 さすが騎士の鎧だけあって、衝撃にも耐えるし傷もつかない。


 初めてみた強力な魔法に、騎士の潜在意識が目を覚ましたようだ。


「こ、これは……貴様、何者だっ!」


 腐っても騎士と言ったところか。周りの男たちより反応がいい。

 そして厄介な装備だ。魔法で直接狙える部分は、顔だけで致命傷になりかねない。かといって、腕や足はハラクトを弾き返すほど強い素材で作られている。


 サッと顔色が変わりシラフに戻った騎士は、状況を分析して帯剣していた鞘から剣を抜いた。


「悪いが、本気でやらせてもらう」

「……飲み食いした代金を払えと言っているだけなのに、剣を抜くのか」

「違う。お前は、巷で噂になっているギールの偽者だろう。この騎士様が反乱分子を成敗してやる」

「ギールの偽者? い、いや……別に反乱分子っていうわけじゃ……俺はただ」


 そんな俺の言葉を無視して、男は剣を振り上げる。

 セラクトを唱え突風を食らわせると、その後方に飛んで距離をとった。


「エンバー! リミッターを外して!」

「アレをやるのか!? しんどいナ!」


 風も水も町のなかで唱えるわけにはいかない。広範囲すぎて住民にも被害がでる。

エンバーが制御できる火の魔法だけだが、《《さっきの》》ハラクトだけでは力不足だった。


「ヴルカマナ・ハラクト・エクラーシ」


 詠唱を遮るように騎士の剣が降りかかる。

 腕輪が黄金色に光ると、陽の光を纏った赤き光が手にあった。俺の手を包むように突き出た光は、烈火のごとく滾る。


 その光の剣で受けると、騎士の剣はバターのように溶けた。


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