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討伐

 倉庫に挟まれた細い道の入り口には、浮浪者がうろうろしていた。月明かりに照らされた路上で、焚き火を囲みながら酒を飲んだりしている。


 その光景はまさにスラム街だ。


 帝国が大苦戦することで重税や徴発が重なり、そういった皺寄せを町の人が受けているからだろう。


 初めて夜の倉庫地区を歩いて、昼と夜の豹変ぶりにビックリした。誰もいないと思ってたのに。覆面なんかで歩いたら、余計に人目を引くのは確定だ。


 俺はセラクトを唱えた。

 突風が狭い路地を吹き抜け、火の粉と灰が舞い上がる。


 セラクトは最小規模の魔法だが、相変わらずサラクト並みの威力だった。残念だけど、エンバーで制御できるのは火の魔法だけで、風や水の魔法は制御できないらしい。


 急な目くらましに、そこにいた人たちは顔を伏せる。その隙に早歩きで通り抜けた。


「わしの酒がぁああ」


 灰まみれになったコップをみて叫び声が上がる。


 すみません……事情があって……。


 頭をさげながら、昼間に来たおばちゃんの倉庫前に辿り着く。


「鍵が壊されてる……!」


 地面には破壊された錠前。月明かりが届かない倉庫に足を踏み入れると、奥から男の声が聞こえた。


「さっさと金庫の鍵を寄越せ……!」

「あんたなんかに渡すわけないでしょ!」

「大声を出すな!」


 バシッ、と叩きつける音が静寂の闇に消えていく。


 俺は急いで音がした部屋に駆け込んだ。


「ん? なんだ?」


 商品が積み上げられた部屋に駆け込むと、手足を縛られたおばちゃんが目に入る。太い腕のムキムキな男が、おばちゃんの胸ぐらをつかんで宙に持ち上げているところだった。

 おばちゃんの頬は赤く腫れあがっている。


「警吏じゃないな……この店の使用人か?」


 マッチョの影から別の男の声がする。目を凝らすと、仕入れた商品の上にあぐらをかいて座る男がいた。頬が落ち、妙にギラギラした目でこちらを見ている。


「いや、深夜に使用人がいるわけないか。とすると、覆面を被ったヒーロー気取りの倉庫番か?」


 細い顔をした男は、仕入れのフルーツを食べ、ペッと種を吐き散らした。


「体に聞いてみっか。もしかすると、使用人かもしれねぇし。ババアは強情そうだからな」


 マッチョな男はおばちゃんを落とすと、息つく間も無く突進してきた。


 魔法使いにとって詠唱の時間を与えない急な攻撃は、最大の弱点だ。


 だが──


「ジノマナ・スラクト・エクラーシ」


 短縮詠唱により、秒にも満たないわずかな時間でサラクト級の風が迸る。


 何度も魔法を唱えて訓練しているうちに、自然と身についたスキル。戦闘を意識していたわけじゃなく、単純に全てを唱えると面倒なので、少しずつ手抜きした結果だった。

 魔法は最低限のところだけ魔力を込めて唱えればいい。そのことを発見したとき、ウォーザリはシンバルを叩く猿のおもちゃみたいに喜んでいたが、未だに短縮詠唱に成功していない。


「ぐおっ! な、なんだ!?」


 勢いをなくした図体は後方に吹き飛ばされる。かつてイガンデを飛ばした魔法なので、その半分程度しかないマッチョは天井に叩きつけられた。


 バゴン!!


 粉塵とともに屋根がしなり、木片がパラパラと落ちてくる。


 やりすぎた……。閉鎖した空間で使う魔法じゃないな。


 魔法が止むと落下したマッチョは気を失う。辺りには、仕入れの時に果物を包む半紙が舞った。


「そ、そこまでだっ! 魔法使い!」


 小鬼のような男がおばちゃんの首にナイフを当てていた。


「お前っ、何者だっ! こ、これは、魔法なのか……?」


 相棒が紙のように吹き飛んだ絵が衝撃的だったのか、ナイフは震えて今にもおばちゃんを刺してしまいそうだ。


「タクト、アレの出番かナ!?」

「……しょうがないよね」


 そう答えると、手首に絡みつくエンバーは炎のブレスレットに形を変えた。俺はナイフが握られた方の腕を指差して狙う。


「ヴルカマナ・ハラクト・エクラーシ」


 ブレスレットが闇を照らすように赤く光る。

 俺の指先からハラクトの炎を結集した光が放たれた。


 ドン!


 発射音とともにロケット花火のように尾を引く光線が、男の肩に激突する。

 男は衝撃で体を回転させ、ナイフを床に落とした。


「ヒイイッッ!! 火が、火があッッ!!」


 倒れた後も肩から炎が上がり、男の片頬を焼く。男の悲鳴にマッチョが目を覚まし、俺を化け物みたく恐れて逃げていった。

 置き去りにされた細い男も、目を白黒させて肩に火をつけたまま逃げる。


「トドメをささなくてもいいのかナ?」

「そこまでしなくてもいいよ」


 とりあえずおばちゃんは意識もあり、盗まれたものはなさそうだった。

 それだけ確認すると、俺は倉庫の出口に向かう。


「ち、ちょっとお待ちください……!」


 おばちゃんが首を押さえながら、ヨタヨタとついてきた。


「あ、あなたはもしや、ギール様では?」

「……」


 いや違いますけど……。

 と言えば、おばちゃんに声でバレてしまう。色んな人とパイプをもつおばちゃんは、新聞よりも情報が広がりやすい。


 俺は否定も肯定せずに、セラクトを唱えておばちゃんを眩ませると、月明かりの細道を風と一緒に駆け抜けた。


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