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ホラクト

 食堂は休みなので誰もいない。俺は厨房に向かい、トカゲが好んで食べそうな卵やフルーツを探そうとした。


 エンバーはホールで立ち止まり、壁に貼られたメニューを眺める。


「うまそうだナー。おすすめのオムレツってどんな料理なのかナ?」

「卵を溶いて、中にチーズやハム、野菜を入れてフライパンで焼いた料理だよ」


 話を聞きながら、エンバーは喉を鳴らす。その音が厨房にまで届いた。


「そ、それじゃオムレツをくださいナ」


 卵のまんまじゃだめなのか……。


 まあ、かまどに火を入れようとしていたので、改善されたホラクトを試すいい機会だ。


 俺は火入れ口に向かって魔法を唱えようとしたが、補修されたかまどをみてやめた。


「ちょっと裏庭で試してからにするか」


 初めて使った魔法で盛大にかまどを破壊したことを思い出した。火の精霊を信用しない訳じゃないが、大切な宿の設備を万が一でも破壊するわけにはいかない。


「さっそく魔法を試すのですな?」


 ウォーザリが嬉々とした様子で俺の後をついてくる。


「また大失敗をするわけにはいかないからね」


 日頃の魔法の練習で、裏庭の地面はすっかりデコボコになっている。ホラクトの暴発により地面が穿たれると、それを毎回埋めて人力で平らにしているからだ。


 一日に何十回も唱えるから、腕力のほうが鍛えられたけどね……。とうとう、人並みの魔法が使えるようになるのか……感慨深い。


 暴発の日々が胸の高鳴りと共に過ぎ去っていく。目尻に涙が溜まった。


火の精霊よ(ヴルカレクト)魔力と引き換えに(マナテレス)小さな火の魔法を(ホラクトヴルカ)発現させたまえ(エクラーシ)!」


 ドッゴーーーン!!


 地面は再び穿たれた。


「なんでやねん!!」


 全然、改善してないじゃないか。もしかしてヴルカに騙されたのか……?


 ガックリと肩を落としてため息をつく。

 土ぼこりが舞うなか、ウォーザリがペッペッと唾を吐いた。


「師匠、そう落ち込みなさるな。使い魔と距離がありすぎたのでは? 連れてきましょうか」


 ウォーザリは食堂に戻ると、エンバーを両手でつかんで連れてきた。


「オイ! クソジジイ! やめろ、おろせって言ってるナ!」


 体を何度もくねらせてウォーザリから逃げようとしている。地面に置くと、エンバーはウォーザリをにらんだ。


「今度、急につかんだら、お前の魔力を吸い尽くすからナ!!」

「ヒィー!」


 ウォーザリは壁際まで逃げる。


 どうやらエンバーは、人から抱きかかえられるのが嫌いみたいだ。まあ、俺もウォーザリに抱きかかえられるのは嫌だ。


 俺はエンバーに近づくと、背中の鱗をつついた。


「ねぇ、さっきホラクトを唱えようとしたんだけど、また暴発したんだ。どうやったら、普通のホラクトを唱えられるの?」

「それは俺との共同作業が必要だナ」

「共同作業……」


 なんだか面倒くさい話になったな。ホラクトをそう簡単に唱えられないということか。

 

「まあ、もう一度唱えてみナ!」


 がっかりした俺の様子を見て、エンバーが元気づけるように言う。

 気を取り直して、もう一度ホラクトを唱えた。


火の精霊よ(ヴルカレクト)魔力と引き換えに(マナテレス)……」


 すると、下にいたエンバーが赤く発光し始めた。

 炎のゆらめきのように緩やかに点滅すると、俺の足から這い上がって腕に絡みつく。異様に軽くて、体も随分と小さくなっていた。

 そして、赤い影のような重量も感触もない不思議な物体になる。


 詠唱を進めるごとに体を縮めていき、最終的には手首に巻き付く螺旋状の腕輪に変形した。


「オオッ!! 装飾品に変形しおったーーッ!!」


 ウォーザリが発狂じみた声を上げた。俺の心臓もドキドキして、今までにない展開で鼻血がでそうだ。


 周囲に火の粉を浮遊させる螺旋のブレスレット。インドルやマーリーが詠唱したときと同じ感じがする。


小さな火の魔法を(ホラクトヴルカ)発現させたまえ(エクラーシ)!」


 ブレスレットは真っ赤に煌めき、最後は溶かした銑鉄のように白くなる。

 

 ポッ、と指先からマッチでつけたような小さな火が灯った。

 

「おおおーーっ!!」


 大成功だっ!

 思わず変な声が漏れる。

 

 まるで人類が初めて起こした火のように、その火を近づけたり遠ざけたりして、ためつすがめつ眺めた。


「やりましたな! とうとう魔法の制御ができるように!」

「やったよ、ウォーザリ! やっとホラクトに成功したよ!」


 俺とウォーザリは手を取り合って、ぐるぐる回って謎の円舞を踊った。


 これでかまどに火を入れるたびに誰かにお願いすることもなくなる。やっと実用的な魔法が使えるようになったのだ。

 

 俺はもう一度ホラクトを唱えて、かまどに火を点けた。メラメラと燃える薪を前に、長い修練の日々を思い起こしていた。


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