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御神託


 次の日、マロンの体調が悪く、食堂と酒場は臨時休業になった。


 マロンはだいぶん落ち込んでいた。いつも元気で、太陽のような明るい笑顔を振りまいているイメージしかなかったから、その落差に不安になる。マロンのいない朝食の時に、元気になるにはどうするかトロに尋ねた。


「少し、そっとしておいてあげよう。マロンちゃんなりに答えを見つけるしかない。僕だって、急に仲間がいなくなれば不安だし、まして安否も分からないような危険な場所に行ったとあれば、つらいよ」

「そうですね……すぐに立ち直るのは無理な話でしたね……すみません」


 たしかに、トロの言う通り今すぐ笑顔を取り戻せるわけがない。一人でバタバタしてやらかしてしまうところだった。


「気持ちはわかるよ。ずっとこのままってことはないから、何かきっかけがあればマロンちゃんも元気になるよ」

「……そうですね」

 

 二人だけの少し寂しい朝食のあと、宿の仕事だけ終わらせた。

 

 昼前に呼び鈴が鳴り、帳簿台に行ってみると兵士が三名来ていた。

 甲冑を着ているのでロトンの手下ではないと思うが、おそらく昨夜のギールと関連があるのは明らかだ。

 宿帳を検めたあと、すべての宿泊客と従業員を確認して回った。ロトンのせいで俺の部屋は散らかりまくっているが、それも想定通りだったのか、特に何も言われず去っていった。



 昼からはこれといってやることもなくなってしまったので、インドルから受け取ったカギで火の精霊に会いにいくことにした。


 宿から出てメインストリートの大きな道を城に向かって歩く。すると、向こうからウォーザリがやってきた。


「師匠、どこにいかれるのですか?」

「ちょっと、火の精霊に会いに」


 会話を聞いていた通りすがりの人がギョッとする。話している人がイメージと真逆だったからだろう。


「ぜひワシもお供させてください」

「ふむ……」


 城内では何かと金がものをいうことは知っていた。俺も宿の仕事で多少のお金は貯めているし、裏門のカギがあるので金は必要ないかもしれない。


 ただ、保険としてウォーザリを連れていくのはいい案だと思った。


 城内に詳しそうだし、金持ちだ。

 そう、ウォーザリッチなのだ。


 ウォーザリッチは、四つ角の宿にかなり長い間滞在していながら、滞納したことは一度もない。そして、食堂での食事もワンランク上の料理を注文してくれる男なのだ。


 俺はウォーザリを引き連れて、裏門にいく。城を回り込むように城壁沿いに歩くと、雑木林と舗装されていない道を挟んで、ひっそりとした古びた門構えの扉を見つけた。


 兵士は誰もいない。

 よく無人で放置できるもんだなと思うのだが、城の兵士たちの粗雑さ、横暴さを考えると職務怠慢もあり得る。


 俺は裏門のカギを取り出して、門の鍵穴に差し込む。


「師匠! そ、そのカギはいったい……! どのようにして手に入れたのですかな!?」

「ああ、インドルがもう使わないからって、俺にくれたんだ」

「なんと!」


 門を開けて、なるべく目立たないように塀に囲まれた城内を移動する。樹木や城壁に隠れながら、鍛冶場にたどりついた。


 誰一人いない作業場は静寂に包まれていて、ちょっと前の光景が嘘のようだ。

 寂寥感が漂う炉を横切り、祠がある洞穴に着いた。

 分厚い扉で閉ざされているが、もう一つのカギで解錠する。

 ギギギッ、と重厚な扉が軋みながら開けば、祠の奥にある赤い光がぼんやりと点滅して反応した。


「豪華な社稷がこうも暗いと、神怖ろしいですな……」


 たしかに、インドルがいたときよりも部屋が暗く、精霊を敬う装飾が少し不気味だ。

 そして、小さな扉から漏れ出る赤い光。俺がじっと見つめれば、光が強くなる気がした。

 

 精霊というと神々しいものを想像するが、祠にいるのは何かもっと純粋な好奇心旺盛の、赤子のような感じがする。


「……タクト、聞こえますか?」

「え? なんだ?」


 耳がキーンとして、女性の声が囁くようにして聞こえた。

 横にはしわくちゃのおじいちゃんしかいないのに。


「タクト、私は火の精霊ヴルカ。あなたの望みを叶えにこの地脈に来ました」

「ヴ、ヴルカ!?」


 ウォーザリが「ヒィ!」といって驚く。俺の大声と、ヴルカというビッグネームのせいだろう。

 どうやらウォーザリには火の精霊ヴルカの声は聞こえていないようだ。


「あなたは常人よりも魔力が多いせいで、魔法の制御ができないようですね。いくつかの手段がありますが、その中でもっとも良い方法を授けます。扉を開けなさい」


 思わず火の精霊を呼び捨てで言ってしまったが、寛大な方のようでスルーしてくれた。

 言われた通りに扉をあけると、中から何かが飛び出してきた。


「「ヒィ!!」」


 二人で大声を上げる。

 ほの暗いところから、猫ぐらいの大きさのものが飛び出てくると誰だってビックリするものだ。


 その飛び出てきたものは生き物で、地面で一時バタバタしたあと、にらみ上げた。


「これは……トカゲ?」

「彼は、ヒノトカゲという使い魔です。この地脈はやがて取り壊されます。そうなると彼も消滅してしまうのです」

「え、取り壊される?」


 よく見れば、炉の外には看板が立てられ、住居のなかも空になっているようだ。


「あなたには、ヒノトカゲを別の地脈に移してほしいのです。タクトの魔力ならヒノトカゲを外に出しても、あなたの魔力を糧に消滅することはないでしょう」


 地面から俺をにらみ上げるトカゲは、どこからどうみてもイグアナにしか見えない。トゲトゲのとさかに長いしっぽ。やや膨らんだ頬ぶくろに、黄色い目と縦長の瞳孔。そして胴体は猫ぐらいでかい。しっぽの長さを入れると、小学生ぐらいはある。簡単に言うとイグアナだ。

 『火』の要素はなにもないのだが、やはり精霊様のおっしゃることだ。きっと使い魔なんだろう。


「そして、ヒノトカゲを触媒にすれば火の魔法は制御可能です」

「ほ、本当ですか!」

「それでは頼みましたよ」


 その言葉を最後に、ぶつんと耳元の高鳴りが消えた。


「え、でも地脈って、どこに……あ、あれ? ヴルカ様?」


 祠の赤い光は途絶え、洞穴は暗くなる。

 あまりにもあっさりとした終わり方で、ちょっとだけ騙された感があった。


「いったい、何があったのですか!? 師匠!? この生き物は!? 師匠!?」


 ウォーザリが半ば興奮した状態で俺に近づく。


「と、とりあえず宿に戻ろう。……キミもついてくるか?」


 さっきからずっと俺をにらんでいるトカゲは、紫色の舌を出し入れした。


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