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オムレツ


 ブレスレットは小さなトカゲに形を変えると、腕を這って胴をつたい、下りていく。足に絡みつくころには、元のエンバーの大きさに変わっていた。

 床に着地すると、ふーん、と鼻息を立ててエンバーが胸を張る。


「これで、俺様の実力が分かったかナ」

「本当にすごいね!」


 ふーん、とまた鼻息を立てて、のっしのっしと食堂の方へ歩いていった。どうやら俺が称賛するのを待っていたようだ。


 さて、エンバーが注文したオムレツを作るか。


 俺はフライパンを温めて卵を溶く。

 うちの看板メニューだから他の料理よりも頻繁に調理するのだが、なかなかマロンやトロが作る味にはたどり着けない。

 

 やり方はまったく一緒なんだけれど、ふわっとした感じにならないんだよな。

 

 できたオムレツを皿にのせて、エンバーのテーブルに持っていく。

 

「おおー! バターと卵のいい匂いがするナ!」


 尻尾と後ろ足で椅子の上に立ち上がり、テーブルに前足をかけていた。

 料理をエンバーの前に出すと、器用に指の間にスプーンを挟み、オムレツをすくって口に運ぶ。

 

「フゥ~! うまい! こんなものが人間界にあるとは……! フゥ~!」


 興奮したときに出る異音を発しながら、どんどんオムレツを食べていく。


「なんだかワシも腹がすきました。師匠、オムレツをひとつください」

「えーっ。ウォーザリも食べるの?」


 師匠というわりには遠慮がないな。

 

「俺様も!」


 あっという間に食べ終わったエンバーのおかわりもいれて、さらに2枚オムレツを焼いた。

 エンバーとウォーザリは、俺の作ったオムレツを食べて「おいしい」と口をそろえて言う。


「でも、店長やマロンが作るほどではないけどね」

「たしかに、普段のここのオムレツには劣りますな」


 弟子のくせに遠慮がないな。


 金持ちのウォーザリッチは、食堂のメニューに詳しく、特に看板メニューのオムレツは何度も食べている。悔しいが、ウォーザリッチの言うとおりだ。

 

「どういうところが違うと思う?」


 俺はせっかくなので、常連客の意見を聞いてみた。

 

「少々固いですな。表面がきつね色になってしまっている……これでは、あの『ふわトロ感』は出せないかと」

「うーん。材料の配分も同じだし、しっかり卵も溶いているし、焼く時間も同じなのにな……」

「いえいえいえ……明らかに、焼き加減が異なります。おそらく、何かが違っているでしょう」


 トロやマロンが卵を焼く時もしっかり時間を計っているし、もちろん火加減だって一緒だ。

 しかし、ウォーザリの指摘はもっともだ。いったい、何が違うんだろう。


「やっぱりうめぇーナ! もう一つ、おかわりをくださいナ」

「ええっ! まだ食べるの!?」

「わしも、もう一つ食べたいのう。今日は久しぶりに興奮したからお腹が空きました」


 しょうがなく、また厨房に戻る。

 

 二人の協力あってホラクトが使えたのだから、オムレツぐらいはいくらでも作ってあげるか。卵代はあとでウォーザリッチに請求すればいい。


 オムレツを作っている最中に、ウォーザリの意見もあって、色に注目してみた。

 フライパンで焼いたオムレツを皿に移すとき、すでに表面が黄色になり固くなっている。ちょうどいいタイミングで火を遠ざけたはずだったが、なぜか皿に盛り付けるころには火が通り過ぎているのだ。

 

「なるほど、余熱か……」

 

 ほんの少し前まではクリーム色だったが、フライパンがもつ熱のせいでどんどん水分が抜けて黄色くなっていた。

 トロやマロンのように、盛り付けを手早くできないからだろう。


 今度は、できあがったタイミングで濡れたフキンをフライパンの底にあてて、一気に熱を冷ます。皿に盛り付けた2つを見比べれば、色の違いは一目瞭然だ。


 2人に料理を持っていき、ウォーザリに上手くできたクリーム色のオムレツを食べてもらう。


「ああ、まさにこの味。ふわトロ感がたまらないですなー」

「店長やマロンが作るオムレツと遜色ない?」

「そうですな……同じだと思います」

「よっし!」


 思わず拳を握りしめる。

 すると、エンバーが気になってウォーザリのオムレツをじっと見つめた。


「なんだか、そっちのほうがウマそうだナ」


 紫色の舌がビュッと伸びると、ウォーザリのオムレツを掠め取って、口に入れた。


「ヒィッ!」


 ウォーザリは突然侵入してきた紫の異物に驚く。


「う、うま~! こんなものが世の中にあっていいのかナ~!」


 ウォーザリは気味悪がってその料理には手をつけず、エンバーに譲った。結局俺は追加で2人分のオムレツを作る羽目になった。



 夕食のとき、俺はエンバーをトロに紹介した。

 トロは宿のペットという立ち位置で、エンバーを快く迎えてくれた。

 

「彼は火の精霊ヴルカの使い魔でエンバーっていいます。俺が魔法を普通に唱えられるように補助してくれるんです」

「よろしくエンバー」


 トロは床を這うエンバーに顔を近づける。


「よろしくナ! トロ!」

「おわッ!」


 驚いて目を丸くするトロ。


「あと……エンバーはしゃべります」

「へ……へぇー。話せるんだね。すごいな」


 こちらの世界で不思議な現象は色々あるが、話せる動物はやはり珍しいようだ。


「そこで、トロ店長。エンバーのおかげでホラクトが使えるようになったので、このオムレツを一人で作ったんです。ぜひ、トロ店長に食べてもらいたくて」


 完成したことがうれしくて、俺は夕食前にオムレツを作っておいた。


「おおー、綺麗にできてるね」


 テーブルに着いたトロは、オムレツを食べて頷いた。


「味もしっかりしてて、おいしいよ。いやー、とうとう看板メニューもできるようになったかあ。もう食堂のメニューは全部つくれるんじゃないかな」

「そうですね。これでコンプリートです!」

「ハハッ。タクト君、頑張っているね。……そうだ、もう一つオムレツを作ってくれないかな?」

「えっ、もしかしてトロ店長もおかわりですか」

「あ、いやいや、そうじゃなくて。マロンちゃんに持って行ってくれないかな」


 マロンとは今日一日、顔を合わせていない。たぶん、部屋に籠ったきりなのだろう。

 朝も食事をとっていないとなると、きっとお腹を空かせているに違いない。

 

 俺はオムレツを作り、パンやスープをトレイにのせて、マロンの部屋に向かった。


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