強盗
目が覚めると、隣で一緒に寝ていたはずのエンバーが消えていた。
「とうとう階段を下りれるようになったか……」
腹を空かせたエンバーは、朝起きられない俺に業を煮やして、自分で下りたようだ。
昨日は、エンバーの尻尾アタックを何度も食らったらしく、起きると頬とあごが痛かった。でも今日は痛くない。
食堂に入るとトロが新聞を読んでいる。
「やあ、おはよう。エンバーはもう朝食を食べちゃったみたいだよ」
テーブルには空の食器が転がっていた。
「みんながそろってからって言ってるのに……すみません」
「いや、いいんだよ。べつに束縛するつもりはないんだから」
そのエンバーの姿を探すがどこにもいない。
「キャアーーッ!」
ちょうど厨房に向かおうとしたとき、マロンの叫び声がした。
行ってみると後ずさりしたマロンが、口を手で覆って指差している。その先には、倉庫のフルーツを食い散らかしたデカいトカゲがいた。
「エ……エンバー……!?」
口先にオレンジの皮を付けたまま、こちらを向く。
「おう、やっと起きたナ」
「それは……お客さんに出すデザートじゃないか!?」
マロンはグッと口を引き結び、エンバーに押し迫る。
「エンバーっ! 全部、吐き出しなさい!」
「む……無理言うナ!」
必死に脚をばたつかせて逃げようとするが、2倍近く膨らんだエンバーの動きは鈍い。マロンは尻尾をつかみ、背中に跨った。
「もう盗み食いはしないって約束しなさい!」
尻尾を弓形に反らせ逆エビ固めをきめる。
「わ、分かったから。それやめてナー!」
問題児のエンバーは、食堂の責任者であるマロンからよく叱られるが、食いしん坊でドジなところが憎めない。宿ではすっかり、マスコットキャラクターの地位を築いていた。
「はぁー昼にはフルーツを買いに行かないとなー」
俺はため息をついてトロの横に座る。ふと何か思い出したようにトロは新聞を畳んだ。
「そういえば、以前ギールが持ってきた荷物をタクトくんの部屋に置いてもいいかな?」
「もちろんいいですよ。今日は久しぶりに満室ですね」
「うん、満室になるのはいいことなんだけど……気性が荒いお客さんが多くなってるから、タクトくんも気をつけてね」
最近の客は傭兵や冒険者が多くなっていた。城が兵士を募集して、戦力を増強させているからだ。
彼らは帝国のあらゆるところから、高額の報酬目当てでこの町に集まる。そしてその報酬は、突然跳ね上がった重い税金でまかなわれているのだ。
昼になると俺はエンバーの尻拭いのため、倉庫地区に向かった。
昔のバザールはなくなり、いまは倉庫が並ぶ地区が商店の代わりになっている。
「おばちゃん! 四つ角の宿のタクトだよー」
店はバザールのような活気はない。
通りは町の裏通りみたいに寂れていて、通行人もまばらだ。陳列台が簡素な板張りの外壁を隠すように設置されていた。少しでも店の雰囲気を良くするためだろう。
しばらく外で待っても、声さえしない。
もしかして、おばちゃんいないのか?
困ったな……フルーツを仕入れられるのはここしかないんだけどな。
入ってみると入れ違いに2人の兵士が出てきた。兵士の手には金貨袋が握られている。
奥には暗い顔したおばちゃんが疲れた様子で座っていた。
「あら、タクトくんじゃない」
「どうしたの?」
「兵士たちにここ数日の売り上げを持ってかれてね……」
「ええっ! 大丈夫なの!?」
最近は、兵士たちが勝手に徴発と言って、不当な集金をしているという黒い噂もある。
「まあ、運良く仕入れた物は全部買ってもらえるお客さんばかりだし。多少の貯えはあるからね……さてと!」
おばちゃんは景気づけのように声を張り上げた。
俺はフルーツなどを買うと、オマケのリンゴを受け取らないように回避して、宿にもどった。
夜になると客層はガラリと変わり、酒目当ての冒険者などが集まり騒がしくなる。
行儀のいい客はほとんどいないので、マロンはホールに出さないようにした。酒場の時間帯は、トロと俺が対応するようにしている。
カウンターに置かれた木製のジョッキを運んでいると、ここらへんで見たことのない二人の男が隅のテーブルに座った。
「……倉庫地区の警備は手薄だな。城の警吏なんて誰もいない」
物騒なワードが耳に入る。
周りの客には聞こえていないようだが、なんとなく怪しそうな人物だったので、俺は聞き耳を立てていた。だから、騒音の中でもハッキリと聞こえる。
「やるなら早い方がいい」
「……今夜か」
あごのヒゲを生やした筋肉質の男は、指の骨を鳴らす。
「まずはあの野菜商からいただこう。……たんまり溜め込んでそうだ」
野菜商って、まさかおばちゃんの店に強盗に入るつもりか!?
俺は気づかれないように横目で奴らの顔をちらっと見た。
もう一人は、マッチョな男と対照的で、帽子を被った細長い体つきだ。黒皮の手袋をすると、内ポケットからナイフを取り出し研ぎ具合を確認する。殺しも厭わない、そんな雰囲気があった。
すぐにでも止めたいが、話の通じるような相手には見えない。
ちょうど休憩の時間だったので、トロにしばらく休むことを伝えてから、自分の部屋に戻った。
「エンバー! まだ起きてる!?」
エンバーは俺のベッドで、仰向けになって寝ていた。
腹を軽く叩いて起こすと、まぶたを半分だけ開ける。
「なんだナー……いまいい夢をみてたナー」
「強盗がいたんだよ、いや、まだ強盗ってわけじゃないんだけど……」
「もう、なんだナー……寝ていいかナ……」
「強盗が狙っているのは、フルーツのお店なんだよ! もし盗みに入られたら、もうエンバーの好きなフルーツは食べられなくなるんだよ!」
エンバーは素早くグルッと回転して、頭を持ち上げた。
「俺様のフルーツを強盗が狙ってるってことかナ!」
「ま、まあ……そういうことだよ」
すっかり目を覚ましたエンバーは、赤いトカゲに変身して俺の腕に巻き付く。
変化したエンバーがいれば、武器は問題ない。ただ、身バレするとマロンやトロに迷惑がかかってしまう。
俺は何か顔を隠すものがないか部屋を見回す。すると、隅に置かれたギールの荷物が目に入った。
開けてみれば、白生地のターバンとスカーフがあった。商人たちがよく身につけている装飾品だ。俺はそれで顔を隠し、夜の倉庫地区に向かった。